2006/02/23 - 2006/03/02
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旅人のくまさんさん
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<2006年2月27日(月):アメリカ時間>
ラスベガスでは、一切のオプショナルツアーを申し込まず、自由行動だけにしました。ガイドさんが勧めてくれた、市内観光も一切お断りしました。バスとタクシーで十分に観光できると考えたからです。
コートの襟を立てた昨日のニューヨークとは打って変わって、真夏日を思わせるラスベガスでした。25度Cを遥かに超えていたように感じました。昨日の最低温度とは、40度C近い気温の変化です。(ウィキペディア)
<少し遅い起床、朝食>
昨日の内に、グランドキャニオン半日旅行は諦めていましたから、ゆっくり起床して、9時に集合の約束にしました。昼間のラスベガス市内観光を予定でした。朝食は、泊まったホテルのミールクーポンを使って済ませました。
そのレストランは、先に食事を済まされた荒金さんが教えてくれました。カジノの一角から、エスカレーターで上った場所に、そのお店はありました。私達二人が食事の間、荒金さんはスロットルマシンをしながら待ってくれました。
昨晩の成果等の情報交換をしながら、昼のラスベガス見学に出かけました。その成果は、個人情報の保護のために公表は差し控えます。さすがに朝の時間はお客の数は減っていましたが、24時間営業は間違いないようです。ゲーム機からは、大量のお金が集金されていました。この場面を見てしまいますと、余りゲームに深入りはしたくなくなります。
<ラスベガスの歴史>
市内見学の前に、インターネット情報を参照しながら、ラスベガスの紹介をしておきます。一言で言えば、カジノからはじまり、総合レジャーランドを経て、大人向けの高級総合アミューズメントと国際コンベンション都市への変容の最中のようです。
1829年、メキシコ商人のラファエル・リベラによって発見された、モハベ砂漠のなかのオアシスがラスベガスの始まりです。この一帯は砂漠地帯だったため、水を補給出来るところがなく、交通の難所でした。この泉の発見により、ロサンゼルスまでの中継地として、ラスベガスは重要な位置を占めるようになりました。
後に、モルモン教徒らの入植、1890年には鉄道時代の到来で、投資補給基地として発展を続け、1911年にラスベガス市に制定されました。
1931年にカジノが合法化され、1940年代に、次々とカジノホテルが建設されました。有名なギャング、『ベンジャミン・シーゲル』が建てたフラミンゴ・ホテルが、建設ラッシュのきっかけになました。しかし、600万ドルの豪華ホテルの客は少なく、休業に追い込まれました。その責任を責められて『ベンジャミン・シーゲル』は暗殺されたようです。
1990年代に入り、次々と登場したテーマパーク型巨大ホテル群が出現し、ラスベガスはギャンブルの街から、家族ぐるみで楽しめる総合エンターテインメントシティーへと変容しました。
最後に、ラスベガスを示す主要な数字を紹介しておきます。
*主要ホテル数 :約70
*その合計客室数 :約134000室
*モーテル数 :約150
*その合計客室数 :約14000室
*市内の人口 :約65万人
<ラスベガス、昼の散策>
この日のラスベガスは、日陰が恋しくなる、日本の真夏を思わせる陽気でした。気温は25度Cを超え、30度Cくらいまで上昇したようです。こちらでは摂氏ではなく、華氏での表示ですから、換算に手間取ります。摂氏30度の華氏への換算は、(30*9/5+32)ですから、86度Fとなります。
ワシントンDC見学の時の現地ガイドさんは、華氏から摂氏への換算の略算式を教えてくれましたが、メモを取りませんでしたから、詳しくは覚えていません。引き算、2割引等の項目だけが頭に残りました。
そこで、原式から私なりに換算して暗算できる式を作ってみました。『華氏から30を引いて、その半分から、寒い時はそのまま、気候が良い時は1度Cプラス、暑い時は2度Cプラス』です。これを当てはめて略算しますと、やや寒い50度Fの場合は誤差無し、気候の良い70度Fの場合、0.1度C、暑い90度Fの場合は0.2度Cの誤差であり、いずれも1度以内に収まりました。
くどくなりついでに、私の略算式の算出過程を簡単に説明しておきます。度C=5/9(度F-32)=50/100(度F-30)+α、α={5.6/100(度F-30)-2*50/100}={5.6/100(度F-30)?1}です。αは、20度Fから90度Fの範囲で、試算して求めた値を丸めました。
寄り道が過ぎて、ラスベガス紹介は割愛です。写真編をご覧ください。
<自由行動、ベネチアン・ホテル>
今日の昼食は、中華料理店を探しました。皆さんの意見が、『麺を食べたい』で集約できたからです。しばらく探して、あるカジノホテルの前に、その看板が見えました。早速、その店を探しましたが、中々見付かりませんでした。
やっと、探し当てた店でしたが、中々注文を取りに来てくれず、注文の後でも随分待たされました。お店のシステムがうまく機能していないようでした。海鮮麺はボリュームたっぷりでしたが、サービス面では問題がありましたから、チップは最小限にしておきました。昼食の後は、夕方まで、自由行動になりました。
写真を撮りながら見学したデラックスホテルの中でも、ベネチアン・ホテルが印象に残りましたから、ガイドブックを参照しながら、このホテルのことを紹介しておきます。
その名の通り、ベネチアをテーマにした最高級ホテルです。20億ドル(約2400億円)、スイートルームだけの最終6千室を目標として、現在は4千室以上が完成しています。高くても、宿泊予約を取るのが大変な人気ホテルのようです。
