2010/03/24 - 2010/03/27
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ケロケロマニアさん
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2010年の春休み期間は、まだ北海道東日本パスが5日間有効の時代でしたが、急行はまなすが、急行料金なしで乗車可能だったので、宿代わりに4夜連続ではまなすで寝る旅をしました。1日目は和寒を出発して札幌まで移動、そこからはまなすに乗車して、この旅は始まります。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今では深夜時間帯を走るJR北海道最後の夜行列車となってしまった急行はまなす、この列車の運命も、北海道新幹線開業までと言われていますが、それまでにあと何回乗れることでしょうか〜。
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青森駅は改装工事が進んでいました。この時点ではまだ新幹線が新青森まで開通していませんでしたが、今青森の駅前はどうなっていることでしょう…。
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青森にて普通列車に乗り換えて、本日の目的地弘前に到着しました。旧弘前市立図書館のレプリカがお出迎えです。
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弘前といえば、やはりお城は外せませんね。そこでまず弘前公園に足を運ぶことにしました。東門から園内に入ります。
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これはマニアックですが、東門の近くには石橋があって、城内では唯一の石造橋とのことでした。1848年にそれまでの土橋から架け替えられたそうです。
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弘前公園といえば、勿論桜の名所なのですが、流石に3月下旬ですので、まだ全く開花していません。しかし名木は花が咲いていなくてもわかるものですね。このカスミザクラは推定樹齢が270年以上とされていて、正徳5(1715)年に当地の藩士が京都から持参した25本の苗木のうちの一本だそうです。この苗木の中には、現在では品種が明らかでないものも混じっていたそうで、桜の研究家から注目されているとか…。
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さて、メインディッシュ(?)の弘前城へ。桜の季節ですと、人が多くてうんざりしますが、流石にこの時期はガラガラ。悠々と眺めることができました。
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城の向かい側には、展望台のようなスペースもあって、画像ではちょっと見辛いかと思いますが、岩木山をど迫力で楽しむことができました。
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桜のシーズンでないだけに、城内にある他の魅力的なスポットに対してつい気が惹かれるのですが、私の一押しはここ。弘前城二の丸の丑寅櫓(重要文化財)です。弘前城自体結構小さなお城ですので逆側から入ってくると、これを天守閣と間違ってしまう方もおられるとか…。城郭に取り付く敵を攻撃したり、物見のために造られた隅櫓の一つですが、防弾・防火のために土蔵造り・銅板葺(当時はとち葺)となっているそうです。名前は櫓の方向を示していて、天守閣から見て丑寅の方向、つまり北東側にあります。
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弘前城であと有名なのがこの北門でしょうか。形状も他の門と異なって、最古の形式を有している城門だそうです。もともとは現在の南津軽郡平賀町にあった大光寺城の城門を弘前城追手門として移築再建したもので、昭和に入ってからの保存修理工事の際に、柱などから多数の矢傷跡が発見されたとのこと。弘前城は築城以降実戦の経験がないので、この門が城郭内で唯一の実戦の痕跡をとどめる貴重な城門とのことでした。
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外堀を渡って、城外へと出ます。弘前城はお堀も埋め立てられずに残っているので、総合的に見ても、お城らしさを満喫できる名城だと思います。
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外堀沿いに歩いているとこんな建物が…。確か昔の警察署かなんかだったと思います。(記憶が曖昧でごめんなさい…。)弘前は街中に普通に古い建物が残っているのが素敵ですね。
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次いで訪れたのは誓願寺です。ここは本堂よりも山門が有名ですね。元々は京都の誓願寺山門を模して江戸時代中期に建立されたと推定されているそうです。
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この門はなかなか素敵なデザインで、桃山時代の手法も残しているそうですが、何よりも、鶴と亀が印象的です。そのため、市民からは「鶴亀門」と呼ばれて親しまれています。落ちそうなスタイルの亀さんが何とも面白い!
