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志賀直哉居住の跡

名所・史跡

六本木

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志賀直哉居住の跡 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11330127

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施設情報

施設名
志賀直哉居住の跡
住所
  • 東京都港区六本木4-3-13
公式ページ
詳細情報
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 名所・史跡
登録者
giani さん

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性があります。

クチコミ(18件)

六本木 観光 満足度ランキング 59位
3.31
アクセス:
3.29
人混みの少なさ:
3.50
バリアフリー:
3.17
見ごたえ:
2.42
  • 説明版だけ

    • 2.5
    • 旅行時期:2023/01(約1年前)
    • 0

    都営地下鉄大江戸線六本木駅から歩いて3~4分くらい、麻布警察署の北東へのびる通り沿いにありました。

    裕福な家にうまれ...  続きを読む、広大な敷地で14歳から29歳までを過ごしたそうです。
    ですが現在は社宅?マンション?の敷地であり通り沿いの植え込みの中に説明版があるだけでした。
    墓地はここから直線距離で1kmくらい西の青山墓地にあるそうです。  閉じる

    投稿日:2023/01/15

  • 今度はどこで出会えるかなとだんだん楽しみに

    • 3.0
    • 旅行時期:2022/12(約1年前)
    • 0

    三河台公園を出て麻布警察署前交差点を右折して進むと植え込みに説明板がありました。高田馬場でも同じような説明板を見つけて志賀...  続きを読む直哉氏が20数回も転居していることを知ったので今度はどこで出会えるかなとだんだん楽しみになってきました。ここにあった屋敷はとても広かったとのことで今回は氏が裕福であったことが知れました。  閉じる

    投稿日:2023/03/30

  • 説明碑のみ

    • 3.0
    • 旅行時期:2022/08(約2年前)
    • 1

    目当てのサントリー美術館オープンまで時間があってので寄ってみました。

    志賀直哉が若き日に住んでいた広大な住居跡の碑で...  続きを読む基本は解説文のみで、何の感慨もわきませんでした。

    碑のある所にあるブリジストンの社宅をみながら、現在生きていたらこのマンションの1室で執筆しているだろう!的に冗談を言うのがせいぜいな観光スポットです。  閉じる

    投稿日:2022/08/13

  • 真っ赤な葉に囲まれていました

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/12(約2年前)
    • 0

    「志賀直哉居住の跡」の旧跡は東京ミッドタウン脇から赤坂氷川神社に向かう道の途中にあります。シンプルな案内板があるのみですが...  続きを読む、12月初頭に通りかかったところ、案内板は周囲を赤い葉に囲まれており、とても引き立っていました。ツツジの一種のようですが、前回こちらを訪れたのは春だったので、その時とは全く異なる印象でした。  閉じる

    投稿日:2021/12/04

  • 志賀直哉ファンなら、一見の価値あり

    • 3.5
    • 旅行時期:2021/10(約2年前)
    • 0

    添付写真のように、東京ミッドタウン界隈を散策していると、たまたま志賀直哉居住の跡の看板が現れてびっくりしました。周辺はマン...  続きを読むションに囲まれていて、昔の風情はなかったのが残念でした。とはいえ、志賀直哉ファンなら、一見の価値ありです。

      閉じる

    投稿日:2021/10/28

  • 社宅の敷地内

    • 3.0
    • 旅行時期:2020/04(約4年前)
    • 0

    六本木通りと並行する裏通り沿いに「志賀直哉居住の跡」の案内板があります。とある企業の社宅の敷地内、植込みの一画です。私有地...  続きを読む内のためか、心なしか案内板は小さめで、文字のみの地味なものです。せめてイラストでもあれば、往時の姿をイメージできるのですが。  閉じる

    投稿日:2020/04/12

  • 港区六本木4丁目の集合住宅前の植え込みに志賀直哉旧居跡の説明板が立っています。小説家・志賀直哉が明治30年(1897年)か...  続きを読むら15年間ほど住んでいた住居のあった場所です。わかりづらい場所に有りますが、興味のある方には立ち寄りをおすすめします。  閉じる

    投稿日:2021/08/01

  • 文人ここに住む

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/02(約5年前)
    • 0

    フランシスカン・チャペル・センターの近くにありました。今は大きな建物が建っており、当時を思い起こさせるものはなにもありませ...  続きを読むん。志賀直哉ファンは一度ぐらい訪れてもいいかもしれませんが、これといって何があるわけでもありません。  閉じる

    投稿日:2019/12/10

  • 案内板だけです

    • 3.0
    • 旅行時期:2019/02(約5年前)
    • 30

    赤坂から六本木に向けて細い道を歩いていたら、通りに面したマンションの敷地の一角にこの案内板がありました。志賀直哉は仙台で生...  続きを読むまれてから全国のあちこちに住まいを構えていますが、14歳から29歳までこの地で暮らしたそうです。ただ、当時の様子を示すようなものは現地に一切ありません。
      閉じる

