adsawinさんへのコメント一覧(35ページ)全393件
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本当にご苦労さまでした
貴重な情報をありがとうございます。
日本の報道では、本当に他人ごとで痛みなど伝わってきません。
今回、私も偶然、被災に遭遇して思ったことですが、他国の大使館の対応はとてもすばやかったのに、日本の大使館は「現地に人を派遣して情報を収集すると」報道されていたことです。現地で日本人が困った状況にあっても、サポートするのは、現地の日本人であったり、親切な外国人なのです。非常に残念なことです。
義援金も多く寄せられたと聞きますが、本当に現地の人々の役立っているのかさえ不明です。現地の人々に直接届くなら、もっと寄付をするのですけど・・・RE: 本当にご苦労さまでした
ありがとうございました。
本当に今回の災害はいろいろと勉強させていただきました。
何より救助隊が送れたことは何と言うかタイと日本との間に何かある事を表に出して見せているようで、お恥ずかしい話です。
日本で見れない映像があることは昔から分っては居ましたが、それでもNHKなどで放送される事実だけを信じてみていた頃もあります。
でもなぜか実感が湧かない?悲劇が感じられない?作られているような気がしていたあの頃・・しかし現実を目にして分る事と見えることは本当は違う事なんだと・・現地の叫び現地の苦しみ現地の痛みが伝わらなければ報道に真実はありえないということでしょうか?・・・救助隊(レスキュー隊)で一番早くタイに来たのは中国・オーストラリアの国々でした、それ以外は何日も経ちこれでは何もかも駄目になってしまうのにと・・思うほど後からで、救助隊の活躍は世界中でも注目されているではないですか?こう言う事故処理に優れている国がこう言う場所で活躍してこそ助け会うことの大切な意味を持つわけですから・・と腹の中が治まらない毎日でしたハハハハ・・・でもmon-monさんも無事で何よりでしたよお・・・何処で遭うか分らないという事を思い知らされましたよねえ・・・2005年01月09日17時08分 返信する -
現地を後にして
チェンマイに戻る車の中でこのページをUPして、感じた事は、マダマダ終わりじゃない複旧作業行方不明の遺体もたくさん残る大きな問題。
これで終わりに出来ない哀しい状況を後にして戻る事の心の引っ係りが何なのか?また、必ず戻り複旧を手伝い、その後を載せて行ければ幸いです。
たくさんの方々からご心配と心癒されるメッセージを頂きました、皆さんのお心に感謝致します、手伝いたくても遠くて出来ないとご心配に方も沢山いらしゃいますが、そう言う気持ちがとても大切で其れが被害地への支援の心として後々迄残ると思います。同じアジアの国々、助け合う事の重要性はどんな形であれ、大切な気持ちであると思います。 -
被害者はいつも子供。
adsawinさんのコメントをみて、おぞましい人間が災害を利用して自分の利益を得ることに激しい憤りを感じました。くやしいです、悲しくて涙が出ました。写真の悲しげな女の子の瞳に、一番の被害者は子供というメッセージを強く感じました。 -
本当にお疲れ様です!
お身体、大丈夫ですか?
大福がいつもより美味しく感じるのは、疲れた身体が欲しがっているのでしょう。
日本からもDNAの専門家が何人もプーケットに到着しているようですが、ポンティップ先生以外は、鑑定のお手伝いが出来ないのでしょうか?
国と国との問題があるので、難しいのでしょうか・・・。
日本人もまだ500人ほど行方不明だとか・・・、スリランカの大陸旅遊の方々は、遺体で帰国されたようです。
この様子では、流石のタクシン首相でもすぐの復興は難しいようですね。
日本の週刊誌も少しづつ詳しいことを書き出し始めたようです。
日本国も沢山の寄付を決めたようです、ヨン様やデカプリオも寄付をして、松井選手も5000万円も寄付されたそうです。唯一明るい話題です。
有効に使われることを祈りますが。
どうぞご自愛なさって下さい。RE: 本当にお疲れ様です!
