2000/10/06 - 2000/10/13
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旅人のくまさんさん
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<2000年10月11日(水)>
今夜の泊まりのミラノへ向かう途中、シェークスピアの「ロメオとジュリエット」の悲恋の舞台となったベローナに立ち寄りました。ミラノまでは300キロ弱の距離があります。
ベネチアからミラノまでは、半島の北を東から西への横断です。ただし、更にその西のトリノやジェノバまでは達しませんので、完全な横断と言うわけではありません。
車中の皆さんは、そろそろ旅の疲れが出てきたのか、それとも少し早い朝の旅立ちに疲れたのか、居眠りをする人が多かったようです。渡辺さんは、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」の物語のおさらいをはじめましたが、居眠りをする人が多かったせいか、程ほどにアナウンスガイドを、端折ってしまわれました。 その後は、ボリュームを落として、カンツォーネを流してくれました。世界の三大テノールの吹き込みと言う解説でした。最初がパバロッティ、その後は分かりませんでしたが、ジュゼッペ・デ・ステファーノ、デル・モナコなどのようでした。ひょっとしたら、一人はドミンゴの方だったかも知れません。
<ロメオの館>
ベローナの町は古都と言った表現が似合う町です。早朝、8時前に出発しましたので、ベローナについたときも町は活動をはじめる前で静かでした。雨は上がっていたものの、また降り出しそうな雲行きでした。
最初に訪れたのはロミオ一族が棲んだと言われる建物でした。壁面に石版が嵌め込んでありました。帰国してからデジカメで撮った写真を仔細に観察しましたら、「ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」言った一節や「ロミオとジュリエット」とシェークスピアの名前が読み取れました。長屋風のこの建物の一角では、未だ開いていなかったが、レストランが経営されているようでした。
<ジュリエッタのバルコニー>
ロミオの館は訪れる人が少なかったのに、ジュリエッタのバルコニーの前はごった返していました。バルコニー前の中庭には、ちゃんとした見学用に設備が整っていました。お土産店や、電話機群、それとブロンズのジュリエッタの可愛らしい像などです。
胸か手に触るとお金か恋の成就が叶うと言います。若い女性の方に人気のホットスポットです。像に触ったり、記念撮影をしたりで、中々にぎやかでした。ジュリエッタの像は、触られた部分がピカピカになっていて、その人気が窺い知れました。背面の壁に絡み付いた鬱蒼とした蔦も雰囲気を醸し出していました。
<ベローナの街並>
この地方を治めた貴族の館や、行政組織跡は市庁舎などの公共設備に使用されているようでした。その広場の真中には「、神曲」を著したダンテの像がいかめしそうに建っています。町全体が、相当に古い雰囲気をそのまま湛えていて、実際建物は年代物が多くありました。
その街並の、更にその下に古い礎石が残っているので驚きます。その一角が発掘されて見学できました。まさに古都です。古都には雨が似合うのか、また雨が降り出して。それ程強くは無く、傘を差した人も、差さずに手に持った人もいました。
この町にもローマと同じコロッセオがありました。規模はローマよりかなり小さかったようです。この一つを見てもこの町の長い歴史が偲ばれました。
<ベローナからミラノへ>
ベローナはミラノよりベネチアの方が近いので、これから先、暫くバスの旅が続きました。ベローナの広場では露店が立ち、お土産や果物を売っていましたので、買い込んで車中で舌鼓を打つ人たちもいました。
ベローナでの買い物は、絵葉書1冊だけでした。概してイタリアの絵葉書やガイドブックは印刷が悪いものです。画の解像度、印刷の鮮明さなど、二流と言うより、三流に近く感じます。これだけの国が、何で文化の象徴とも言うべき印刷に力を入れないのか、不思議でなりません。
<ミラノスカラ座博物館>
ミラノスカラ座そのものには入場できませんでしたが、隣接する博物館の方を見学することができました。さすがに世界的なオペラ劇場だけあって、歴史的な音楽家の遺品の数々や、デスマスクなどを見る事ができました。
デスマスクだけではなく、ショパンの指先の石膏模型も目にする事ができました。女性の手のような、しなやかそうで、繊細な指先でした。一方、リストの指先は、がっちりと大型であり、対照的でした。ショパンの繊細なピアノ曲、リストの超絶技巧を駆使した作品をそのまま現しているように感じました。スカラ座にゆかりの深いベルディのピアノや自筆楽譜なども残されています。
スカラ座の方をガイドブックから紹介しておきます。「1778年に建てられたネオ・クラシック様式で、名称の由来は、サンタ・マリア・デッラ・スカラ教会の跡地に建てられた事による」とありました。第2次世界大戦では、爆撃を受けて一部が破壊された歴史も持っています。
<ドゥオモ>
イタリアのゴシック建築中の最大傑作と言われ、ミラノのシンボルになっている。尖塔の数々は、見るものを圧倒せずにはおきません。
写真撮影は禁止されていなかったので、暗闇の中で何枚か撮影しました。液晶画面でモニターした時は真っ黒でしたが、パソコンで処理したら、暗い中から祭壇、レリーフなどが浮かび上がってきました。
ステンドグラスの規模も壮大で、仕切られた枠ごとに様々な絵柄がモザイクで表現してりました。旧約や新約聖書に因む重要な場面や、人物が描かれているようですが、兎に角その数、規模の方に圧倒されてしまいました。