泊まることはできなくても、一見の価値は十分にあります。ラスベガスの中でも特筆されるホテルの1つですから、写真も多めに収録しておきました。夕暮れの街が空を含めて再現され、実物のゴンドラが浮かぶ光景は、息を飲みます。写真編の方でご覧ください。見学料代わりに、カジノでお支払いしておきました。
<タクシーで、ダウンタウンへ>
ダウンタウンのことを先に紹介しておきます。『ラスベガス発祥の地』とされる観光スポットです。今日においても、老舗のカジノやホテルや、この地区周辺には市役所を始めとする各種行政機関も集中していて、行政の中心地にもなっています。
しかし、1990年代に入ってから、ライバルのストリップ地区の発展がめざましく、相対的にダウンタウン地区の人気が低下していきました。そこでダウンタウン商工会が一致団結し、7000万ドルという巨費を投じて1994年末からフリーモント・ストリートの大改装工事に着手し、1995年12月、210万個の電球を天井に散りばめた電飾アーケード『The Fremont Street Experience』が完成しました。これを機に、フリーモント・ストリートは、24時間歩行者天国の『世界一華やかなストリート』が出現しました。
2004年6月の改装工事では、電飾アーケードの210万個の電球が 1250万個の発光ダイオードに置き換わり、描写できる映像の解像度が大幅にアップしました。
1時間毎のパフォーマンスは、音響設備と連動して、迫力たっぷりの画面が展開されます。音声付の動画を収録しておきましたが、この小冊子では、お見せできないのが残念です。
<夕食は、今日もフラミンゴ・ホテルで>
ダウンタウンの帰りには、かなり強い雨が降ってきました。しかしタクシーでの移動ですから、雨具の心配はありません。そのタクシーの中で、今日の夕食は、昨日と同じフラミンゴ・ホテルの中のレストランと決まりましたので、そのホテルへ直行しました。
昨日のテーブル担当のご年配の女性の方は、お休みの日のようでした。ベテランの男性の方が注文を聞いてくれました。昨日の料理が、全部美味しかったので、つい同じ料理の注文が増えてしまいました。
ワインも、昨日と同じように赤と白にしましたが、少し飲み過ぎていることを反省して、今日は2本だけにしておきました。
<夜はもう一度カジノで>
夕食の後は、自由行動にしました。勝負事は、切り上げ時が肝心ですし、他の方の時間を気にしていたら勝負にもなりません。私の場合は、大きな勝負をする気持ちは、全くありませんでした。翌日が早朝の出発ですから、今日は3時や4時までの勝負とは行きません。
それで、食事をしたフラミンゴ・ホテルのカジノでルーレットとスロットルマシンを楽しんだ後、早々に泊まったホテルへ戻って、ここで少しだけスロットルマシンと、ポーカーを楽しみました。ポーカーは、ゲーム機相手の勝負です。
スロットルマシンは、2、300ドル位までが限度でした。それ以上の勝には、中々ならないことが3人での情報交換でも共通していました。そこで換金もできますが、最初から、遊びの積りでしたから、無くなるまで勝負しました。ポーカーの方は、ビールを頼んだスタンドバーの機械です。こちらは10ドル出発で25ドル位になりましたが、それがピークでした。
翌日のことを考えて、12時前には部屋に戻りました。翌日お聞きしましたが、全員、早仕舞でした。
ベネチアン・ホテルで
ベネチアの夕暮れ演じる室内に歌声乗てゴンドラ浮ぶ
ラスベガスの夕食
生牡蠣に酸味程良き白ワイン禁酒の時代超て生抜く
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー
- 航空会社
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後方が、泊まったインペリアル・パレスホテルです。昨晩を含めて2泊の予定です。カジノの上の階の2階でしたが、騒音は気になりませんでした。
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出かける予定がありませんでしたから、翌朝は少し遅い起床にしました。3人揃ってラスベガスの市内見物です。朝の内は少し雲が残っていましたが、天気は上々です。
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荒金さんは暑さに耐えかねて、早々に上着を脱いでのラスベガス散策です。気温だけでなく、強い紫外線を感じました。
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日差しは、日本風に言えば夏日から真夏日に近いようでした。気温が25度Cを超えて30度C近くに感じました。花はまだ、春の代表のパンジーでした。
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世界各国の観光名所が縮小モデルで再現されています。ご存知、パリのエッフェル塔です。塔の下がレストランになっています。
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そのレストランです。星条旗を中心に、左右にフランス国旗も掲揚されています。レストランをまたぐように建てられたエッフェル塔です。
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翼を広げたように、中心の丸いホールを中心に対称形になったホテルです。日差しが強くなって、木陰が恋しい陽気になりました。
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木陰に入るとほっとするような、気温になりました。ニューヨークが零下10度C近くまで温度が下がりましたから、40度近い温度差です。
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ローマのトレビの泉を模した泉水のようです。ニューヨークでは震え上がるような噴水も、この暑さでは、ほっと一息です。
