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太田山・金龍寺(きんりゅうじ、群馬県太田市金山町)の創建は元享元年(1321)、新田義貞(にった・よしさだ、1301~1338)が天真自性和尚を招いて開山したのが始まりとされる曹洞宗の寺院です。<br /><br />延元3年(1338)義貞が足利尊氏(あしかが・たかうじ、1305~1358)との確執に破れ越前国で戦死したことにより一時的に衰退します。<br />                <br />応永24年(1417)、当時の金山城主横瀬貞氏(よこせ・さだうじ、1397~1422)が祖父義貞の遺骨を越前国足羽(現在の福井県丸岡町)から当地に移し追善供養を執り行います。<br /><br />天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原討伐において城主由良国繁(ゆら・くにしげ、1550~1611)は小田原北条氏に属していた為北条氏没落の際秀吉派遣軍の攻撃を受け金山城は落城します。<br /><br />由良氏の庇護を失った金龍寺は当然ながら衰退しますが、徳川家康の関東入部後館林城主として配置された榊原康政(さかきばら・やすまさ、1548~1606)の肝いりにより再建されます。<br /><br /><br />2022年7月29日追記<br /><br />当該寺の由緒に関しては下記の通りです。<br /><br />『 太田山金龍寺は曹洞宗の寺で、寺伝によると、寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿真山良悟大禅定門」にちなんだものです。創建は応永24年(1417)に横瀬貞氏がその祖として新田義貞を追善供養するため開基したとされています。近年の研究によれば、金山城の重臣であった横瀬氏が文明年間(1469~1486)に創建したとする説が有力です。<br /><br />その後、金龍寺は下克上により新田(若松)氏を退け金山城の実質的な城主となった横瀬氏(のち由良氏)一族の菩提寺として興隆しました。しかし、天正18年(1590)、金山城の廃城に伴い、由良氏は常陸(茨城県)牛久に移封され、金龍寺も寺僧とともに同地へ移りました。現在の金龍寺は慶長年間(1596~1615)に、この地を領した館林城主榊原氏によって再興されたものです。<br /><br />由良氏五輪塔は9基あり、横瀬国繁から由良成繁に至る歴代の金山城主とその一族を弔うために造立されたものと考えられています。<br />安山岩製で、それぞれに紀年銘・法名・五大が刻まれています。<br /><br />新田義貞公供養塔は五輪塔の奥、最上段に上段にあります。寛永14年(1637)、新田義貞三百回忌法要に際し造立されたものです。銘の入った石英斑岩の基礎部の上に安山岩製の多層塔を重ねたもので、総高は245cmです。』<br />

上野太田 鎌倉末期から建武時代に活躍した新田義貞を追善供養の為金山城主の横瀬氏が開基し家康移封時に重臣榊原康政が再建した『金龍寺』散歩

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2012/08/26 - 2012/08/26

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滝山氏照

滝山氏照さん

太田山・金龍寺(きんりゅうじ、群馬県太田市金山町)の創建は元享元年(1321)、新田義貞(にった・よしさだ、1301~1338)が天真自性和尚を招いて開山したのが始まりとされる曹洞宗の寺院です。

延元3年(1338)義貞が足利尊氏(あしかが・たかうじ、1305~1358)との確執に破れ越前国で戦死したことにより一時的に衰退します。
                
応永24年(1417)、当時の金山城主横瀬貞氏(よこせ・さだうじ、1397~1422)が祖父義貞の遺骨を越前国足羽(現在の福井県丸岡町)から当地に移し追善供養を執り行います。

天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原討伐において城主由良国繁(ゆら・くにしげ、1550~1611)は小田原北条氏に属していた為北条氏没落の際秀吉派遣軍の攻撃を受け金山城は落城します。

由良氏の庇護を失った金龍寺は当然ながら衰退しますが、徳川家康の関東入部後館林城主として配置された榊原康政(さかきばら・やすまさ、1548~1606)の肝いりにより再建されます。


2022年7月29日追記

当該寺の由緒に関しては下記の通りです。

『 太田山金龍寺は曹洞宗の寺で、寺伝によると、寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿真山良悟大禅定門」にちなんだものです。創建は応永24年(1417)に横瀬貞氏がその祖として新田義貞を追善供養するため開基したとされています。近年の研究によれば、金山城の重臣であった横瀬氏が文明年間(1469~1486)に創建したとする説が有力です。