室内の見学なので支障はありませんでしたが、絶え間なく雨が降っていました。
<最後の晩餐?>
今晩がイタリアでの最後の晩餐になると言うことで、大勢の人が賛同して、少し贅沢なディナーをご一緒しましょうと言う事になりました。お勧めの店は、勿論、渡辺さんのご用達です。
出てきた食事は、まず、前菜に生ハムメロン、これが中々美味でした。ワインもついすすみました。1皿目はオリジナルのシーフードパスタ、メインディッシュは生肉料理でした。料理の名前は覚えていません。えびの焼き物を注文された人達もいました。これでまた、ワインがすすみました。
<ミラノのホテル>
ミラノでのホテルは、郊外のレオナルド・ダ・ビンチホテルでした。兎に角、馬鹿でかいマンモスホテルです。広々とした敷地内に三棟が立ち並び、構内にバスが入る時にも遮断機のセキュリティがかかっていました。その敷地の直ぐ横を鉄道が走っていましたが、乗る機会はありませんでした。
設備はそれほどよくありませんでしたが、駄目と言うほどでもありませんでした。ビジネスホテルの設備を少し良くして、巨大にしたようなものです。ただ、階段を使用するのが難しく、1階上がるにもエレベータを長く待たなければならないのには不便を感じました。
一度、エレベータの横のドアから外の階段を使ってみましたら、外側からエレベータ室の方へは、鍵がロックされ、入る事ができなくなりました。この時は、エレベータを待っていた外国の旅行者の方が気付き、内側からドアを開けてもらいましたので、助かりました。
朝食はマンモス食堂で摂りました。フレンチ式を覚悟していましたが、珈琲、ジュース、パン2種類と果物、バターなども備えてあり、この点では問題ありませんでした。
ベローナへ向かう車中にて
半島の北を西へと折返しミラノへ向う寒き秋の日
朝早き車中の人は静なりボリューム下げて西へと向う
穫入の終りし畑や木立無く鳥の姿の見ゆることなし
唐土の背丈の程に立枯て土起したる畑は続けり
ベローナへ向かう車中でガイド聴く沙王の悲恋の物語
摘し実は樽で時待つ頃ならん葡萄畑の中過にけり
パバロッティボラレボラレにリズム取る静な車内指で小さく
歌綴る筆止め聞しカンツォーネ一人車内でリズム取りたり
夜、ミラノのホテルにて
この旅の初めに買し酒を酌む終りの友もオールドパーなり
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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一泊だけ泊まったホテルはベネチア郊外のメストレの街です。ボローニャ・エ・スタッチオーソホテルは、なかなか良い設備でした。
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フロント近くには、日本風の泉水があり、緋鯉が泳いでいました。何となくほっとする光景です。
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泊まったホテルの自室の紹介です。中々垢抜けたお洒落な意匠の内装となっていました。申し分ありませんでした。
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ベッドルームの他に、洗面室の方も紹介します。こちらも中々洒落たデザインでした。勿論、お湯の出も問題ありませんでした。1泊では勿体無いくらいです。
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今日は、世界文化遺産の古都、ベローナ市内の見学の後、最終地のミラノへ向かう予定です。少し早起きして、ホテル周辺を散策しました。
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ホテル付近の路地裏光景です。出発前の時間を利用して撮影しました。
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ロミオの一族の屋敷跡の店です。いかにも年代が経っているような古色蒼然とした建物です。
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ロメオジュリエットの悲恋の舞台となった古都ベローナです。この碑はロメオの一族が棲んだ住居を示しているもののようです。
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ロミオの碑の近くにはレストランがありました。観光客が目当てでしょうか。この日は早朝でしたから、観光客は少なく、辺りは静かでした。
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この地方に君臨した貴族の墓所(手前)と後方の居住した建物です。屋上にツバメの尾をひっくり返したような文様の手摺りがあります。
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中央の尖塔は、私には兜を被った中世の騎士に見えます。古いベローナの町だから、私を勘違いさせるのでしょうか。
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ベローナ一帯を支配した貴族の墓所です。梯子の模様が紋章とお聞きしました。鉄の柵にも、その紋章があります。
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このいかめしい腕組みをしたような銅像は、神曲を書いたダンテの像です。広場の真中に建てられていました。
