2017/09/28 - 2017/09/30
503位(同エリア1903件中)
naoさん
旅の行程
9月28日 郷原宿、村井宿
9月29日 松本、会田宿、稲荷山宿
9月30日 戸隠
長野県松本市にある村井宿は、慶長19年(1614年)に中山道の洗馬宿と北国街道の篠ノ井追分を結ぶために整備された善光寺街道(北国西往還)の宿場町の一つで、先に訪れた郷原宿の北側に位置しています。
松本からの距離が一里二十町(約6km)で、松本城下の南の玄関口にあたる村井宿には、木曽や諏訪方面への出入りを取り締まる村井口番所が置かれ、塩、穀物、木材などの他、女人や馬の通行を監視する役割も果たしていました。
元禄年間(1688年~1704年)の記録によれば、本陣、脇本陣、問屋場のほか、旅籠屋が20軒、茶屋11軒、商家15軒など、合計82軒ほどの規模があったと言われています。
この時代、富山湾で獲れたブリは塩漬けにして一旦飛騨の高山へ運び、高山からは歩荷に背負われて野麦峠越えで松本方面に出回っていました。
村井宿でも明治の中頃までこのブリを扱う市が開かれていたようで、「ブリ場跡」を示す標柱が立てられています。
明治20年(1887年)以降、三度の大火に見舞われた村井宿ですが、今も本陣、脇本陣などの重厚な佇まいのお屋敷が街道沿いに残っており、風情ある町並みを形成しています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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村井宿にやって来ました。
松本城下の南の玄関口にあたる村井宿には、木曽や諏訪方面への出入りを取り締まる村井口番所が置かれており、現在、村井町第一公民館の一角に番所跡の標柱が立っています。 -
同じく村井町第一公民館の前には、村井宿の高札場が残っています。
では、村井町第一公民館に車を停めさせてもらって、南側から町歩きを始めます。 -
実際に村井口番所や高札場が置かれていたのは標柱の立っている所ではなく、善光寺街道を挟んだお向かいのこの辺りだそうです。
従って、村井町第一公民館前の高札場はここから移設されたんですね。 -
出入口上の欄間に「電話 十一 番」と書かれた町家。
電話開通当初の番号なんでしょうが、このお宅の歴史を感じます。 -
宿場町らしい風情がただよう村井宿の町並みです。
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白漆喰塗籠めにナマコ壁の町家が向い合っています。
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こちらのナマコ壁は、亀甲状に白漆喰で塗り固めています。
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煙出しの越屋根を備えた町家。
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こちらの町家は、白漆喰でお化粧直しした姿が眩いくらいに輝いています。
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連続する縦長窓がリズミカルです。
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この風情あふれる町家は歯科医院なんですが、こんな歯科医院なら毎日でも通いたくなりますね。
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新しい町家の中に佇むナマコ壁の土蔵。
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村井宿の町並みです。
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松本市の上水道の止水栓の蓋。
こんな小さな蓋にも伝統民芸品である「松本 手まり」がデザインされています。 -
こちらの土塀を巡らせたお屋敷は、村井宿の脇本陣兼上問屋を務めた山村家です。
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樹木や石組などで修景された玄関前の佇まい。
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客を主屋へ導く敷石。
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庭園との境に設けられた冠木門。
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風情豊かなお屋敷に彩りを添える百日紅。
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こちらの町家の前庭では・・・
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見事なドウダンツツジが色づき始めています。
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豊かな緑に抱かれたお屋敷。
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こちらの町家は、明治天皇が松本から木曽に向かわれる際に立ち寄った村井宿で休憩されたお宅で・・・
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敷地の一角には「明治天皇村井御小休所」の石碑が立てられています。
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壮大な冠木門があるこちらのお屋敷は、村井宿の本陣兼問屋を務めた中村家です。
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現在は造り酒屋を営んでおられます。
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見事な鬼瓦ののった入母屋屋根の下屋には・・・
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式台のある正式な玄関が残されています。
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敷地内から見た冠木門。
先ほどの「明治天皇村井御小休所」の石碑が見えています。 -
中村家の冠木門に続く土塀。
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こちらは松本市の汚水枡の蓋。
止水栓と同じように「松本 手まり」がモチーフになっています。 -
村井宿の町並みです。
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妻壁に名字を浮きあがらせた土蔵。
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家紋の入っている土蔵はよく見かけるのですが・・・。
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こちらの土蔵は妻壁に窓を開けています。
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大きな妻面に小屋組みを見せる町家。
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入母屋屋根の町家の右側の洋風の窓が、この外観に違和感なくマッチしています。
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江戸時代には、富山湾で獲れたブリは塩漬けにして一旦飛騨の高山へ運び、高山からは歩荷に背負われて野麦峠越えで松本方面に出回っていました。
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ここ村井宿でも明治の中頃までブリを扱う市が開かれていたようで、町の北端にあった「ブリ場跡」には標柱が立てられています。
では、車を停めさせてもらっている村井町第一公民館へ引き返します。 -
コスモスが秋の訪れを告げています。
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ショッキングピンクの大輪の花。
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ちょっと小ぶりの松本市の汚水枡の蓋。
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村井宿の本陣兼問屋まで戻って来ました。
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こちらは脇本陣の土塀。
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ちょっとお茶目な光景を発見したので、思わず「カシャッ!」。
明治20年(1887年)以降、三度の大火に見舞われた村井宿ですが、街道筋には今も本陣や脇本陣などの重厚な佇まいのお屋敷が残る、風情ある町並みを形成していました。
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