2013/11/02 - 2013/11/02
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二日目は、仙洞御所と修学院離宮のダブル拝観。これを基本にして、周辺の散策を組み合わせます。
実は、仙洞御所も、修学院離宮も、関係しているのは後水尾天皇。中宮は、徳川秀忠の五女で徳川和子。この中宮を迎えるにあたってもひと悶着があるし、その後も続く徳川幕府からの様々な圧迫に耐えかねて、在位はわずか18年。そして、その後の51年を上皇としての長い余生を送るのですが、残した遺産は格調の高いものばかり。文化の面では負けないぞという強い気概もあったのではないかと思います。
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イチオシ
仙洞御所の拝観までには時間があるので、御所の周辺を探索します。
と、さっそく地下鉄烏丸丸太町駅を出てすぐのところに大丸ヴィラというのを発見しました。塀に囲まれたゆったりした敷地に大きな洋館がすばらしいですねえ。ちなみに、この建物は、大丸社主の下村正太郎邸として建設されたもの。あのヴォーリズが設計し、チューダー・スタイルの傑作なのだそうです。 -
菅原院天満宮神社は、京都御苑の下立売御門の向かい側。
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ここは、菅原道真の曽祖父の邸宅、菅原院があった場所で、菅原道真とその父祖を祀っています。なお、菅原道真はここで生まれたとされており、境内には「菅公御産湯の井」という井戸もありました。
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日本聖公会 聖アグネス教会もすぐそば。明治31年に平安女学院のチャペルとして建てられたもの。ゴシック様式でレンガ造りの建物は、初代校長ジェームズ・ガーディナーによる設計。歴史を経てでしょうが、赤いレンガが渋い色合いになっています。
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平安女学院の一角に杭が建っているのは、斯波氏武衛陣・足利義輝邸遺址。
武衛陣とは、この地に居を構えた室町幕府管領斯波義将邸宅。これは応仁の乱で焼失。ついで、室町幕府将軍足利義輝の館が築かれますが、三好義継に攻められ義輝は切腹、この館も焼失します。洛中・洛外図屏風では、京都御所と足利将軍の館が同じくらいの大きさで描かれていて、京都の街のシンボルの一つだったことが窺えますが、それがここだったんですね。なるほど。ちょっと、感慨深いものがあります。 -
と、こんなところに8時から朝ごはんをやっているお店を発見。お弁当も売っているという千かくです。
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入ると先客の若い女性が一人。近所の人なのかなあ。
朝ごはんのメニューは、和風と洋風の二種類。和風をいただきましたが、いわゆる京風の薄い味付け。おいしいご飯に、街歩きの元気をいただきました。 -
続いて、護王神社へ。
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ここは、和気清麻呂と姉の和気広虫が主祭神。和気清麻呂が宇佐へ流された際、道鏡が送った刺客に襲われ、この時、300頭の猪によって命を救われたという伝説から、境内は至る所に猪。狛犬もあ・うんの猪となっていました。
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御所の西側を終わって、御所の中に移動します。
京都御苑には、南側を中心にいくつかの神社があるのですが、白雲神社もその一つ。西園寺公経という公家が金閣寺の付近に西園寺を建立した際、お堂を建てたのが始まりで、その後、西園寺家の邸内に移築されたもの。財天が祀られていて、芸事に関係すると言われています -
ここも京都御苑の中。京都観光神社という神社です。京都の観光の発展を祈念して作られたようですが、今は観光都市として押しも押されもせぬ京都ですが、都が東京に移って、大きな失意の中から復興したという歴史がある京都。今の京都を築いた先人たちの努力に思いを馳せました。
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ということで、次は御所の東側です。
これは丸太町かわみち屋。こういった場所には、意外な老舗がひょっこりあるものなんですよね。 -
で、入ると目に入ったのはそばぼうろ。しかし、これでは新味がないなあと思ったら、そばまんじゅうというのがあって、これをいただきました。そばつながりで、たぶん素朴なお饅頭なんだろうなあと思っていただくと、薄い皮に餡子がぎっしり。その餡子が強烈に甘いんです。甘いのは抑えた方が上品かというと実はそうではない。甘くてもその甘さがこれだけすっきりしていると甘い方がいいに決まってます。やっぱり、予感通り。ただものではないお店でした。
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御所の周辺からそのまま少し離れて歩きます。
山紫水明処は、丸太町橋の北側、細い路地を入った住宅地の一角です。ここは、頼山陽が書斎兼茶室として使っていたというところ。晩年もここで過ごしています。国の史跡。
ちなみに、頼山陽は、広島出身の儒学者、歴史家。大作「日本外史」は、明治維新に際して尊攘派の志士たちに大きな影響を与えたと言われています。 -
ただ、見学には予約が必要なようでした。連絡先とかを写真に撮ったので、載せておきます。
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続いて、吉田屋跡。鴨川にもほど近くです。
今は普通の住宅地といった感じですが、ここは三本木というかつての花街だった辺り。吉田屋は、三本木にあった料亭で、勤王の志士が集まる場所だったようです。ここでは、薩摩藩から、小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通、土佐藩からは後藤象二郎らが参席し、お互いの武力協力を約束した薩土盟約が結ばれたのだそうです。