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生憎の天候で、少し雨がぱらついてきました。私達のグループ以外にも、日本人観光客の一団がいました。
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ツバメの尾を逆さにしたような文様がこの地を支配した貴族一族のシンボルです。イギリスに血縁のある一族だとの説明を聞いたような記憶があります。
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早い時間でしたから、未だ店は開いていませんでした。開店の準備中でした。こんな古都で、ゆっくり珈琲でも飲んでみたい気分になりました。
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ベローナの町は、赤みを帯びた屋根に卵色の壁の色で統一され、落ち着いた佇まいとなっています。余り高い建物が無い中で、一際高い尖塔です。これも相当な年代物のようです。
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現在の地盤から1m以上低いところに姿を現した古代都市の敷石です。上に建った建物も十分古いのに、その下に更に古代遺跡が横たわっています。
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果物を並べた屋台もありました。中々品数豊富です。ツアーの皆さんも結構買い求めていました。
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ハーブのアーティチョークを、同じハーブのクレソンのような青葉と一緒に水に漬けてありました。
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広場では結構沢山の屋台があり、新鮮な野菜類を売っていました。今までに食べたサラダに入っていた葉野菜を色々と見かけました。
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こちらはジュリエットのバルコニーです。ベローナでは最大の観光スポットです。若い女性の方に大もてで、大いに賑っていました。
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ジュリエットのバルコニーの近くには、液晶で名場面を写した電話機のようなものが設えてありました。若い女性に人気のグッズのようです。
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ジュリエットのブロンズ像にタッチして、お金か恋の願いを懸ける人でごった返していました。バックは鬱蒼とした蔦が、雰囲気を盛り立てていました。
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ジュリエットのバルコニーの見学を終えての帰り道です。商店街のような場所を通りました。ミドリ十字は薬局でしょうか。
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ローマのコロッセオが有名ですが、こちらはそれより規模はかなり小さ目ですが、古い年代のものとされます。古都、ベローナの象徴の1つのようです。
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コロッセオは、ローマ帝国時代には、各地に存在したと、現地ガイドさんが説明されていました。これは残っている中では年代が古いもののようです。
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今度は毛受さんに正面に立って頂き記念撮影です。ベローナは、旧市街地全体が世界文化遺産に指定されています。
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木蓮かなと思いましたが、タイサンボクのようにも思えました。帰国して調べた事典では、タイサンボクですと、日本での花期は5〜6月とありました。全く別の種類の樹かも知れません。
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コロッセオの近くで見かけた鉢植えの夾竹桃です。ピンク色が多く、あちこちで見かけました。
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コロッセオの見学を終えて、移動する途中で見かけたブロンズ製の騎馬像です。かつて、この地を治めた王様でしょうか。
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石畳の写真を纏めて紹介します。最初は大き目の石を使った石畳です。滑り止めのために窪みが彫ってあります。コロッセオ付近で撮影しました。
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次は小さめの石を使った石畳です。不揃いな自然石が使われているようです。散り急いだ枯葉が舞っていました。ジュリエットのバルコニー付近での撮影です。
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この石畳はベローナの旧市街広場にあったものです。白っぽい石と赤っぽい石に、自然石の文様が入っています。大き目の石板です。
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