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名残惜しいエッフェル塔を、少し離れた場所から振り返っての一枚です。当然、本物にはかないませんが、なかなかの風格です。
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こちらはパリの凱旋門を模したものです。実物と比べると、こちらは余り迫力が無いようです。それでも、パリの名物が集まると、なかなか賑やかな風景となります。
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丸い気球の形をした看板塔には、『パリ』の文字が大きく描かれています。黒い画面はテレビ画面ですが、反対側の画面は、放映されていました。
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このホテルの前では、歩道が切れていました。階段を登って、ホテルの玄関前を通らなくては先に進めないようになっていました。
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玄関の左右に並んだ石造りの馬です。足が太く、がっしりした体格です。少し愛嬌がある顔つきをしていました。
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大通りから少し離れた場所では、新しいビルの建築が最盛期を迎えていました。これも相当に規模が大きいカジノホテルのようです。
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平屋のお店が何軒か並んでいました。その店の1つでは、路上に張り出して、若い人向けのファッションが飾ってありました。
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こちらのマネキンは女性です。セットで展示してありました。春のファッションというより、夏を思わせるファッションの数々です。
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広い歩道に車が停まって、少し雑然とした町並み部分です。歩道につながる、屋台広場のような店舗街もありました。珍しく電線も見えます。
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黄色の看板がインターネットカフェ、その左がセブンイレブンのお店です。本家のアメリカより、セブンイレブンジャパンの方が、勢いが良いようです。
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屋台街の光景です。こんな場所があった方が買い物には好適かも知れません。この屋台は、ネックレス等のアクセサリー専門です。
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こちらは15ドル均一のサングラス専門の屋台です。1ドル120円で換算しますと、1800円になります。折角ですから記念撮影です。
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次のカジノホテルの紹介です。モンテカルロの文字があります。椰子系の庭木をバックに、堂々とした白亜のビルです。
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ラスベガスの昼間の散策は、『ニューヨーク・ニューヨーク』を終点地に決めました。そのビルが、道路を挟んだ右手に見えてきました。
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今回の旅行で最初に見学したのは、ニューヨークの自由の女神像でした。こちらの像は1/2の縮小モデルですから、高さは45.7mです。
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寒いニューヨークからやってきましたから、長袖に上着でした。すれ違う人達は、半袖か、ノースリーブの人が多くいました。
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ニューヨーク・ニューヨークからは、歓声と悲鳴が上がっていました。赤い線路を疾走する乗物からでした。マンハッタン・エクスプレスの呼名です。
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テーマは、1930〜40年代のマンハッタンとされています。その1/2モデルです。右手には1/3縮小モデルのエンパイア・ステートビルがあります。
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自由の女神像には水がつき物です。台座の下は泉水になっていました。その泉水には、放水する船も浮かんでいました。
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後方の赤いレールが視野から消えますと、本物の自由の女神と、色も形もそっくりです。人気の撮影スポットになっているようです。
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ガイドブックに載っていた『撮影スポット』にあやかって荒金さんと井上さんの記念撮影です。ついでに、エンパイア・ステートビルも右手に入れました。
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