2015/04/12 - 2015/04/12
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たびたびさん
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名古屋って、東京でもないし、大阪でもない。東日本なのか、西日本なのかもイマイチはっきりしていなくて。イメージとして強烈なのは、八丁味噌に味噌カツやあんかけスパ、ひつまぶしといった独特の食文化くらい。あとは、徳川園でしょうか。これは大名文化の一つの到達点として、確かに注目に値する施設。私は名古屋城より、こっちの方が得るところは大きかったように思います。
ただ、それはそれとして、全体として、これといった特徴が整理できていない。素朴な三河に対して、華やかなイメージのある尾張というくらいはあっても、とにかくもやもや感が残っている状態。ということは、ここも例によって、歩き尽くして確認する必要があるでしょう。
結果、名古屋って、やっぱり、東日本でもないし西日本でもないような。信長、秀吉、家康って、名古屋にとってはみんなご近所さんなんですよね。関ヶ原の戦いが東軍西軍という分け方なので、我々はどうもその固定観念が強すぎているのかもしれません。
それと、街歩きの楽しさという意味では、一番の収穫は大須商店街。ここもこれまで何度か行っていなくはなかったのですが、改めて歩いて見ると9つの商店街から成る商店街は広い広い。万松寺通商店街、大須新天地通商店街、名古屋大須東仁王門通商店街、大須仁王門通商店街、大須観音通商店街、大須門前町商店街、大須本通商店街、赤門通商店街、赤門明王通商店街とあって、全部回ると一日かかるかも。私も半日行ったり来たりで歩きましたが、全貌が分かったかというとそれでもかなり怪しい。周辺には、寺社も点在しているし、丁寧に回るとこれもボリュームがありました。
蛇足ですが、最後に少し付言すると、市内を歩いていても、賑やかで立派なビルはあったりするんですが、たぶん、名古屋は戦災に遭っているんでしょうか。道路が歩道部分も含めて必要以上にやたら広くて、直線的。街が人の背丈にはあっていないような。。つまり、一面、札幌みたいな感じもしなくはないんですが、もしかしたら、戦後復興計画の中で、やや過剰な面が出てしまったようにも思います。そして、広くした分、道路のメンテには手間がかかるからでしょう。歩道なんかはけっこう荒れていて、都会なのに歩道には微妙なデコボコが多いせいで、名古屋独特の歩きにくさも生まれています。ちょっと、残念なところかと思います。
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蒲郡から、今夜の宿の名古屋に到着です。
目につく金の時計は、JR名古屋駅の桜通口。高島屋の入口も、二階に通じるエレベーターも目の前にある便利な場所。スペースもそれなり。グループが時計の下で集まったりしている姿を見かけることも多くて、恰好の待ち合わせ場所になっています。 -
向かいのJR名古屋タカシマヤは、JRと高島屋が組んだ最初の成功例で、JR札幌駅で高島屋がテナントビルに決まったのも、ここがあったことが大きな理由だったと聞いたことがあります。駅の方も高島屋があることで、ハイクラスな雰囲気が加わったし、これこそウィンウィンの関係でしょう。
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名古屋駅を出て、駅前のロータリーにあるんですが、これって飛翔っていう名前があったんですね。
それも、名古屋市制100周年にあたる平成元年に造られたのだとか。地下道の排気口が殺風景にならないように、なんとかこうした形にしたんだろうなあくらいに想像していたんですが、それは失礼いたしました。 -
イチオシ
少し周辺をうろうろします。
いつものJRセントラルタワーズは、まさに名古屋のランドマークですよね。二つのタワーはともに200mを超える超高層ビルです。高さ245mは、あべのハルカスができるまでは、世界一背の高い駅ビルだったようですが、そうした高さだけでなく、見上げた時のバランスの良い形こそ価値があるというものでしょう。 -
新宿にもコクーンタワーというインパクトのあるビルがあるのですが、こっちのモード学園スパイラルタワーズもやってくれていますね。夜景のブルーのライトは、六本木ヒルズみたいな感じだし、大きさではツインタワーに及ばないでしょうが、強烈な印象では負けていないと思います。
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これは、ナナちゃん人形。名鉄名古屋駅近くにあるマネキンのでっかい人形です。ここまで大きいと、ちょっとした現代アートの作品ですよね。ただ、毎日見ているとあまり感じなくなるんでしょうか。地元の人は、特に見上げるわけでもなく、脇を忙しそうに歩いているだけ。そのコントラストも面白いかもしれません。
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で、宿に到着。
私は安宿に泊まることが多いので慣れているつもりですが、このビジネスホテルオイセは、限界ぎりぎりといったところ。場所も分かりにくいし、寝間着もない。本当に寝るだけといったホテルです。浴室もあったのですが、ちょっと不安でそのまま寝てしまいました。ちょっと、やり過ぎたか。。 -
さて、翌朝。今日はどこまで回れるでしょうか。昨日は、自転車を使ったりして、体力を温存しているつもりなんですが、今日の予定コースはかなり長い。焦らずぼちぼち行きましょう。