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そしてこちらが鶴さんです。こちらは優雅に羽を広げています。
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朝から結構歩いているので、お腹が減ってきました。適当に歩いているとこの店を見つけたので、入ってみることにしました。
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取り敢えずお勧めメニューを聞いてみると、チャーハンと中華そばだというので、そのセットをオーダーしてみました。チャーハンは濃厚な味付けで、かなり美味しかったです。中華そばの方はあっさりとした味付けで、濃い味のチャーハンとマッチしているように感じました。
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お腹が満たされたところで、午後の散策をスタートしますが、次に訪れた藤田記念庭園は、生憎冬季休業中。北国はこれがあるので、悔しい思いをすることが多々あります(涙)。
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ここは洋館が有名なのですが、生垣越しに外から恨めしそうに眺めつつ、次のスポットへと向かいます。
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次に向かったのが長勝寺です。ここは門前町が長いのですが、その入口には弘前市指定有形文化財となっている黒門がお出迎えです。
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本堂に向かうまでは様々な脇社が続いていますが、その中の一つにこのさざえ堂(俗称六角堂)がありました。元々は天明・天保の大飢饉や海難で死亡した人々を弔うために建立されたそうですが、さざえ形の廻り階段を配置したユニークな建築様式が印象的でした。
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この門前町沿いに、杉並木も続いていました。遥か奥に見えるのが、長勝寺の山門です。雪対策のためか、それぞれ道路の逆側が枝打ちされていて、ちょっと特異な印象を受ける杉並木でしたが、「西茂森長勝寺構スギ並木」として、弘前市の保存樹林に指定されています。
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黒門から結構長い距離を歩きましたが、ようやく長勝寺山門に到着です。なかなか立派な建築でした。
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山門をくぐると、こんな案内板が…。何やらここでも冬季休業の施設があるようです。
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それでも、見所は色々とあります。まずはこの銅鐘(重要文化財)です。嘉元四(1306)年の銘があって、嘉元の鐘と呼ばれていますが、寄進者の筆頭に、鎌倉幕府の執権だった北条貞時の法名があるそうで、中世の文献が殆ど残されていないこの地方においては、北条氏と津軽との関係を示す貴重な資料とされています。
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もう一つの重要文化財である庫裏は、このように保存修理工事中でした。
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その隣には、沢山の羅漢像がずらりと並んでいました。
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長勝寺の拝観を終えて、再び市街地に向かう途中、雪が激しく降ってきました。雪には慣れている道民とはいえ、3月末の降雪は精神的にも萎えますね。そういえば青森といえば若の里関の出身地ですね。先日亡くなられた親方のためにも、一日でも長く土俵に上がり続けて欲しいものです。
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雪が降り続く中、弘前駅で見かけたレプリカの本物、旧弘前市図書館に到着しました。
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館内は現在では博物館のようになっていますね。隣には現在の弘前市図書館があります。何となく、札幌の道庁赤レンガと現在の道庁舎との関係を想起してしまいました(笑)。
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ここにはこんな場所もあります。弘前市の代表的な近代建築が、ミニチュアで再現されています。
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ここを歩いていると、ガリバーになった気持ちになります。よく見ると、再現された建物の前に、人とかもリアルに配置されているんですよね。うーん、芸が細かい…。
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次に訪れたのは重要文化財に指定されている青森銀行記念館です。明治12(1879)年創立した旧第五十九銀行の本店として、明治37(1904)年に建築されています。昭和18(1943)年に第五十九銀行他数行が合併して青森銀行が創立された以後も、この建物はその弘前支店として昭和40(1965)年まで現役で活躍していたそうです。
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弘前には重要文化財クラスの建築が目白押しですが、本日最後の重文となる最勝院の五重塔が見えてきました。
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東北地方でこれだけ立派な五重塔は珍しいですね。縁起によれば、藩祖津軽為信による津軽統一の際に戦死した敵味方を供養するため、三代藩主信義が明暦2(1656)年に着工したそうですが、その後しばらく中断、寛文5(1665)年四代藩主信政によって再開されて、その二年後に完成したとのことです。
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しかしここの魅力は何といっても初層上部にある蟇股(かえるまた)ですね。建築用語としてカエルさんが登場するのもうれしい所ですが、ここの蟇股は凄く綺麗(足がカエルさんっぽいし…)で、しかも十二支分が周囲に配置されていますので、ディープなカエルマニアには外せないスポットです!!! 何のこっちゃ…。
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さてカエルマニアとして一仕事終えた(?)ので、続いては鉄道マニアとしての仕事(??)を達成するために、弘南鉄道の中央弘前駅へと向かいますが、その途上にて、巨大なワンちゃんを発見。何でも、2006年に吉井酒造レンガ倉庫にて開催された「AtoZ」という美術イベントに携わった人達が、その記憶を留める為に設置した、AtoZ Memorial Dogというワンちゃんだそうな…。
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中央弘前駅に到着しました。うーん、まさに昭和の風情。これだからローカル鉄道はたまりません。
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ようやく雪は小降りになりましたが、雪の中をかなり歩いたので、体が冷え切ってしまいました。弘南鉄道大鰐線を利用して、大鰐温泉に向かいます。
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本来は北海道東日本パスがあるのでJRにて大鰐温泉、という方がお得だとは思うのですが、ここはやはりローカル鉄道に乗りたい、という思いが勝ります。しかしこの弘南鉄道では「さっパス」という企画切符が発売されていて、これには往復の運賃と、大鰐温泉の入浴施設「鰐come」の入浴券、そして館内で使用できる200円券がセットされているので、これを利用すれば、かなりお得でした。
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大鰐温泉自体は、JRで何度も通過しているエリアですが、実際に下車するのは初めてでした。その名の通り、大きなワニがお出迎えしてくれました(笑)。
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下を見ると、あっ、同じワニさんが…。しかもポーズまで同じ(爆)!。
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鰐comeまでは駅から徒歩2〜3分の距離です。こんなに気軽に来られる場所だとは知りませんでした。この立地なら、またJR利用時でも立ち寄ってみたい温泉です。
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館内では地元画家のミニ展覧会が開催されていました。「さっパス」発売記念、ってのが笑えます。この切符、まだ生まれたばかりだったんですね!
