1976/01/01 - 1976/01/08
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Berg Heilさん
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巴里3泊のうち、2日間はおしきせのツアーをキャンセルして、一人で街を歩き回った。地図を見ながらの一人歩き、勝手気儘な行動こそ旅の醍醐味。
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こんな チョットおしゃれな可愛い子供を見ると、思わずシャッターを切りたくなる。
この子も今では40才くらいの素敵なママになっているかも? (当時 私の二人の娘と同じくらいな年) -
昔から学生の街としてしられるカルチェラタンを散策する。どちらかというと庶民的な街か?
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時折、学生達がデモで大騒ぎになるので有名な場所。
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走っている自動車にも、この時代を感じさせる。
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聞くところに依ると、巴里は都市条例で町並みの建物の高さが統一されているそうだ。
駐車しているこの車もなぜか懐かしい。 -
歩き疲れて、このカッフェでしばし休憩。
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奥のバーカウンターでは昼間から一杯やっている客も。
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おそらく学生達のグループであろう。
メニューは仏蘭西語でサッパリ分からない。コーヒーとサンドイッチを注文したら、こちらの日本式発音の英語が理解できたのか、間違いなくコーヒーとサンドイッチを持ってきた。 -
当時、9歳と5歳の娘の為にと土産を物色。この店に入ってみた。正月明けで、どの店も割引大売出しの最中。
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このお店では次女の紺と赤のワンピースを購入、子供服専門のお店のようだった。このボインのオネエサンはなかなか愛想がよかった。(こちらもイケメンだったからなのかな???・・・・? しかし、当時はイケメンなんて言葉は無かったけれど)
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チョットおしゃれなプディックを覗いてみた。仏蘭西人は知っていてても英語を使わないとは聞いていたが、こちらのいい加減な英語にも二人の女店員は愛想良く応対してくれた。
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長女にとオレンジ色のブレザーを買う。帰国後よく見たらアルジェリア製であった。
この二人のパリジェンヌ、この遠来の妙な東洋人にとても愛想が良かった。 -
ここは若い女性専科の店らしい。
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ヨーロッパでは蛍光灯の照明はあまり使われていないように感じた。
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テアトル広場散策。
このナポレオン風の服装をしたジイサン、ガイドブックでも知れれていた有名な名物ジイサンらしい。 -
カッフェで彼女は何を書いている?? 恋人へのラヴレターかも??
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メルヘン・チックな絵を書いているオネエサン、日に何枚が売れるのか?
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これは似顔描き書きの親爺、どうも右側の絵を見ると、モデルは仲間かサクラらしい?
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実はここをぶらついていたら、同じ町内に住む、土建会社の社長がすまして似顔絵を描いてもらっているではないか!! 普段はめったに町内で会わないのに、こんな巴里クンダリで会おうとは!!
「○○サン!!」 と声をかけたら、そちらも目を丸くしてびっくり、 なんでも同業者仲間で倫敦 巴里巡りとか。 思いもよらぬ奇跡的めぐり合わせであった。 -
ここの絵は土産専用、添乗員もここで買っても日本で将来値が出るものでないからといっていたが、素人目で見ても「売り絵」「土産用」としか見えない。
添乗員は絵を買いたいなら巴里在住の日本人の画家を紹介するがなんていっていた。(これも旅なれた添乗員の商魂かも??) -
しかし、こんな広場を楽しいもの。いろいろな画家を冷やかして歩くのも。
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子供の鼓笛隊がこれから行進か?ナポレオン軍のような軍装で。
ものの本に依ると、仏蘭西軍は戦場でも味方が目立って、敵兵と区別できるように派手な赤の軍服を着たそうだ。しかし集団戦術が発達して、鉄砲隊に狙われ、格好の餌食となってしまい、以来目立たない戦闘服にしたそうだ。 -
これは世界的に有名なキャバレー「ムーランルージュ」
ツアーでは夜、「リド」にぞろぞろと出かけた。もちろん観光客用のショウ、しかしそれなりにヨーロッパのナイトライフを楽しんだ。写真不可は当然である。 -
仲間が夜の街を歩きたいと所望、小生がなんとなくリーダーとなってピガール広場付近を散策。怪しげにも妖しげな店が。冬の事でもあり、それほど鼻の下を長くした男性共で賑わっているわけでもなく、以外だった。もちろん我々はピンクショップをチョット覗いただけで退散。それほど巴里の夜のアヴァンチュールを楽しもうなんて度胸のある御仁は一人もいなかった。
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ピンクショップで、真に妖しげなグラビアを何冊か買って、スーツケースの一番奥に隠して帰国した御仁も何人かはいたが、やさしいものだ。
おそらく、仲間に見せて自慢した事であろう。 -
日本で言えば、当時の浅草の雰囲気を思わせる。
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宿泊したホテル、「Hotel Sofitel Paris」
地下鉄終点(何番かは忘却)の駅前で動くのにとても便利な場所であった。 -
地下鉄のアクセスが便利に出来ていて、ずいぶん利用した。回数券を購入して歩き回った。
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駅の名前は仏蘭西語読みはサッパリなので、自分なりに英語読みで記憶。
例えば 「ジョルジア・サンク駅」は「ジョージ5世駅」と。 これは「オペラ座駅」 -
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