傍らには、「立命館草創の地」の記念碑もありました。 -
少し先には、木戸孝允邸宅跡。木屋町通を上がり、丸太町にもう近い場所です。
元々は近衛家の河原御殿だったものを明治になって木戸が譲り受け京都別邸としたとのことです。木戸は明治10年、西南戦争の最中にここで亡くなりますが、直前に、明治天皇が見舞いに来たのだとか。茶亭として使われた建物が残っているようですが、それには気づきませんでした。 -
ここまで来たら、もう少し先へ行ってみましょう。
そして、この高瀬川一之船入は、木屋町通を二条まで上がったところ。高瀬川に高瀬舟が浮かんでいて、すぐにそれと分かります。高瀬川に作られた船入で、国の名勝天然記念物に指定されています。 -
ちなみに、高瀬川は、江戸時代初期、角倉了以、素庵父子によって、京都の中心部と伏見を結ぶために開削された運河。京都の水運の歴史は、西堀川・東堀川が始め。それに、この高瀬川の水運が加わって、淀川につながった京都の水運は飛躍的に強化されることとなりました。
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幾松は、一之船入跡の近くにある料理旅館。かつ、維新の三傑の一人である桂小五郎と芸妓幾松(のちの松子夫人)の木屋町寓居跡という歴史の場所でもあります。夜の値段は高いので、昼に利用したことがあります。目当ては、桂小五郎の足跡をたどることだったのですが、幾松の間の抜け穴、飛び穴、のぞき穴、つり天井などを女将さんが熱のこもった説明振りで、楽しませてくれました。裏がすぐに鴨川に通じているのも面白いところです。
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そばにあった島津創業記念資料館。ここは、ノーベル賞の田中耕一さんで有名となった島津製作所の創業100周年を記念して開設した資料館。。
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創業者の初代島津源蔵は、もともとは金属製の仏具を作っていたというのですが、明治に入って、欧米の最新技術を日本に導入するための理化学実験の器材等を作り始めたのが、最初だそうです。レントゲンの機械とか、日本の先駆者として、すさまじい努力で実用化したという説明など、新鮮な感動がありました。
ちょっと、御所から離れすぎてしまったかも。戻りましょう。 -
一保堂茶舗は、仙洞御所の予約を11時からしていたので、それまでの時間調整で訪ねます。奥の喫茶店で休むつもりだったのですが、何んと開店は11時からだそうで、これでは利用できません。仕方がないので、店内の商品を見たりして時間を過ごしましたが、大きなお茶を入れる壺が棚に並んだりしていて、京都の老舗のお茶屋さんは違うものだなあと感じました。
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仕方ないので、京都御苑の南側寺ノ内通りをウロウロ。これは、本院坊発祥の地の碑です。石造りの碁盤のモニュメントもあって、よく見るとよくできています。
ちなみに、「本因坊」は、ここに住んでいたというた僧侶の日海が始まり。徳川家康の命によって寺を弟子に譲り、本因坊算砂(さんさ)と改名して幕府の碁所を任されたのだそうです。以降,本因坊の名は世襲で受け継がれますが、後に、選手権である「本因坊戦」につながります。 -
こうなったら、勢いでさらに。これは新島旧邸。「八重の桜」でも出てきますが、ここは新島襄と八重が暮らしていた住宅。襄の友人J. M. シアーズの寄付によって建てられたもので、三方にべランダを巡らした明るい洋館です。
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見学は予約が必要らしく、内部の見学はできませんでしたが、外部からでも間近で見ることができるので、部屋の中もそれなりに見えるしほとんど問題なし。雰囲気は十分味わえます。待合室には、新島襄と八重に因む資料も展示されていて、それも自由に見学できます。
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隣りにあるのが京都市歴史資料館。小さな無料の施設です。
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この日は京都の水運の歴史をテーマにした企画展をやっていまして、桂川から大量の木材が京都に運び込まれていたこと。西堀川・東堀川の運河がそれを補完していたこと。その後、高瀬川の開削で、京都が伏見・淀川と結ばれ、飛躍的に水運の強化が図られたことなど。その後の琵琶湖疏水の役割まで。京都の歴史のおさらいが出来ました。
さて、そろそろ予約の時間。急ぎましょう。 -
御所の塀を回って、仙洞御所に向かいます。
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仙洞御所は、天皇を退位した上皇・法皇の御所。ここが入口です。
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事前に拝観許可をとって行くんですが、許可証と本人であることの証明で運転免許証を見せて入ります。
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皆さん、もうほとんど集まっていますね。
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さて、仙洞御所は後水尾上皇のために造営されたものですが、江戸の末期に焼失し、現在は庭だけ。
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同じ敷地に隣接した建物は、大宮御所。後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものです。
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ここからは、庭の方へ。
