2009/08/11 - 2009/08/11
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ドクターキムルさん
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佐渡市阿佛坊にある妙宣寺は日蓮宗の本山(由緒寺院)で蓮華王山妙宣寺という。日蓮宗佐渡三本山のひとつである。承久3年(1221年)の開創と伝えられ、日蓮聖人の弟子阿佛房日得が自宅を寺として開基し、天正17年(1589年)現在地に移転した。開基の名が地名になり、阿仏房妙宣寺とも呼ばれている。この地は、上杉景勝が佐渡を平定する以前までは佐渡を支配した本間氏(竹田本間)の居城跡である。寛文年間から明治11年までは身延、池上、中山の輪番管理となる。 五重塔は重要文化財であり、江戸後期の文政8年(1825年)に建立された。国指定文化財等データベースの解説文には、「この五重塔は逓減率が低く、組物は和様、禅宗様の肘木を混用し、初層の軒蛇腹を二重に折り上げ、上層を扇垂木にするなど意匠をこらしている。地元の棟梁の手になり、心柱と四天柱を緊結するなど創意工夫がみられ興味を引く。」とある。越後国には三重塔があるが、佐渡国でないと五重塔は建てられなかったようだ。本尊は釈迦如来である。
日蓮宗徒の知り合いは数年前にマイクロバスで佐渡に渡り、妙宣寺を始め日蓮宗佐渡三本山を参拝している。その宗徒一行は桜の頃に身延山にも参拝し、とうとう昨年末にはインドとネパールにある仏陀の生誕地などの聖地を巡り、ご多分に漏れず、旅行中に下痢をして帰ってきた。仏舎利を納めたストゥーパ(仏舎利塔)が三重塔や五重塔などの起源である。しかし、三重塔や五重塔が建つ日本国内では水に当ることはないが、ストゥーパのあるインドでは水に当たらない日本人は少ないようだ。塔の違いのように風土の違いはあるものだ。
(表紙写真は妙宣寺五重塔)
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妙宣寺仁王門(延宝5年(1677年)建築)。
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仁王像。
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仁王像。
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妙宣寺五重塔(重文)。文政8年(1825年)に建立。相川の宮大工の棟梁・茂三右衛門とその婿養子金蔵と伝えられ、親子二代30年がかりで 完成させたといわれているが、各層とも勾欄がないため未完であるとも言われている。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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妙宣寺五重塔。
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山門。
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睡蓮の池。
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睡蓮の花に蜂。
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睡蓮の花に蜂。
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睡蓮の花に蜂。
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睡蓮の花に蜂。
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睡蓮の花。
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睡蓮の花。
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納屋と土蔵。
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納屋。
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番神堂。
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宝蔵。
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宝蔵。
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宝蔵と祖師堂。
本間氏の居城雑太城跡だけに境内は広い。 -
祖師堂。明治13年(1880年)に建立。 祖師像 は文永11年(1274年)の作。
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祖師堂。
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祖師堂。
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妙宣寺本堂(文久三年 1863年再建)。
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妙宣寺本堂。
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妙宣寺本堂。
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妙宣寺庫裡。文久2年(1862年)に建立。
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妙宣寺庫裡。
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妙宣寺庫裡。
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妙宣寺庫裡。
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妙宣寺庫裡。
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妙宣寺庫裡の大黒柱。
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妙宣寺五重塔。
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