2012/03/08 - 2012/03/08
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桶狭間の古戦場の所縁のお寺、和光山・長福寺の紹介です。境内にある供養杉等の紹介です。このお寺で、織田軍に討ち取られた今川義元公の首実検が行われたと伝わります。
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イチオシ
先にも紹介しましたが、撮影ポイントを替えての鐘楼の光景です。建て替え工事は行われなかったようです。大きくはありませんが、立派な造りです。ただし、屋根に比べて、少し柱が細いようにも見えました。台風か、東海地震が試練でしょう。
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本堂を始めとする修復工事の芳名者名簿です。右上の初めの方には、長福寺1億1千2百万円、23世の2千5千万円、次に5百万円等の寄付額が記されていました。
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睡蓮池の光景です。今年は寒い日が続き、完全に枯れ草光景でした。寒い冬でなくとも、この時期は似通った光景かも知れません。
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長福寺の庭の奥の方にあった池の光景です。まだ冬枯れの光景でした。しかし、何でもない光景の中に、このお寺の歴史を感じさせてくれました。
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手元の名古屋市地図には、長福寺境内内に『弁天池』と記されていました。その弁天池に浮かぶ小島のズームアップ光景です。弁天様が祀られているようでした。
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角度を変えて、赤い橋の袂付近から眺めた光景です。弁天様は、仏教の守護神である天部の一つで、弁財天と呼ばれています。ヒンドゥー教の女神である『サラスヴァティー』が、仏教に取り込まれた名前とされます。
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弁財天を祀るらしい赤い祠のズームアップ光景です。神仏習合によって神道にも取り込まれ、様々な日本的変容を遂げた神様です。原語の『サラスヴァティー』は、インドの聖なる河の名前です。池の畔に祀られることが多いようです。
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古い地蔵さんが収められた新しい建物です。本堂等の再建工事に合わせて造られた建物のようです。数十体の地蔵様が納めらていました。
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新しい建物に納められ、いささか居心地が悪そうにも見えた石の地蔵さん達です。居心地が悪いと想像したのは間違いで、新居を楽しまれてるのかも知れません。
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同じく、新しい縦屋に収まった石の地蔵さん達の光景です。地蔵様は、地蔵尊のこと、地蔵様以外の石仏が多いかもしれません。
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両手を正面で合わせて合掌する姿の石仏様です。足元に、微かに朱色の色彩が残っています。長い年月、路傍で佇んでいた石仏様のようです。
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こちらの石仏様は、蓮の花のようなものを手にされています。観音菩薩様でしょうか。やはり、長く風雨に晒されていた石仏様のようです。
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イチオシ
2代目とされる供養杉、大杉の光景です。供養は、永禄3年5月19日(1560年6月12日)に起きた桶狭間の戦いに関することです。桶狭間の戦いは、永禄3年5月19日(1560年6月12日)に尾張国桶狭間で行われた合戦です。戦国時代を左右する大きな出来事でした。
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22代住職による供養杉の説明に関する立札です。伊勢湾台風で初代の杉が枯れたこと等が記されていました。伊勢湾台風は、昭和34年の台風第15号を指します。9月26日に潮岬に上陸し、紀伊半島から東海地方を中心とし、ほぼ全国にわたって甚大な被害を及ぼしました。
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丸く石の杭で囲われていた、供養杉や石碑などが固まった一角の光景です。
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イチオシ
演出かも知れませんが、少し傾いた古い石碑が年代を感じさせます。石碑に刻まれているのは、『今川義元公首検証之跡』等の文字です。思わず合掌しました。
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石垣と塀で囲われた、和光山・長福寺の西橋付近の光景です。建物も塀も石垣も作り立てでした。
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『天澤院和光山』の文字が刻まれた古い石碑です。長福寺の院号と山号でした。
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山門に核で咲いていた赤い花です。山茶花ではなく、椿のようです。サザンカの葉にはぎざぎざが目立ちますが、ツバキの葉にはぎざぎざがありません。
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山門から眺めた西側方面の光景です。周りは住宅地になっていました。この後は、和光山・長福寺の見学を終えて、桶狭間古戦場公園方面に戻る途中の光景です。
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大池と呼ばれている溜池のようです。桶狭間古戦場公園と瀬名氏俊陣所跡の中間に位置していました。地元の桜名所のようです。
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お洒落な色彩と外観を持った、個人住宅のようです。その手前に見えているのは、小公園の遊戯施設でした。
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長福寺紹介の前に紹介した、瀬名氏俊陣所跡の立看板と石標です。先発隊として桶狭間山に本陣を設営するために着陣した所です。古くは、案内板より東に50〜100メートルほど入った竹林の台地が、『セナ藪』とか『センナ藪』と呼ばれていたようです。
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桶狭間古戦場公園方面に戻る途中の光景です。既に公園の近辺のようです。広場の端に、二本並んだ樹木の光景がありました。
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重たい歴史の現場を見たあとの締め括りは、この季節の手向けの花で締め括りです。最初は白いキク科の小花です。草丈20センチくらいのクリサンセマム・ムルチコーレと呼ばれる品種当たりのようです。
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赤っぽい色の花が咲いた、『アシビ(馬酔木)』の木の光景です。万葉集の時代からよく知られた樹木です。ツツジ科アセビ属の常緑低木です。
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赤っぽい色をした、『アシビ(馬酔木)』の花のズームアップ光景です。
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同じく、『アシビ(馬酔木)』の花です。こちらは白色です。アシビは、アセボや、アセビとも呼ばれます。
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赤い『サザンカ(山茶花)』の花です。ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹です。
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菜の花です。この花で最初に思い出すのが、菜の花が好きだった、今は亡き司馬遼太郎(1923〜1996年)さんです。多くの歴史小説を著されました。
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