2013/09/15 - 2013/09/15
106位(同エリア324件中)
たびたびさん
- たびたびさんTOP
- 旅行記841冊
- クチコミ41172件
- Q&A回答431件
- 6,775,245アクセス
- フォロワー687人
日田は、天領の街。しかし、この地の利点に気づいたのは秀吉。九州各地に睨みを利かせる立地の良さに目を付けました。徳川幕府も、結果としてこれを引き継ぎ、九州の天領支配の拠点とします。交通の要衝というのは、逆にその支配を強化するために、結果的に整備されたものであり、始めから交通の要衝であったと理解するのは間違いでしょう。事実、それまでの歴史においてこの地を拠点にして九州の大勢力となった豪族はいないのですから。
一方で、天領の時代から人や物が往来する街であった性格は、その後、観光地となった今でも変わっていないような。天領という歴史もさることながら、そうした伝統の営みが一級の観光地としての日田を育んだのではないかと感じました。今回は、二回目の訪問でしたが、新たな発見も多くて、例えば、グルメ全般にスイーツのレベルの高さとかにもよく現れていているように思いました。
-
朝の散歩の開始です。というか、今日は歩きに歩きますよ〜。
布善本舗は、日田温泉街の一角にあるそば饅頭のお店。朝8時から開いていて、開店直後の時間に訪ねました。ここは、寛政3年(1791年)創業の老舗だそう。ちょっと年季の入った店構えです。 -
さて、饅頭の方は、餡子の甘さはごく控えめ。自然な味わいなので、これは、何個も食べて味わうような饅頭でしょう。適当に少し食べても、なかなか良さは分からないかもしれません。なお、お店の前に腰かけがあって、そこで座っていただきました。まったく、旅人の気分です。
-
日田温泉街には、そば饅頭のお店が三軒あって、次に行ったのはこの大黒屋菓子舗。なお、そば饅頭は、どの店も一個95円。小さなお饅頭です。
-
ただ、旅行パンフレットでは、ここの店の名物は「廣瀬淡窓」の名にちなんだお菓子「淡窓」。羊羹を抹茶の落雁で包んだ和菓子のことが紹介されていたのですが、お店の人にお勧めを聞くと、やっぱりそれはそば饅頭なんだとか。そうですかあ。そうですよね。
ちょっと、皮のもっちりがはっきりしているのと、お尻に付いた木片の香りがいい感じでした。 -
さて、この日田温泉は、日田市街の南側、隈町の三隈川沿い。数件の温泉旅館があって、そば饅頭のお店もあったりして、狭いエリアですが、温泉街の雰囲気はあるにはあります。また、日帰り温泉もやっていまして、私は、宿泊した小松軒の温泉に入りましたが、無色透明の単純温泉。癖のない温泉です。
-
そば饅頭の最後のお店は、松浦松翁堂。お店の続きがちょっとしたおんた焼きのお店になっていて、ゆったりした店構え。お店の一角に、テーブルがあって、こちらでそば饅頭をいただきました。
-
女将さんが気さくな人で、お茶を入れてくれまして。「私は和菓子が好きなんですよ〜」とか言って、なんか和菓子談義に。こっちが「そば饅頭の皮には山芋を入れるなら、かるかん饅頭のジャンルなんですけどねえ」というと、「つくね薯を入れた薯蕷饅頭でも山芋と言ったり、けっこう適当かも」とか。やっぱり、せっかく和菓子で商売をする以上、和菓子に興味がないと面白くはないでしょう。
-
日田は長崎街道を通じて人・物・金が頻繁に行き来していただけに、お菓子についてもあれっというようなものがあります。老舗の長崎カステラとか、小城羊羹に似た羊羹、そして、マルボーロもその一つ。マルボーロを看板にしているお店が複数あって、とらや製菓も看板にマルボーロの文字が入っていて、これも日田の文化を表すことなのだと思います。
-
開館時間を待って、日田祇園山鉾会館へ。
-
ここには、「日田祇園祭」6基の山鉾が展示されています。
-
入ってすぐの大ホールに展示されているのですが、
-