その後、金龍寺は下克上により新田(若松)氏を退け金山城の実質的な城主となった横瀬氏(のち由良氏)一族の菩提寺として興隆しました。しかし、天正18年(1590)、金山城の廃城に伴い、由良氏は常陸(茨城県)牛久に移封され、金龍寺も寺僧とともに同地へ移りました。現在の金龍寺は慶長年間(1596~1615)に、この地を領した館林城主榊原氏によって再興されたものです。

由良氏五輪塔は9基あり、横瀬国繁から由良成繁に至る歴代の金山城主とその一族を弔うために造立されたものと考えられています。
安山岩製で、それぞれに紀年銘・法名・五大が刻まれています。

新田義貞公供養塔は五輪塔の奥、最上段に上段にあります。寛永14年(1637)、新田義貞三百回忌法要に際し造立されたものです。銘の入った石英斑岩の基礎部の上に安山岩製の多層塔を重ねたもので、総高は245cmです。』

交通手段
私鉄 徒歩

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  • 金龍寺・寺標<br /><br />門前の石標には「大田山金龍禅寺」が刻されています。<br /><br />

    金龍寺・寺標

    門前の石標には「大田山金龍禅寺」が刻されています。

  • 金龍寺由緒・説明板<br /><br />当寺は「義貞院金龍寺」といい曹洞宗の寺院で、新田義貞(官位:左中将 正一位)の菩提所です。<br />応永24年(1417)金山城主の横瀬(後の由良)貞氏(よこせ・さだうじ、1397~1422)が祖父の義貞の供養の為遺骨を越前から転葬し木像を安置しています。<br />当寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿眞山良吾大禅定門」に由来しています。

    金龍寺由緒・説明板

    当寺は「義貞院金龍寺」といい曹洞宗の寺院で、新田義貞(官位:左中将 正一位)の菩提所です。
    応永24年(1417)金山城主の横瀬(後の由良)貞氏(よこせ・さだうじ、1397~1422)が祖父の義貞の供養の為遺骨を越前から転葬し木像を安置しています。
    当寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿眞山良吾大禅定門」に由来しています。

  • 七福神

    七福神

  • 金龍寺・説明板

    金龍寺・説明板

  • 金龍寺・本堂<br /><br />静寂な佇まいがなんともいえません。紅葉の季節は見応えがあります。<br /><br />

    金龍寺・本堂

    静寂な佇まいがなんともいえません。紅葉の季節は見応えがあります。

  • 「由良氏五輪塔及び新田義貞供養塔」石碑<br /><br />太田市指定重要文化財となっています。

    「由良氏五輪塔及び新田義貞供養塔」石碑

    太田市指定重要文化財となっています。

  • 供養塔<br /><br />本堂裏手には前列に由良氏の五輪塔が9基、後列奥に新田義貞の供養塔が建立されています。<br />尚新田義貞の供養塔は義貞の300回忌にあたる寛永14年(1637)に造立されたものです。

    供養塔

    本堂裏手には前列に由良氏の五輪塔が9基、後列奥に新田義貞の供養塔が建立されています。
    尚新田義貞の供養塔は義貞の300回忌にあたる寛永14年(1637)に造立されたものです。

  • 新田義貞記念碑<br /><br />「新田義貞□□六百年記念碑」と刻した石碑が確認されます。

    新田義貞記念碑

    「新田義貞□□六百年記念碑」と刻した石碑が確認されます。

  • 金龍寺寺伝<br /><br />小田原北条氏の滅亡に伴い、城主由良国繁(ゆら・くにしげ、1550~1611)は常陸国牛久に移封され、その為寺も寺僧・寺宝と共に移り、ここには建物・木像・墓のみが残され荒廃の憂き目にあいますが徳川幕府創設時に館林城主の榊原康政により再興されます。<br /><br />

    金龍寺寺伝

    小田原北条氏の滅亡に伴い、城主由良国繁(ゆら・くにしげ、1550~1611)は常陸国牛久に移封され、その為寺も寺僧・寺宝と共に移り、ここには建物・木像・墓のみが残され荒廃の憂き目にあいますが徳川幕府創設時に館林城主の榊原康政により再興されます。

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