宿からまずは中村公園を目指しますが、これは途中の白王寺。住宅地の中にポツンとあるお寺です。女郎さんを供養したという寺とかだそうでしたが、寺の前には「芸」と書いた石碑があって、これは芸人塚。藤山寛美さんほかの有志によって建てられ、習い事成就の塚ということでした。明るい話題があって、ほっとしました。 -
ほとんど、中村公園のエリアにやってきました。
最初に立ち寄った妙行寺は、加藤清正誕生之地に建つ日蓮宗のお寺。 -
境内には、清正公誕生の地の碑や清正公の像があって、けっこうなアピールですね。隣りの中村公園は秀吉の誕生地。清正の母は秀吉の生母である大政所の従姉妹だったという関係なのですが、生まれた場所もこれだけ近いとなれば二人の間に特別な感情が生まれないはずはないと思います。すごい事実を知ったような気持ちにもなりました。
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本殿を囲む塀に「夢」と書かれていて、明るい言葉ではあるのですが、ここにあるとなんだか豊臣家が滅んでしまって後には何も残らなかったような印象になってしまうような。
ただ、事実はそうではない。山城から平城への転換や刀狩りに検地。家臣を城下に住まわせる制度など信長の発想を現実的にしたのは秀吉だし、日本各地の町割りなどに秀吉の足跡は今でもしっかり残っています。短い間でも日本の歴史や文化に与えた影響力の大きさはずば抜けている。日本全国、秀吉の影響を受けていない場所はどこにもありません。 -
豊国神社は、京都などあちこちにあるのですが、ここは太閤秀吉の生誕地に建つ神社ですので、これこそ本家本元ということかもしれません。
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豊国神社の脇の辺りが公園らしい風景です。
結局、名古屋駅近くから歩きましたが、30分くらいかかりました。けっこう遠いですが、太閤秀吉誕生の地となれば来ないわけにはいきませんよね。名古屋駅からは太閤通りという通りもありますが、それもこのことと関係があったのも、今回初めて知りました。
公園は、豊国神社を中心にして、けっこうな広さ。ちょっと荒れた場所もなくはないですが、それはどうでもいいことだと思います。 -
常泉寺は、中村公園に隣接する寺。
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境内には、こちらも秀吉が産湯に使ったと伝えられる井戸に、秀吉11歳のときに植えたという秀吉お手植えの柊もあって、秀吉ゆかりの寺であることが色濃く残っています。
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中村公園からは、地下鉄で名古屋駅まで戻りまして、ここから再び街歩きのスタートです。
名古屋駅から歩いて、名鉄前、太閤通りも過ぎた辺り。大通り沿いに明治橋標柱という遺構がありました。明治33年から昭和12年まであった橋のよう。中村遊廓へむかう街道沿いにあったというのですが、中村遊廓というのが何なのか?ちょっと気になる遺構です。 -
ここから市内中心部の大須観音を目指します。
柳里神社は、都会の真ん中にある小さな神社ですが、白鷹龍神と書いた白い幟がたくさん立っていて、かなり目立っています。神社にはスサノオノミコトも祭られているようですが、ただ、白鷹龍神という意味はよくわかりません。 -
白龍神社は、中村区の大通りに面した神社。境内の八重桜がちょうど満開でした。
柳の木の下に祠を建てたのが始まり。その後、いちょうの木を御神木として祀り、二柱の神を総称して「白龍様」「白龍さん」とされるようになったということです。 -
橋の多い大阪と違って、名古屋は橋のイメージはありませんね。ただ、福島正則が開削を行ったという堀川には七橋というのがあって、この納屋橋もその一つ。納屋橋饅頭というのもありますが、今は納屋橋と言えば、橋を指すよりもこのエリアを指すことの方が多いように思います。
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イチオシ
そして、加藤商会ビルは、納屋橋のたもとにあるレトロビル。輸入貿易を行っていた加藤商会の本社として、大正5年に建てられますが、その後、昭和6年に現在の鉄筋コンクリート造りのビルに建て替えられています。
名古屋市内にはあまりこうしたレトロビルはないように思います。そういう意味でも貴重な建物ではないかと思います。 -
今回の課題の一つは、まだ食べたことがなかった小倉トースト。
名古屋でも人気というKAKOにうかがいました。7時半開店なんですが、開店と同時に満席となる感じ。かなりの人気店ですね。 -
小倉トーストの方は、餡子の先に生クリームがトッピングされていて、見た目的にはけっこうインパクトあり。その先っちょをかじってからじゃないとトーストには辿り着きません。
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イチオシ
うーん。初めての小倉トーストですけど、微妙かなあ。トーストはトーストでそれ自体がシンプルなうまさがあるので、餡子は少し余計なような。。ただ、これはないかというと、なくはない。やっぱり微妙です。
一方で珈琲がめちゃうまくて、これはかなりすごいと思います。 -
元気が出たところで、散策再開。
しかし、名古屋の街は独特の歩きにくさがあって、あんまり好きではないですね。この直線的な道路に、必要以上に広い道路。歩道は手入れが行き届いていないので、ガタガタ。東京や大阪ではこんなことはありません。 -
