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旅人のくまさんさん
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<2006年2月28日(火):アメリカ時間>
5泊7日の旅行予定が、6泊8日になりました。サンフランシスコ発、成田行の便に間に合わなかったからです。原因は、西海岸一帯の荒天にありました。サンフランシスコ空港の離発着が混乱し、ラスベガス発の飛行機に、離陸のGOサインが、中々出なかったためです。ミネアポリスからラスベガスへの移動の時にも、その予兆がありました。
トラブルには違いがありませんが、前向き発想で対処して、変化もあって、より楽しい旅行になりました。サンフランシスコで、緊急対応で駆け付けくれたガイドさんがいい人でした。中曽根さんといわれるハワイ出身の方です。その中曽根さんの案内で、市内観光を楽しんだ後、夜にシアトル空港まで飛びました。シアトルで1泊しての帰国となりました。(ウィキペディア)
<早朝の起床、サンフランシスコへ>
ラスベガスでの2泊が過ぎました。今日が出発の日です。6時半に地下1階の駐車場に、旅行社の車が迎えに来てくれる約束でしたから、時間に余裕を持って、待合せ場所に向かいました。迷路のような構造ですから、早めの行動でもありました。
ガイドさんもその場所に顔を出してくれました。やはり到着した時のガイドさんとは別の方でした。28年間、ラスベガスに住んでいるというベテランの女性の方でした。
ラスベガスから空港へ向かう途中で、荒地越しにラスベガスの特徴的な建物群が遠望できました。そのコントラストで、荒地の中のオアシスが、ラスベガスの始まりであったことを実感できました。
<搭乗した後で、1時間待ち>
搭乗した後で、機内アナウンスが入り、サンフランシスコの空のダイヤが乱れていて、中々、ラスベガス空港の出発GOサインが出ないと説明がありました。結局、1時間遅れのフライトとなりました。
当初の旅行計画では11時にサンフランシスコ到着、12時5分の便で成田へ出発の予定でしたから、非常に厳しい乗換えとなりそうでした。このため、航空会社に顔の利く現地ガイドさんにお願いして、裏技を使って貰いました。
その裏技は、サンフランシスコからの搭乗券で、ラスベガスで座席指定して貰ったことです。本来は、サンフランシスコの窓口で無ければ出来ない手続きです。手荷物も預け荷物にして、すばやく乗換えが出来るように身支度しました。
そんな厳しいフライトでしたが、機内から見下ろした景色は、変化に富んで素晴らしいものでした。雪を被った山、荒地、白い岩塩と製塩場、緩やかに流れる川、緑の平野、無数の風車等でした。
一番後ろの席でしたが、事情をお話して、前の席に荷物も引っ越すことが出来ました。サンフランシスコに着陸する前に、12時5分を過ぎてしまいました。望みは、出発便も遅れていることでした。
<既に飛び立っていた成田行の便>
サンフランシスコ空港の乗換えは、機内の航空会社の雑誌で調べておきました。真っ先に降りたあと、成田行きの出発ゲートへ急ぎました。荷物があったら、とてもこの方法は取れません。途中では、これから搭乗手続きをする団体客が集まっていました。 そちらの関係者らしき方から、『成田行きの方はここに集合してください』と声を掛けられましたが、既に座席指定を受けて搭乗手続きが済んでいましたから、無視して、先を急ぎました。
その出発ゲートにやって来ましたが、既に航空会社係員の姿は無く、周りに乗客の姿も見えませんでした。この時点で、既に成田へ向けて飛び立ったことを悟りました。出発は、定刻通りだったようです。その定刻の12時5分を15分程過ぎていました。
後で分かったことですが、私達が間に合っても、荷物の方は積み込みが出来なかったでしょうから、無駄な努力になりました。気を取り直して、次の手を考えることにしました。
<旅行会社事務所への連絡、難航した帰国便予約>
最初に、旅行会社への連絡です。そのためには、出国手続きを終えていますから、アメリカへの再入国です。これは出口の所にいた係官の方に、飛行機が既に飛び立ってしまった事情を話して、直ぐにOKが出ました。何の検査もありませんでした。
次は、電話器を探すことでした。乗り遅れのことも考慮して、予めフリーダイヤルの番号を聞いていましたから、出口近くにあった、インフォーメーションの電話をお借りすることにしました。ベテランの男性と若い女性の方が詰めていました。その男性の方が、私のメモを見ながら、自らダイヤルを回して、繋がったところで、受話器を渡してくれました。
旅行会社とは、『これから航空会社と調整をしますから、10分後に、もう一度電話をしてください』との約束になりました。そのことをお話して、暫く、付近で待機しました。10分後の電話では『ノースウェストの国内線カウンターに移動してください。そこで電話が繋がったら、航空会社の方と交代してください。私が直接交渉します』との話になりました。
国内線のカウンターの前に国際線のノースウェストのカウンターがありましたから、そのことを相談しますと、日本語が理解できる女性の方と交代されて、旅行会社へ電話を掛けてくれました。話が進んだところで、国内線カウンターの方へ案内までしてくれました。その国内線カウンターで、旅行会社から緊急連絡が入って、急ぎ駆け付けて頂いた現地ガイドの中曽根さんと落ち合うことが出来ました。
後は、中曽根さんの交渉力で話が進みました。しかし、何しろ航空会社が3社絡み、不可抗力的な自然現象が原因のトラブルですから、中々結論が出ませんでした。旅行社を含めて、費用分担が難問のようでした。時間は掛かりましたが、その難問を中曽根さんが解決してくれました。
