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高幡不動尊と府中市郷土の森博物館の紫陽花を見に行きました。<br />旅行記の2は府中駅から最後までです。<br /><br />★散歩ルート<br />高幡不動駅→アンジュナ(南インド料理)→高幡不動尊山金剛寺→府中駅(関東の駅百選)→府中市郷土の森博物館→分倍河原駅

’14 東京紫陽花さんぽ2 府中郷土の森博物館編

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2014/06/17 - 2014/06/17

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たー

たーさん

高幡不動尊と府中市郷土の森博物館の紫陽花を見に行きました。
旅行記の2は府中駅から最後までです。

★散歩ルート
高幡不動駅→アンジュナ(南インド料理)→高幡不動尊山金剛寺→府中駅(関東の駅百選)→府中市郷土の森博物館→分倍河原駅

  • 高幡不動尊を見た後は府中駅に移動しました。適当に出口をでたら工事中でした。

    高幡不動尊を見た後は府中駅に移動しました。適当に出口をでたら工事中でした。

  • 府中駅は関東の駅百選に選ばれています。選定理由は「都会的で現代的なミュージアムをイメージさせる駅」<br />

    府中駅は関東の駅百選に選ばれています。選定理由は「都会的で現代的なミュージアムをイメージさせる駅」

  • 府中駅から府中郷土の森博物館に行きます。こちら側出口の地下あたりからでているコミュニティーバスで行きました。

    府中駅から府中郷土の森博物館に行きます。こちら側出口の地下あたりからでているコミュニティーバスで行きました。

  • コミュニティーバスのちゅうバスの南町・四谷循環で「芝間いなり神社」で下りました(100円)。土日は京王バスが郷土の森正門前まで行くみたいですが、平日はなかったです。

    コミュニティーバスのちゅうバスの南町・四谷循環で「芝間いなり神社」で下りました(100円)。土日は京王バスが郷土の森正門前まで行くみたいですが、平日はなかったです。

  • 「芝間いなり神社」<br />降りたバス停前にありました。バス停にある簡単な地図を見て郷土の森に向います。地図は方向が少しわかりづらかったです。

    「芝間いなり神社」
    降りたバス停前にありました。バス停にある簡単な地図を見て郷土の森に向います。地図は方向が少しわかりづらかったです。

  • 「芝間いなり神社」<br />

    「芝間いなり神社」

  • 徒歩10分くらいで府中郷土の森博物館に到着しました。入場料は200円です。府中郷土の森博物館には復元建築物やプラネタリウムなどがあります。現在あじさいまつり開催中です。

    徒歩10分くらいで府中郷土の森博物館に到着しました。入場料は200円です。府中郷土の森博物館には復元建築物やプラネタリウムなどがあります。現在あじさいまつり開催中です。

  • 「旧府中尋常高等小学校」<br />昭和10年9月に現在の市立府中第一小学校の場所に建設され、以後昭和54年に新校舎建築に伴って取り壊されるまでの間、親しまれてきました。バルコニーを持つ木造2階建てで、一般教室35室、特別教室4室、来賓室、応接室、教員室からなり、延床面積は5,870?に達し、当時北多摩郡随一の規模を誇っていました。移築復元したのは、このうちの中心部分です。

    「旧府中尋常高等小学校」
    昭和10年9月に現在の市立府中第一小学校の場所に建設され、以後昭和54年に新校舎建築に伴って取り壊されるまでの間、親しまれてきました。バルコニーを持つ木造2階建てで、一般教室35室、特別教室4室、来賓室、応接室、教員室からなり、延床面積は5,870?に達し、当時北多摩郡随一の規模を誇っていました。移築復元したのは、このうちの中心部分です。

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 旧府中尋常高等小学校の前の紫陽花

    旧府中尋常高等小学校の前の紫陽花

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 「旧府中尋常高等小学校」

    「旧府中尋常高等小学校」

  • 「旧島田家住宅」<br />島田家は旧甲州街道・府中新宿の商家です。移築・復元したのはその店蔵(みせぐら)部分で、明治19年(1886)から足掛け3年の歳月をかけて建築されました。

    「旧島田家住宅」
    島田家は旧甲州街道・府中新宿の商家です。移築・復元したのはその店蔵(みせぐら)部分で、明治19年(1886)から足掛け3年の歳月をかけて建築されました。

  • 「旧島田家住宅」

    「旧島田家住宅」

  • 「旧島田家住宅」

    「旧島田家住宅」

  • 「旧島田家住宅」

    「旧島田家住宅」

  • 「旧島田家住宅」

    「旧島田家住宅」

  • 「旧島田家住宅」

    「旧島田家住宅」

  • 「旧府中町役場」<br />府中市は昭和29年4月に府中町・西府村・多磨村の1町2村が合併して誕生しましたが、この建物は大正8年(1919)から3か年計画で建築され、同10年に竣工した府中町役場です。ドーマウィンドウなど洋風を多く取り入れながら、裏側に和風建物が接続する特色のある建築で、当時の大正デモクラシーの雰囲気を伝えてくれます。<br />

