樋口一葉菊坂旧居跡
名所・史跡
3.33
樋口一葉菊坂旧居跡 クチコミ・アクセス・周辺情報
御茶ノ水・本郷 観光 満足度ランキング 49位
クチコミ・評判
3.33
(26件のクチコミ)- アクセス:
- 3.32
- 地下鉄・都営三田線・春日駅出入口A6を出て右手方向に2分位進み菊坂下信号を右折し菊坂に入って3分位のところです by 風来坊之介さん
- 人混みの少なさ:
- 3.50
- 訪ねた折は女子学生でしょうか生徒でしょうか数人が資料をもって静かに見学していた位でした by 風来坊之介さん
- バリアフリー:
- 2.50
- 路地裏だが石畳で整備されているので大丈夫でしょう (ルートによっては階段があります) by 風来坊之介さん
- 見ごたえ:
- 3.37
- 当時の様子とは変わっている と思われ一葉も使ったといわれる井戸があるのみです by 風来坊之介さん
1~20件(全26件中)
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樋口一葉旧居跡
- 3.0
- 旅行時期:2022/03(約4年前)
- 0
-
本郷の菊坂、奇跡的に残っています
- 4.0
- 旅行時期:2021/06(約5年前)
- 0
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金属製の説明板がなかったら、分からなかった
- 4.0
- 旅行時期:2020/06(約6年前)
- 0
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風情ある光景が印象的です
- 3.0
- 旅行時期:2019/04(約7年前)
- 0
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観光として訪ねるようなところではないのでは と思います
- 3.0
- 旅行時期:2017/11(約8年前)
- 0
文京区本郷4丁目と5丁目の境界を通る菊坂界隈には文学関連のものが多く、その一つがここ樋口一葉菊坂旧居跡だが観光として訪ね... 続きを読むるようなところではないのでは と思います。
樋口一葉が、この辺りで18から21歳までの3年弱暮らしたところ とのことだが、今は一葉も使ったといわれる井戸があるのみで、当時の様子とは変わっている と思われます。
場所が、菊坂の北西側の住宅が密集している路地裏で、井戸の近くを初め途中にも説明や案内書きなどなく、一葉の研究や勉強乃至はファンの方がそっと訪ねるような感じのところです。
訪ねる場合は、菊坂の直ぐ南西側でほぼ並行している細い通路のやや北西よりから南西方向の狭い路地裏に入ったところで、事前に地図などでよく調べてから行くと意外と簡単に行き着くと思います。 閉じる投稿日:2017/12/08
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静かな住宅地、訪問には細心の注意を
- 4.0
- 旅行時期:2017/09(約8年前)
- 0
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きつい
- 1.0
- 旅行時期:2017/08(約8年前)
- 0
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細い路地の奥
- 3.5
- 旅行時期:2017/07(約8年前)
- 0
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路地裏にあります
- 3.0
- 旅行時期:2016/06(約10年前)
- 0
-
住宅地です
- 3.5
- 旅行時期:2016/02(約10年前)
- 0
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歴史的なエリアです
- 4.0
- 旅行時期:2015/12(約10年前)
- 0
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樋口一葉を偲ぶ旧居跡
- 4.5
- 旅行時期:2015/11(約10年前)
- 1
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樋口一葉のはかなさをしのぶ菊坂旧居跡
- 5.0
- 旅行時期:2015/10(約10年前)
- 1
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ひっそりと佇む
- 3.5
- 旅行時期:2015/09(約10年前)
- 0
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菊坂の辺り
- 3.5
- 旅行時期:2015/04(約11年前)
- 0
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本郷四丁目31番の路地を入ったところです、風情のある一角です
- 3.5
- 旅行時期:2015/03(約11年前)
- 0
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明治の頃からの細い路地裏で落ち着きます
- 3.5
- 旅行時期:2015/01(約11年前)
- 0
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明治文壇の才媛樋口一葉の住んだ町
- 4.0
- 旅行時期:2014/12(約11年前)
- 5
東京文京区の本郷3丁目の四ッ角から本郷通りを東大赤門の方へ70メートルほど歩いて、文京センターの角を左へ折れる道を菊坂通り... 続きを読むといいます。
東京のどこにでもありそうな通りですが、少し行くと「一葉文学のまち」という案内板が目に入ります。
その通りを300メートルほど下って、更に左の菊坂下通りへと降りて行くと、一葉が父の死後、明治23年(1890年)頃に住んだ家がありますが、そばには、一葉が使ったとされる掘抜き井戸も残っています。
この辺一帯に菊畑があったために坂を菊坂といい、坂下を菊坂町と名づけたのだそうです。
ここでの2年11ヶ月(18〜21歳)の一葉は、母と妹の3人家族の戸主として、他人の洗濯や針仕事で生計を立てていたようです。
一葉の作品によると、一葉が明治23年にこの貸家に移り住んでから、度々伊勢屋という質屋に通い、苦しい家計をやりくりし、下谷竜泉寺町に移ってからも、終焉の地(現西片1−17−18)に越してからも、伊勢屋との縁は続いたといいます。
一葉はきびしい生活の中で、萩の舎の歌作、それに必要な古歌や古典の研究をし、上野の図書館にも通い続けました。そして、萩の舎での姉弟子田辺花囿(かほ)の影響で、小説家として立つ決意をかため、半井桃水(なからいとうすい)に小説の手解きを受けていました。
明治25年(1892年)3月「武蔵野」創刊号に小説『闇桜』が掲載され、また、小説と共に貴重な日記はここに住んだ明治24年(1891年)4月1日から書き始めています。
言ってみれば、ここは一葉文学発祥の地と言えるでしょう。
閉じる投稿日:2014/12/09
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古い井戸や木造家屋がある
- 3.5
- 旅行時期:2014/11(約11年前)
- 0
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特定はできないようです
- 4.0
- 旅行時期:2014/09(約11年前)
- 0
1件目~20件目を表示(全26件中)
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投稿写真
基本情報(地図・住所)
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