み佳さんこんばんは、彼女達の優しい心が嬉しいですね、好物とは勿論知らず、体が疲れているときは甘い物が好いんでしょ?と日本人の友人に言われたから何がいいのか分からないけどと差し出してくれた、大福はこの状態の中本当に体を癒してくれました。疲れなんて本当は気から来る甘えなのに、哀しい状況の方々を見ていたらこの位は何でもないです、・・・・といいつつ体重が8kg落ちました。
大分落ち着きを見せたプーケット明日の朝後にしてチェンマイに1度戻ります、友人の葬式に間に合わせないと,また後悔したくないですから。
沢山の悲劇を目にしてここを後にするのは心苦しいですが、これで終わりではない事、ボランティアの手はまだ、足りないからです。こんな自分でも役にたつことがあれば続けて行きたいと思います。
たくさんの有名人の方々が寄付をしていると言う話は今日聞きました。
世界中が心配する被害の後その後出来るだけ沢山の方々からの寄付が有意義に使われる事を祈りたいですね。
正直な話、友人を確認出来て遺体を覆い弔いが出来た事はとても嬉しいことでした、家族揃いチェンマイに帰せたことが彼らへの弔いだと思います、哀しい事実ではありますが彼の仕事魂が今後生かされる為に努力して行ければと思います。
ご心配をお掛けしました。また、チェンマイに戻り少し整理して情報を入れて行きます。2005年01月07日01時59分 返信するRE: 本当にお疲れ様です!
書き忘れました・・・
DNA鑑定の先生方はまだ行方不明の方々を鑑定すべく既に安置された遺体などから探す努力をなさっています。
ポンティップ先生はもう限界ではないか?と思うほど青ざめた顔色です、それなのに手を休めることをしようとしないんですね、時間が足りないとボヤキながら・・・頭が下がる思いです,医者としての責任を果さないと自分の人生で後悔が残るもの・・と他にも入るはずなんです、協力隊の先生などタイ人の先生が?でも足りないんですね、彼らには専門の部署があり歯型などや血液など担当も色々です。でもポンティップ先生がいないと行動が起こせない責任が全てポンティップ先生下にありますからどうしても目立たないという欠点が大きく目立ちます。それでも既に12日間の時間が限界を感じます。2005年01月07日02時13分 返信するadsawinさん、お疲れ様です。
昨日の朝にはチェンマイに戻られたんでしたっけ。
divedoraは、さっきphuketから帰りました。
通り過ぎただけですが、Kamalaの被災状況は、その以前
の姿を知っている者として、ショックでした。Patongは
例えばBanglaのソイで言えば、あと数軒でビーチまで
再開できそうな凄い早さでの修繕が進んでます。ただし、
ビーチそのものが嘗ての賑わいを取り戻すには月単位の
継続した努力が必要そうです。一方、Surinは全く前と
変わらないビーチの風景がそこにあり以外にさえ感じ
ました。たぶん津波の入ってきた方向とビーチの開いて
いる方角の差が運命を分けたのだと思います。
スラキアット外相は町村外相と会談し、無償支援を
辞退し、他の被災国へ注ぎ込むことを申し出たそうです。
タイは政府の初動が早かったこと、支援物資が被災地域
まで届いたり、怪我を負った人たちを収容できる病院
までのルートが比較的早くに回復できたこと、そして
何より多くのボランティアなどの協力を早い時期に得る
事が出来たことが、2次災害を最小限に押さえ込むこと
に繋がると思ってます。
今後必要となるのは、やはり専門知識・技術を持った人
と、タイ語が理解できる人材だと思われます。言語の
問題は、今回の教訓として課題を残すものの一つだと
感じています。
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月09日17時28分 返信するRE: adsawinさん、お疲れ様です。
お帰りなさい。
お疲れ様でした・・心境は難しいですよね・・語れといわれて何と言えばいいのか?被害の場所運命の分かれ道ですか?本当にあるんだなあと感じました。オソラクは海底の形態に問題はあるのでしょうが?それにしても運命の線は哀しい被害を引き起こしましたよね、其れでなくても?外国からの行方不明者が改めて申告され、2000人の人が未だ行方不明で要る状況が??哀しいですねえ・・今日はポンテップ先生も大泣きで、なんだか可哀想で仕方ありません。こう言う助け合うべき時に何で抽象したり平気でできるんですかね?あんまりだと思いませんか?法医学者はタイで2名しか居ないんですから、もう少し労りがあっても良い物を・・・を現地の報告から一日中煮え切らない思い出おりました。無事友人の葬式も終わりまして、何だか?少し体が重いです。これが疲れでしょうか???眠りに入るとどうしても被災地の風景を見て泣いていたりします。頭の中までたっぷりと浸ってしまいました。2005年01月09日21時10分 返信する -
