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 若宮大路下馬から滑川を越えるとJR横須賀線の大町踏切がある。大町踏切はこれまでにも何度か渡っているが、今回はたまたま遮断機が降りて向かいの木立が目に入った。木立の下にはおかっぱ髪にスカート、あるいは半ズボンの3人が足元にしがみついた観音像と「因縁」と題した石碑が建っている。<br /> 石碑(昭和39年(1964年)銘)には、子供好きだった金子サトさんがこの場所で幼稚園児たちを乗せた相模鉄道観光バスが追突して事故死した。しかし、そのバスは急停車し、橋ゲタへの激突を免れ、園児たちには1人の負傷者も出なかった。サトさんの死が子供たちを護ったのである。観音像は「子護りサト像」である。‥等々と記されている。<br /> 昭和36年(1961年)のこの事故は不幸な出来事であったが、「身代わりサト像」ではなく、「子護りサト像」であるとしている。脇の延命寺には身代地蔵尊が祀られているが、そうした菩薩の因縁(いんねん)からも観音像ではなく地蔵像の方が相応しいような気がする。<br />(表紙写真は大町踏切脇の観音像)

鎌倉大町踏切の観音像と「因縁」碑

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2013/05/18 - 2013/05/18

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 若宮大路下馬から滑川を越えるとJR横須賀線の大町踏切がある。大町踏切はこれまでにも何度か渡っているが、今回はたまたま遮断機が降りて向かいの木立が目に入った。木立の下にはおかっぱ髪にスカート、あるいは半ズボンの3人が足元にしがみついた観音像と「因縁」と題した石碑が建っている。
 石碑(昭和39年(1964年)銘)には、子供好きだった金子サトさんがこの場所で幼稚園児たちを乗せた相模鉄道観光バスが追突して事故死した。しかし、そのバスは急停車し、橋ゲタへの激突を免れ、園児たちには1人の負傷者も出なかった。サトさんの死が子供たちを護ったのである。観音像は「子護りサト像」である。‥等々と記されている。
 昭和36年(1961年)のこの事故は不幸な出来事であったが、「身代わりサト像」ではなく、「子護りサト像」であるとしている。脇の延命寺には身代地蔵尊が祀られているが、そうした菩薩の因縁(いんねん)からも観音像ではなく地蔵像の方が相応しいような気がする。
(表紙写真は大町踏切脇の観音像)

  • 大町踏切脇の木立。

    大町踏切脇の木立。

  • 観音像と石碑。

    観音像と石碑。

  • 観音像(子護りサト像)。

    観音像(子護りサト像)。

  • 「因縁」碑。

    「因縁」碑。

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