2017/09/28 - 2017/09/30
385位(同エリア1944件中)
naoさん
旅の行程
9月28日 郷原宿、村井宿
9月29日 松本、会田宿、稲荷山宿
9月30日 戸隠
松本城は、鎌倉時代に信濃の守護となった小笠原氏が、戦国時代の永正年間(1504年~1520年)に築いた深志城が始まりとされています。
天文年間(1532年~1555年)に甲斐の武田信玄が信濃に侵攻すると、天文19年(1550年)に深志城は落城し信濃支配の拠点としました。
深志城の整備に着手した武田信玄は、城の規模を大きくするため女鳥羽川の流れを変え、現在見られる規模に拡張したと言われています。
天正10年(1582年)に武田勝頼が織田信長に亡ぼされると、その機に乗じて小笠原氏が深志城を回復し、名を松本城と改めました。
その後入府した歴代藩主も、天守、乾小天守、渡櫓、月見櫓、辰巳附櫓などを次々と築造し、現在の見られる姿になりました。
日頃、城には全く興味のない私ですが、建築物としての松本城にはこのうえない美しさを感じているので、町歩きを終えた後訪れました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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松本城にやって来ました。
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常念岳を借景にしたこの姿には感動すら覚えます。
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南側からの眺め。
右手に月見櫓と辰巳附櫓を従えた天守閣。 -
真っ赤な埋橋は、松本城の姿を引き締める重要なアクセントになっています。
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お濠の水面にその雄姿を映す天守閣。
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南西角からの眺めは気に入っているアングルのひとつです。
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柳の巨木と埋橋。
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西側からの眺め。
左手に渡櫓と乾小天守を従えた天守閣。 -
緋鯉と真鯉が泳ぐお濠。
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鳩の群れが飛び回っています。
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北西角からの眺め。
ここで望遠レンズに付け替えて来た道を戻ります。 -
天守閣と乾小天守の雄姿。
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埋橋は、橋桁から上部は木造です。
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石垣上に張り出した石落としのふくらみは不気味です。
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三重四階の乾小天守の最上部。
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五重六階の天守閣の最上部。
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天守閣の鯱鉾。
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破風に取り付けられた懸魚。
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松本城の石垣は比較的緩やかな勾配のように見えます。
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天守閣と乾小天守の雄姿。
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お濠の水面の煌めきが・・・
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白漆喰の壁で揺れています。
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天守閣と辰巳附櫓の雄姿。
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この美しい姿に外人さんもウットリ!
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天守閣と埋橋。
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松本城の素晴らしい景観を引き立たせるのに無くてはならない常念岳。
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『常念岳を借景とした松本城の素晴らしい景観』は、自然が創りたもうた絶妙な位置関係から生まれます。
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松本城に秋の訪れを告げるススキ。
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白鳥がお濠を泳いでいますが、松本城に白鳥が居るとは知りませんでした。
ここで広角レンズに付け替えて先へ進みます。 -
松本城の東の守りを固めていた太鼓門。
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太鼓門をくぐって、松本城の東側に出てきました。
では、小さな二の門をくぐって引き返します。 -
二の門と太鼓門の位置をずらして桝形を作っています。
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太鼓門と櫓に開けられた四角や三角の狭間。
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太鼓門の出入口上部にも石落としが設けられているそうです。
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こうしてじっくり見てみると、煌びやかさの微塵もない、落ち着いた佇まいの松本城の美しさが再認識できました。
では、車を停めてあるホテルに戻って、次の目的地へ向かいます。
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