Pakistan 素敵な絵をみつけました:唐辛子婆さんの旅行ブログ
カラチの町の中央通り近く
ドクター・ジアウディン・アーメド通りの
パール・コンチネンタル・ホテルでみつけた素敵な絵。
ペルシャとインドの文化が溶けあったような。
繊細で生き生きしてて。
これからいろいろ調べてみましょう。
本屋さんで立ち読みしたら
これはインドのムガール王朝の宮廷絵画の流れをくむ絵だ
ということがわかりました。
モハッタ宮殿博物館のレセプションで見せてもらった画集に
似たような絵がありました。
それはラホールの博物館所蔵の絵でした。
ラホールはパンジャブ州のインドとの国境近くの古都です。
パキスタンは独立前は英国領インドだったのですから
インドと共通の文化を持っているのは不思議ではありません。
ほかの絵もみたいものだと思ってホテルで聞いてみても、
「毎日6時にギャラリーの人が絵を売りに来るからその人に聞いてみなさい。」
→6時になっても現れず。
近くのカーペット売り場の人が寄ってきて
「絵を売る人は私の弟だ。もうすぐ来るよ。
この絵(現代的な油絵)はどう?カーペットはどう?」
いらんちゅに。
結局要領を得ないまま時間がすぎていきました。
でもある日、大家さんのアイシャがいいました。
「これはとっても有名な画家の作品なの、もう亡くなったけど。
オリジナルはすんごく高いのよ。」
彼女はラホール出身のインテリア・デザイナー。
美術に詳しいということがわかりました。
彼女自身も1点所蔵。
ランプを持つ女性の絵で、すばらしさに惚れ惚れしました。
東京とカラチを行き来するようになって1年半、やっとこの画家、パキスタンの著名な画家アブドル・ラーマン・チュグタイのことがわかってきました。
いや、わからないということがわかった、というべきか。
カラチで教養のありそうな人に聞くと「ああ、パキスタンを代表する画家だ。」という答えが返ってきてもどこで見られるか、どこに行けば作品集が入手できるのかが
「わからない。」
下記のサイトからリンクの許可が出ました。(掲載の許可は下りず)
http://www.askart.com/AskART/artists/search/Search_Repeat.aspx?searchtype=IMAGES&artist=11094068
こちらのページでは「セレナード」という作品をみることができます。
コロタイプ印刷(ゼラチンを版面とする写真印刷法だそうです)したものが古いアメリカの家庭の暖炉の上に飾られていたのです。
http://antiquescayucos.com/pages/Chughtai%20Art%20Print.html?ViewItem&item=120077146763
サンフランシスコのアジアン・アート博物館には15点所蔵されているそうです。
★Pakistan 179編&ジャンル別サイトマップ7編 あわせてぜ〜んぶのサイトマップ
http://4travel.jp/traveler/tougarashibaba/album/10406139/
?Pakistan カラチこぼれ話 サイトマップ
http://4travel.jp/traveler/tougarashibaba/album/10405927/
以下の3点もPCホテルにあったのですけどチュグタイの作品ではありません。
インドの細密画を引き伸ばしたって感じです。
ムガル王朝の宮廷画によく登場する孔雀がいます。
これも細密画からのものだと思います。
もともとPCホテルにあったのも小さかったの再現させるのがなかなか難しかったです。
こういう、日常生活を垣間見させてくれる絵って楽しいですね。
チュグタイの絵について探していたらアパートから徒歩10分もかからないところのインダス・バァレー美術建築大学の図書室に論文があることがわかりました。
http://4travel.jp/traveler/tougarashibaba/album/10178098/
その図書室の司書は写真撮影もブログに掲載も全部フリーだと言ってくれたのですが、そんな大それたこと。
で、論文をかいつまんでちょっとだけご紹介。
タージマハールで有名なインドのムガール王朝はペルシャ語が公用語だったが王朝崩壊後、徐々にヒンドゥー語にとってかわり文化的にもヒンドゥーが凌駕した。
チュグタイは1897年にパキスタンの古都ラホールで生まれた。当時はラホールもインドの一部でありインドは英国の植民地であった。
ラホールでモスレム国としての機運が高まっていた時期に育って英国式の美術教育を受けた後、公費でカルカッタに送られリトグラフを学ぶ。この時期のヒンドゥー・トレンドがチュグタイのアイデンティティを目覚めさせ、最初の展覧会では「モスレムの画家」と呼ばれた。その個展は大成功をおさめたようだ。
このころから英国の油絵を離れ水彩画を選択するようになった。
1936年にロンドンのCentral School of Art に入学。
インドにエッチングと印刷術をもたらしたパイオニアとなる。
1937年から67年までの間に英国、フランス、西独、イタリー、トルコ、イラン、USA、カナダ、南米、日本、中東で展覧会を開催。
えっ日本でも?いつどこで?
パキスタン独立の年(1947年)にはチュグタイの絵は世界中の主だった美術館におさめられた。ユニセフのカードやジャクリーン・ケネディの自伝のカバーにも使われた。
ヒンドゥーの神をテーマにした本を出版して成功をおさめニューデリーのデリー国立博物館にはチュグタイのウイングが作られた。
母方の従姉妹と結婚していたが跡継ぎに恵まれなかったため先妻の許しを得て古くからのカシミール人一家の出の人と結婚し、一男一女をもうけた。ラホールのチュグタイ美術館は息子が運営している。
その後パリのアラブ世界研究所でチュグタイに関する別の論文にお目にかかることができました。
http://4travel.jp/traveler/tougarashibaba/album/10486450/