はじめまして。
書き込みありがとうございました。
そして、タイの様子の詳細なレポートいつもいつもありがとうございます。
ただの紹介ではなく、adsawinさんの人間的な部分(と言えばよいのでしょうか)が伝わり、人が抱く悲しみという感情と共に人のもつ優しさ(ぬくもり)が感じられます。
悲しみと辛さと疲労とが入り混じり気力でご自身を支えられているように思われます。1分でも休める時間があれば休み、adsawinさんにとって大切な国であるタイの現状を報告していただければと思います。まずは、なによりもご自身のお体大切にしてください。2005年01月04日09時51分返信するRE: はじめまして。
こちらこそ、書き込みありがとうございました。
昨日のシミラン諸島の様子がいま少し集まらず、苛立ちます。
疲れは自分より実際に遺体の確認や処理に当る先生方で、本当にお気の毒なくらいの頑張りです。昨日タクシン首相が先生を訪れ励まして折られました、あの気丈な先生がガタガタとよろめいて泣き崩れてしまうほど、疲労困憊している様子を近くで見ていて、頭が下がります。日本大使館の関係者の方々も夜を徹して情報や確認作業に追われています。どこの誰がではなく本当に世界中の人がここで災害に合い、行方不明であると言う事の重大な意味を見て取れます。ご心配を皆様に頂本当に感謝しています、もう少し頑張って自分が納得したら、とにかくチェンマイに一度戻りたいと思います。2005年01月04日13時08分 返信するシミラン、スリン。
シミランについては水中の様子をレポートしてくれた方が
いらっしゃって、拝見する限りそれぞれの島の一定の方角
で大きな力が加わった形跡が見られるが、島により被害の
大小があるとのことでした。
ちなみに、no.8のドナルドダックベイはいつも船で賑わい
スノーケラーやダイバーが上陸して観光する場所でもあり
ましたが、無論誰もいなかったとのこと。国立公園の管理
事務所にも人の気配はありませんでした。双眼鏡確認した
時点では、そこまで被害は大きくなかった模様です。
タチャイ島の北東にある大きな湾にいくつかバンガローが
有りましたが、バンガローはなくなっていた。
スリンは、シミランよりも大きな損壊があるようです。
レポートされないところから推測するに、より被災の過酷
さが伺われます。
また情報が入りましたら報告します。
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月04日23時38分 返信する -
随分お疲れがたまっているようです!
こちらではわからない情報を詳しく教えて下さり、有難うございます。タイ人の方も随分、労働奉仕なさっていらっしゃるのですね。本当に頭が下がる思いです。
貴方様も随分お疲れが貯まっていらっしゃるようです。
十分睡眠を取られ、お身体・お気持ち共に充電なさって下さい。RE: 随分お疲れがたまっているようです!
み佳さん大変です、涙が止まりません・・・忘れすぎたシミラン諸島はどうなるのでしょうか?・・・8日間がたちました遺体がまともにあるはずがありません、津波は大量の砂を運んでいます。その砂に埋まってばたとえ確認不可能でも収容出来ます。もしあの外海に沈めば・・残る訳がありません。
今迄帰れなかった理由・・これだったんだと思いました・・また帰れません、沢山の人が行方不明のままです、同じ日本人も沢山行方不明です・・・考えたら哀しくて苦しいです。8日間も経過しているのです、生存者が生きて待てるでしょうか?・・苦しいです。2005年01月03日20時46分 返信するシミランは。
まずは、
ダイビングボートで完全に停泊しているものは
状況別にして、航海中であり海底の水深が十分にある
ところに居た船は、機転を利かせていれば津波を
交わせた可能性が大です。
実際、カオラックの日系ダイビングサービスのボート
のように普通に戻ってきているものもあります。
少なくとも、日本の漁師さんなどは巧みに船を操り
津波の時は自分の資産を守っていることは有名です。
また、海底の地形と津波の形や大きさは関連が深く
あなたが心配しているほどに大きな被害は出ていない
のかもしれません。
むしろ、ミャンマー南西部の被害状況が
ほとんど明らかにされていないことが心配です。
美佳さんも書かれているように、
少し休養を取って、心身を休める必要があるのでは
ないでしょうか。
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月04日00時03分 返信するRE: RE: 随分お疲れがたまっているようです!
毎日本当にお疲れ様です!
先ほどもTVのニュースで見ましたが、いつも同じ様な画像ばかりが報道され、こちらでお知らせ頂くような悲惨な状態や動物たちの活躍などは、全く報道されていません。
スリランカでは全くそのままの状態で、救出も何もないままただ時間が過ぎているというような感じでした。又、家族を失った子供達約50人ほどが人身売買や臓器売買の為、さらわれ行方不明とも言われています。
そちらではそんなことはないでしょうか?
伝染病予防のため、一部の捜索を打ち切った為、日本政府に交渉しているとも言われています。
現場で作業する方達のご苦労は口では言い表せないほどでしょう。
貴方を含め、皆様少しでも時間があったら休養され、二次災害などに巻き込まれないよう心から祈るばかりです。2005年01月04日23時28分 返信するタイの被災地、他地域との相違。
やはり陸路での補給経路が確保できていることが
アチェなどと顕著にことなる状況を生み出しています。
プーケットタウン周辺には最新設備を備えた病院も
あり、空港が被災の日の夜には再開できたことで
バンコクへの搬出や物資の供給がタイ政府の素早い
対応のおかげもあって十分行われたことも良い方に
ことが運んだと思われます。
とは言え、現にカオラックなどでは先日から被災家屋
などの撤去が始まったばかりですし、遺体の病理学的
検証は、タイ全域で手が足りないのは火を見るよりも
明らかかと。
インドネシアやスリランカでは、医薬品・看護士を
求めていますが、タイでは充足していると聞きました。
復興支援会議とかも予定されているようですが、
各国の事情の違いにどう対応できるかも鍵のひとつに
なりそうです。
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月04日23時48分 返信するRE: RE: RE: 随分お疲れがたまっているようです!
今晩は今日はUPする時間がなくて乗せることが出来ませんでした。
情報を如何流すか?どこの国もどの程度までOK?かと規制問題が絡むと面白いです、しかし・・では何処の国の報道局も100%流しているか?と言えば嘘!嘘だらけなんです・・・・可哀想に思うのはやはり命がけで調べてきた事実を記事にしているのに没になること、これは本当の事だろ?何で隠す必要があるんだろうなあ・・・と毎日の遣り取りを聞き・・報道の裏を覗いているようでした。何故でしょうね?NHKはごく一握りの情報しか流さないいんです??やはり何か報道関係には掟やルールがあり難しい条約がある様子です。現在は親を亡くした子供達が病院や施設内で一人で泣いています。沢山の子供達が死に親無し子に成りました。一番小さい子で2ヶ月です。
26日津波が押し寄せたショックで子供を逃げながら生んだ強いお母さんもいて付いた名前が津波です。これはタイの中では大きな情報で皆取り上げますが、外国では実情と確認が第一でこうした民間の話題には触れないんだと言うことが今回良く分りました。自分が流している情報なんて本当に小さなことだと思います、でも人間こう言う小さい記事が微笑ましく感じ、感動し、応援し、記憶に植えつけられて行くから、記憶として残るわけではないでしょうか?親無し子達を孤児として扱いたくないただそれだけの理由、大変だからとか施設が一杯だから出来ないと言う訳ではなくて、これから大変でもなくした親の分も強く生きて欲しいという願いからタイ全国にこの子供達に里親を募集し出しました。
2005年01月05日01時28分 返信するRE: タイの被災地、他地域との相違。
沢山の情報ありがとうございました。現地でこんなに近くに報道関係者がいるのにこの情報が一番新しい情報で何処のTV局も感謝していました。
海底の地形により随分被害の状況が異なる様子で、ヘリコプターで捉えた限りでは分りませんが、被害はやはり深刻な様子です。何よりも大切な陸路を寸断されていて現地に入れない事が大きな原因です。そして時間が経ちすぎてしまい遺体の確認が殆んど無理な状況で死体解剖のあのポンティプ先生以外に他に居ないということが大きな原因で、本当に気の毒な状況です。今日もタクシン首相が先生をお見舞いに来て説明や今後の方針を語られていましたが・・イヤア。。これでは先生の命の方が危ないとタクシン首相でも感じたらしく深刻な顔を見せていました。