もう少し、この辺りのチェックポイントを確認しましょうか。
洲崎神社は、「広井天王」とか「牛頭天王」とも呼ばれ、スサノオノミコトを祀ります。街中にある神社にしては、境内はしっかりした広さがあって、清々しい雰囲気があります。
名古屋城が築城される以前は、かなり広い境内があったのですが、武家屋敷がたてられたりして削られたようです。 -
後藤新平宅跡は、歩道の傍らに石柱と説明板が建っていました。
ちなみに、後藤新平という人物は、岩手県水沢市生まれ。須賀川医学校卒業後、名古屋に招かれてしばらくここに住んでいたようです。
「板垣死すとも自由は死せず」で有名となった、岐阜で自由党総裁板垣退助が刺客に襲われた時、ここより人力車で馳せつけ応急手当をし、その後、政界での活躍もあったようです。 -
さて、けっこう歩きましたが、なんとか大須観音に到着しました。
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大正琴発祥の地の碑は、大須観音の敷地内。ただ、大正琴というのは耳慣れないですねえ。
なんでも、大須森田屋旅館の長男森田吾郎が発明し、家庭用楽器として大正時代に流行したもののよう。初心者でも簡単に正確な音が出せたのだそうです。 -
宗春爛漫は、これも大須観音の境内にあるからくり時計。
宗春というのは、第7代尾張藩主、徳川宗春のこと。徳川吉宗の下で質素倹約の享保の改革が推し進められている最中、対して、名古屋では、宗春の政策で規制緩和が行われ活況を呈したという、一時代を築いた人物です。最後は隠居謹慎させられたりしていますが、吉宗との仲が云々ではなくて、いろんな勢力の主導権争いの結果ということだと思います。
ただ、時計が動く時間は限られていて、これに合わせて行くのはなかなか難しいです。 -
では、商店街の方へ。ここも何度かは来ているんですが、今日はじっくり回ってみます。
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朝日軒は、大須観音から仁王門通りを入ってすぐのせんべい屋さん。他のお店はまだ開いていないのに、ここは早々と店を開けています。こういう店にはいいお店が多いんですよね。
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種類が山のようにあってどれがいいのか目移りします。女将さんに聞いたら、これが伝統的な煎餅ですということで、それをいただきました。薄手の小麦粉の甘い系のせんべいです。
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商店街の周囲には神社やお寺が多くあって、それらも合わせてチェックします。
まずは、富士浅間神社です。名古屋と富士山って、ちょっと結びつかないんですが、こちらの始まりは明応4(1495)年。後土御門天皇の命により、富士山本宮浅間神社から分霊を勧請したものだそうです。東京でも富士信仰はそんなに古くはないはず。これはかなりの古さかと思います。 -
七寺は、正式名称は長福寺。大須観音のほど近くにあって、天平7年(735年)に行基が開山したという古刹です。ただ、現在の地に移ってきたのは徳川家康の命によって。
尾張徳川家の祈願所となったこともあって、大須観音を凌ぐ勢いがあったともいうことです。 -
対して、本堂の脇に銅製の大日如来像があって、あちこちつぎはぎも。今は、ちょっと痛々しい姿でした。
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本願寺名古屋別院は、浄土真宗本願寺派。西別院とも呼ばれます。外観に特徴があって、これは築地本願寺とよく似たインド様式ですね。ただ、よく見るとちょっと小ぶりだし、造りもちょっと簡易型でしょうか。境内はちょっと殺風景だし、意外に寂しいです。
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天寧寺は、室町時代後期、清洲城下に開創された寺。今では織田信長の守本尊である三宝荒神を祀る寺として知られます。三宝大荒神と書いた白い幟が目立っていますが、周囲をビルに囲まれて、都会の寺ですね。徳川幕府の元では、秀吉への信仰は堅く戒められたのですが、信長はそういうことはない。窮屈な対応はしなくて済んだお寺でしょう。
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首題寺は、日蓮宗の寺。首題というのは、「南無妙法蓮華経」のことのようですね。道路の面した門の向こうには、すぐに本堂。前提には芝生が植えられてきれいに整備されていますが、その他は特に何もないような。観光スポットではないように思います。
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再び、商店街に戻って。
たんすのばあばは、大須商店街の東仁王門通り。小さな屋根の下に、穏やかな表情のおばあさんの木像が安置されています。着る物が高価な時代に、タンスにしまわれた着物を大事にするようにということで想像された神様。その気持ちはよく分かります。 -
東仁王門通りの端っこの広場にあるのが巨大招き猫。
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台座が高いので見上げるようになりますが、招き猫自体は巨大というほどではないような。小さな広場になっていて、そんなにきれいでもないのですが、座って休んでいる若い人も何人か。ちょっとしたたまり場のようになっています。
