2004/05/01 - 2004/05/05
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旅人のくまさんさん
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<2004年5月2日(日)>
<ソウル市庁前広場>
昨晩は0時を回っていましたが、目が醒めたのは5時、起床は6時前でした。日常使っているAUの携帯を目覚まし代わりに使いました。時差がないので、普段のペースでよく、プレッシャー無しです。引き受けた会計整理や、簡単なメモを整理して、昨晩の約束どおり7時にドアをノックしました。
荷物を纏めて宿を出たのも、昨晩の約束どおり7時半でした。先払いなので、カウンターには誰もいなく、鍵だけを受付に置いてきました。安宿の場合、いつものことです。
宿から駅は近いですが、早い時間なので、通行人の後ろに付いて駅探しをする訳にはいけません。自分達で地下鉄の入口を探しました。駅の入口を探すのに勘がよかったのはKtさんでした。昨日までの酒が抜けて、かなり冴えてきたようです。
地下鉄を降り、階段を上れば、道路を1つ挟んでそこが市庁前の広場でした。朝の早い時間で、人影は少なく、青々とした芝生が目に飛び込んできました。Muさんの説明によりますと、以前この場所には、高速道路のアクセス部分がありましたが、取り壊したことで、この広場が復活したのだと言います。
この都市再開発、と言うより以前の自然環境を復活させたことを祝うイベントの用意がされていました。アドバルーン、仮設テント、放送用の移動車などでした。大都市の中心部にあって、この後見学した河川の復活、この広場の再生など、実に示唆に富む光景でした。
<手打ちのチャンポン麺>
朝食に純豆腐鍋(スンドウプチゲ)を食べなかったのは久し振りでした。その理由は、ソウル市庁前広場の見学を終えた後、次の清渓高架道路を撤去して元の清流に戻す工事の見学に向かう途中のことでした。ガラス張りの店舗で、日本でよく見る、手打ちの麺が目に飛び込んできたことがきっかけでした。
一旦そのお店を通り過ぎましたが、振り返った時に、手打ちの実演が見えましたので、話し合ってその店の場所まで戻りました。店そのものは新しく、老舗と言った風ではありませんでした。そのお店の看板メニューは「ちゃんぽん」でした。メニューに「麺」の文字はなかったのですが、手打ちの実演をやっていましたから、「チャンポン麺」に違いないと割り切って、3人とも同じ物を注文しました。
写真入のメニューには、麺の部分が写っていませんでした。若干心配はありましたが、運ばれてきた丼には、間違いなく先ほどの手打ち麺が入っていました。少し太めの麺は、腰もあり、塩加減も良く、わざわざ後戻りしてきた甲斐がありました。具も野菜、海産物もタップリと入って食べ応えがありました。料金は一人前5000ウォン、500円と昼食にしては少し割高でしたが、納得のいく一品でした。
この店の客は、日本人の客が何組かありました。多分、近くの高級ホテルの宿泊客だろうと推測しました。
<河川復活工事見学>
芝生広場の再生現場を見た後は、河川の復活工事の見学です。Muさんの下調べによりますと、清渓川を埋め立てて作った、清渓高架道路を撤去して、元の清流に戻す工事画進んでいるらしいとのことでした。
その現場までは、市庁前広場から歩いて向かいました。ソウルの中心街の1つですが、早い時間のためと、今日が日曜日であることが重なって、道すがら静かな朝の風景でした。先程の広場に到着したのは8時前であり、昼食を摂った後でも未だ9時前の時刻でした。10時20分に議場府駅で電車に乗るには、十分の余裕がありました。
その河川復活工事の場所では、開削工事のようにオープンだったり、ある場所では地下鉄工事のように鉄板が敷き詰められて工事が進んでいました。旧朝鮮総督府の建物、取り壊し作業中の建物、そして新築なった国立中央博物館のように、その過程を見学できた、もう1つのケースになりそうです。
この見学を終えた後は、その昔、鐘を撞いて時を知らせたと言う鐘閣(ジョンガク)の鐘楼を見学しました。見学の後、ここから議政府行きの地下鉄に乗りました。
<DMZ見学へ>
DMZ見学は、最初地下鉄1号線終点の議政府(ウィジョンプ)駅へ移動し、ここで議政府駅発10時20分の電車で新炭里(シンタンリ)に向かうと言う計画でした。朝早く起きたのも、この10時20分の電車に乗るのが目的でした。これを外すと、かなり厳しいスケジュールになってしまうとの、Muさんの下調べ結果でした。これは、韓国の新しい時刻表(シガッピョ)も確認した上での計画です。古い時刻表は私が戴き、今手元に置いてあります。
この電車に乗れば、新炭里へは11時38分の到着予定です。その間、1時間と少しの行程です。この部分は「はじめに」で紹介しておきました計画表の通りでした。早めに行動しましたので、議政府へは余裕を持って到着しました。