どうして他国から救援医師が沢山来ても手伝えないか?・・・勿論事情を考えれば母国の遺体を早く捜し出して返さなければ成らないですから仕方がないのでしょうが?もう少し協力しても・・と言いたくはなりますが、お国の事情文句も言えずです。衣料品や、医療品は幸いタイはバンコクから上の都市がボランティアでおくりますから、十分ではないにしてもインドネシアやスリランカよりは十分過ぎるほど足りていると思います。
しかし、あちらは被害がこの上を行き被害が大きすぎる上間に合うはずもないのに救助の手が入り込めない現実がどうしてなのか?分らないことが多いです。こちらでも心配しているのですが・・送りこめる状態にないことが厳しい状態を更に悪下させているようです。アメリカや大きな力がある国がもっと早く乗りいれて欲しい、これだけ時間が経過すれば助かる物さえ失いかねない深刻な問題をどう判断すればいいのでしょう???ミャンマーの被害はオソラクタイより酷いと思います?けれど全くミャンマーから状況が届きません、タイ人曰く海岸沿いの被害は明らかでも観光地化されていないので
オソラク被害事態は大きくても人があまり住んでいないのでそれほど、深刻ではないのでは?と噂されています。しかし救助の手を何故止めるか?そんなことをしたら2時災害が広がり易くなるのではないか?と全国から非難の声で政府関係者も頭は痛めている様子です。2005年01月05日01時57分 返信する -
ただただアリガトウ!お疲れさまです。
言葉がありません。ただただ一人間として現地で支援活動している方々に感謝の気持でいっぱいです。adsawinの現地報道は日本のマスコミにのらないボランティア活動をパーソナルネットに乗せた大変貴重なものと思います。現場での混乱、多忙さの中での活動、疲労のにもかかわらず、連日のカキコミ有難うございました。涙が止まりませんでした。大自然の猛威・災害、支援援助、どうしたらいいか、・・・自らの卑小さが痛感されます。すこしでも多くの人にこの惨状を知らせたく、友人たちに、このサイトを転送しました。お許しください。
adsawinさん本当にお疲れさま!4travelの1会員として感謝します。
RE: ただただアリガトウ!お疲れさまです。
とんでもない、応援ありがとうございます。 自分がしている事が良い事だと思えない自分が哀しいかな??ボランティアの活動は高校生の頃から出来る範囲で手伝いました。たくさんの災害による被害などを実際目にして来たので、本当の意味で如何したら役に立てるかを自分が其の立場にいたら?と言う風に置き換えて行動する事を心がけて来ました、ボランティアをする事が大切ななんと言うか?自分への労わりに感じます。(これだと生れる前よほどあくどい事をして来てそれを今償うみたいですねハハハ)なんと言うかやる気にさせられると言うか?そんなバカな考えでしているんです。幸い自分が今住んでる国での災害です、友人や会社のスタッフ絡みもあり今回は先頭を切りました、現地に来れなくてもその状況をもっと知りたいと思う気持ちよく分かりますから。そんなことでこの旅行記を同時に作成出来た事はこれからの自分の仕事にも良い張り合いを作れたと感じています。もっと沢山の情報を載せたいところですが、素人の我々が出来る事はここまで、これから先の大切な報道報告はメデアの専門家の仕事とお任せして、一番興味を湧かせられた事を中心に乗せました。書きながら思い出してまた哀しくなり、涙ぐみ、何と言うか何十にも心に残る時間でした。今少し時間が許す限り序徐に書き足していければと思います。自分の興味で情報が偏りますがお許しを戴くとして。
知りたい事、事後経過など沢山質問してください。調べる楽しみが妙に出始めて仕事の矛先が変化するかも知れない??2005年01月03日03時40分 返信する貴重な情報(写真)ありがとうございます。
現地にてのお疲れがでないように、そして更なる情報を期待しています。
できましたら(おわかりましたら)教えてください。
ピピ島は壊滅状態とのことですが、トンサイ湾に面した警察署のすぐ横にありました、古式マッサ−ジ店(海に面した2階建て)はどのような状態になっているでしょうか?
