2011/09/06 - 2011/09/06
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belleduneさん
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嵐山へ京福電鉄で行き、久し振りにあだし野念仏寺まで歩きました。帰りに4時20分でしたが、ぎりぎりニ尊院に入ることが出来、人影のない境内をゆっくり周りました。
まもなくやって来る紅葉の秋には、京都はどこも物凄い人出です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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落柿舎前の畑にあった標示。昔から小倉飴で知られていたそうです。
今まで何度もここを通ったのですが、あまり注意していなかったので、小倉飴に関してよく知りませんでした。
日本で初めて小豆と砂糖で飴が炊かれたのが、平安京の820年頃だったそうです。 -
落柿舎から15分ほどで化野念仏寺に着きました。1100年程前に、弘法大師が五智山如来寺を開創され、野ざらしのなっていた遺骸を埋葬したと言われています。
その後、法然上人の常念仏道場となり、現在は華西山東漸院念仏寺と称し、浄土宗に属しています。 -
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仏舎利塔辺り
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西院の河原への入口。ここから先は撮影禁止です。
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地蔵堂
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竹の小道を上っていくと、竹林の正面奥に角倉素庵の墓があります。
角倉素庵(1571−1632)豪商として知られた角倉家に生まれ、父は角倉了以です。
角倉家の菩提寺であるニ尊院ではなくて、この地に墓があるのは、不治の病を患ったため、自ら埋葬の地として知られた化野を選んだそうです。 -
小道を上ると、小倉山の麓に六面体地蔵がありました。
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ニ尊院にぎりぎりで入ることが出来ました。帰るときはもう門が閉まっていて、横の木戸から出ました。
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本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を祀るために、ニ尊院と呼ばれています。
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本堂に入って、奥のお庭を拝見しました。
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法然上人廟
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藤原定家の時雨亭跡へ続く道
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角倉家の墓
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室町時代の八社ノ宮
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田村家のお墓
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角倉了以の像
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勅使門(唐門)
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