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庭に沿って、
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庭園を歩きますが、
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移動距離は、
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2〜3キロくらいです。
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起伏もないことはないんですが、
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それなりに平坦。
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平坦な中に、
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視界を広げたり、隠したりの変化を楽しみます。
ここは、二つ目の池です。 -
イチオシ
伊勢物語にも出てくる八ッ橋。
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これを渡って、
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さらに先に進みます。
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こうした回遊式の庭園は、
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江戸時代の大名庭園で完成したものなんですが、権勢を示す役割と違うので、平安期の浄土庭園の雰囲気が微妙に残っているような印象です。
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茶室も、
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説明がありましたが、
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何んといっていいか。庭園の景色にアクセントを着ける役割が大きいでしょう。
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茶室から池を望んだ眺めです。
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以上、一時間ちょっとくらいで終了。
ところで、この時期、京都御所の一般公開も行われていました。京都御所を見た後だと、こちらはかなり規模が小さいので、正直言えば少し物足りなさを感じる人もいるかもしれません。 -
仙洞御所を出て、京都御苑の西側、蛤御門まで帰ってきました。
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中立売展示ホールは、蛤御門の横。京都御苑の模型が展示されているというので寄ってみたのですが、確かによくできている。直前に、仙洞御所を見学していたのですが、どこをどうまわったのかが確認できて、けっこう役に立ちました。
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蛤御門を出ると、こちらはあの有名なとらやの本店。京都御所の隣りです。ちなみに、東京の本店は赤坂にありますね。
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食べ歩きに何か買おうと思ったのですが、勧められたのは、やっぱり羊羹。スティックのように細いパッケージの羊羹です。なるほど、これは歩きながらでも食べやすいです。こんな工夫もしているんですね。ところで、とらやの羊羹は、関西と関東では味が違うんですよねと尋ねたら、「同じ工場で作っていますから、同じです」の答え。違うという情報はガセだったようです。
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ここまで来たら、麩嘉にも行ってみたくなりました。
途中にいくつか寄り道しながら向かいます。
京都府庁旧本館は、明治37年に完成したルネサンス様式の堂々たる建物。昭和46年まで京都府庁の本館として、その後は会議室等で使われており、創建時の姿で現役の官公庁建物としては日本最古のものだということです。
ただ、内部は現在工事中でした。 -
ここは銭幸餅ですか。小さな和菓子屋さんですが、キンカン餅というのが気になってそれをいただきました。
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食べると真ん中にキンカンが一個まるごと入っていて、力強い商品。柑橘系の甘い味と香りがお餅にすんなりなじんで、このまとまり方はすごいでしょう。
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ということで、麩嘉に到着。麩嘉は、錦市場にもあるんですが、それでは気分も出ないし、今回は本店の方に行ってみました。お店は、立派な構えで、中に入ると皆さん忙しそう。私のような観光客もポツポツ来ているのですが、ここは作業が中心のような感じなので、申し訳なかったかもしれません。
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それでも上がり框に腰かけて、麩饅頭をぱくり。
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もっちりした麩は二重構造にでもなっているように、もっちりにもう一つもっちりが加わったような感じ。餡子もうまいし、これは何個でも食べれそうでした。
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イチオシ
そこから堀川通りを目指して歩いている途中。文政年間創業の暖簾の豆腐屋さんを発見。近所の人が自転車で乗り付けて、何やらいっぱい買い込んでいます。これは気になる。ちょっと寄ってみましょう。
