たぬち庵さんへのコメント一覧(8ページ)全148件
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役目を終えた桜の木
こんばんは!
いつもご訪問いただき、ありがとうございます。
餘部の鉄橋とともに、切り倒されるという桜の木、
なんだか読んでいて、涙が出そうになりました。
関東の方から無責任に見ているだけの人間だった私は、
単純になんとか現状を維持して欲しい、風情のある鉄橋
だから、架け替えなんてしないで欲しいなどと心中で
きれいごとを並べ立てていました。
そこに住む者と眺めているだけの者とのギャップですね。
鎧駅(この駅名の響きも重い)からトンネルを超えて
歩いていたとは・・・
初めて、生活者の立場からの声を聞いたように思います。
餘部の鉄橋とともに、半世紀近く歩んできた桜、もう
そこにその姿はないのでしょうか?
物言わぬ動植物に弱くて・・・
私の住む町の桜も、いつも見事な花を咲かせていたのに、
2年前に、ふと気づいたらもうあの美しい花を見ることは
できなくなっていました。
私は遂に、餘部の鉄橋を渡ることも、「寝台特急出雲」に
乗車することもありませんでしたが、生活者として、その地に
根を下ろす人々がいるのだということを忘れない生き方を
していこうと思いました。
骨太の卓越した旅行記を読ませていただきました。
ありがとうございます。RE: 役目を終えた桜の木
こんばんは!
いつもどうも、ありがとうございます。
餘部の鉄橋とともに、切り倒されるという桜の木。
もうすでに工事が発注されていまして、観光客が多いこともあって施工者側の安全管理人が2名常駐しておりました。その人たちによる話でしたから間違いなく伐採されているでしょうね。ちょっと感傷的になりますねえ。
でまあ、工事はもう間違いなく進んでいますし、どうにもならないことなんですがね。これは絶対に新しく架け替えなければならないものだったのかということには、今なお釈然としないところも実はあるんですな。
話せば非常に長い話になってしまいますから手短に話します。
おっしゃるように「架け替えなんかしなくても」、この橋のままなお100年位は悠に使用可能であるとの結論もある。それには維持管理費が必要なんですがね。維持管理費の負担はJR自身が負担します、もちろん長期間に渡ります。さらにJRは結構な額の固定資産税も関係市町村に払います。
では「新橋架け替え」の場合はどうでしょう。全工事費用約30億円でJRの負担は2割で残りは兵庫県、鳥取県、及び関係市町村が負担します。
旧国鉄のJR西日本いろいろ政治向きからのものもあり、そもそも架け替えの議論は1990年からのことであり、たくさんの様々な分野の研究会・検討会・協議会がなされてきました。しかしそれらはみな、お上の催す「餘部鉄橋架け替えの新橋」についてであって、つまりは「はじめに架け替えありき」だったんだと言うことなのです。
有識者のかなりな数の方は「架け替えなんて」ただ近代化に名を借りただけで、「架け替えは本当に必要なのか」議論を尽くしてはいないと考えています。
単線でね、たったこの区間だけでいいんです「ゆっくり日本海の景色を御覧下さい。この餘部鉄橋は・・・・」などとアナウンスしながら徐行運転しながらでも守っていけないことはありませんな。それだけの価値のあるものだと言うことを多くの人は認識していますからねえ。日本の近代文化遺産として山陰海岸国立公園内の世界に誇る観光資源としてもねえ。パリのエッフェル塔級の値打ちはありますよ。
ずいぶんと余談になりましたがまあ、前日光山さんが、なくなっていくこの「餘部鉄橋と桜の木に」一方ならぬ惜別の情をお持ちになっていらっしゃるのに、ついつい本音の気持ちのあることを書き連ねてしまいました。
余部の住民の多くの人の本音は「鉄橋存続」ですがもともと小さい漁村ですからね、議会報告は「架替え反対意見、現在まで特段の異論はなし」でかたずけられたそうです。
最後に、事故当時の強風あれ以来一度も吹いていません。つまり30年に一度か50年に一度吹くかふかないかといううことです。そんな日は運休にしたってかまわないんだけどねえ。
またひとつ、古き良き昭和の面影が なくなりますな。
なが々と、それじゃあどうも、 ありがとうございました。 たぬち庵
2008年04月29日20時03分 返信する -
まるで。
たぬち庵さん
はじめまして、のんびり主婦と申します。
何度か当方にもご訪問いただいているようで
ありがとうございます。
山陰地方はまだ未開の地ですが
たしか、小さい頃にTVで事故のニュースを見た記憶があります。
その時は、子供ながらに恐ろしさを感じましたが
本来は、こんなに美しい場所なんですね。
こちらの旅行記は、まるで短編小説のようで
とてもいいご旅行されたんだなぁって思いました。
これからもよろしくお願いします。
のんびり主婦
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いよいよ…ですか。。
たぬち庵さん、お早うございます。
ご訪問、ありがとうございます。m(__)m
餘部鉄橋というと突風事故を思い出します。
その時のニュースの画像で凄いところに架かっている鉄橋だと知りました。
架け替えはコンクリートの橋になるとのこと、、
突風防止にもなるのでしょうね。
風景としてすっかり溶け込んでいる鉄橋が無くなるのは淋しい気がしますが、電車と下の住民の方々の安全を考えると最良の選択なのでしょうね。
町(村?)から駅までの勾配も結構あるようですが…。
お土産屋さんも良いですね〜。どれも美味しそう〜♪
スルメ…。母が焼く前に、水で濡らした手に塩を少しとりスルメを挟んでこすってました。背骨?にあたる部分でしょうか、、それを綺麗に取ってから焼いてました。懐かしい母との思い出を懐かしく感じながら…
RE: いよいよ…ですか。。
はい、どうもめぐみさん、こんばんは。
突風による列車転落事故覚えていらっしゃいましたか。事故にも驚かれたでしょうが、こんな集落の真上の鉄橋を走ってる列車があることの事実にも驚かれたでしょうねえ。
二度とこう言う事故は、経験したくはないですからね。現在の進んだ土木技術で強固な鉄筋コンクリートで架け替えの工事が始まりました。
貴重な文化遺産でもあるんですがね、現在は単線で上り線、下り線が時間調整しながら通過します。しかも強風の時などは風が弱くなるまで時間待ちです。冬場の浜風の強い時期は、ダイヤの乱れが多く旅行者も大変です。
今の時代、よくここまで残っていたのが不思議な様な気もします。いつか架け替えるときはやってくるんですな。私はこの餘部の駅のなかった時代、歩いて鉄橋を渡り、4つものトンネルを通って隣村の「鎧駅」まで通った記憶のある年代のかたが、元気なちにとそう願っています。
もちろん新しい橋は防風壁もあり、よほどのこと以外時間待ちなどはありませんよ。しかしまあ地元のひとは、複雑な気持ちもあるでしょう・・。
残念な気持ちも、もちろんあります。
昔はよく「スルメ」食べる機会が多かったように思いますね。だいたいに昔よく獲れたそうですから、今ほどの高値感はなかったですな。
大皿に山盛りに「裂いたスルメ」をのっけて、砂糖と醤油とミリンを混ぜ、ちょっと火をとおして、七味唐辛子を少々ふり掛けた「タレ」をまぶして。
よく食べましたよ。これも懐かしいおふくろの味のひとつになっています。
ごはんのおかずに、お茶うけに、残って硬くなったものまで美味しく食べた子供のころの記憶がありますね。少し年の数がふえてくると、やたら昔のことが、亡くなった家族のことが、懐かしくなりますねえ・・。
それでは、また。 ありがとう、たぬち庵。
2008年04月25日20時02分 返信する -
懐かしい・・・
10年近く前に家族でGWに訪れました。
懐かしいなぁ、、、また、カレイの干物が食べたい。。。。
しかし、海や島、浜辺の写真を拝見してるとここから出艇
出来るかな?とか、ついついシーカヤックの事を考えてしまいます。(笑)
RE: 懐かしい・・・
はい、どうも、こんにちは。
「するめとハタハタとカレイの干物」土産に 買ってきました。香住漁港へ行ったら、これはぜったいに忘れちゃあいけませんな。そりゃあ近くのスーパーでも売ってはありますがね。なんせ、ここのモノはひと味違いますからね。
この日も私は少し早い時間だったから、ひとはまだ、まばらだったですが、
京阪神方面から、ここの魚介類を買うツアー客などで大賑わいになります。
カヌーはどうなんですかねえ。島や奇岩めぐりのコースの船に乗った時には見かけますよ。洞門の付近でもみかけましたね。夏がいいでしょうね。
結構波が大きくて、岩にぶつかっては砕け、近寄るのが大変でしょう。
海の穏やかなときを狙って、ひとつやってみてはいかがかな。
岬めぐりの船は、島や洞門は遠くから眺めるだけですが、ワイキキさんなら
洞門に入ったり、島を征服できますから(笑)。まあちょっと危険ですかナ。
そいじゃまた、 ありがとう たぬち庵。
2008年04月24日08時38分 返信する -
餘部、鎧駅旅行記参考になりました。
たぬち庵さんへ
餘部、鎧駅旅行記拝見させていただきました。
4月末から山陰へ旅に出かける予定です。
ルートは、車旅の車中泊なので出たとこ勝負でいい加減ですが、米子・境港・鳥取砂丘・浦富海岸から天橋立方面をと考えています。
ちょうど餘部、鎧駅を通過しますので参考になりました。ありがとうございました。
餘部鉄橋は工事に入ったとのことですが、少しは観光ができますか?