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その招き猫の脇にあるのが岩瀬パン。名物のカタパンと書いてあるのが気になって入ってみました。
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大正6年創業の老舗ということで、店内はかなりレトロですねえ。ご主人はカタパンは韓国からでも買いに来るんだと言ってましたが、すごく堅いんだそう。
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家に帰って食べてみましたが、確かに固い。歯がどうにかなりそうです。しかし、何んとかかじり取った欠片をポリポリと食べるとうんま〜い。中まで火が通った感がすごくて、その香ばしさと小麦の甘さが一体になった見事な味わい。韓国からでも買いに来るというのは、まんざらでもないかもしれません。
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春日神社は、大須商店街のほど近く。南側の大通り沿い。上前津交差点の西側です。
始まりは、天暦二(947)年。奈良の春日大社の四柱を迎えて創建されたとのですが、そもそも、奈良の春日大社は、常陸国の鹿島神社から神様を迎えたもの。その神様が奈良に向かわれた際、この地で泊まられたという由来です。
ただ、本殿は八幡造りですよね。いかめしい武家の神社のような印象です。 -
万松寺は、万松寺通り商店街というのもあって、大須商店街のど真ん中。
織田信長の父、信秀が織田氏の菩提寺として建立したもの。信秀の葬儀の際、信長が位牌に抹香を投げつけた事件は有名ですが、それはここに移る前の万松寺でのことということです。 -
カラクリ人形があって、これが見どころの一つなんですが、時間が限られるのでなかなか難しい。境内の入口に写真があったので、それを見て一応納得した次第です。
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矢場町にはかつて小林城という城があって、周辺にはその城主であった牧長清が創建した社寺が今でもいくつか残っています。この三輪神社もその一つ。生まれ故郷である大和の三輪山から大国主神を勧請し、創建しました。
境内は、広くて清々しい雰囲気。江戸時代に尾張藩が弓矢の修練場である矢場を作ったのもここだそうです。矢場町の地名として残りました。 -
商店街は、だんだん人が多くなってきましたね。
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と、これはお菓子屋さんの万松庵。
名物は納屋橋饅頭です。 -
小さな饅頭なんですが、これって酒饅頭ですよね。もっちりした皮に浸みるような甘さの餡子がたまりませんねえ。名前は安易なんですが、これだけのうまさの饅頭はなかなかありません。名物間違いなしだと思います。
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志那河屋は、大須商店街の中にある昆布の専門店。佃煮のいい匂いがしたりして、そっちも気になったんですが、いただいたのは昆布飴。
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イチオシ
見た目は真っ黒なんですが、昆布の香りもあるんですが、ミルキーのキャラメルみたいな優しい甘さの飴。なるほどこんな風になりましたかという、ちょっと感心するくらい上手に作った飴でした。
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名古屋のコメ兵といったら、知らない人はいないくらいの有名店。その本店は大須商店街の中心部にあります。
しかし、ブランド品の中古品がリーズナブルな値段で手に入るということで、もっと混雑しているのかと思ったのですが、たまたまかもしれませんが、思ったほどでもない。警備員の人影の方が目立った感じでした。 -
清寿院の柳下水は、説明板と一緒に遺構が残されていました。
ここは、かつて、修験道の寺、清寿院があった場所。門前にあったこの井戸の水は尾張名古屋三名水のひとつとされ、将軍家上洛の際には飲用水として用いられたということです。 -
それにしても、大須観音通りとか
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万松寺通りとか。それぞれに、通りの名前があって、なんでしょうね。実態としてはほとんど一体なんですが、分けた方が分かりやすいということでしょうかね。
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さて、チェックすべきポイントはまだまだ残っています。
大須公園は、十字路に造られたロータリーを利用して整備された公園。小さな公園ですが、周囲がそれなりに開けた場所なので、せせこましい感じはしない。うまい具合に作ったものですね。噴水を中心に、この時期は八重桜が満開。ちょっと潤いのある一角となっていました。 -
イチオシ
京都の大徳寺の塔頭に総見院というのがあって、織田信長ゆかりの寺なんですが、この総見寺も信長ゆかりの寺。
織田信長の次男、織田信雄が父の菩提を弔うために清須に再興した寺。江戸時代に入って、こちらに移ってきます。山門は立派だし、本堂も豪壮ですが、内部には入れません。表の駒札で説明を見るくらいです。 -
続いては、陽秀院。