山鉾は背が高いし、生け花をイメージしているというのですが、上の方ほど大きい頭でっかちな形。
-
イチオシ
見上げると、のしかかってくるような迫力がありますね。
-
ただ、乗った人形も、
-
それぞれに
-
イチオシ
動きがうまく表現されていて、
-
人形浄瑠璃を見ているような感じです。
-
イチオシ
これは新しい。最近作られたもののようですね。
-
二階には、ひな人形たち。
-
イチオシ
こちらも繊細で、表情が豊かです。
-
とっても、いいですねえ。
-
なお、祭りは国重要無形民俗文化財の指定。7月20日過ぎの土日に行われます。
-
さらに隈町を歩いていたら、手まり工房の暖簾が掛かったお店を発見。
-
イチオシ
中に入ると、大きいのや小さいのやいろんな手まりが展示されていました。
-
おばあさんが制作中の手を休めて説明してくれましたが、
-
親子三代でそれぞれの作品もありました。
-
近くには、提灯工房というのもあるようです。
-
イチオシ
黎明館は、大正5年に大分銀行日田支店として建てられた赤煉瓦の洋風建築です。昭和8年から平成8年までは、濱田病院。戦前の貴重な建物2000件に含まれているそうです。
そして、内部にあるのが「ひた押し花美術館」。
二階がギャラリーになっていて、押し花で作ったとはとても思えない見事な絵画が飾られていました。押し花なんて、茶色く枯れてしまっているのかと思っていたら、生きている時と同じ鮮やかな色。乾かす時間が短いので、色があせないのだそうです。押し花のイメージが見事に覆されました。 -
さて、日田のB級グルメに高菜巻きというのがありまして、この彌助すしは、その元祖。先代が考案したものだということです。
-
イチオシ
漬物にした大きな高菜のはっぱを海苔代わりにして、納豆と山芋を巻いた巻き寿司です。高菜と寿司めしのあっさり味が、納豆の粘りで旨味が増していて、山芋のサクサクした歯ごたえがちょどいいアクセント。これに日田の甘い醤油を付けていただきますが、もう絶品。見た目の良さもあるし、これは日田では外せないひと品でしょう。
なお、朝早くからやっているので、それもありがたいです。 -
続いて、天領日田洋酒博物館。
-
私的な博物館だそうですが、ここのマスターが多分桁外れのパワーで集めたコレクションは凄すぎでしょう。
-
内容は様々ですが、主として洋酒メーカーが販売促進用に小売店に配布したノベルティ。バーやスナックで自社の製品ができるだけ目立つように、こうしたノベルティを配って置いてもらったんだそうです。売り上げに応じて、人形もでかくなるらしく、これだけ大きいのはどれくらい売らないといけなかったのかなあとか、ご主人から説明を聞きました。
-
最後に、ソフトドリンクも付いています。
-
続いての日田玖珠地域産業振興センターは、日田の工芸品がどのようなものか概観してみたいと思って訪ねました。
-
小鹿田焼に木工製品全般・竹細工など。一方で目立っていたのは、日田下駄。日田は杉の産地で、天保年間に代官が殖産興業として下駄づくりを奨励したもの。伝統を持っています。
-
隈町でけっこう時間を取ってしまいました。豆町へ急ぎます。
ただ、途中にあったケーキショップショウが目に入って。 -
入ると、奥の方では若い職人さんが何人も見えて、とても活力のあるお店です。いただいたのは、シュークリーム。バニラビーンズの欠けらが入って、いい香り。お店の中の腰掛でいただいていたら、レモンの香りのお水を持ってきてもらいました。正直言えば、観光スポットからは外れているのに、店員さんの教育も行き届いて、印象に残るいいお店でした。
-
気分を良くしたところで、この昭栄堂本舗は、どうでしょうか。
-
ここにも日田の名物のそば饅頭の看板があって、それをいただきました。ぼてっとした餡子が入った田舎風の仕上がり。包みのセロハンが留めてないとか、こんなところも地元の人向けお菓子屋さんかもしれません。