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温泉で温かくなった体を再び寒風に晒しつつ、帰路につきます。当初帰りはJR利用の予定でしたが、さっパスのおかげで、往復とも弘南鉄道のローカル線旅を楽しむことができます。
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しかも、車内は途中まで貸切状態で…、って、これは喜ぶべきことではないですが…(汗)。廃止にならないよう、皆さんも是非乗ってあげて下さいね。
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中央弘前駅に到着後、弘前駅まで徒歩で移動し、そこから普通列車を乗り継いで、青森から今夜の宿(?)、急行はまなすに乗りこみます。
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さて、翌日は札幌に到着後、再び折り返して新千歳空港へ向かいます。この日は2010年3月26日、新千歳空港国際線ターミナルがリニューアルオープンする日でした。
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国際線ターミナル到着ロビーには、お花が並んでいました。
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しばらく新国際線ターミナルを見物していましたが、ふとかつての国際線エリアはどうなったか、こちらの方がそのうちなくなると思うので貴重だと思い立ち、足を運んでみました。流石にひっそりとしていました。
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こんなのも設置されていたんですね。カウントが0となり、本日でお役御免のようです。
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間違えてこっちに来る人もいるのかなぁ〜。
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よくお世話になったカウンター前も、何やら撤去物が放置されています。
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この世界時計は、今どうなったんだろう〜。ちょっと気になったので、今度確かめに行きたいです。
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このシャッターの向こう側に、かつての国際線制限エリアが続いていました。国際線搭乗時に、液体持込が制限されるようになった際、ここでちょっと揉めたことを思い出しました…(汗)。
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新国際線ターミナルに続く通路上では、こんな写真展も開催されていました。
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さて、この日は基本的に空港で長時間過ごした後、札幌で所要を済ませ、再び夜のはまなすにて、青森に向かいます。そして今度は八戸行きの普通列車に乗り換え、八戸からは青い森鉄道に乗りこみます。
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下車したのは三戸です。八戸=盛岡間はJRだった時代から幾度となく乗車している区間ですが、ここで下車するのは初めてです。マンホールにある通り、お城が有名(但し現在は復元ですが…)な町でもあります。
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早速城山の方へと向かいます。その途上で、こんな建物を発見。旧村井家住宅主屋です。国の有形文化財に登録されているようでした。
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町境の橋からの景色です。まだ結構雪が残っていますね。
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正面の山上に、三戸城の看板が見えてきました。青い森鉄道に乗車しながら、これが気になっていたのですが、ようやく本日、ここに行けそうです。
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さらに進むと、今度は水場を発見。「白翁泉」と呼ばれている名水で、沿革に拠れば、ある時白髪の老人が来訪して錫杖で地面を突いた所、この清水が湧いてきたそうな…。
この老人は以後村人にこの水を利用して田畑を開かせて、農業を教えた後、この地で没したとのこと。その後、天明・天保の大飢饉時にも、この水で飢えを凌いえ、命を救われた人が多数いたそうで、現在でも手厚く祀られていました。その後、明治天皇東北御巡幸の折にも、この水は二度にわたって陛下のご愛用の栄に浴したとのことでした。
私も数口頂きますが、もう少し暑い時期だったら、よりこの水を美味しく感じたのかもしれません。 -
さて、三戸城はちょっとマイナーではありますが、元々南部藩が発祥した場所としても知られています。城山へ至る道は、東北自然歩道のルートの一部となっています。
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しかし、まだ早春のハイキング道は足跡もなく、雪まみれになりながら登らざるを得ませんでした。
