2006/02/23 - 2006/03/02
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2006年2月25日(アメリカ時間)の旅行写真の続きです。リンカーン記念堂、ペンタゴンやアーリントン墓地の見学です。(ウィキペディア)
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次の見学地はリンカーン記念堂です。短い距離を車で移動しました。近くに車を停めて、歩いての移動でした。
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細長い池は、リフレクティング・プールと呼ばれ、風がない日には、記念碑の全長が投影されます。
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終着駅の少し前に、飛行場の名前が入った駅がありました。そのワシントン空港へ降りる飛行機が、頻繁に上空を過ぎりました。
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リンカーン記念堂の正面です。中央にリンカーンの坐像が、左右に有名な演説のプレートがありました。有名な「人民の、人民による、人民のための政府』の演説は、左手のプレートです。
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リンカーンの巨大な坐像です。アメリカの歴代大統領の中で、最も背が高かったとされます。大きさ比較に、人のシルエットが入った写真を掲載しておきました。
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リンカーン記念堂の中に記されていた有名な演説です。最後のところに、人民の人民による人民のための政府の文字が読み取れます。
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こちらは少し読み取り難いですが、リンカーンと同じく凶弾に倒れたマルティン・ルーサー・キング師の「アイハバ・ドリーム」の言葉が刻まれています。この場所で演説を行ったそうです。
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方角によっては、青空が覗いていました。リンカーン記念堂に向かって右手の方角です。マルティン・ルーサー・キング師の言葉は、この入口の敷石に記されていました。
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厚い雲間から薄日が差し込んでいました。木立以外に視界を遮るものが無い、実に幻想的な光景でした。曇り空でも、快晴とは違って、また別の撮影の楽しみがあります。
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リフレクティング・プールと呼ばれる池に、ワシントン塔の全長が映るのが見られるのはリンカーン記念堂の上からです。残念ながら、今日は漣が立っていました。
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朝鮮戦争に国連軍の名で参加した、全ての国の戦士像が並んでいるとの説明をお聞きしました。韓国とアメリカを含め17カ国です。
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備えられたばかりの赤と白の花束です。『?? LEE EMBASSY OF KOREA』の文字がありますから、韓国大使館員からの献花です。
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朝鮮戦争の記念碑近くです。星条旗がはためいていました。像は等身大よりやや小さめでした。
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先頭の兵士です。この戦士の国籍は分かりませんが、やはりアメリカでしょうか?日本にも大きな影響があった朝鮮戦争は、1953年(昭和28年)に停戦となりました。
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くすんだ写真ではありません。石の壁に刻まれた絵です。薄く彩色がされていました。戦争に関わる色んな場面がありました。
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空の色が薄く彩色され、その下に兵士達の顔が浮かびます。縦の黒い筋は石の繋ぎ目です。
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米国防総省ペンタゴンは、9・11テロの標的にされ、多くの死傷者が出ました。現在は完全に修復されていますが、撮影は厳禁となりました。
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車を止めての撮影は、監視網にかかって、すぐにカメラかフィルムの没収があるようです。韓国籍の人が連行された話もお聞きしました。
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4、5階建ての大きなショッピングモールでした。ニューヨークよりは消費税が安く、買い物には好適です。専門店が軒を並べていました。
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ショッピングモールの中にも、大きな星条旗が吊り下げてありました。いかにもアメリカといった感じがしました。
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ペンタゴンの前をノンストップで通り過ぎて、ショッピングモールの中で自由時間になりました。食事と買い物の時間です。
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ショッピングの前に中華料理の店を探して、昼食タイムにしました。麺かチャーハンをメインに2種類のおかずを選びました。
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靖国神社参拝が国際問題化して、国立墓地の問題が良く話題に上るようになりました。その折に例が引かれるアーリントン国立墓地の墓参です。
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200エーカー(80万平方メートル)の広さがあります。設立以来、26万人以上の戦死者が眠ります。年間400万人以上が訪れるようです。
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どちらを向いても白い墓碑が整然と並んでいます。広大な敷地ですが、30万人近くの埋葬で、手狭になってきたようです。
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ケネディ大統領がダラスで凶弾に倒れたあと、僅かな時間で用意された墓地です。傍らにジャックリーヌ・オナシスと子供さん達が眠っています。
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ジョン・フィッツジェラルド・ケネディが、1963年にここに葬られてから燃え続けている、永遠の火です。天然ガスが使われているようです。
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アーリントン墓地の一番小高くなったところにある葬儀場です。高いポールに星条旗が翻っていました。週5回、1日20回ほどの葬儀が営まれます。
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木で出来た十字架に、小さなプレートだけのお墓です。兄のジョンに続いて凶弾に倒れた、弟のロバートの墓です。質素な墓は、彼の遺言でした。
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ケネディの墓から少し下ったところに、アンノウン・ソルジャーの案内看板がありました。無名戦士の墓です。
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