2012/08/27 - 2012/08/27
849位(同エリア1539件中)
滝山氏照さん
京浜急行県立大学下車、線路に沿って横須賀方面に向けて歩きますと聖徳寺坂があり、この高架道の下すぐに朱色の立派な長屋門があります。
説明ではこの長屋門の主の長嶋家は平安時代末期から室町時代にかけて三浦半島一帯に独自の勢力を維持していた三浦氏一族の末裔と伝えられています。
戦国時代では小田原北条氏の支配下で浜代官を務め、江戸時代でも三浦郡の総名主を務めたほどの家柄のためこのような門の建築を許されたものと思われます。
2022年7月26日追記
近くに建てられた説明板には次のように書かれています。
『 市制施行70周年記念
横須賀風物百選
赤 門
この門は、かつて朱塗りであったことから「赤門」と呼ばれています。
武家屋敷などでは、主家を防衛するために、屋敷の外郭に家来のための長屋を建てて、その一部分を門としました。門の屋根と家屋の屋根を一連にした形の建造物を「長屋門」と呼び、この赤門もその一つです。
初めは上級武家の門で、建て方も複雑堅固なものでしたが、後に武家以外の者でも、特に功労あった家などには、出窓や出格子のない簡単な長屋門の建築を許されました。
この長屋門の主であった永嶋家は、三浦氏の子孫と伝えられ、戦国時代、小田原北条氏の支配下にあって浜代官を務めました。更に、江戸時代には、三浦郡の総名主を務めたほどの家柄なので、この門の建築を特に許されたものとと思われます。
かつて、この門前の道路は、江戸より浦賀に通じる主要道路でした。明治の末期までは、白砂青松を連ねた海に面していて、猿島や千葉の山々が手にとるように見えた景勝の街道で、数多くの旅人の眼を楽しませてきました。門前の右手にある石柱んも道標がかすかに当時を物語っています。
横須賀市民文化資産にも指定され、現在も広く市民に親しまれています。』
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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