    投稿日:2019/02/27

  • 志賀直哉多感な頃をここで過ごす

    • 2.5
    • 旅行時期:2018/10(約5年前)
    • 0

    14歳から29歳までこの地に住んでいたそうです。感性鋭い時期に過ごしたのですね。その感性を磨いた地に、当時を偲ばせるものは...  続きを読む何かないかと期待して行ったのですが、残念ながらありませんでした。近代的な建物の敷地に、この解説書きがあるだけでした。  閉じる

    投稿日:2018/10/16

  • 今は跡があるだけ

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/08(約6年前)
    • 0

    リッツカールトン東京に宿泊した際に散歩でやってきました。ホテルからは徒歩10分くらいです。この他に小説家の志賀直哉が14歳...  続きを読むから住んでいたとのことです。ミッドタウンのすぐ近くですが今は住宅地になっていてマンションばかりです。昔も今も一等地ですね!  閉じる

    投稿日:2018/08/15

  • 社宅の入口にあります

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/07(約6年前)
    • 0

    六本木通りの北側にある道路に面して建つブリジストン社宅の入口植え込みの中に説明板があります。1897年に志賀直哉の父がこの...  続きを読む地に家族と共に引っ越してきました。雑木林のような広い敷地に家があり、志賀直哉は14歳から29歳まで暮らしました。当時の家屋は戦災で焼失しました。北側にある檜町公園は、その頃国の管理地として歩兵連隊の駐屯地として使われていたようです。そばに軍事施設があり、住宅の敷地は自然が豊かに残っている広い場所だったことなどが作品にどのように影響しているか知りたくなりました。明治時代の六本木を知ることができる説明板でした。  閉じる

    投稿日:2018/07/24

  • 説明板があるだけ

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/05(約6年前)
    • 0

    小説家・志賀直哉が14才から29才までの間住んでいた跡地を六本木まで見に行ってきました。その居住跡が今はマンションになって...  続きを読むおり、敷地の隅に説明板がありました。説明板のみで当時を振り返れるものはありませんが、処女作「或る朝」や「網走まで」などの初期の名作を書いた地と思うと感慨深いものがありました。  閉じる

    投稿日:2018/06/18

  • 六本木通りからミッドタウン方向に向かう大きな通りを曲がり、最初の角を右に歩いて行くと某会社の社宅がありその横のあいたスペー...  続きを読むスにこの案内板が立っていた。

    志賀直哉は明治30年、14歳の時、家族とともにここに移り住んだとのこと。
    今、このあたりは今は多くの密集した建物が並んでいるが、当時は雑木林のようで志賀家の敷地は1682坪もあったのだとか。

    ここで直哉は29歳までの十五年間を過ごし、処女作はじめ、たくさんの小説を書いたとのこと。

    今は何も残っておらず、案内板だけがちょっと寂しそうです。  閉じる

    投稿日:2018/03/07

  • 少し光景が変わりました

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/11(約6年前)
    • 0

    「志賀直哉居住の跡」は、六本木の裏通りにある案内板です。久しぶりに見かけましたが、以前と光景が変わっていました。この近辺は...  続きを読む工事が頻繁に行われていることから、近くに移設されたのかも知れません。
    足元には真っ赤に色づいた紅葉が見られ、以前より風情を感じる光景でした。  閉じる

    投稿日:2017/11/24

  • 集合住宅の庭にある

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/11(約7年前)
    • 0

    六本木駅の北東、やや細い路地沿いの集合住宅の庭にこちらの説明板がある。庭の周りにはフェンスがありドアには鍵がかかっていて入...  続きを読むれなかったが、フェンスの隙間から説明板を見ることはできた。志賀直哉は暗夜行路などの作品で知られた作家で、明治30年(1897)14歳の時から29歳までここに住み、処女作「或る朝」や「網走まで」などの初期の名作を書いた。お勧めの点は、現在、居住跡はないが、説明板が設置され周りは綺麗に維持管理されていることから、今でも地元の人々から志賀直哉が慕われていることが理解できること、周りを見ながら昔、直哉がここで暮らし作品を書いていた様子や街並みを楽しく想像できること、近くにはフランシスカン・チャペル・センター 六本木教会や檜町公園などがあり併せて訪問するのも楽しいこと、駅から近いことである。  閉じる

    投稿日:2017/04/10

  • 社宅の中に看板だけ

    • 3.0
    • 旅行時期:2016/10(約7年前)
    • 0

    六本木駅から赤坂氷川神社に歩いて向かう際、前を通りました。志賀直哉旧居は今はブリヂストンの社宅になっていました。社宅内に案...  続きを読む内板が立っていますが、フェンス越しに見るだけです。残念ながら志賀直哉旧居はなにも残っていないようです。   閉じる

    投稿日:2017/04/25

  • なかなか気づかないものですね

    • 3.5
    • 旅行時期:2014/06(約10年前)
    • 0

    志賀直哉が若き頃に過ごした住居があった場所とのことです。六本木の裏通りですが、六本木と赤坂方面をつなぐ近道的な存在で、何度...  続きを読むも通っている場所です。
    にもかかわらず、今回初めて案内板の存在に気づきました。昭和53年に設置された案内板のようです。  閉じる

    投稿日:2014/07/03

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