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 いつもなら大巧寺(たいぎょうじ、おんめさま)を抜けて鎌倉駅に向かうのであるが、時間も遅いために、鎌倉市小町1にある本覚寺を抜けて駅に向かった。<br /> 何と楼門(仁王門)には白いビニールシートが掛けられ、中を覗くと建物は解体されて何もない。この楼門はそれまであった四脚門が文久2年(1862年)に焼失し、明治の初期に他寺(三浦半島にあった寺とも、寺名などは不明)から移築されたものとされる。江戸時代後期(19世紀初期)の建築とされ、修理の時期にあったのは確かなことだ。<br /> 本堂は関東大震災(大正12年(1923年))前からの建物で、大正8年(1919年)に再建された。こちらも築100年近い。関東大震災後の修理がまま成らなかったところがあるのであれば、こちらの修理計画も浮上してこようか?<br />(表紙写真は解体された本覚寺楼門(仁王門))

鎌倉・本覚寺-2013年春

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2013/03/24 - 2013/03/24

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 いつもなら大巧寺(たいぎょうじ、おんめさま)を抜けて鎌倉駅に向かうのであるが、時間も遅いために、鎌倉市小町1にある本覚寺を抜けて駅に向かった。
 何と楼門(仁王門)には白いビニールシートが掛けられ、中を覗くと建物は解体されて何もない。この楼門はそれまであった四脚門が文久2年(1862年)に焼失し、明治の初期に他寺(三浦半島にあった寺とも、寺名などは不明)から移築されたものとされる。江戸時代後期(19世紀初期)の建築とされ、修理の時期にあったのは確かなことだ。
 本堂は関東大震災(大正12年(1923年))前からの建物で、大正8年(1919年)に再建された。こちらも築100年近い。関東大震災後の修理がまま成らなかったところがあるのであれば、こちらの修理計画も浮上してこようか?
(表紙写真は解体された本覚寺楼門(仁王門))

  • 寺務所の門。

    寺務所の門。

  • 楼門(仁王門)には白いビニールシートで囲われ、建物は解体されて何もない。

    楼門(仁王門)には白いビニールシートで囲われ、建物は解体されて何もない。

  • 本覚寺本堂。大正8年(1919年)に再建された。関東大震災(大正12年(1923年))では傾いたが倒壊はしなかったと寺に口伝されている。分骨堂は倒壊し、本尊が本堂に移されたと寺伝にしるされている。

    本覚寺本堂。大正8年(1919年)に再建された。関東大震災(大正12年(1923年))では傾いたが倒壊はしなかったと寺に口伝されている。分骨堂は倒壊し、本尊が本堂に移されたと寺伝にしるされている。

  • 本覚寺本堂横の枝垂れ桜。東身延とは名ばかりで身延山の枝垂れ桜とは比べるべくもない。

    本覚寺本堂横の枝垂れ桜。東身延とは名ばかりで身延山の枝垂れ桜とは比べるべくもない。

  • 鐘楼前の「たき火禁止」の立て看板。

    鐘楼前の「たき火禁止」の立て看板。

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