唐辛子婆さん
いい絵を拝見しました。
インドで見たヒンドウーの絵とイランで見た絵と混ぜ合わせた絵のようなイメージを持ちました。特に表紙の絵はイスラム的。
いろんな国との交易の歴史のなかで、いろんな文化の影響を受けるのだろうなあ、と思いました。

さすらいおじさん、こんばんは
投票ありがとうございました。
いろいろ調べるうち表紙の絵は
素晴らしい画家のものだということがわかりました。
アブドゥル・レーマン・チュグタイ(故人)。
ムガル美術の流れをくむ画家ですが
1930年代にパリに留学して西洋はもとより浮世絵
の影響も受けたそうです。
日本人画家二人と密な交流があったそうですが
それが誰なのかはまだ情報を得ていません。
彼の絵はアメリカのサザビーで取引されています。
ただ作品が個人の手に渡って散逸しているため
まとまった画集がないのです。
今、苦労してさがしているところです。
ラホールのチュグタイ美術館のサイトでも
1点しか見せてくれないし
ラホールの博物館にもあるそうですが
行ってみるしかないと思っています。
チュグタイにあったことがあるご老人(80歳)の
電話番号をいただいたので
近いうちにおめにかかってみたいと思っています。
〜唐辛子婆〜

唐辛子婆さん
絵を詳しく教えていただきありがとうございます。
>ムガル美術の流れをくむ画家ですが
1930年代にパリに留学して西洋はもとより浮世絵
の影響も受けたそうです。
やはり、勉強していろんな影響を受けた著名な画家の絵だったのですね。
私の場合は、画家の経歴がわかると見る目が変わりますね。
美術館では素晴らしい絵がたくさんあるのですが、知らない画家の絵は通りすぎることが多いです。

唐辛子さん
さっそく素敵な絵を見つけましたね。
偶像禁止のイスラム圏には、いい絵はあるのかなナーと思ってましたが、
表紙の絵は、細密画風のキレイナな、爽やかな絵ですね。その他の絵を見ると、やはりペルシャ文化の細密画の影響があるようですね。
パキ腹治りましたか。のんびり第一、カラチを楽しんでください。 osd

osdさんへ
おはようございます。
ご心配おかけしましたが
ようやく暑さにもなれて体調が整ってきました。
毎日が食中毒との闘いで、はじめからどっと疲れちゃっていたのですが
冷蔵庫をもうひとつ入れてもらってちょっと一息ついたところです。
昨日はゴルフをハーフまわりました。
ものすごく汚い池に白鷺が沢山いてかわいそうになりました。
リスなどもいて木陰は沢山あり、土埃のカラチの町とは別世界のよう。
でも女性は一人で町を自由に歩き回れないので
運動不足解消には不可欠と割り切ることにしました。
>偶像禁止のイスラム圏には、いい絵はあるのかなナーと思ってましたが、
面白いことに町の看板には女性の顔もバンバン登場してます。
スタバの人魚さえご法度のサウジとは大違いです。
そのうち「看板特集」も掲載しますね。
>表紙の絵は、細密画風のキレイナな、爽やかな絵ですね。その他の絵を見る>と、やはりペルシャ文化の細密画の影響があるようですね。
そうですね。インドとペルシャの文化との交差点ですからね。
古い土地柄だけに面白い文化がたくさん残っていて
素敵だなあ、来てよかったなあ
と思い始めました。
〜唐辛子婆〜
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