1976/01/01 - 1976/01/08
457位(同エリア904件中)
Berg Heilさん
- Berg HeilさんTOP
- 旅行記410冊
- クチコミ11件
- Q&A回答7件
- 478,111アクセス
- フォロワー33人
ローマ観光は当然ヴァチカンも含まれる。れっきとした独立国ではあるが、どこが国境なのか分からないうちに境内に入っていった。
1377年年以来 ローマ教皇の居住地となる。1929年2月11日 伊太利のムッソリーニ総統とヴァチカンのガスパリ枢機卿との間でラテラーノ条約(Patti Lateranensi)が締結され、教会の国家からの独立が保障され、ヴァチカン市国が成立された。これが今日の形となっている。
-
サン・ピエトロ大聖堂正面。
古代羅馬の昔ヴァチカンの丘にはネロの競技場が雄大に聳えていた。皇帝ネロの統治下、聖ペトロはこの競技場で磔刑となった。(64年〜67年頃) 彼の遺体は競技場のそばに葬られ、200年を経て、コンスタンティヌス帝がその墓の上に壮麗な大聖堂を建設した。これが後に世界に冠たる大聖堂となるのである。(現地案内書 Lozzi Roma から抜粋) -
アヴィニヨン(仏蘭西)に教皇庁があった、73年の間にこの大聖堂は老朽化し、荒れ果ててしまった。教皇ニコラウス?世(1447/1455年)は大聖堂の再建を決意したものの、教皇の死で全てが中止となった。新たな大聖堂建築を実行に移したのは、ユリウス?世である。この大規模な建築事業は176年の長きに渡って継続された。(Lozzi Roma から抜粋)
-
サン・ピエトロ広場の中央に建つ、オベリスクの両側に二つの噴水: due Fontane がある。
右のものは 1613年 左のものは 1675年に造られた。 -
オベリスク Obelisco 高さ25M 皇帝ネロの競技場から運ばれたもの。教皇ドミニコ・フォンターナの依頼で 1585/1590年 にここに設置された。
-
ここにお警備は瑞西人の傭兵。瑞西は伝統的にヨーロッパ各国の傭兵になっている。
-
-
-
広場を囲む回廊。この近くにヴァチカン郵便局があって、美しい宗教的デザインの記念切手を買い求める観光客で混雑していた。 小さかった二人の娘達に記念切手を貼って伊太利便りの絵葉書をここで投函。
-
大聖堂の天蓋を見上げて。
-
絢爛豪華な祭壇。長い間に集めた富は莫大なものであろう。
-
一度、ブログで書いたが、この絢爛豪華な祭壇、聖堂を飾る世界的な美術品、贅を凝らしたキンキラキンの法衣で祈りを捧げるカトリックの坊主共。 そしてその中心には哀れにもふんどし一つで十字架にぶら下がっているイエス。 このコンストラストがどうしても理解できない。
マルチン・ルターやカール・マルクスが出現したのもむべなるかな。
汝ら己が為に財寶を地に積むな、ここは蟲と錆びとが損ひ、盗人うがちて盗むなり。汝ら己が為に財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盗人うがちて盗まぬなり。汝の財寶のある所には、汝の心もあるべし。 (マタイ伝 第6章 19〜21) -
2000年3月 カミサンは長女と私の二人の妹と4人、10日間の日程で、かねてからの念願の北伊太利を旅した。そのおり、ヴァチカンに立ち寄った時のこと。なにやら大聖堂の前でイヴェントがあるらしく警備もかなりのものであった。
どうも法王のお出ましらしいと直感したそうだ。 -
しばらく待っていたら、予想どうり、ヨハネ・パウロ?世が現れ、群集の中を車で祝福に廻わりだした。 カトリック系の女子高校で学んだカミサンは思わぬ法王のとの出会いに大感激、この一枚のショットとなった。(群集に混じってのカメラ、これだけがものになった貴重な一枚!!)
おそらく時期的に、法王の中近東訪問の壮行会だと思う。 これもめったにない幸運の出会いであった。 -
これは誰なのか不明。ヨーロッパを旅するとラテン語の知識が少しでもあればとつくずく思う時がある。
-
ここの一番の目玉はやはり、ミケランジェロのピエタ。 ただし、私はこれを見ていない。というのもガイドは次から次へと早足、早口で簡単に説明、先を急ぐのでろくに美術品をゆっくり鑑賞している暇がない。ゆっくり眺めていれば置いて行かれてしまう。これも団体旅行と個人旅行の大きな違い。
(2000年 カミサンの撮影)
しかしこれは機会があったらゆっくり鑑賞したいもの。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
英・伊・佛・紀行
-
1976年/ London & アルプス上空
1976/01/01~
ロンドン
-
1976年/ Rome 市内観光
1976/01/01~
ローマ
-
1976年/ Rome 市内散策
1976/01/01~
ローマ
-
1976年/ Vaticano
1976/01/01~
バチカン
-
1976年/ Paris Nr.1 市内観光&ノートルダム寺院
1976/01/01~
パリ
-
1976年/ Paris Nr.2 カルチェラタン&テアトル広場他
1976/01/01~
パリ
-
1976年/ Paris Nr.3 ルーブル&印象派美術館
1976/01/01~
パリ
-
1976年/ Nr.4 Paris 帰路
1976/01/01~
フランス
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (2)
-
- 女一人旅さん 2008/07/20 02:39:24
- バチカン
- 先日アヴィニヨンに行って参りました。
バチカンとの間にそんな関係があったとは。。。
ガイドブックにもある、あのデッカい建物ですよね?
知らずに…お恥ずかしい。
でも、ま、「学ぶに遅き時なし」という事で。
勉強に成りましたm(__)m
- Berg Heilさん からの返信 2008/07/20 09:39:34
- RE: バチカン
- > 先日アヴィニヨンに行って参りました。
> バチカンとの間にそんな関係があったとは。。。
>
1305年 教皇クレメンス?世が教皇庁をローマからアビニヨンに移す。1377年迄教皇庁はアビニヨンに置かれた。 と年表には記載されています。この辺の事は、仏蘭西好きの方には仏蘭西史を読まれる事をお薦めします。
歴史的知識が少しでもありますと、旅の楽しさは倍増すると思っていますので、訪問予定地の歴史と地理は必ずインターネット(Wikipedia & etc)や手紙を書いて取り寄せる、現地観光局の観光パンフレットや市街地図で予習してから旅立つ事にしています。
ヴァチカンは当時は団体のツアーに便乗しましたので、詳しくゆっくりと見学でできず、ありきたりの観光になってしまいました。これもいたしかたないことです。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
バチカン(バチカン) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 英・伊・佛・紀行
2
15