    「旧府中町役場」
    府中市は昭和29年4月に府中町・西府村・多磨村の1町2村が合併して誕生しましたが、この建物は大正8年(1919)から3か年計画で建築され、同10年に竣工した府中町役場です。ドーマウィンドウなど洋風を多く取り入れながら、裏側に和風建物が接続する特色のある建築で、当時の大正デモクラシーの雰囲気を伝えてくれます。

  • 「旧府中町役場」

    「旧府中町役場」

  • 「旧府中町役場」

    「旧府中町役場」

  • 「旧府中町役場」

    「旧府中町役場」

  • 「旧府中町役場」

    「旧府中町役場」

  • 「旧府中町役場」

    「旧府中町役場」

  • 「旧府中郵便取扱所」<br />日本の近代郵便制度は明治4年(1871)、郵便規則の制定と郵便切手の採用によってスタートしました。これに基づいて翌5年3月、府中では当時府中番場宿の名主兼問屋の矢島九兵衛が郵便取扱役に任命され、その居宅が郵便取扱所に当てられました。移築復元した矢島家住宅がこれで、建築年代は幕末から明治初頭(5年以前)の間と推定されています。

    「旧府中郵便取扱所」
    日本の近代郵便制度は明治4年(1871)、郵便規則の制定と郵便切手の採用によってスタートしました。これに基づいて翌5年3月、府中では当時府中番場宿の名主兼問屋の矢島九兵衛が郵便取扱役に任命され、その居宅が郵便取扱所に当てられました。移築復元した矢島家住宅がこれで、建築年代は幕末から明治初頭(5年以前)の間と推定されています。

  • 「旧府中郵便取扱所」

    「旧府中郵便取扱所」

  • 「旧府中郵便取扱所」

    「旧府中郵便取扱所」

  • 「旧田中家住宅」<br />田中家は幕末から明治にかけて、府中宿を代表する商家です。明治天皇の休憩所や宿所として利用されたこともあり、その御座所として使われた奥座敷部分が残されていました。そこで、当時の屋敷図や写真資料により復元設計がされ、屋敷全体を復元しました。

    「旧田中家住宅」
    田中家は幕末から明治にかけて、府中宿を代表する商家です。明治天皇の休憩所や宿所として利用されたこともあり、その御座所として使われた奥座敷部分が残されていました。そこで、当時の屋敷図や写真資料により復元設計がされ、屋敷全体を復元しました。

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「旧田中家住宅」

    「旧田中家住宅」

  • 「茶室」

    「茶室」

  • 「茶室」

    「茶室」

  • 「旧河内家住宅」<br />河内家は、市東北部にある浅間山の南を東西に走る人見街道に面した旧人見村にありました。移築した母屋はハケ上の農家としては一般的な造りですが、旧大沢村(三鷹市)から天保15年(1844)に移築されていることが、解体時の調査で明らかになっています。

    「旧河内家住宅」
    河内家は、市東北部にある浅間山の南を東西に走る人見街道に面した旧人見村にありました。移築した母屋はハケ上の農家としては一般的な造りですが、旧大沢村(三鷹市)から天保15年(1844)に移築されていることが、解体時の調査で明らかになっています。

  • 「旧河内家住宅」

    「旧河内家住宅」

  • 「旧河内家住宅」

    「旧河内家住宅」

  • 「ハケの茶屋」<br />・団子 80円<br />園内の売店で団子を購入し少し休憩しました。

    「ハケの茶屋」
    ・団子 80円
    園内の売店で団子を購入し少し休憩しました。

  • 郷土の森に来る途中でかった飲料水。現在ワールドカップ開催中です。

    郷土の森に来る途中でかった飲料水。現在ワールドカップ開催中です。

  • 「水車小屋」

    「水車小屋」

  • 「水車小屋」

    「水車小屋」

  • 「水車小屋」

    「水車小屋」

  • 「水車小屋」

    「水車小屋」

  • 「旧越智家住宅」<br />越智家は、郷土の森の敷地の西隣の旧芝間にありました。色紙型敷地を持つハケ下の一般的な農家で、その母屋は、旧坂浜村(稲城市)から明治22年(1889)に移されており、創建は江戸時代後期に遡ると推測されます。この建物も長い年月の間に改造・増築を繰り返していましたが、郷土の森では創建当初の姿に復元しました。

