嵐山・嵯峨野・太秦・桂旅行記(ブログ) 一覧に戻る
徳川初期、1610年代。花と言えば梅が平安文化だったはずですが、後水尾上皇は梅があまりお好きではなかったのでしょうか。離宮には桜もあまりありません。紅葉の時代だったのでしょうか。

桂離宮には梅が少ない。そんな時代だったのだろうか。

3いいね!

2010/03/02 - 2010/03/02

3928位(同エリア4665件中)

1

54

nomonomo

nomonomoさん

徳川初期、1610年代。花と言えば梅が平安文化だったはずですが、後水尾上皇は梅があまりお好きではなかったのでしょうか。離宮には桜もあまりありません。紅葉の時代だったのでしょうか。

この旅行記のタグ

3いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (1)

開く

閉じる

  • イロコさん 2010/03/06 11:54:30
    梅がきれいですね
     梅の木は書院の周囲にあるようですね。
      
     桂離宮は月を愛でる場所だったので、花があると月よりも
    花に夢中になるので桜や梅などの木が少ないのかしら(?)

     松の木が庭にみごとに配置されていましたね。
    景観を損なわないように落葉しない木とかが選ばれているのかしら(?)

     私の単純な考えですけど・・・。

nomonomoさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP