1971/07/01 - 1971/07/01
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ソフィさん
1961年7月1日
香港を深夜飛び立って、途中バンコク、カルカッタ、カラチ、ベイルートと降りながら、イスタンブールに着いたのは昼頃だった。
ホテルに荷物を預けるやいなや、丁度出発しようとしている観光バスに飛び乗る。
何しろ明日はアテネに飛ばなければならないのだから、寸暇を惜しんでの町めぐりなのだ。
フランス語使用のバスは、客が私以外四人家族一組だけだった。
だけど大学教授から転向したという、中年男性のガイドの立派さには、驚くばかり。
一番感銘を受けたのは、彼の愛国心だった。
かつて世界に覇を競ったオスマントルコの誇りが、言葉だけでなく体からも滲み出ている。
私は、終戦後久しく日本で忘れていたものを、ここに思い出した。
イスタンブールの見どころは、かつての繁栄を残しているモスクの数々、オスマントルコの隆盛を物語る宮殿、そして異国情緒に溢れる市場である。
そのモスクの一つ「アヤ・ソフィア」は、もともと360年ローマ帝国のコンスタンティヌス帝が遷都したコンスタンティノープルに、ギリシャ正教の総本山として造られた。
その後、何度か立て替えや災害に見舞われた後、ユスティニアヌス帝がビザンチン建築の粋を集めた大聖堂として再建し、その後も修理を重ねながら現在に至っている。
以来、歴代皇帝の戴冠式はここで行われた。
だが1453年オスマン・トルコ帝国に征服されると、イスラム教のモスクへと生まれ変わる。
元来の名称はギリシャ語で、聖なる英知を意味するハギア・ソフィアだが、中世にギリシャ語の発音がアヤ・ソフィアとなり、そのままトルコ語に使われている。
その規模の大きさ、内部を含めての壮麗さは、まさに驚きそのものだった。
だがもっと評価すべきなのは、今日の段階に至るまで何回も崩壊を繰り返しながらも、諦めずに可能性を求めながら、技術的改良を重ねてきたことと思う。
その技術の進歩に向けての努力の積み重ねと忍耐は、今も西欧文明に引き継がれている、われわれとして見習うべき点ではなかろうか。
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