-
いよいよ豆田町の散策なんですが、ここで慌ててはいけません。丁寧に回らないと穴場を見逃したりしてしまいますから。まずは、ギャラリーなないろに寄ってみました。
-
玄関を入ると、ひな人形や地元の民芸品をきれいに飾った店内。ちょっと、うっとりとしてしまうような雰囲気です。日田のひな祭りは有名ですが、そのことが彷彿となるような店内でした。ご夫婦でやっているようで、温かい対応も心に残りました。
-
で、咸宜園跡。ここは、国の史跡。日田観光ではハイライトの一つです。
ちなみに、咸宜園は、江戸時代の後期、文化2年(1805年)に、広瀬淡窓によって創立された全寮制の私塾。 -
係りの方が、資料を交えながらとても詳しく説明してくれました。
-
入学に身分は問わなかったことから、80年間で全国から集まった約5千人がここで学んだのですが、これは日本最大の規模。高野長英、大村益次郎など、著名人が学んだことでも知られます。
-
咸宜園教育研究センターは、儒学者・廣瀬淡窓が日田に開いた日本最大規模の私塾、咸宜園や廣瀬淡窓、門下生等に関する調査研究を行う施設として、同じ敷地内に開設されたもの。咸宜園には限られた資料しかないので、咸宜園について知るには、このセンターは寄ってみる必要があります。ビデオもあって、分かりやすいです。
-
続いて、近くの長生園へ。ここは、咸宜園を開いた廣瀬淡窓のお墓で、閑静な住宅街の一角に小さな公園のように整備されていました。
-
淡窓は、生前からお墓はここと決めていたそうで、淡窓の一門の墓も含まれます。
咸宜園同様、ここも国の史跡に指定されています。 -
ここは豆田の中心部です。
日田は、北部九州の真ん中にあって、江戸時代は、関東、美濃、飛騨、信濃の郡代と並ぶ西国筋郡代が置かれます。西国筋郡代は、豊後、豊前、日向、筑前、肥後の5カ国15郡と天草を加えた総高17万石を治めたというのですが、その賑わいを留めるのが、豆田町界隈。中心には、草野本家、天領日田資料館、廣瀬資料館など、見所も集中しています。 -
小鹿田焼大原さん。
日田は小鹿田焼が有名で、小鹿田焼の里だけではなく、日田市街でもいくつか専門店を見かけます。ここもその一つ。 -
店内には、見慣れた小鹿田焼の食器やつぼがぎっしり並んでいます。小鹿田焼は、農閑期に焼いていた半分素人の焼き物。細かいことをあれこれ気にせず、見た目で選べばいいので気軽です。
-
ここらで早めの昼飯にしましょうか。
いた屋本家は、豆田町の草野本家のすぐそば。創業150年。うなぎと川魚料理の老舗です。 -
うなぎにしようか、鮎にしようか迷ったのですが、今の季節なら鮎でしょうか。それに鮎の釜飯というのは初めてだったので、それにしました。
-
イチオシ
さて、いただくと鮎は一回焼いたものを生米のところから入れて炊き上げ、釜飯にするんだそうです。それにしては、焼きの香ばしさがよく残っていて、これはうまいですねえ。貴船の鮎茶づけや鮎のお粥といったものに比べても、これは目からうろこのおいしさでした。
-
これが草野本家。豆田町の南西部の「御幸の辻」というクランク道路に面した場所です。製蝋と掛屋で財をなした商家で、日田では一番の豪商ということもあり、ここの見学は楽しみにしていたのですが、訪ねると公開は、年に4回。「お雛祭り」「端午の節句」「祇園祭」「天領祭り」の時期だけということでした。残念。
ちなみに、草野家の祖は、天正14年の秀吉の島津討伐の際には、龍造寺勢に加担し日田に落ちて帰農、その後、豆田町に移ったのだそうです。なお、草野本家は、国の重要文化財にも指定されています。 -
向かいの東光堂は、日田の観光案内所にも載っていたので、立ち寄ってみました。
-
縁起物という土鈴や同じ製法の置物のお店です。色鮮やかな土鈴は、素焼きの土鈴に手すき和紙を張り、一つ一つ手作業で絵付けしたもの。鶏の置物は、切手のデザインにも採用されたものだとか。そういわれるとどこかで見たような気がしました。楽しいお店です。