昨年の5月に訪問、店員さん達とささやかな交流がありました非常に気がかりです。2005年01月03日13時58分 返信するRE: 貴重な情報(写真)ありがとうございます。
ピピの島丁度2つの湾を描いた中央の部分にあったとしたら・・・流されています。26日津波が押し寄せてピピを襲った時の映像が沢山タイのテレビで放映されました。海水の水が押し寄せている様子はとても恐怖が残ります、アレヨアレヨと建物車などが流されていく様子が良く映り津波の巨大な力を思い知らされます。残念ですがその後の写真関係を見てもホテル以外の殆んどの建物は崩壊しています。現地で働くタイ人も沢山亡くなりました・・2005年01月03日20時41分 返信するトンサイは被害が大きかったようです。
レムトンでは、被災を免れたホテルもあるとのことです。
参考までに、タイ国内のプーケット他のホテル・施設の
被害・営業状況をまとめていただいているサイトを
ご紹介します。
>http://phuketnavi.hp.infoseek.co.jp/top/hkttsunami.html
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月04日00時09分 返信するRE: トンサイは被害が大きかったようです。
いつもご心配を戴きありがとうございます。
疲れていますね。。。。
だから余計心配性になりました、少しの事でドキッとします、シミランの情報が余りにも乏しく誰もが忘れているような気がします、現地にいれば情報がたくさんと思い勝ちですが、実際は現地にいる方が情報に乏しく後から知ることが沢山あります。病院で手当てを受けている方々が日増しに言葉少なくなり泣く事にも疲れ果てボーとしている現象が、とても衝撃的で心配です、何も出来ないモドカシサで悔しいです。津波が来た時舟で難を逃れた人がいるとしたら、もっと情報が零れて来ても良いと思いますが、全くない事が悲劇を予測させて関係者にも焦りの表情が出始めました。今日沢山の関係者が現地に向かい少なくとも一両日中には何かしらの情報が報告される事でしょう、スタッフもで掛けていますので、もう少し様子を見ます、情報提供ありがとうございます。もう直ぐこちらに戻られるのでしょうか?2005年01月04日02時22分 返信するありがとうございます。
トンサイ湾に面した店でした。
被害は免れなかった可能性は高いと私も思います。
店2fからは、一面の海(湾)が見渡せました。
皆さん本土からの出稼ぎの方ばかりにて、幼い子供そして老いた親を残してきていました。
ひたすら無事を祈るのみです。2005年01月04日07時34分 返信するRE: ありがとうございます。
とんでもありません、心配な気持ち良く分りますから・・
何かあれば遠慮なくどうぞ、昨日日本のNHKでピピの画像が映り、
ああ・・・タイで放送されている物は出来るだけ回復状態にある様子などを放映していて本当の画像を隠しているなあ・・と思いました。
明らかに被害が相当な物であった様子が映って居ました。現地に集まる貴重な画像は物凄い勢いで流れる海水の様子や、その海水に巻き込まれていく人や何かに掴まりそれでも力尽きて手を離してしまう人が沢山映って居ます。哀しいかな・・どうしても上げられない悔しさで心がハチキレそうです。
孤島にはみな出稼ぎで働く人が沢山います。無事であって欲しいと言う気持ちを心に大切に残しておいて上げて下さい。2005年01月04日12時55分 返信する -
現実は・
PHUKET モルジブは、訪れたことがある国なので他人ごととは思えません。インド洋でツナミなんて誰も考えないのが当たり前です。
RE: 現実は・