初めての町なので、揃って付近を散策しました。と言っても、何も特徴らしきものがない町なので、駅前のコンビニに入って昼食の品を買い求めました。1人2000ウォンの予算で、おにぎりやら缶ビールをそれぞれ品定めをしました。
「おにぎりの値段が少し高いな?」と躊躇していましたら、Muさんが2個がセットになった値段と言うことに気付き、韓国風味の三角おにぎりをそれぞれ買いました。2個セットであれば、日本の半額であり、納得できました。
空模様は相変らずはっきりしませんでした。しかし、そんなに強い雨になるような雰囲気でもありませんでした。それでも傘は必需品なので、Ktさんは二人のアドバイスに従って、ここのコンビニで折畳み傘を入手しました。この傘は、この後、無駄にはなりませんでした。
この議政府駅からの乗客は思ったより大勢でした。後で知ったことですが、終点の駅で降りてのDMZ見学だけではありませんでした。
途中の駅で降りて、付近の山々を散策する団体客が多かったためでした。ご年配のトテッキング姿や、先生に引率された子供達で電車は超満員になりました。車内は、子供さんのはしゃぐ声やら、お母さん方の話し声で、始終賑やかでした。
<激戦の地白馬高地見学>
途中の駅で降りる人も多かったものの、結局、終点の新炭里駅までは立ちっ放しでした。改めて地図で確認しますと、出発点の議政府(ウィジョンプ)駅から真っ直ぐ北に伸びた京元線の終点駅で、軍事境界線に程近いことが確認できました。
降り立った新炭里駅は、何の変哲もない田舎の駅でした。しかし、観光地としての整備がされていました。小さい駅ながらも綺麗に清掃もされていました。降りた時は、少し雨がきつくなってきました。次第に、傘無しではこの後の行動に支障をきたすような降り方に替わっていました。
Muさんが昨日予約してくれたDMZ民間ツアーの事務所は、駅の北、道路を越えた場所にありました。日本語がわかる男性が1人で詰めていました。切符は3人分纏めて手書きで発券され、指定席になっていました。マイクロバスが、20人ほどで空き席はなくなりました。Ktさんの表現によれば、「大韓航空機によく似た色合い」の車でした。満席になったところで、運転手兼ガイドさんがマイクロバスを発車させました。
最初の見学地は激戦の地「白馬高地」でした。朝鮮戦争時に砲弾が飛び交い、3mも低くなってしまったと言われます。ガイドさんは、最初に日本語で解説をしてくれ、その後で韓国語での解説も丁寧に行いました。このツアーに参加した日本人観光客が全員揃わなければ、解説をはじめないという熱の入れ方でした。
案内された小高い丘には、記念碑やシンボルタワー、記念館や鐘楼までが整備されていました。白馬高地自体は非武装地帯の中にあり、そこを見渡せる最前線の観光地と言ったところでした。高台からは、非武装地帯だけでなく、遥か向こうに北朝鮮の領域も眺めることが出来ました。
ツアーに参加された韓国の人達は、私語もほとんどなく、ガイドさんの説明に聞き入ったり、慰霊碑に黙祷を捧げられていました。観光ツアーより、もっと重たい思いを込めて参加されている人たちが多いように感じました。
<2号トンネル見学>
先にDMZの略語を説明しておきます。「Demilitarized Zone」の「非武装地帯」の頭文字です。今回見学したのは、その2号トンネルです。
ツアーパンフレットによれば、「1975年に発見された第2トンネルは、第1トンネルより規模が大きく、1時間に3万人の兵員が移動できる規模である」と説明されていました。また、「途中、広場まであり、出口は三方に分岐していた。車両、野砲、タンクまで通過できる」とされています。
ガイドさんが、「地上にいた人が地下での物音に気付き、何十箇所でボーリングした結果、地下トンネルに7箇所ほど貫通した」と説明してくれました。地下の物音とは、多分、ダイナマイトでの発破の音だったのかも知れません。
今、日本に亡命しているペルーのフジモリ大統領時代に、日本の大使館占領事件が起きました。最終的には、犯人全員が射殺されて、人質が無事解放されましたが、この時のエピソードを思い出しました。
強行突入が間じかに迫った日、大使館周りを大きな音を出してグルグルまわる風景がテレビ放映されました。実は、この時の作戦が、北朝鮮での陽動作戦を真似たものであったと言います。
大使館の真下までトンネルを掘り進み、これを使って強行突入をする作戦でしたが、地下での物音を隠蔽するために、楽団などを繰り出して大使館周りで騒いだと言います。これが、北朝鮮が地下トンネルを掘り進んでいた時に、別の山で爆発音を出して、地下の発破の音を隠蔽したことを真似た作戦でした。ある解説者の方が、テレビで話していたことを、この時思い出しました。
この見学地の運営は、すべて軍隊が当たっていて、撮影は硬く禁じられていました。したがって、この小冊子に収録できる2号トンネルの写真は1枚もありません。