-
水の里製菓は、豆田町の中心。お土産店が軒を並べる一角です。葛の専門店のようで、店頭で呼び止められて、葛湯の試食をさせてもらいました。さすがお店が自慢する純粋な葛らしい、とろんとした自然な味わい。
-
ただ、荷物になるので、店頭でせいろで蒸しているそば饅頭をいただきましたが、こちらはちょっとイマイチ。葛の店では、葛を買うのが筋でしょう。
-
さて、ここからもどんどん見所があります。
天領日田資料館は、日田が幕府の直轄地であった時代に関連する資料として、中広瀬淡窓や平野五岳などの文人詩人の書画、古文書、古地図、日田陣屋絵図などを展示しています。
展示室は、一階の一部屋なので、規模は比較的小規模。九州における天領はどれくらいの規模で、どんなところにあったのか。日田は九州の中で交通の要所だったというのですが、どのように要所だったのか等はちょっと、展示からはあいまいかも。豪華な屏風絵に、日田の豊かさを感じたりする楽しみ方が適当だと思います。 -
YUMEYAは、豆田町の中心にあるロールケーキが有名なお店。
-
チーズロールケーキをいただきましたが、チーズの芳醇な香りがすごくいい。というか、ふんわりしたベースのロールケーキがなんともうまいんですね。ロールケーキなんて、あちこちあるんですが、ちょっと特別なおいしさがある逸品です。日田はレベル高いです。
-
福寿製菓は、カステラのお店で、1832年創業の老舗です。店内に長崎よりうまいとロゴが貼ってありまして、すごい自信。
-
たくさんは食べれないので、切り落し00円を買いました。しかし、これがなかなかのお味。しっとりとした生地が、豊かな味わい。日田は、長崎との関係が密接だったこともあるので当然なのかもしれませんが、このレベルの高さにもちょっと驚きました。確かに食べてみる価値のあるカステラです。
-
続いての市山亭懐古館は、豆田町にあるかつての料亭。江戸時代から200年余続く、市山亭(しざんてい)という料亭で、係の人によると、普通の料亭ではなく、町人はお金を払っても入れないような特別な料亭だったのだそうです。
-
二階には大広間があって、人形や
-
当時使われていた豪華な食器類が展示されていました。一階の特別展示には、風俗関係。これの意味はちょっとわかりません。
-
廣瀬資料館は、咸宜園を開いた広瀬淡窓の実家。
-
幕府の直轄地であった日田の御用商人で掛屋という高利貸しも行う大店。ちなみに、淡窓は長男でしたが、体が弱かったために、弟の久兵衛が跡を継いでいます。 -
展示は、格式の高い郡代などの接待の必要もあって、
-
花・お茶・能など芸事にも造詣が深かった当主の生活を偲ばせるものとなっています。
-
御菓子司京橘は、豆田町にある小さな和菓子屋さん。豆大福が欲しかったのですが、これは売り切れだそうで、残念。
-
それではと、いちご大福を一つ。お餅のもっちり感や餡子の豊かな味わいもあって、レベルの高いいちご大福でした。店内でいただきましたが、おばちゃんたちでやっている感じのお店。元気なパワーもいただいたような気持ちになりました。
-
岩尾薬局は、豆田町の中心部にある江戸時代から続く薬屋さん。昭和40年代まで実際に、薬の製造も行っていて、日本丸(にほんがん)という薬は、人気の万能薬だったようです。
-
木目込み人形でしょうか。
-
イチオシ
人形を見ていたら、
-
たまたま、秋の特別展で、「金婚式の再現」という特別公開がありました。では入ってみましょう。薬屋さんの道具類に、
-
最上階の展望室へも。
-
外はこんな風に見えます。
-
そして、これがメイン展示。
大広間に豪華にしつらえられた祝いの席で、昭和13年当時のものです。 -
薬関係の資料はちょっと古ぼっけていて、ちょっと湿っぽくなっていたのですが、この部屋の豪華さでスカッとした気分になれました。