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ここでは、昔ながらに、おくどさんで豆を炊いてお豆腐を作っているんですね。昔気質の雰囲気がむんむんしています。
いただいたのは、豆乳。どろんと濃いのに、すっきりした味わい。豆のエキスを体に注入したような気持ちになりました。 -
さて、バスで出町柳に移動してきました。
みたらし団子 古都香は、ちょっと看板が風化していて読みにくいんですが、古都香と書かれています。 -
昼飯を食べる時間がなくなっていたので、代わりに、ここでみたらし団子をパクリ。そういう意味ではあまり期待していなかったのですが、このだんご。タレがうまいですねえ。甘がらさにかすかに酸味が入っていて、それが味わいを深くしています。実は百貨店にもだしているというメジャーなお店のようですが、確かにそれだけのことはあるでしょう。
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叡山電車で修学院離宮まで移動します。
白川通りは、街路樹がきれいに整備された通り。ここは修学院離宮、曼殊院、圓光寺、詩仙堂といった洛北の人気コースの入口といった場所です。
なお、全国チェーンとなったラーメン屋の天下一品の総本店がここにあります。京都でも、天下一品の本店の味は違うというのですが、いかがでしょうか。私も一度行きましたが、そこまではよく分かりませんでした。 -
白川通りから入って、修学院離宮に向かう参道。登りかけたところで、目に入ったのは京都大原山田農園たまご工房。大原山田農園と書いてあるので、こっちは支店なんだろうと思ったら、農場は大原でも、直売所はここだけなんだとか。ちょっと、紛らわしいですねえ。
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イチオシ
いただいたのは、シュークリーム。カスタードのみとカスタードと生クリームを合わせたタイプの二種類があって、私はカスタードのみのタイプをいただきました。元気に跳ね回っているニワトリさんの姿がそのまま現れているような感じ。そして、さりげなく、シューもなかなか。高級シュークリームとして十分通用するのに、お店のネーミングとのギャップがあって、ちょっと惜しいなあと思いました。
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修学院までは、ここからずっと上り坂です。
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修学院離宮の予約時間までまだ間があったので、ここで軽く食事をして待つことにしました。この辺りは、食堂も他には見当たらず、ここ一軒だけ。
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そういう意味では、競争もしていないので、どんなかなあとちょっと心配もしたのですが、結果はリーズナブル。いただいたきつねうどんは、厚いお揚げに味がよく沁みて、京都らしい味わい。ペロンとしたやわらかいうどんとマッチしていて、けっこううまいです。
女将さんも気さく。この辺りは、修学院村といった場所で、地域のつながりが強い土地柄なんだそうです。 -
さて、修学院離宮に入ります。
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案内の人に引率されて、ここから3〜4キロの行程です。
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下の茶屋の門です。
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ここを入ると、
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小川の流れる庭を持つ
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下の茶屋。
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奥には、玉座もあって、後水尾天皇はここに座っていたんでしょう。
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次の間の襖は、おとなしい感じです。
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改めて、茶屋から庭を眺めた感じ。
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さらに進んで、また門です。
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入ると、松並木。
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イチオシ
馬車を通すために、明治になってから作られました。
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周囲には田んぼもあって、これも離宮を構成する重要な要素です。近くの農家に委託して、作ってもらっているんだそうです。
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上の方には例の大刈込。これらの風景が修学院離宮の特徴的な景色です。
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いつの間にか高いところに来ていました。京都の市街があんなところに見えています。
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ここから、中の茶屋に向かいます。
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中の茶屋は、後水尾天皇が亡くなってから、その息女の一人が天皇の菩提を弔うために建てた寺が元になっているんだそう。