それでは、今後ともすばらしい旅をお続けください。
RE: 餘部、鎧駅旅行記参考になりました。
どうも、こんにちは。
いい季節になりましんでねえ。愉しみですね。
このルートは観光の盛りだくさんで、ずーっと山陰海岸国立公園内を 走るわけですからね。どこに立ち寄ってもリアス式海岸の入り組んだ岩場の美しい風景や海岸線沿いの景勝地はとても印象に残るものとなりますよ。
天橋立は久しく行っていませんが、大きく足を開いて頭を下げて、股超しにみたあの素晴らしい光景は今も、同じように見えるんですかね。
立ち寄ったら、ひとつ逆さまに撮ったやつ、4トラで見せてくださいね。
餘部鉄橋、新しい橋の架設が終了するまでは、現状運転ですから、大丈夫ですよ。ちょうど私の行った日の翌日は、餘部の駅ができた時に植えられた記念樹の桜の木を切ることになっていました。ですから工事は本格的になってくるようです、観光のための通路や安全の施設は充分に確保すると言う事でしたよ。
この桜の木の上あたりに、鉄橋がよく見えて、餘部海岸をバックにいいスポットが設けられていたんですが、やはり立ち入り禁止になっていました。
列車の転落事故で倒壊した工場の跡地には犠牲者を慰霊するための大きな観音像がたっていて、このあたりから見上げるだけでも、見事な鉄組の鉄橋の雄姿を楽しめます。通過する国道の真上ですから、ぜひ立ち寄って見納めをしてやってくださいな。
ありがとう。それじゃ、どうも。旅の記録、愉しみにしております。
たぬち庵
2008年04月23日12時33分 返信する遅くなりましたが、まずはGW餘部鉄橋のお礼を・・・
たぬち庵さんへ
ご無沙汰しています。Godzilla.T&Nです。
遅くなりましたが、まずはGWのお礼を・・・餘部鉄橋のアドバイス大変参考になりました。
また、先日ご訪問が100回になっておりました。旅行記いつもご訪問いただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
当方、最近の旅行記ですが、仕事が忙しく、ここ1ケ月休みゼロ状態でどこへも出掛けることが出来ずアップできておりません。
8月は京都に出向き、2・3日入り浸ってみようかと思っています。またアドバイスがありましたらよろしくお願いします。
このメールは職場から発信しています。(^^;)
それでは。Godzilla.T&N2008年06月19日21時36分 返信する -
大好きなドライブコースです
たぬち庵さんこんばんはannakです。
鳥取から岩美、居組、浜坂、三尾、餘部灯台を経て餘部鉄橋、城崎
がannakの一番好きなドライブコースです。
夏はもちろん雪の日本海もいいですね(雪が少ないとき限定)ですが・・・・
餘部の架け替えは北但馬の人にとっては念願ですが、
我々観光客にとっては残念ですね。
確かに事故以来ちょっとの風で通行できなくなるし、
但馬経由の特急も姿を消してしまいました。
ここは生活の路線ですから架け替えも仕方ないのでしょう。
たぬち庵さんに紹介されて大変うれしく思います。
ありがとうございます。RE: 大好きなドライブコースです
> たぬち庵さんこんばんはannakです。
> 鳥取から岩美、居組、浜坂、三尾、餘部灯台を経て餘部鉄橋、城崎
> がannakの一番好きなドライブコースです。
> 夏はもちろん雪の日本海もいいですね(雪が少ないとき限定)ですが・・・・
>
> 餘部の架け替えは北但馬の人にとっては念願ですが、
> 我々観光客にとっては残念ですね。
> 確かに事故以来ちょっとの風で通行できなくなるし、
> 但馬経由の特急も姿を消してしまいました。
> ここは生活の路線ですから架け替えも仕方ないのでしょう。
>
> たぬち庵さんに紹介されて大変うれしく思います。
> ありがとうございます。2008年04月22日21時42分 返信するRE: 大好きなドライブコースです
> annakさんこんばんは。
先ほどから返事書いたんですけど消えてしまいました。ちょっと勝手が違ってきたんですね。
annakさんもこのコースお気に入りなんですねえ。私もとても気に入ったコースで若い時より、いく度なくと走ったところです。
餘部の鉄橋、そうなんです!架け替えられます。単線で風が強い時間帯は通行ができなくて、強風で時間待ちをして今の時代には、向かないとのことですし、相当老朽化も進んでいますから、安全の面でも、維持費も大変な費用がかかるということですね。
しかし多くの思い出と、鉄道にロマンを求める人たちから、さびしくなる気持ちがあるんでしょう、その存在を惜しまれていますね。
なんともさびしくはありますが、普通の文化遺産とはまた違って人命の安全というかけがえのないものが関わっていますからね、仕方がないのかも知れませんね。
季節も良くなりました。またこのロマン街道、日本海のに沿って走る、お気に入りの「漁火ライン」またゆっくり走ってみてください。
それではまた、ありがとう たぬち庵。2008年04月22日22時10分 返信する -
投票御礼
本日作成の『夢舞台って』にご投票いただきまして有難うございました。
行ってびっくり。
多分これらは兵庫県の作品なんでしょう。規模が半端じゃない。国からの税金も相当入っているのでしょうが、こんな壮大な無駄・・・誰かが大金を稼いだ残りカスというべきでしょう。
『夢舞台』・・・誰の『夢』なんでしょうね。聞いてみたいものです。2008年04月21日19時29分返信するRE: 投票御礼
comevaさん、どうもおはようございます。
やはり公共事業でやったものなんでですかね。だとすれば相当な事業費を投入したものなんでしょうな。寸評、まったく同感ですな。
夢のようなきれいなもの、悪くはないと思うけど、将来のためにあまり役立たないものには巨額の投資は、慎重にしていただき、今ある自然の保護にちからを入れてもらいたいものです。
鳥取のアリドドームなどは、小規模な施設ですけどね、世界の乾燥地の農業や砂漠の緑化のための研究をしています。世界中の発展途上国から、国費留学の学生さんが、地球の環境保護と、生活向上のための研究を小さな施設ですぐれた成果をあげています、こんなところこそすぐれた立派な施設を設けてあげたいですねえ。
車に乗せた玉ねぎのお味、如何でしたかな、安価で、いい色あいで美味しそうでしたね。
それでは、どうも。コメントを有難うございました。 たぬち庵2008年04月23日08時09分 返信するRE: 投票御礼
淡路島は玉ねぎの産地として有名です。
特に掘ったばかりの新玉ねぎはおいしいです。
春に淡路島を通過する時には必ず新玉ねぎを買って帰ることにしています。
8月末にインドのダラムサラに行く計画を立てています。
小さな(16X24センチ)国旗、日本・インド・チベット・仏旗、計4枚を購入して雰囲気を盛り上げています。2008年04月23日21時55分 返信する -
いよいよですか?
たぬち庵さん
ひと昔前でしたか、大きな事故が記憶に残っていますが、その鉄橋もいよいよ無くなる時が・・しばらくはマニアが押しかけそうですね。
comevaRE: いよいよですか?
はい、comevaさん、ぶらりみてきました。
客車の落下事故、覚えておられましたか、忘れられませんねえこの事故のことも。大変な事故でしたからね。昭和61年の暮れの、お昼過ぎの出来事だったです。突風にあおられて鉄橋から転落するという衝撃的な鉄道事故だったですねえ。
真下の缶詰工場で働いていた人も犠牲になって痛ましい事故でした。今は風速20m/sになると自動的に赤信号になって列車は通過できなくなっているんですが、事故当時は風速25m/sの警報装置が作動していたにもかかわらず停止をしなかったための事故だったようですからね。
この事故もやはりというか、伝統的な人為的ミスだったんですな。
昭和61年ですから、旧国鉄はちょうどこの時期にJRへ移行する最中のことだったんですねえ。
悪しき慣習は繰り返しているようで、「ピリっ」として頑張っていただきたいものですね。
では、また。コメントどうもありがとうございます。 たぬち庵2008年04月22日19時44分 返信する -
50回のご訪問
たぬい庵様
早いペースですね。
いつもご声援有難うございます。
今、バリ島へ一応、引越しみたいなものですからばたばたしています。
体調が不安定になりましたが、きっと、神経症です。
万全を期して渡バリ島します。
今後も宜しくお願いします。2008年04月16日18時09分返信する -
心が癒される場所
たぬち庵さん 今晩は!
>木陰に寝そべって。
私の旅でいうリゾートとは立派なリゾートホテルでもなければ、観光の人々で賑うビーチでもなく、自分自身の『心が癒される場所』であればそこが私のリゾートなのだ。
まったく、そのとおりです。リゾートって辞書では避暑地、行楽地、保養地って出てきますが、自分自身の『心が癒される場所』。たぬち庵さんの、表現の方が的を付いてますね。
ところで、この旅行記は地元の人との交流が目をひきますが、御自分で計画されて、一人でブラッと行かれたんですか?
RE: 心が癒される場所
はいどうも、こんばんは!。
「心が癒される場所」がね、ゆったり感じるほんとうの意味の「リゾート」のなんだと思うんですねえ。経済的に裕福な方で、素晴らしい保養施設があってね、そのようなところが相応しくて、だから心が癒されるところならね、やはり「リゾート」なんですねえ。やや負け惜しみの感もないではありますがね。分相応とでもいいますかな。そのためにずいぶん頑張って、そおして「リゾート」を楽しむ方もおられますね。これもまた楽しみが倍加するんでしょうね。ま、私のリゾートの愉しみ方はこういったところです。とても幸せを感じます。
「地元の人との交流」大体に相当なフィリッピンの田舎ですけどね。訪ねて行けば遠い親戚のお爺さんが訪ねてきたように、迎えてくれるところが数家族位はいましてね。この旅行記に出てくるところは、ミンドロ島と言いましてね、30年来の友人が住んでいた所です。マニラからバスと船を乗り継いで
約11時間くらいのところです。
彼とは若いころに出逢ましてね。彼が首都マニラ近郊でジプニーの運転手をやっていた時からです。深い友情で結ばれていましたね。
それでね定年退職したら海外移住でもと、15年位前に彼の郷里に土地を所有して彼に管理をしてもらっていたんです。結構安くて広くて農地もあってね。そろそろ建物も日本人が住めるようなものをと考えていたんですが。去年の10月に病気で亡くなってしまいました。悲しい出来事でしたね。
そんな経緯もあって、ちょっと遠い親戚に遊びに行くような感覚ででかけるんですよ。ですから28歳ころからまあ大体そうですねえ、数えてはいないけれど、100回に達するくらいは行っています。
だらだら書いてしまいましたが、まあ、たくさんの島めぐりをしています。
人の住んでいない島もたくさん行きましたよ。今では主だった島には空港も整備されていますし、高速フェリーも航行して便利になりましたね。
島で暮らす人々は貧しいけれど人情に厚く、ホスピタリティー豊で底抜けに明るい人たちがたくさんいます。
私はそんなところに、癒しを感じ、こよなく愛しているんですな。
ついつい、長くなってしまいました。ごめんなさい。
そいじゃ、また。 どうもありがとう、たぬち庵
2008年04月14日22時38分 返信する



