2013/07/13 - 2013/07/13
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ドクターキムルさん
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「武家の古都・鎌倉」はICOMOSの事前調査結果が「不登録」勧告となったこの4月末以降は、鎌倉世界遺産登録推進協議会(http://www.kamakura-wh.org/link/link.html)が共催した五味文彦先生の講演と座談会 「イコモス勧告の意味と今後の展望 〜鎌倉の世界遺産〜」を緊急開催(6月9日開催)したが、当の五味先生は「ご事情により欠席」となった。これでは、やる意味はなかったのではないか?
一方、神奈川県・横浜市・鎌倉市・逗子市世界遺産登録推進委員会、鎌倉市が主催した文化庁前長官・近藤誠一氏講演会「これからの鎌倉」(7月10日開催)(http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f480170/)でも前長官が荒唐無稽な事を話している。「中世の都市と言えば、城郭があったり」と前置きして、「鎌倉を守る、守り方として、三方を山で囲まれまれていた。そこに切通を造って敵の侵入を防ぐ独特の防御体制を作ったという、現在我々が目にすることのできる、そして物質的に証明のできるものに絞って、しかも政権ということではなくて、むしろ武家文化ということに重きを置いて推薦書を出した」と説明し、まるで、鎌倉を囲む「三方の山」が「城郭」の代りを果たしていたかのような口調である。しかし、鎌倉を囲む「三方の山」には尾根道が通り、江戸時代には道標が建ち街道として利用された。宅地や墓地、ゴルフ場開発を免れたところにはそうした街道が残り、現在ではハイキングコースとして通ることができる。頼朝の以前でも似たようなものであり、奥州・平泉に出陣し、凱旋した「大手中路」と呼ばれた街道も、二階堂から天園峠を通り、鎌倉を囲む「三方の山」の尾根道にあった。前長官は「6年弱の間、中学、高校を過ごした鎌倉」を知らなさ過ぎである。落選決定後か推薦取下げ後に、NHKがこうした鎌倉のハイキングコースを紹介し、トレイルランをするグループを紹介していた。鎌倉はこうした三方を囲む山にあるハイキングコースとなっている尾根道を巡らないと、あたかも山が人の侵入を妨げているかのような錯覚に陥ってしまう。「いざ鎌倉」と危急の際には鎌倉に駆けつけるべく鎌倉道が整備されていたのに、鎌倉中の手前でそれが無くなってしまっては話にならない。こうした山道のうちの幾つかは通行し易いように切通として整備された。また、こうした切通には必ずといって良いほど迂回路が設けられていた。そうした道は近くの尾根道に残っている場合も見受けられる。
また、推薦を取下げた後に世界遺産に登録になった例はないのだが、「武家の古都・鎌倉」のような武家の政権・武家文化の発祥の地といった題目での再挑戦など事前審査が終了していることから無理があると思う。時代を移した別の文化の町・鎌倉としての推薦でなくては登録の可能性など皆無であるように思える。
(表紙写真は天園ハイキングコースの十王岩から見た鎌倉)
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