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見どころは、門を入ってすぐの紙張り地蔵。天保の頃から信仰の対象とされたようですが、自分の体の悪いところに白い紙を水をかけて貼付けるとご利益があるということ。地蔵がすっかり白い紙で覆われていて、えらいことになっています。
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大光院は、赤い山門の向こうの境内はすっかり舗装されていて、なんともすっきりした景色の寺です。
この辺りは、江戸の中期、北野新地という遊郭があったそうですが、遊女の外出先としてこの大光院へは参拝が許されていて、縁日等では賑わったのだそうです。ちょっと、歴史を秘めた寺です。 -
少し離れた場所ですがこれは北野神社。小さな神社ですが、なんと、逆に、この北野神社の一部に神宮寺としてあったのが大須観音なんだそうです。今は境内もほとんどなくて、その面影はありません。
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日出神社は、若宮大通に入口があります。入口は大したことないように思いましたが、奥は広くて、なんとこの神社の本殿は日出神社古墳跡という古墳の上に建っているんですね。周囲には銀杏の木か何かが何本かあって、面白い景観となっています。
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極楽寺は、一見すると殺風景な境内だし、いかにも街中の寺ですが、意外にも創建は鎌倉時代という古刹。融通念仏宗の開祖であり、大原声明を完成させたことでも知られる良忍が開基。清州を経て、当地に移ってきたということです。
ただ、見栄えはありません。 -
ここらで、昼飯にしたいと思います。
チェックしていた味噌にこみ たからは、商店街の一角。 -
名古屋名物の味噌煮込みは山本屋本店とか有名店がいくつもあって、私もそれなりに食べてきてますが、ここの味噌煮込みもめちゃうまいですねえ。細めのうどんがちょうどいい堅さ。そば粉がまぶしてあるという説明でしたが、ちょっと香りが残っているようでもあり、味噌の濃い味を少し優しい味にしているような。この味は、むしろ、名古屋の味に慣れていない人の方がとっつきがいい味ではないかと思います。
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ここからが後半戦。大須観音からサカエに向けたエリアから。
若宮八幡社は、名古屋総鎮守とされる神社。境内は広々していて、公園のようです。 -
名古屋城三の丸の地にあったのですが、名古屋城築城の際に現在地に移されます。
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当社の若宮祭は名古屋三大祭とされたもの。福禄寿車という山車が境内で展示されていて、ちょっと名残をとどめています。
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政秀寺は、若宮八幡社の並び。立派な門構えの大きなお寺です。境内には脇から入れます。
織田信長が、家臣の平手政秀を弔うために創建。ちなみに、政秀は、信長の父、信秀の重臣として外交面で活躍した人物。美濃の斎藤道三と和睦をし、濃姫の婚約を取り纏める功績をあげました。 -
三英傑からくり時計は、矢場町交差点の高速道路高架下。三英傑とは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康のこと。大阪にいると徳川家康は東京の人というイメージがあって、大坂夏の陣とか大阪が東京にやられたという気持ちになってしまうのですが、結局、この三人はすべてこの辺りの出身。三人をまとめて見せても違和感はないわけです。
ただ、時計はちょっと窮屈そう。もうちょっとなんとかならないかなあという感じはします。 -
小林城跡は、矢場地蔵の参道入り口に、ちょっとした説明板があるだけです。
城は、尾張守護で斯波氏の一族である牧長清が居城。長清は織田信長の妹を妻に迎え、信長とは極めて近い関係にあった武将。しかし、その死後には廃城となったようです。 -
その奥にあるのが矢場地蔵堂。
ちょっとした参道を入って行くと、鉄筋コンクリートだと思いますが、立派な地蔵堂が建っていました。もともとは、尾張藩第二代、徳川光友郷が徳川家の祈願所として創建したもの。ただ、少し覗いてみましたが、地蔵様はよく分かりませんでした。 -
白林禅寺は、名古屋の中心地サカエにある都会のお寺ですが、境内はそれなりに静かな空間となっています。
寺は、初代尾張藩主、徳川義直が、尾張藩の家老、成瀬正成の菩提を弔うため創建したもの。また、剣術の尾張柳生家の菩提所にもなっているということです。
ただ、成瀬家は犬山城の城主になっているので、たぶん、一族の菩提寺はそっちにあるのかもしれません。 -
勝鬘寺は、東本願寺を本山とする真宗大谷派の寺。真宗の寺は、どこでも出入りが自由なんですが、何故かここは山門から中をのぞくだけ。中には入れません。
江戸時代の初めに創建され、本堂と山門は創建当時のもの。太鼓楼が名物なんですが、よく分かりませんでした。
ふー。以上でひと段落です。どちらかと言えば、マイナーな小林城主の牧長清が建てた寺社がたくさん残っていたり、これも名古屋気質の表れなんでしょうか。人がたくさん住んでいれば神社でも寺でも自然と多くはなるものなんですが、やっぱりそれを支えるのも一苦労。廃寺になったりせずに残っているのは一定の基盤があったということですね。 -
これはいよいよサカエの中心部。