-
天領餅岩田屋は、天領餅の名前が気になって覗くと、これは焼き餅のよう。
-
日田のスイーツはレベルが高いので期待したのですが、結果的にはイマイチ。お餅に米粉の粉っぽい感じが少し残っています。素朴かもしれませんが、改善が必要かもしれません。
-
向かいの長福寺は、廣瀬淡窓の塾は、後の咸宜園を開く前には、この寺の学寮を借りていたというところ。咸宜園のルーツはここにあります。
ちなみに、この寺は九州最古の真宗寺院。現在の本堂は江戸時代初期の建物。当時の真宗寺院様式を伝えるものです。 -
旭饅頭もその隣り。もう豆田町の一番奥の方です。慶応元年1865年の創業という老舗。日田にある饅頭屋さんでは一番有名かもしれません。
-
看板商品は、栗そば饅頭で、そば饅頭の中に栗を丸ごと入れたもの。
-
そば饅頭は、ちょっと地味な味わいなのですが、こうやって栗が入ると栗の味がポイントになって食べた瞬間、くっきりした印象のお菓子になる。最近は、食べた瞬間でおいしいかそうでないかの判断をしてしまうので、工夫をするとこうしたお菓子になってしまうんでしょうね。私としては、逆にちょっとさみしいような気持ちにもなりました。
-
続いて、薫長酒蔵資料館。花月川のほとりにある酒蔵です。
-
入口から奥に進んでいきます。
-
文政9年(1826年)に建てられたという酒蔵の二階が無料開放されて、酒造資料館となっています。
-
ただ、その場所は広さはあっても薄暗くて、屋根裏部屋のよう。むき出しのハリに、酒造りの道具が雑然と置いてあって、物置のような印象でした。明るいショップの方に帰ってくると、ちょっとほっとしました。
-
豆田町を離れて、ここは日田神社。この神社は、相撲の神様で日田の郡司大蔵家鬼太夫永季とその祖永弘、永興の三柱を祭った神社。特に、永季は相撲が強く、日田殿(ひたどん)と呼ばれた人物。後三条天皇の天覧相撲で出雲の小冠者を倒して優勝、相撲の神様として崇められています。日本相撲協会も日田の巡業のときは必ず代表が参拝するとのことでした。
-
向かいの慈眼山公園です。丘陵に向かって、急な石段があって、
-
それを登ると日田の街並みが眼下に広がっていました。
そして、この公園は日田大蔵氏の築いた日田城跡でもあります。大蔵氏は古代から中世にかけて日田にいた豪族ですが、15世紀半ばに16代で断絶。大友氏から養子を迎え、大友日田氏として再興されることになりました。 -
ここにあるのが慈眼山永興寺。野口雨情が「日田の底霧 古典の絵巻 鐘のひびきも慈眼山」と詠んだ古刹。ここには、十一面観音立像など、運慶・快慶の流れをくむ仏師が作った十一面観音立像・四天王立像など8体の仏像(国指定重要文化財)があると観光案内に出ていたので訪ねたのですが、実際には事前の予約が必要だったようです。しかし、仏が収められた観音堂の傍らには、仏像の写真と解説がありまして、ちょっと気分は出たような気がします。
-
花月川は、「かげつがわ」と読みます。日田市街豆田町の北側を流れる川で、三隈川の支流です。花月川を渡った北側の観光スポットとしては月隈公園、永山布政所跡碑くらい。一方で、花月川で毎年11月第2週の金、土、日の3日間に行われる「千年あかり」は、ずいぶん人気のイベントになってきているようです。
-
そして、この月隈公園へ。
-
公園の整備された月隈山は、慶長年間に小川壱岐守が永山城を築城。
-
江戸初期には丸山城が築かれたますが、日田陣屋が設置されると廃城となりました。
-
しかし、周囲にはお堀と見事な石垣が残っているほか、
-
市街を見下ろせるかつての本丸跡のような場所まで登ることができます。
-
永山布政所跡碑は、月隈公園の南側。
月隈公園は、1601年には小川光氏によって丸山城、1616年には美濃大垣城から移封した石川忠総がこれを改修して永山城と、城が築かれていましたが、1639年、幕府の直轄地となり、永山城の南側に日田陣屋(永山布政所 )を築くと、永山城は廃されることとなりました。なお、豆田町の整備と命名は石川忠総の時代です。 -