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これも、門を入って、
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奥にその建物。
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瓦には菊の御門が入っているし、
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このデザインは、網干。有名なものなんだそうです。
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イチオシ
そして、面白いのは、日本三大違い棚の一つというこれ。五つの違い棚が、かといって華美にならないよう、微妙なバランスで配されています。
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イチオシ
こちらは、網を掛けた鯉。この鯉が夜な夜な庭の池に出てしまうので、網を描いて出ないようにしたという話です。鯉は止められるんですが、恋は止められないとか。なんか付け足しの解説もありました。
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周囲はこちらも日本庭園。
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そこを回って、中の茶屋は終了。
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これは上の茶屋の門です。
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イチオシ
そして、大刈込でせき止められた、龍の池の脇を登って行きます。
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これがまたこの離宮ならではの風景。ハイライトでしょう。
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京都の市街の眺めはこんな風になりました。
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上の茶屋は、簡素な造り。縁台に腰かけて、一休みです。
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ただ、足元には、小さな石のデザイン。
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赤い鞍馬石と
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黒い鴨川の石を使って、さりげないかわいらしさが出ています。
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イチオシ
大刈込を刈る人。長い棒のような鎌で払うように刈っています。
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上の茶屋の中。
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改めて、外観。とても質素です。
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ここから、今度は下り坂。上から見えていた島に建っていた建物です。
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紅葉の谷を抜けて、
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こちらの茶屋にも玉座です。
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案内の人がこんな風に説明してくれます。でも、内容は何だったかなあ。。
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池まで下りてきました。
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遠景にも建物がちらりとあって、ちょっと中国風のような感じがしないでもない。
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さらに進んで、
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これで、一回りしました。
天気もイマイチだし、紅葉もまだ。しかし、修学院離宮に込めた後水尾天皇の思いは、十分に感じれます。徳川幕府に縛られて政は自由にはならなかったのですが、趣味の世界に没頭し、その自由を謳歌した天皇。銀閣寺を立てた足利義政に通じる心意気かもしれません。 -
ここから、せっかくなので、一乗寺の方に向かって帰りたいと思います。まず、圓光寺に抜ける散策道の途中にあるのが鷺森神社。
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辺りは、うっそうとした暗い森で、こんなところを行くのかなあといった寂しい雰囲気もあったりして、そういう印象が記憶に残る人も多いかも。
最初は比叡山麓、赤山明神の付近に祀られていたのですが、応仁の乱で修学院離宮の方へ。再び、離宮が造営されることからここに移ったようです。 -
うるしの常三郎は、京都市内にはいくつかあるのですが、うるしの常三郎を知った最初は、この曼殊院道店。修学院から圓光寺、曼殊院、詩仙堂といった散策ルートは、洛北の一番の見どころ。しかし、途中には他の観光スポットと違って、人けのない場所も多いんです。そんなところにポツンとあって、でも寄ってみると、ちょっと欲しくなるような漆の器が豊富にあって。ホッと息が抜けるような存在になっていると思います。