栄交差点から矢場町交差点までの約700mの通りでは、南大津通歩行者天国というのをやっていました。春とか秋とかの季節限定のようですが、名古屋の街の中心で行われる大きなイベントです。パルコとか松坂屋とか背景のビル群もおしゃれなので、歩くだけでも楽しくなる。銀座だと直線ですが、少しカーブになっているので個性が出るような気がします。 -
パルコは、全国あちこちにありますが、こちらのパルコは、東館、西館、南館とあって、本当に大きな建物ですね。渋谷のパルコの何倍もあるような。それに松阪屋と並んで、都会的な栄の景観を代表しているような感じ。若者向けのお店ですが、とにかく壮観です。
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こちらが隣りの松坂屋。言わずと知れた、名古屋を代表する老舗百貨店で、栄の街の顔と言ってもいいと思います。
店内も広くて、ちょっとしたところに広いスペースがあって、これもさすが。ひつまぶしの蓬莱軒も入っていて、私のひつまぶしとの出会いはそこが最初。店内が広いので、かなりゆったりした気分でいただけます。 -
矢場公園は、栄のナディアパークの南側に隣接する公園。
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公園からナディアパークに向かって広い階段があるのですが、そこが恰好の休憩所になっています。
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ここに座ると正面は公園、後ろがナディアパークのビル。気分が晴れやかになるような空間だと思います。
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イチオシ
ちなみに、ナディアパークは、世界デザイン博覧会にちなんで建設された複合商業施設。LoFTも入ってますが、圧巻は中央の吹き抜け広場。
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この日は、栄の歩行者天国と一体となった栄ランウェイというイベントが行われていて、AKB48のような地元の女の子のグループが歌ったり踊ったり。これをはるか上階のテラスから眺めてみましたが、ちょっと痛快な気分です。
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再び、歩行者天国の方に戻ってくると、
こちらでは、路上のファッションショーが行われていました。 -
ファッションショーは、生中継も行われていたようですね。
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モデルさんが歩くステージは大勢の人の熱気に包まれていました。
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さらに、先に進みます。
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ラシックは、名古屋の中心部、栄にある巨大な商業施設。実質的には三越が運営しているようですが、大通りに面した大きなガラス張りのウインドウには、ブランドショップの派手な飾り付け。
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銀座でもこんな飾りつけはないような大胆な飾り付けでした。一方で、地階はけっこう庶民的。使えます。
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イチオシ
久屋大通公園は、テレビ塔を臨む久屋大通りに整備された公園。どうかすると札幌の大通公園に似ていなくはないのですが、テレビ等に向かって歩いて見ると道路にぶち当たったり連続性に欠けていて、札幌のような快適な感じはありません。
写真は、一角の愛の広場。家族連れが遊んでいましたが、近くにバスセンターはあるし、アクセスもよくないので、一組だけしかいませんでした。 -
名古屋三越は、名古屋の中心、栄にあって、巨大な店舗です。栄の地下街とも直結しています。ただ、三越はナショナルチェーンだし、東京の文化を地方につなぐ役割が大きいので、名古屋の観光を目当てにした観光客にとっては、少しつまらないかもしれません。ただ、これだけ大きな店舗が名古屋にあるということにはちょっと感じるところはありますね。
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栄の近くのビルインの両口屋是清です。白い暖簾が目についたので、ちょっと寄ってみました。
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いただいたのは、桜の花びらをデザインしたどら焼き。この時期限定の桜餡です。ちょっと驚いたのは表面にコーティングしてある塩味。食べた瞬間にそれが分かって、面白い発想だなあと思いました。
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イチオシ
サカエの交差点の北に見えるのがオアシス21。白い巨大な建造物は、オアシス21のシンボル「水の宇宙船」です。
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エレベータを上がると、そこは浅いプールのように水を張った潤いの場所。そして、周囲を歩く遊歩道もあるのですが、ちょっと微妙に揺れてるんですよね。なので、高所恐怖症の私にとっては、ちょっと難あり。遊歩道の方を眺めるだけでギブアップです。