サンフランシスコ発の翌日便が満席になっていて、ハワイのホノルル経由、次にシアトル経由の順番で交渉が進んだ結果、アラスカ航空便でシアトルまで飛び、翌日の便で、成田経由で帰国する手筈となりました。1人10ドルの夕食券と、シアトルのホテル予約券も手配して貰いました。
<サンフランシスコ市内見学へ>
難航した話が纏まり、夕方に発券できることになりましたので、中曽根さんにサンフランシスコ市内見学を相談しました。すると、旅行会社の了解を取ってくれて、中曽根さんが保険に入った車で、案内をして貰えることになりました。タクシー代程度の60ドルだけでいいとのお話でしたが、20ドルのチップを先にお渡ししました。それでも随分と格安です。
そこまで話が済んだところで、お腹が空いてきました。12時半頃から交渉が始まって、既に15時になっていました。そこで、中曽根さんを誘って鮨店で遅い食事になりました。勿論、纏めて支払いを済ませました。
中曽根さんの案内でのサンフランシスコの市内見学は、楽しいものになりました。見学の後に、今晩、シアトルのホテルで飲むワインを買うために、スーパーへも立ち寄ってくれました。名刺も頂戴しましたが、25年程の経験を持たれる、プロの書道家としての顔も持って見えました。
<シアトルへ>
見学の後、6時頃にアラスカ航空カウンターの前で再会する約束をして、一旦、中曽根さんとはお別れしました。再会した時には、お勧めの『イナウト』のハンバーガーを手にされていました。
発券までは少し時間が掛かりましたが、無事予定通りの時刻にシアトルへ向けて飛び立つことが出来ました。中曽根さんは、航空会社の方から『ミスター・オスシ』と呼ばれているようでした。難しい交渉ごとが解決した後には、鮨を差入れされていることから付いたニックネームです。
皆さんの賛同を得て、20ドルのチップを『駐車料の足しにして下さい』と言って、お渡ししました。普通の交渉では、中々うまく事が運ばなかった難問ですし、格安での旅行ですから、こちらの責任も大きい旅行条件でした。大分遠慮されましたが、何とか受け取って頂きました。
<シアトル到着、夜の打上式>
シアトル空港では、別の現地ガイドさんが出迎えてくれました。このことも、中曽根さんからお聞きしていました。その中曽根さんに案内して頂いたお店で買ってきたワインで乾杯しました。カリフォルニアのナパ・バレーの白ワインと赤ワインです。格別に美味しいワインとなりました。
サンフランシスコ市内で
行きずりの人は自ら声掛てシャッター押しぬ旅の一齣
サンフランシスコを見下すツインピークで
雨季過しシスコ見下す丘に吹く風は冷く雲未だ重し
夜の打上式
シスコより運びしワイン栓抜て旅の終を祝うこの夜
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー
- 航空会社
-
ラスベガスのホテルを引き払って、いよいよ帰国です。車の中から荒地越しに見るラスベガスの町は、ゴールドラッシュ時の町を連想しました。
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ラスベガス空港のフライト情報は混乱していました。旅行会社とのAkさんの巧みな交渉で、結果的には全てスムーズに事が運びました。
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現地ガイドさんが、裏技を使って、色々と便宜を図ってくれました。最初はそっけない態度でしたが、Akさんの交渉術の成果が出ました。まずは、一息です。
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ラスベガスで搭乗したのは、定刻でした。しかし、問題はその先でした。サンフランシスコの悪天候の影響で、飛び立つのが1時間以上遅れました。
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ラスベガスからサンフランシスコの間の空の旅は、眼下の景色を大いに楽しむことができました。岩塩地帯の次は、一帯を覆った、積雪です。
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サンフランシスコが近づくと、茶色一色から、次第に緑が目に付くようになってきました。緩やかに流れる河川も見えてきました。
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一層、緑色が増えてきました。テレビの天気予報で確認していた雲は、順番に東方面に去って、青空が勝ってきました。
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ますます緑が濃くなってきました。しかし、この写真でご覧戴きたいのは、左側に写った白い物体です。世界に紹介されている風力発電設備です。
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サンフランシスコへ向かう機内からは、窓際に座られたAkさんに撮影をお願いしました。これもその1枚です。白い米粒のようなものが、風力発電の風車のようです。
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河口が見えてきました。機体も大分高度を下げて、着陸態勢に入ったようです。サンフランシスコ空港が真近です。