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一乗寺に出まして、八大神社は、詩仙堂の並びです。
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この神社は、宮本武蔵の一乗寺下り松の決闘にゆかりの神社。鳥居をくぐって参道を行くと傍らには、武蔵の古い映画ポスターなども貼ってあります。
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そして、本殿の隣りには、この神社のお宝。武蔵が決闘した際に立っていたという松が保存されていました。
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そして、一乗寺下り松と言えば、宮本武蔵の一乗寺決闘で有名。宮本武蔵は、吉岡清十郎と剣術試合で勝ちますが、吉岡一門の恨みを買い、清十郎の子、幼い又七郎を立てた門人数十人と戦ったというもの。ちょっとした高台には、「宮本・吉岡決闘之地」という石碑が建っています。
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一乗寺下り松のそばにあるのが、人気の和菓子屋さん中谷です。
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いただいたのは、武蔵饅頭。武蔵の決闘の場所だけに、まさしくご当地まんじゅうですね。見ると変な形なんですが、これは刀のつばのかたちなんだとか。なるほど。
粒餡の方をいただきましたが、お味の方は、皮の香ばしさが甘さを抑えた餡子との組み合わせ。ちょっと田舎風かもしれません。 -
さて、白川通りからの帰りはバス。一気に三条通りまで帰ってきました。
この高山彦九郎像は、東海道の終点、三条大橋東詰に建っています。土下座のような奇妙な姿なのですが、これは皇居に向かって望拝しているもの。
高山彦九郎は、林子平・蒲生君平と並んで、「寛政の三奇人」の1人とされますが、基本は尊皇思想家。吉田松陰や幕末の志士に多くの影響を与えた人物とされています。 -
そういえば、月餅家 直正もありましたね。ここは、木屋町通り。キルフェボンも向かいにあって、川沿いのこの辺りは夜になるととてもいい雰囲気に変わります。
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イチオシ
月餅家直正は、人気の和菓子屋さんだけに、夜でもちゃんとお店は開いていて、常連さんと思しき人がけっこう出入りしていました。
いただいたのは、紫蘇餅。これは、桜餅の道明寺風。さくらの葉っぱじゃなくて、紫蘇の葉でくるんであります。さすがに全体のバランスがとってもいいですねえ。違和感なくいただきました。 -
この三条小橋のたもとの碑は、佐久間象山遭難之碑・大村益次郎遭難之碑。幕末の京都は、あちこちとても血なまぐさいです。
ちなみに、佐久間象山はの信州松代藩士。儒学や朱子学を修め、西洋科学の導入にも積極的だった人物ですが、開国と公武合体論者であり、尊皇攘夷派の志士に斬殺されたのがこの場所です。吉田松蔭や勝海舟などにも学問を教えたと言われています。 -
文久3年(1863年)、会津藩に薩摩藩が中心となった公武合体派が、長州藩を主とする尊皇攘夷派を京都から追放。七卿落ちで知られる、クーデター事件が起きます。
これを挽回しようと長州藩を中心とする勤皇派が京都御所に火を放ち、その混乱に乗じて徳川慶喜や松平容保を暗殺するという計画を立てるのですが、これを察知した新撰組が密謀の現場を急襲。新撰組の名を一気に高める出来事となったのがこの池田屋事件です。
薩摩でも島津久光は基本は公武合体派。はっきりと討幕に進むのは島津斉彬になってから。幕末は複雑な思惑が絡み合いながら進むのですが、その中心こそが京都なんですね。 -
そして、晩飯はPIZZA SALVATORE CUOMO & GRILLにしましょう。高瀬川に面したテラスがあるピザ屋さんなんですが、見るからにおしゃれで、三条木屋町辺りだと一番目立っているかも。
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前からかなり気になっていたのですが、今回は思い切って入ってみました。夕方の早い時間だったので、待たずに席に案内されました。
外から見ていた通り、テラス席は川に面して、その向こうにはそぞろ歩きをする観光客も見えます。期待通りにピザもうまいし、雰囲気最高です。 -
さて、これから定宿に帰るのですが、バス停のそばにfloresta。ドーナツのお店ですね。動物を模したかわいらしいデザインのドーナツが目立っていました。聞いたことない店名だったのですが、奈良から始まって、けっこう全国展開しているんですね。多分定番のネイチャーをいただきましたが、とても優しい味わい。はらドーナツもうまいですが、ここもいけてます。日本初のドーナツがいつの間にか増えていて、いいことだと思います。
さて、これで二日目はおしまい。明日は、母と合流します。
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この旅行記へのコメント (1)
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- belleduneさん 2013/12/05 09:26:15
- 美味しそうなお饅頭があって...
- たびたびさん、甘いものがたくさん出て来て、食べたくなってしまいますね。
歩いたエネルギー消費量より食べた和菓子の方がちょっとだけオーバーかもしれませんが、そんなことを気にせず、1日中歩き廻って、美味しい和菓子を紹介して頂いて、こちらも食べた気分になりながら、見ていました。
私も修学院離宮の見学に参加しましたが、列の前方にいないと説明が良く聞こえませんでした。
聞きたい時は、前に出て、写真を撮りたい時は後ろへと移動していましたが、時間が足りないように感じました。
季節が変わると、景色も違いますね。和菓子を食べながら、また行ってみたいです。
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