入口で黄色いヘルメットが全員に渡されました。必需品でした。硬い岩石を発破しながら掘り進められたトンネルは、あちこちに突起部分があり、ヘルメットごと頭をぶつける人が続出しました。頭を保護するものがなければ、怪我することは疑いがありません。事実、Muさんもヘルメットをかなり強く天井にぶっつけたようでした。
<DMZ見学を終えて>
DMZ見学ツアーのガイドさんの働き振りには、つくづく感心させられました。20人ほどが乗ったツアーバスの運転をしながら、ヘッドホンタイプのマイクを付けて韓国語と日本語で絶え間なく解説を続け、現地に着いたかと思うと、これまたハンドマイクを持って韓国語と日本語での解説が始まりました。これが、助手無しでのすべて1人だけでのパフォーマンスでした。
月井里(ウォルジョンリ)の見学では、売店での臨時の売り子役も兼ねていました。まさに独り3役、4役といった獅子奮迅振りでした。巻末に会計記録を収録していますが、これで1人当たり1万3千ウォン、日本円で1300円ですから、安い値段に改めて驚かされました。半日コースで、しっかりとDMZの見所を案内、解説した上での値段です。日本ならば、ガソリン代相当分程度です。
民間ツアーであり、ガイドさんの頑張りでこんな安いツアーが組めるのでしょうが、DMZツアーを終えて、改めてそのお値打ち具合に感心させられました。このツアーも、Muさんが予めツアーパンフレットを下調べをしてくれ、前日の申し込みによって実現した見学でした。
見学できたのは、韓国側からこの2号トンネルへ向けて掘られた部分と、600mに亘る2号トンネルの部分でした。高低差もかなりあり、最初の部分は石段が長く続きました。照明はかなり明るく、本道に入ると、あちこちでダイナマイト発破用のドリルの跡を何箇所も見かけました。かなり固い岩盤のようです。発破作業無しでは、掘り進むのはとても無理なように思えました。トンネルの規模は大きく、 見学の終点までたどり着いた後は、新しく見学に来た人達とすれ違って元の道を戻りました。トンネルは、すれ違いに十分なスペースがありました。
トンネル見学の後は、鉄道がぷっつりと切断された月井里(ウォルジョンリ)駅とその近くの展望台、労働党の建物跡などを見学しました。人口が数万人だった、鉄原の町に残された廃墟の数々です。今は人が住んでいないものの、貴重な観光資源となっています。
こうして、今回の旅行の共通したテーマの1つ、非武装地帯の見学は無事終えることができました。
<ナミソン近郊、加平へ>
当初の計画では、DMZ見学後は、一旦ソウルに戻るケースと、夜遅くなるものの、その日のうちに春川へ向かう計画の2本立てでした。最終的には、春川の手前の加平(カピョン)の町まで移動することにしました。「冬のソナタ」の重要なロケ地であるナミソンへの最寄駅です。春川の方が大きな町なので、宿探しのリスクは少ないですが、翌日少しばかり逆戻りの区間が必要となることを考慮しての選択でした。
加平はMuさんも私も初めて訪れる町なので、正直言って、夜着での宿探しのリスクはありました。しかし、今までどおり、「小さな宿なら、何とかなる」の経験則は健在でした。雨は未だ降り続いていましたが、無事予定の時刻に加平の駅に到着しました。
予定の時刻と言っても20時近く、辺りはすっかり日が暮れていました。明日の行動を考えて、駅構内でコインロッカーを探しましたが、残念ながら見付かりませんでした。「冬のソナタ」のポスター類も見かけませんでした。
電車の中からも、ホテルのネオンが見えていましたので、宿探しは大丈夫と踏んでいました。なるべく駅に近い場所に立地したホテルを探しました。荷物を置いて、早速、加平の町の散策に出かけました。
<加平(カピョン)の町>
初めて訪れた加平の町は、時間が遅くなったせいもあって、店は大分閉まっていました。少しでもネオンの明るいところを探して、雨の中を歩き回りましたが、行き交う人もほとんどありませんでした。冬のソナタのロケ地であるナミ島がなかったら、日本の観光客が訪れることは少ないと思われる小さな町でした。
あちこち歩き回って、晩酌の店と、翌日の朝食に店に見当をつけました。朝食は勿論スンドウプの店です。晩酌の店も投宿したホテルからあまり離れていない場所に落ち着きました。開店して間もないらしく、新装開店の横断幕がありました。
その夜は、ブテチゲ(部隊鍋)を注文しました。韓国駐留のアメリカ軍に因むソーセージ等が入った唐辛子味の鍋です。飲み物はビール少しと焼酎でした。キムチと一緒に出されたナムル、山菜の香りが素晴らしかった。近郊での採りたてを使ってあったのでしょう。田舎町での夕食を十分に堪能できました。それで、1人当たりの料金は、飲み代を含めて千円未満でした。
月井里駅で
鉄の道千切れし春の雨の後
国境蒲公英寂し雨上り
鉄原で
鶯の鳴や廃墟の奥の森
鶯の間を知たるか語リ鳴
友呼ぶか人に聞かすか鳥の春
議政府駅で
春菜をホームで商う山の駅
春菜摘み香で満し汽車帰り