    「旧越智家住宅」
    越智家は、郷土の森の敷地の西隣の旧芝間にありました。色紙型敷地を持つハケ下の一般的な農家で、その母屋は、旧坂浜村(稲城市)から明治22年(1889)に移されており、創建は江戸時代後期に遡ると推測されます。この建物も長い年月の間に改造・増築を繰り返していましたが、郷土の森では創建当初の姿に復元しました。

  • 菖蒲も少し咲いていました。

    菖蒲も少し咲いていました。

  • 園内の奥にあるアジサイの小径。この辺がアジサイのメインという感じです。

    園内の奥にあるアジサイの小径。この辺がアジサイのメインという感じです。

  • そんなに長くはないですがアジサイが両側に咲いています。

    そんなに長くはないですがアジサイが両側に咲いています。

  • 梅がいっぱい落ちていました。持ち帰るのは禁止みたいです。

    梅がいっぱい落ちていました。持ち帰るのは禁止みたいです。

  • バラも少しだけ咲いていました。

    バラも少しだけ咲いていました。

  • 「旧三岡家長屋門」

    「旧三岡家長屋門」

  • 「旧三岡家長屋門」<br />三岡家は、江戸時代後期に旧是政村の村役人を勤めた家柄で、移築した長屋門は、その分家に建てられていたものです。中央部を門とし、その両側に部屋を設けた長屋門の一般的な形式をとっていて、多摩地区では標準的な大きさといえますが、両側の部屋を総塗込め蔵造りとし、置き屋根形式を採用している点で類例の少ない長屋門です。移築にあたっては創建時の姿に復元しました。

    「旧三岡家長屋門」
    三岡家は、江戸時代後期に旧是政村の村役人を勤めた家柄で、移築した長屋門は、その分家に建てられていたものです。中央部を門とし、その両側に部屋を設けた長屋門の一般的な形式をとっていて、多摩地区では標準的な大きさといえますが、両側の部屋を総塗込め蔵造りとし、置き屋根形式を採用している点で類例の少ない長屋門です。移築にあたっては創建時の姿に復元しました。

  • 「旧三岡家長屋門」

    「旧三岡家長屋門」

  • 「旧三岡家長屋門」

    「旧三岡家長屋門」

  • 「やすらぎ亭」

    「やすらぎ亭」

  • 「まいまいず井戸」<br />まいまいず井戸とは、地面を大きくすり鉢状に掘りくぼめ、その底面から掘り抜いたものです。「まいまい」はかたつむりの別名で、すり鉢状の窪みの斜面を螺旋状にくだって水を汲むことから命名されたと思われます。その分布は、武蔵野台地や伊豆諸島に集中し、地下水位の低い環境で生み出された形式と考えられ、地域によっては昭和30年代まで利用されていました。復元した遺構は、平安時代のもので、くだる道こそ確認できなかったものの、その形状や規模からまいまいず井戸のルーツと推定されます。復元にあたっては、羽村市五ノ神の事例を参考とし、螺旋状の道を敷設しました。

    「まいまいず井戸」
    まいまいず井戸とは、地面を大きくすり鉢状に掘りくぼめ、その底面から掘り抜いたものです。「まいまい」はかたつむりの別名で、すり鉢状の窪みの斜面を螺旋状にくだって水を汲むことから命名されたと思われます。その分布は、武蔵野台地や伊豆諸島に集中し、地下水位の低い環境で生み出された形式と考えられ、地域によっては昭和30年代まで利用されていました。復元した遺構は、平安時代のもので、くだる道こそ確認できなかったものの、その形状や規模からまいまいず井戸のルーツと推定されます。復元にあたっては、羽村市五ノ神の事例を参考とし、螺旋状の道を敷設しました。

  • 「まいまいず井戸」

    「まいまいず井戸」

  • 博物館木館。土日はプラネタリウムもやっています。土日にきてドラえもんを見ようかなと思っていましたが、平日なのでやっていませんでした。当日はゆっくりめに家をでたのでどっちにしても見てる時間はなかったです。

    博物館木館。土日はプラネタリウムもやっています。土日にきてドラえもんを見ようかなと思っていましたが、平日なのでやっていませんでした。当日はゆっくりめに家をでたのでどっちにしても見てる時間はなかったです。

  • ちゅうバスで府中駅に戻ろうかと思っていましたが、郷土の森正門から分倍河原駅のバスがでていてちょうどバスが来たので分倍河原駅まできました。

    ちゅうバスで府中駅に戻ろうかと思っていましたが、郷土の森正門から分倍河原駅のバスがでていてちょうどバスが来たので分倍河原駅まできました。

  • 分倍河原駅から帰りました。

    分倍河原駅から帰りました。

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