2010/02/08 - 2010/02/08
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マキタン2さん
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建長寺は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある禅宗の寺院で、臨済宗建長寺派の大本山である。山号を巨福山(こふくさん)と称し、寺号は詳しくは建長興国禅寺という。
鎌倉時代の建長5年(1253年)の創建で、本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は鎌倉幕府第5代執権北条時頼、開山(初代住職)は南宋の禅僧蘭渓道隆である。鎌倉五山の第一位。境内は「建長寺境内」として国の史跡に指定されている。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
建長寺については・・
http://www.kenchoji.com/
当時の日本は、承久の乱(1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定し、京都の中央政府の支配力は相対的に弱まり、鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代であった。北条時頼は熱心な仏教信者であり禅宗に深く帰依していた。建長寺の創建は、そうした時頼の信仰に基づくことは無論であるが、それとともに、北条氏の権勢を誇示し、当時、海外渡来の最新文化であった「禅」の寺を建てることによって、京都の公家文化に対抗しようとする意識の現われとも見られる。寺号を当時の年号「建長」からとっていることからも、この寺は単なる北条氏の私寺ではなく、官寺としての性格をもっていたことがうかがえる。
創建当時の建物は失われたとはいえ、総門−三門−仏殿−法堂(はっとう)−方丈が一直線に並ぶ伽藍配置は、創建当時の面影を残すものと思われる。なお、地形の関係で総門−三門間の参道は斜めになっている。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
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総門
天明3年(1783年)の建立。総門に掲げられた「巨福山」の額は建長寺10世住持で書の名手である渡来僧・一山一寧の筆と伝える。「巨」字の第3画目の下に、余分な「点」が書き加えられているが、この点があることによって字に安定感が出ているとされる。 -
「建長興国禅寺」の額字は寺伝では後深草天皇の筆というが、大通禅師西礀子曇(宋僧)の筆とするのが正しいようで・・。
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三門(山門)
安永4年(1775年)の建立で、2005年に重要文化財に指定されている。
銅板葺きの二重門(2階建て)で、関東大震災で倒壊し、再建される。初層には仁王像などを置かず、門扉も壁もない吹き放しとしている。上層には宝冠釈迦如来像や銅造の五百羅漢像などを安置する。 -
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仏殿(重要文化財。)
寄棟造で単層裳階(もこし)が付く。
芝(東京都港区)の増上寺にあった、徳川秀忠夫人崇源院の霊屋(たまや)を建て替えに際し、譲渡されたもので、正保4年(1647年)に建長寺に移築されている。
もともと霊廟建築として造られたものであるので、屋根や天井などの形式が一般的な禅宗の仏殿とは異なっている。すなわち、屋根は入母屋造でなく寄棟造である。また、天井は禅宗仏殿では平板な「鏡天井」とし、龍などの絵を描くことが多いが、この仏殿の天井は和様の格天井(ごうてんじょう)である。 -
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本尊の地蔵菩薩坐像(室町時代の作、像高2.4メートル)、もとこの地にあった心平寺の旧本尊地蔵菩薩坐像、千体地蔵菩薩立像、千手観音坐像、伽藍神像などを安置する。
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法堂(はっとう)
重要文化財で、禅宗以外の寺院の「講堂」に相当する建物。文化11年(1814年)の建立である。内部には千手観音坐像を安置する。2005年に重要文化財に指定された。 -
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唐門
重要文化財で方丈入口の門。仏殿と同じく、芝の徳川秀忠夫人崇源院霊屋から移築したもの。
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方丈
「竜王殿」とも称する。総門と同じく、京都の般舟三昧院から移築したもの。庭園は夢窓疎石の作といわれる。
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梵鐘
三門右手の鐘楼に架かる。国宝。高さ約2.1メートル。建長寺創建当時の数少ない遺品の1つとして貴重である。建長7年(1255年)、鋳物師物部重光の制作。 -
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銘は蘭渓道隆が撰(作文)し、筆を執ったもので、文字は陽鋳(字形が彫り込まれるのではなく立体的に浮き出している)となっている。撞座の位置が高い点など、全体に復古的な作風を示す鐘である。銘文中の「建長禅寺」は、日本における「禅寺」の語の初見とされている.(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
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半僧坊
境内のもっとも奥、山の中腹にある、建長寺の鎮守である。
ここに祀られる半僧坊権現は、火除けや招福に利益があるという。半僧坊権現とは、後醍醐天皇皇子の無文元選禅師(前述の方広寺開山)の元に忽然と現われ、無理やり弟子入りした白髪の老人で、神通力を持っており、無文禅師が死去するとその老人も姿を消したという。 -
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