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オアシス21の一階部分には広場もあって、それは銀河の広場。広場全体が真っ青な色彩で鮮やかな印象。ドームのような建物自体がすごいのに、中を見るとこんな広場があって、またびっくりと言った感じです。ちょっとしたイベントをするには、まったくちょうどいい空間だと思います。
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銀河の広場には観光案内所があって、栄の地下街の歩き方を教えてもらいました。これまでちゃんと歩いたことはなかったのですが、うまくポイントを押さえた説明で、とても助かりました。意外に訪れる観光客が多くて、賑わっています。
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イチオシ
愛知県文化情報センターは、オアシス21から回りました。周囲は芝生の公園。桜がちょうど満開です。
ここは愛知県立美術館がメインの施設かと思ったのですが、ほかの展覧会の会場もいくつかあるし、劇場もあるし。巨大な施設なので、なんでもできるといった悠々のスペースがあちこちにある。ちょっと破格のスケールだと思います。 -
で、行ってみたかった愛知県美術館はお休みだったんですが、愛知県美術館ギャラリーの方は開いているということで、そちらを拝見することにしました。展覧会は、書の展示。地元の愛好家の書がかなりの量展示されていましたが、それを展示するスペースの大きさにもちょっと感動してしまいました。こんな整った施設はなかなかないと思います。
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NHK名古屋放送センターは、愛知県文化情報センターの隣り。オアシス21とも二階の通路でつながっています。
今は、大河ドラマ「花燃ゆ」の企画展をやっていました。登場人物の紹介から、実際に撮影で使われた小道具などの展示まで。気軽に楽しめる、見やすい内容だと思います。 -
NHKからサカエチカへ。名古屋の栄地区にある老舗の地下街は、広いし迷路のような地下街だと聞かされてきましたが、観光案内所で説明を受けるとそうでもない。縦横にそれなりに通路は整っていて、案内所の人によると名古屋駅の地下街の方がよっぽど分かりにくいのだそう。あちこち歩きましたが、確かに思っていたのと違って、ほどよい広さだと思いました。
これはクリスタル広場。サカエの地下街だと待ち合わせの場所の定番だそうですが、場所的には、ちょっと端っこになるんじゃないかなあ。中央にクリスタルで作ったと思しきモニュメントがあって、目印にはなっています。 -
サンシャインサカエ Sky-Boatは、栄にある観覧車。高いところが苦手の私は眺めるだけですが、サカエチカからサンシャインサカエのビルに出たところから見上げる観覧車の眺めがとっても迫力があったので、写真の通り、紹介だけはしたいと思います。
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ここから、サカエを離れて、名古屋市街のさらに北へと向かいます。
朝日神社は、栄広小路通り沿い。都会の真ん中なのですが、境内はそれなりに広くて、本殿の辺りとか木々に囲まれて薄暗くなっています。
この神社は、秀吉の妹で徳川家康に嫁いだ朝日姫の氏神様だそう。ここに移されたのは、徳川家康の指示によるもので、街の守り神という意味だったそうです。
ただ、境内は落ち葉が散乱していて、何とかならないものかなあという感じでした。 -
福生院は、袋町お聖天と呼ばれる大聖歓喜天を奉る寺。入口の派手な赤い楼門も目立っているし、境内も限られたスペースに水盤舎から、六角堂塔、本堂などがぎっしりと建てられている状態。なにかとにぎにぎしい雰囲気のお寺です。
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長者町繊維問屋街は、伏見の近く。通りをまたいで「長者町繊維問屋街」と書いた大きな看板のある通り沿いに問屋さんが並んでいます。それが、ちょっとした範囲かなあと思ったら、看板が通りにはいくつもあって、けっこうな長さの問屋街。名古屋は木綿の歴史もあるので、これだけの規模になったのでしょう。名古屋のもう一つの顔と言ったところだと思います。
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桜天神社は、織田信長の父、織田信秀が北野天満宮から菅原道真の木像を勧請し、那古野城に祀ったのが始まり。後に、こちらに移されますが、この辺りは桜の名所だったことから桜天神と呼ばれるようになったそうです。
境内には、願い事を書いたひしゃくがたくさん掛けてありました。願いの水の牛にひしゃくで水をかけると願い事がかなうそうで、ここの名物になっているようです。 -
その入り口にあるのがこれ。
写真で見た時は気が付きませんでしたが、時分鐘といっても、あれれというほど、実に小さいもの。名古屋城下に、昼夜12時に時を知らせた鐘のようですが、火事で焼失してなくなってしまったのだとか。それを惜しんで建てられたミニチュアです。 -
日本銀行は各県にあるので、珍しいものではありませんが、この名古屋支店はさくら通り沿い。八重桜の並木がちょうど満開でした。日本銀行の建物は分厚いコンクリートに覆われていて、見るからに頑丈そう。それでも、異様な景色になっていないのは面白いことかもしれません。
