2015/12/29 - 2015/12/31
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mistralさん
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表紙写真は、新薬師寺の十二神将のうちのお一人
伐折羅(バサラ)像。
堂内は撮影禁止でもあり、DVDの映像を撮影したため
ピンボケ状態だが、雰囲気だけでも。
今は、当時の彩色はすっかり落ちてしまい
木像彫刻のような色彩だが、
部分的に当時の色がかすかに残っているようで
そこから当時の色彩をCGで再現されたパネルがあった。
まるでドラゴンボールに登場する
スーパーサイア人のような出で立ち。
古の人が地味好みか?という先入観は見事にくつがえされる
この色彩感覚は!!
青、朱、緑、紫に繧繝彩色(うんげさいしき 同系色の色ごと
に濃淡をつけて立体感を生み出す彩色法)されていて、現在
でも部分的にその色が残っている。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
PR
-
奈良ホテルから徒歩で
南方向へ向かって歩く。 -
どの通りも
趣ある佇まいで、 -
お酒の
テイスティングもできそうな! -
目指していたのは頭塔。
新しいガイドブックだからか?
掲載されていた。
新薬師寺へ向かう途中にあるので
ちょうど立ち寄るには良い地点。
東大寺南大門の南約950mの距離でもある。
そうは言ってもすぐには
見学が出来ないようだ。
入口には鍵がかけられていた。 -
近くの仲村表具店さんに
見学の申し込みをするようだ。
保存顕彰会事務所となっているらしい。
一定の公開期間中には、丁度裏手にある
ホテルウェルネス側から
予約なしでも入っていけるようだが。 -
何処に事務所が?
と思いつつ
しばらく歩くと、 -
すぐに表具店が
見つかった! -
ご主人に伴われて入り口まで戻り,
鍵を開けていただき
住宅街の間に設けられた
フェンスに囲まれた石段を
登っていくと -
木立が生い茂っている小山が現れた。
見学は、本当は
前日までに申し込みをしなくては
いけないらしいが、
運良く当日は仲村さんも在宅されていて
おまけに、仕事も一段落つき、
次の仕事に入るまで少し間をおく為に
案内をして下さることになった。 -
お仕事の合間に、
訪れる観光客のために鍵の
開け閉めをする大変さ!
何故そのようなお役目を引き受けられたのか?
伺ってみた。
お爺様が宮大工をされていて、それも
職人さん達を束ねるような立場にあった
らしい。
奈良の有名な寺社建築など携われたようだ。
そういったお爺様の気概?を受け継ぐ想いもあり、
このお役目をうけられたとのこと。 -
もともと、ご近所の人は
この小山は単なる木立の生い茂っている
山ではないことはご存知だったようだ。
仏さまの彫られた石が露出して
見えるところもあったようだ。 -
南面は以前の状態のまま木立を残してある。
頂上には「五輪塔」があるようだ。
一説には奈良時代の僧、玄昉の頭を埋めたお墓との伝説があるが
土塔(どとう)がなまって頭塔(ずとう)と呼ばれるように
なったようだ。
767年、東大寺の僧、実忠(じっちゅう)が土塔を築いたとの
記録があるそうだが、それが頭塔にあたり、その役割は
五重塔と同じように、仏舎利を納める仏塔と考えられている。
形から「奈良のピラミッド」とも呼ばれている。 -
300円の入場料をお支払いすると
このようなパンフレットを渡してくださった。
写真の上部は現状のままに保存され(南面)
下部はいったん瓦や土などを取り除いたうえで
整備され,元の形に戻された。
また周りには遊歩道が設けられ,
見学者はその道にそって周囲から見学する
ようになっている。 -
往時の頭塔は、1・3・5・7の奇数段4面に
各11基の石仏が配置されていたようだ。
そのうち28基が現在までに確認され、そのうちの
13基が昭和52年、国の重要文化財に指定された。
その後の発掘調査で新たに14基の石仏が発見、
うち9基が平成14年、重要文化財に追加指定された。
奈良時代後期の数少ない石仏として美術史上でも
かなり貴重なもののようだ。 -
-
元のままの状態を示しているのか?