確かに今迄は考えられない事でした・・でもプーケットは今回で2回目なんです。1回目はまだリゾート開発される前で被害にあうと言っても、それ程人が住んでいなかった為重要視されないで今日まで来てしまったんでしょうねえ・・モルジブが防波堤で災害を最小限に収めたといいますが・・プーケットは0メートル地帯ですから防波堤を作るということは島から見える景観が崩れてしまうと言う難しい問題もある訳です。2005年01月01日18時48分 返信するモルディブでも。
首都のあるマーレでは防波堤とか作ってますが、
その他のリゾート島では、そんなものはありませんよね。
同じ事です。
タウンに津波被害の懸念があれば、行政もNPOも動く可能性
はありますが、まさかpatongのビーチの真ん前に防波堤や
防潮堤を作るなんて、誰も考えないし現実的ではないで
しょう。
ピピの破壊のその後を危惧する書き込みをadsawinさんが
書いていたように思いますが、自然はそんなに柔ではない
と信じてます。
われわれ人間が開発してきた荒らしようから考えれば、
小さな「あたりまえ」出来事のひとつに過ぎませんよ。
水底にあった珊瑚礁が再び同じ場所に発達するとまでは
言いませんが、彼らの育ちうる環境を近くに見つけて
きっと立派に再生してくれることを疑っていません。
divedora(どら☆chan)@sukhumvit,Bangkok2005年01月02日08時24分 返信するRE: モルディブでも。
明けましておめでとうございます。
自分もそうであって欲しいと願います。
彼は多分自分の勉強分野が海底環境何とか??学という方が専門で取材をしながら良く各国へ出掛けます。その専門用語が自分の知らない言葉なもので彼が何を言わんとしているのか理解出来ませんでした、地上で見れる世界は毎日同じで回復する見込みのある物は履どんどん捨てられ道路は清掃されて来てはいますが・・空からの景色を見せて貰と白くて壊滅的な状態に見えますが、彼は砂だから清掃すれば何とかねえ・・と口ごもります。きっとそこの辺りに彼の知識の中で引っかかる部分があるのでしょうねえ・・誰でも心配する事には変わりませんが。お帰りになり現地を訪れられる事でしょう、丁度入れ替わり位でチェンマイに戻りますがまた、中旬にはボランティアでもう少し手伝いが出来ればと、ここに戻るつもりです。2005年01月02日14時44分 返信する -
スマトラ島 地震・津波情報12月31日 今年最後の日 を見ました。
はじめまして。
2005年、4travelの新着情報よりadsawinのホームページを開けさせていただき
12月24日よりのページから読ませて頂きました。
報道として流される現地の状況の悲惨さは見ておりますが、天災のむごさを息を呑むおもいで拝見いたしました。
現地から生の被災地の現況をメデァに流すことが出来たらと思いました。
お手伝いが出来れば。
地震、津波の刻々の貴重な情報は遺族の方々にも必要な記録になるでしょう。
旅行の予定の方には心して旅をするようにという戒めでもある様におもいます。
現地でのお仕事は大変です。健康に気をつけられ被災者の方、遺族の方のお力になっていただけることをお願い致します。
RE: スマトラ島 地震・津波情報12月31日 今年最後の日 を見ました。
初めまして、また明けましておめでとうございます。
暖かいお言葉をありがとうございます、たくさんの方々が思う気持ちが痛いほどここまで伝わる毎日です、本心から言えば流す事がいい事かどうか悩みました、大好きなプーケットを汚すイメージがありました。しかし現実に起きた事件災害の大きさを目にしたとき、本物を見ることから明日が始まると思いました。津波と言う言葉も日本語をそのまま使う程津波が遠い存在だったタイ、犠牲が大き過ぎて哀しい出来事ですが、乗り越えるしかない・・其れを手助けできる糸口にでもなればと・・そしてこの事実を見届ける為にと・・出来る限りボランティアとして仕事仲間達と交代でここに来るつもりです。ありがとうございました。2005年01月01日14時19分 返信する