豆田町に帰ってきましたが、もう時間が迫ってきたようです。さらに駆け足になってしまいますが。。
-
赤司日田羊羹本舗は、店構えも堂々としているし、店内もシンプルですっきりしています。お土産物では、かなりの人気があるようで、夕方ちかくでしたが、たくさんのお客さんで賑わっていました。ただ、その人気は当然かも。滑らかで、均一感のあるきれいな味わい。塩羊羹も試食でいただきましたが、絶妙の加減がすばらしい。スイーツのレベルの高い日田でも、横綱級のお店だと思います。
-
田舎庵もチェックしていたお店。やっぱりここも入ってみましょう。
ただ、おはぎの持ち帰りが売り切れだったので、店内でいただくことに。 -
イチオシ
で、いただいたのは、かき氷に白玉を乗せて、練乳ときなこをたっぷりかけた「そのまんまきなこ」。かき氷は荒めの氷で、きなこの粉がうまくなじむように工夫されていました。細かな気使いが感じられて、やっぱりさすがに人気店だけのことはあると思います。
-
鳥市本店は、鶏のから揚げ屋さん。構えからすると、鳥肉屋さんが兼業でから揚げ屋さんを始めた感じ。
-
大分だと中津のから揚げが有名なので、ここでもこうしてから揚げ店があるのは不思議ではないのですが、味の方はちょっとイマイチかなあという感じ。地元の小学生たちが常連さんのようです。
-
待鳥松月堂は、創業80年を誇る老舗のお菓子屋さんです。いただいたのは、看板商品の「天領最中」。これって、マシュマロが入って、バニラクリームも洋風ですね。今までありそうでなかったお菓子。目先が変わって、なんだか楽しくいただきました。
-
日田市観光案内所は、日田駅を出てすぐ。貸自転車がいっぱいおいてあるのですが、豆田の町を歩く分には特に必要ないし、あまりお勧めはできないような。一方で、日田の観光パンフレットはかなり意欲作。細かな観光スポットやお店まで記載されていて、これだけを見るとどこから見ていいか迷ってしまいます。この案内所で事前に少しアドバイスを受けるといいと思います。
さて、これで日田はおしまい。今夜の宿の飯塚に向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- ottoさん 2013/12/04 20:52:23
- 日田の奥深さを教えていただきました。
- たびたびさん 今晩は !
日田の町を精力的に歩かれて丹念にレポートされていることに驚嘆しました。
色々教えていただき勉強になりました。又訪問させて頂きます。
Otto
- たびたびさん からの返信 2013/12/05 10:22:55
- RE: 日田の奥深さを教えていただきました。
- 日田に興味を持っていただき、ありがとうございます。博多に住んでいた頃に行ってから、今回は久しぶりの訪問となりました。
ところで、江戸時代には、幕府の直轄地を治めるための郡代が全国に四か所置かれましたが、関東郡代、西国郡代、美濃郡代、飛騨郡代のうち、今にそれなりに残っているのは、日田の西国郡代と高山の飛騨郡代の二つです。
ただ、街の力はそれをどう活かしたのかが大事なところ。高山も、名古屋からでもかなり不便なところなんですが、いつ行っても不思議なほど観光客であふれています。ここも味わい深い街でして、参考までに、こちらもご覧いただければと思います。
http://4travel.jp/traveler/ne/album/10674904/
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
アル・ステージ 小松軒
3.17
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
110