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河村瑞賢の屋敷跡は東京の日本橋にもあって、晩年はそちらだったようですが、名古屋にも住んでいたんですね。伊勢の出身なので、不思議はないんですが、淀川の治水や西回り航路など、どれだけでかいんだというようなスケールの大きな仕事をした人物。住居もあちこち変わってお疲れ様です。
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そして、一気に名古屋城の辺りまで歩きまして。もうけっこうバテバテです。
名古屋東照宮は、尾張藩の初代藩主、徳川義直が、父徳川家康の三回忌にあたって、名古屋城内三の丸に創建したのは始まり。その後、旧藩校明倫堂跡地である現在の地に移りました。徳川御三家のおひざ元なので、もっと立派な東照宮があってもおかしくはないのでしょうが、意外に質素。境内も参道とかがはっきりしないようなところがあって、けっこうざっとしています。 -
同じ敷地内にあるのは那古野神社。
ここに移される前は、名古屋城の三之丸にあった頃は三之丸天王社とも呼ばれた城の総鎮守。江戸時代は、こちらの例祭である天王祭が東照宮祭、若宮祭とならんで名古屋三大祭とされていたのだそうです。今はどうなんでしょうか。地味な感じは否めないと思います。 -
向かいにあるのが金明竜神社。神社といっても、そういった神社があるわけではなく、境内にあったムクノキが当時を偲ぶものとして残されているだけ。説明板によれば、樹齢400年云々ということですが、そんな大きさはないので、たぶん何代目かの木なんでしょう。それ以上はよくわかりません。
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さらに、愛知県護国神社へも。名古屋城の南側から歩いて、最初のお堀を越えた内側です。クリーム色の拝殿で、最初は鉄筋コンクリートなのかなあと思ったのですが、そういう色で塗ってあるだけ。それでも、けっこう個性的だと思います。手前に御柱も建ってます。
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愛知県庁本庁舎は、昭和13年、昭和天皇が即位した御大典の記念事業として建設されたもの。名古屋城の天守閣を乗せたような奇抜なデザイン。一応、帝冠様式という名前もあるようですが、そんな名前なんかなくても、建物に乗っかった天守閣がポイントであることなど一目瞭然です。なお、内部の公開は、別途、そういう日があるようです。
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名古屋市役所本庁舎も、愛知県庁本庁舎と並んで建っています。こちらも、昭和天皇即位の記念事業として建設されたものであり、帝冠様式のデザイン。名古屋城を意識した建物ですが、愛知県庁本庁舎ほど直接的ではない。横浜の三塔のイメージに近いかなあという感じです。
ここからは、名古屋駅まで地下鉄で帰ります。 -
名古屋駅について、これはユニモール。この地下街は、名古屋駅の桜通口方面にあって、地下鉄桜通線国際センター駅までを結びます。名古屋の地下街と言えば、サカエチカがあまりにも有名ですが、規模で言うとこちらもそれに負けないくらいなのだとか聞きました。全部は歩いていないので実感はないんですが、そういうことのようです。
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地上に上がったところがミッドランドスクエア。トヨタ自動車の本社が入っている名古屋駅前の高層ビルです。
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ここに豊田社長が常駐しているのかどうかは分かりませんが、ここにトヨタの本社があるということは、世界からも注目されることになるのでしょう。米国のシアーズタワーがシアーズローバックのビルで有名なことと似ているような気がします。
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トヨタの本社が入っているビルなので、当然といえば当然なのですが、ここの二階にトヨタのショールームがありました。レクサスの新型モデルだと思いますが、悠々としたスペースに何台かが置いてあって、試乗している人もちらほら。リッチな演出です。
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晩飯は、ひつまぶしの超人気店、まるや本店へ。この日も大行列で、夕方30分以上待って入りました。
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イチオシ
カリカリに焼いたうなぎがとっても美味で、締めのだし汁の茶着けも絶妙な加減ですよ。
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ただ、一方でこれが最高のうなぎの味かというとそうではない。うなぎならではの脂っこいうまさはこんなものではないですよね。蓬莱軒のひつまぶしは、こんなうまいうなぎを何でひつまぶしにするかなあ。もったいないなあと思うようなうなぎなんですが、ここのうなぎはうなぎのせんべいのようなカリカリ仕上げ。うなぎとしての味はこれではだめなんですが、ひつまぶしとして食べるにはむしろこうでなくてはいけないという感じ。つまり、うなぎとしてはどうかと思うのですが、ひつまぶしとしての完成度はより高いということなんじゃないかと思います。
さて、今夜の宿は彦根。明日の長浜まつりが今回の旅のハイライトです。
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