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機内で確認した時刻は、すでにサンフランシスコ発、成田行きの便は出発した後でした。頼みは、出発便も遅れてくれることだけでした。
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着陸寸前です。海岸線には埋立地らしい工業地帯が広がっていました。雲は残っていますが穏やかな日和になっていました。
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知らないとニアミスかと思ってぎょっとする場面です。サンフランシスコ空港は複数の滑走路がありますから、2機並んでのランディングです。
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到着したサンフランシスコ空港です。一縷の望みを託して、出発ロビーに急ぎました。ラスベガスで奥の手を使っての座席指定もしてありました。
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結果は、定刻通りに成田行きの便が飛び立って、出発ゲートは無人になっていました。次の手を打つのに、ここからが忙しい場面になりました。
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成田行きの便に積み残された人は、かなりの人数がいました。しかし、添乗員付きの方ばかりですから、後に残された人数は僅かになりました。
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旅行会社への電話連絡、航空会社との調整を繰り返して、何とか翌日発の便が手配できました。それで、この後はサンフランシスコ市内見物です。
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旅行会社の事務所へ連絡したところ、緊急で手伝いに来て頂いたのは、ハワイ生れの中曽根さんでした。その中曽根さんの案内での市内見学です。
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ここから夕方までは、中曽根さんと私達との個人契約です。この駐車場で、保険に入った中曽根さんの車に乗換えました。
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旅行会社の他に、航空会社が3社絡んでいましたから、かなりの難交渉でした。旅行会社と契約の中曽根さんが、日頃培われた顔が利きました。
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難交渉の結果、夕刻にアラスカ航空でシアトルまで飛び、翌日、成田経由で帰るチケットが手に入ることになりました。その発券までの半日を利用してのサンフランシスコ見学です。
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市内見学は、中曽根さんが旅行会社の了解を取られました。中曽根さんの保険に入ったワゴン車に乗り換えての、サンフランシスコの市内見学です。
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中曽根さんが最初に案内してくれたのは、サンフランシスコの中心街でした。ユニオン・スクエアと呼ばれている場所のようでした。路面電車の写真も撮れる観光スポットの1つです。
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広場の中央に、高いモニュメントがありました。フォークのような道具を持ち、両手を高く掲げた女性像が先端にありました。
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駐車禁止のこの場所で、中曽根さんの車を降りました。中曽根さんには、10分程で迎えにきて貰うことにしました。
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ロータリーの花壇に咲いていた、真っ赤で、エキゾチックな花です。サンフランシスコは、西海岸の街ですから、日本からの留学生が多いようです。
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後方から路面電車がやって来ました。このシャッターチャンスのカメラマンは、Akさんです。飛行機に乗遅れたことで、おまけ付の旅行になりました。
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サンフランシスコの人口は約75万人です。しかし、対岸のオークランド、南岸のサンノゼを含めた都市圏人口は約700万人で、全米で5番目です。
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こちらはバスです。シスコは海流の影響で、年間を通じて気温の変化が少ないとされます。スケルトンのバスは、そのせいでしょうか?
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中心街付近の町並み光景です。年代ものと思われる中高層階のビルも残っていました。
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