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- アシアナ航空
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翌日は7時に起床して、7時半には荷物を纏めて宿を出ました。向かった先はソウル市庁です。この時間ですと開いている朝食店は僅かです。
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新村(シンチョン]の地下鉄駅構内です。真中のテレビスクリーンは宣伝用のものです。少ないスペースで、効果的な宣伝が幾種も流せます。
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市庁にアドバルーンが上がっているのは、その前にある広場の改修工事の完成を記念したもののようでした。
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正面の白い近代ビルは「ソウル プラザホテル」です。5つ星のホテルのようです。今回の韓国旅行では縁がないクラスです。
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市庁前広場で咲いていた紫のサフィニアです。これから夏にかけて長く咲き続け、皆さんの目を楽しませてくれそうです。
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こちらは更に満開になったピンクのサフィニアです。15年程前の記憶ですが、確か日本の企業が種苗登録した新品種です。
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市庁前広場の主役はこの芝生です。Muさんの話ですと、高速道路の一部廃止で生まれたスペースを活用したしたもののようです。
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折角の竣工祝いの市庁前広場なので、記念撮影です。大時計はまだ8時前の時間を指していました。
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朝日が反射したビルを借景にアドバルーンの近撮です。翻った旗には「ソウル」の文字が見えます。その後は市庁の文字などが続くのかも。
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駅前広場のイベント放映のための移動テレビ局です。まだ準備中のようであり、広場の中に停めてありました。
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手打麺のデモンストレーションに釣られて、逆戻りしました。朝食をこの店で摂りました。「チャンポン」の手打麺が旨かったものの、一人500円とやや高目でした。
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泉水の上にせり出した箱のようなものを2本のアームで支える構造の作品です。片方が奥に隠れているが対になった作品です。
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このブロンズ像も立派なビルの前にありました。子供を真中にした家族の構図のようです。デフォルメされていますが、かなり具象的です。
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石造りの立派な現代建築には、殊更草木が良く似合います。満開になったツツジが、真っ赤な色を見せていました。
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1m余りの低い飾り塀です。赤レンガとそれを繋ぎ合わせる白い漆喰、それに幾層にも重ねた瓦が似合っていました。
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ソウル中心部のこの辺りには、高層の近代ビルがずらりと立ち並びます。ブルーを基調にしたアドバルーンも上がっていました。
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河川改修をしていた道路越しに見たもう1つの近代ビルです。かなり凝った意匠の外観をしていました。手前の鉄板を敷いた箇所が元の河川敷です。
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鐘閣のシンボル、普信閣です。その昔、鐘を撞いて時を知らせたと言います。日本で言えば鐘楼になります。
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