赤穂城跡 (赤穂城跡公園)
名所・史跡
3.56
赤穂城跡 (赤穂城跡公園) クチコミ・アクセス・周辺情報
赤穂 観光 満足度ランキング 1位
浅野長直によって慶安元年(6148)から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近世城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城です。藩の家老で軍学師範の近藤正純が設計し、そのうち二之丸門虎口の縄張は、当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられたと伝えられています。城地は三方を山に囲まれ、東に千種川、南は瀬戸内海に面し、清水門の南にある船入は船が出入りできるようになっていました。昭和46年に国史跡指定を受け、平成14年には本丸庭園と二之丸庭園が国の名勝に指定され、平成18年には「日本100名城」に選ばれました。本丸内には刃傷事件後に大石内蔵助らが大評定に集まった御殿の間取りが復元されており、天守台からは本丸内はもとより広々とした赤穂の風景が眺められます。
ピックアップ クチコミ
クチコミ・評判 3ページ目
41~60件(全188件中)
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長屋門は現存
- 3.5
- 旅行時期:2019/10(約6年前)
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赤穂城跡近くに
- 3.5
- 旅行時期:2019/10(約6年前)
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城好きならおすすめの名城です!
- 4.0
- 旅行時期:2019/09(約6年前)
- 0
百名城巡りの一環で訪れました。
播州赤穂駅から徒歩で10~15分程度です。
思ったより大規模な縄張りで、城好きな人なら... 続きを読むかなり楽しめると思います。
本丸遺構は、本丸御殿の間取りが再現されていますが、当時をイメージしにくい真新しい建物を再建するより、歴史を大切にした再現だと思います。
お金をかけて、ピカピカな建物を建てているより個人的には好みです。
他の再建物もお堀や門、塀などが中心で、城の雰囲気を壊さないような復元に留められていると感じました。
また、本丸の周りを二の丸が囲む、輪郭式の縄張りは、ここまでしっかり分かる遺構は珍しいのではないでしょうか。
あまり時間がなく、本丸付近を中心に見学しましたが、もっと時間を取り、市内の他の史跡も含め、じっくり見れば良かったと思いました。
まだ、再建されている施設もあるようで、すべて出来上がったらまた来たいです。 閉じる投稿日:2020/09/26
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濠が印象的
- 3.5
- 旅行時期:2019/09(約6年前)
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駆け足で見て回りました。
- 3.5
- 旅行時期:2019/07(約7年前)
- 0
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当時のままに
- 3.0
- 旅行時期:2019/07(約7年前)
- 0
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城跡
- 3.5
- 旅行時期:2019/07(約7年前)
- 0
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広々とした史跡公園。
- 3.0
- 旅行時期:2019/06(約7年前)
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無料で入れる庭園です
- 4.0
- 旅行時期:2019/06(約7年前)
- 0
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天守は無く整備された公園です
- 4.0
- 旅行時期:2019/06(約7年前)
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整備されています
- 3.5
- 旅行時期:2019/05(約7年前)
- 0
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赤穂にもお城がある?
- 3.0
- 旅行時期:2019/04(約7年前)
- 0
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緑にあふれる
- 3.5
- 旅行時期:2019/04(約7年前)
- 0
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付近はきれいな公園
- 4.5
- 旅行時期:2019/03(約7年前)
- 0
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大石家とともに歴史に残る門
- 3.0
- 旅行時期:2019/02(約7年前)
- 0
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大石家は別格だったのね
- 3.0
- 旅行時期:2019/02(約7年前)
- 0
よく考えてみると、赤穂浪士の討ち入りの後、大石内蔵助の一族がどうなったのか、考えたこともありません。長男も死んでしまった... 続きを読むし、浅野内匠頭の奥さんと違って取り上げられることもありません。ところが、当たり前というか、赤穂には大石内蔵助が住んだ家があり、その家の長屋門が現在も残っていました。それが、大石良雄宅跡長屋門で、現在は大石神社があるこの一帯が大石家の屋敷でした。屋敷は畳が300畳以上もある広大なものでした。松の廊下が起きたとき、事件を知らせるために早かごで到着した早水藤左衛門らが叩いたのはこの長屋門でした。幕末の安政3年に大修理、大正12年には国史跡に指定されるなど、大石家って別格なのねと感じます。大石神社側からは庭園があり、長屋門の内側では大石家の面々の人形が展示されてました。
閉じる投稿日:2019/09/27
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明治維新まで城主は森家
- 3.0
- 旅行時期:2019/02(約7年前)
- 0
忠臣蔵で有名な播州赤穂城の城主って誰だっけ?刃傷沙汰で浅野家のお家断絶後のことなんて知りませんよね。赤穂城に出かけてみて... 続きを読む、初めて知りました。なんと、本能寺の変で織田信長とともに討ち死にした森蘭丸の親類が城主となり、明治維新まで続いていました。赤穂は森家、なーんてだれも知らないよなあ。そんなことはともかく、JR赤穂駅から徒歩15分あまり。観光客で賑わう赤穂大石神社の向こう側に石垣に囲まれた赤穂城跡が見えてきました。元々は浅野家が1648年から13年かけて築城。当時の著名な軍学者であった山鹿素行の手が加えられ、「平和な時代」にもかかわらずかなり軍事を意識した城作りだったようです。といっても、今は何もなく、礎石に合わせて、ここに本丸があったんだなあとかが分かる程度。観光客としては、正直あまりにもつまらない、お城見物の面白さランクはかなり下でしょう。そのためか観光客の姿はほとんどありません。しかし、明治維新までいた森家の人々、浅野という名前を払拭するのに苦労したんだろうなあ。結局、今も浅野の城みたいな雰囲気だけど。
閉じる投稿日:2019/05/15
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赤穂城跡:本丸庭園、無料
- 1.0
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
- 0
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赤穂城跡:山鹿素行の像
- 1.0
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
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赤穂城跡:近藤源八宅跡長屋門
- 5.0
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
- 0
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