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暫く登ると、何やら石垣っぽいものを雪中に発見しました。何かと思いきや、近くに案内板があって、鍛冶屋御門跡とのことでした。裏口を守る重要な門であったそうで、ここの石垣は表の綱御門などと比較してやや小さめで、その石組みは綱御門よりも古い様式だそうです。この門外の留ヶ崎地区には三戸地方の有力豪族達の屋敷が並んでいたのだとか…。
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ようやく山頂に到着しました。夏ならばあづまやで一服、といきたいところですが…。背後には、下から眺めていた”三戸城”の三枚の看板が、威風堂々と並んでいました。
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景色はこんな感じです。
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せっかくなので”三”の看板を表側から…(笑)。
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城山の上部は公園として整備されていて、かなり広かったです。こんな日本庭園風の場所(亀池)もありました。
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本丸(淡路丸)跡は、ひっそりとしていました。当時、本丸の内は築地により、藩主居住区と役所関係施設区の二つの区域に仕切られていたそうです。その両区域の中間に、屋根にシャチを飾った、御三階と呼ばれる三層の隅櫓があったそうで、これが現在の三戸城(温故館)のモデルになっています。
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駐車場エリアはロードヒーティングでも施されていたのでしょうか、積雪もなく、地元の子供がサッカーをしていましたが、その他の広場はまだまだ冬の装いでした。
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三戸城の築城年代は永禄年間(1558〜70)とされ、南部氏二十四代晴政の時代とされますが、その後二十六代信直が天正18(1590)年に小田原に参陣し、その功によって豊臣秀吉より南部七郡(糠部・岩手・紫波・稗貫・和賀・閑伊・鹿角)領有の公認を受けて、南部氏の近世の大名としての基礎が確立しました。
その後、南部藩の領土が、南方に広がったために、三戸の位置が領内中央でなくなったため、慶長2(1597)年に盛岡城が築城され、漸次移住が進み、寛永10(1633)年からは盛岡城だけを居城と定めたため、三戸城は御古城と呼ばれるようになり、ひっそりと歴史の舞台から降りていったという訳です。
こうやって案内板を見ても、かなり大規模なお城だったことが解りますね。 -
現在復元されている三戸城温故館はこんな感じです。
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温故館の隣には、糠部神社がひっそりと佇んでいました。
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ここには三戸町指定天然記念物となっている「城山の杉」がありました。胸高幹周りが9.52メートル、樹高が22メートル、推定樹齢が800年とされる名木です。何でも三戸城築城の遥か昔、建久2(1191)年に入国した初代南部三郎光行公の着想により、防衛上の拠点としてこの地が定められたのですが、この樹齢は光行公の時代と合致し、この地方で最古の杉の木だそうです。光行公を奉祀する糠部神社の御神木として、南部藩の、そして青森県の歴史を見守り続けています。
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城山公園からは別の道を下山しますが、道路脇には、往時を偲ぶ石垣が随所に見られて、なかなか味わいのあるお城でした。
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こちら側の道は日当たりが良いからなのか、全体的に残雪は少なかったです。寒さもそれほどではありませんでした。
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しかしこの時期は油断しているとすぐに天気が変わります。道の駅さんのへに辿り着く頃には、またちょっと強めの降雪が始まりました。春まだ遠し、という風情です。
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雪で体が冷えてしまったので、ちょっと温かいものを、と、道の駅にて、ここの名物「シャモロックそば」を頂きました(500円)。
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三戸には、アップルドームと呼ばれる立派な施設がありました。色々なイベントが開催されているようです。
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こうして三戸散策を終えて再び三戸駅に戻ります。この町ではぼたん園も有名ですが、駅前も花の時期はさぞ綺麗なことでしょうね。
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そして列車がやって来ました。ここから南に向かいますので、そろそろ青森県とも一旦お別れです。
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県境の駅、目時に到着しました。ここから先は岩手県、鉄道名もIGRいわて銀河鉄道へと変わります。この旅行記は青森県の旅、ですので、これにて終了させて頂きます。長文ご閲覧下さり、どうも有難うございました。
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