むき出しのままの石仏「如来三尊像」
そういえば奈良ホテルには
どの石からとったのか
頭塔の拓本が額にかけられていた。
作者不詳とあったが
今はそのようなことは出来ないはず。 -
奇数段にはかつても瓦葺屋根が施されていたようだ。
現在は部分的に石仏の上に屋根がつけられている。
石仏を保護するためには仕方のない処置かもしれないが,
周辺にも石垣が設けられている為、石仏が見にくくなって
しまった。
東面にある石仏。
比較的遠くからでも石仏のお姿がわかりやすい。 -
「如来三尊像」
おだやかなお顔をした石仏が
奈良時代からずっとここに
あったと思うと、
不思議な存在感を持ってくる。 -
石段もきっちりと
整備されていて
逆に不自然な感じは否めない。 -
北面には
休憩所のようなベンチがあり
そこには各種のパネルがあって
発掘にいたるまでの経過なども
解説されている。 -
-
どの方向には
どんな石仏があるかを示すパネル。 -
-
-
石積みの間には
鉛板が挿入されているようだ。
わかりにくいが中央部分あたりに鉛板が見える。
復元修復の際、本来の石積と補充した新石積の間を
明示するために入れられたようだ。 -
北面?から見える
石仏。 -
西面へ回ってきた。
-
やはり
「如来三尊像」か? -
-
見学が終わったら
仲村さんにお声をかけて
再び鍵をかけていただく。
途中何組か見学者が見えたが
やっと,見学できた
という声も聞こえたので
初回での見学はラッキーなことだった
のかもしれない。 -
周辺には凝った門構えの
お屋敷が続いている。 -
この後
新薬師寺へ向かった。 -
古都らしい
家並みがあると思ったら -
醫院だった。
医院となっていないところが
奈良らしい。 -
1月も中旬まで
お休みされるようだ。 -
このような土壁もあり
-
崩れそうな壁を
補強しているところもあり, -
かと思うと
門構えが立派で
なかなか中までは
入りにくそうなお屋敷もあって -
新薬師寺に至る
山の辺の道を
歩くのは
とても楽しい。 -
お寺らしい山門が
見えてきた。 -
お寺の前にある
お家の塀が
波打っていて
デザインが素敵。 -
不空院というお寺。
-
-
秘仏の特別公開の期間は
終了しているようだった。 -
お砂踏みというパネルが。
次々にふんでいくと,
西国三十三観音霊場を次々に
巡るのと同じ効能が
あるのかも? -
-
-
やっと新薬師寺へ到着。
新とついていても、西の京の薬師寺とは関係がない。
「霊験新たかな薬師如来さまを祀ったお寺」
という意味。
ということがわかっていても、どうしても薬師寺
の方に目がいってしまい、これまで訪れる機会はなかった。 -
747年、光明皇后が夫の聖武天皇の病気平癒を祈願
して建立したものとされている。
かつては七堂伽藍が建つ大寺院だったようだが
落雷などにより焼失。
現在の本堂(国宝)は奈良時代の建築だが、
本来の金堂ではなく、食堂(じきどう)を転用したもの。
他は鎌倉時代に再建されたものが多い。 -
本堂前にあるお線香の台には
キャスターがついていて
どこかから転がして出し入れを
しているのかも。 -
本堂へは横手、西側から入館する。
中に入ってみると、天井はなく
屋根板の裏側がそのまま見渡せるような
造りになっていて、面白い。
内部は撮影禁止なっているため
購入した絵葉書をもとにした画像をのせます。
ご本尊「薬師如来像(国宝)」の回りを
「十二神将立像(11体が国宝)」が円陣を
組んで取り囲んでいる。 -
11体は天平時代作の国宝だが
1体「波夷羅(ハイラ)大将」だけは地震で破損してしまい
後の時代の作である為、国宝には指定されていない。
これだけ迫力ある仏像群を間近に見られる空間は少ない
ように思われる。
薬師如来さまを守るという、十二神将の本来のお役目を
全うするかのように周囲をぐるりと囲むお姿に圧倒
され、ついつい何周かしてしまう。
写真は同様に絵葉書を複写したもの。
珊低羅(サンテラ)像。 -
同様に絵葉書を複写。
一番、ポスターなどでも登場回数の多そうな
伐折羅(バサラ)像。
十二神将は、干支の守護神の役割も果たしているそうで、
自身の干支の守護神をお詣りするようにとの記載も。 -
すぐ左手にあった南門堂。
鎌倉時代作の重要文化財。
中には
薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音が
祀られている。 -
南門すぐにある
鎌倉時代の建築物
鐘楼(重要文化財)。 -
-
本来は十三の塔だったようだが
現在は五重となっている。
下の二段がオリジナルのようだ。 -
-
-
南門すぐの左手には
多くの石仏が見られる。 -
庫裡へ回っていくと
そこでビデオの上映をしているというので
行ってみた。 -
-
十二神将像は塑像だという説明部分。
木の骨組みに縄を巻きつけ
そこに藁をまぜた粘土で大まかな形をつくり
紙の繊維と雲母を混ぜた土で上塗りをしたもの
との説明。
そのようにして造られた十二神将像が
1000年を超えた今の世でも
こうして拝顔できることに
大きな驚きがある。 -
帰り際に
本堂の屋根の上をみると
鳥の姿が! -
あまりにじっとしていて
身動きもしないでいるので
置き物のようでもあったが、 -
首の向きは微妙に
変わっていた。
観光客の気配の少ない新薬師寺を
堪能した夕暮れ時となった。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- わんぱく大将さん 2016/01/19 23:50:07
- 奈良のボロブドゥールのような
- mistralさん
いや〜やはりmistralさんはいろいろ なんでもご存知ですね。私などは恥ずかしくて日本史学部卒ですなんて、大きな声ではいえませんね。
頭塔、上から見るとまるでボルブドゥールのようにみえました。
それにしても十二神将のバサラ、この色ですか? 凄いですね、こんなのが再現されるなんて。一瞬、焼き物に使われてる色を思い浮かべてしまいました。
大将
- mistralさん からの返信 2016/01/21 14:24:05
- RE: 奈良のボロブドゥールのような
- 大将さん
いつもありがとうございます。
サンティアゴ デ コンポステーラからはお帰りでしょうか?
体調は、回復されましたか?
> いや〜やはりmistralさんはいろいろ なんでもご存知ですね。私などは恥ずかしくて日本史学部卒ですなんて、大きな声ではいえませんね。
いえいえ
知っていたわけではないのです。
その場で、パンフを読んで、じっくり見学してくれば良いのに、
帰宅してから復習しつつ、見落としてしまったことを悔やんだり、、、
恥ずかしいです。
大将さん、専攻は日本史でしたか!
今は、スペイン史ですね〜
> 頭塔、上から見るとまるでボルブドゥールのようにみえました。
あ~そうですね。
ピラミッドというよりは、ボロブドゥール遺跡に雰囲気が近いですね。
> それにしても十二神将のバサラ、この色ですか? 凄いですね、こんなのが再現されるなんて。一瞬、焼き物に使われてる色を思い浮かべてしまいました。
スペインのお祭りに紛れても良いかもしれませんね。
mistral
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