2024/08/09 - 2024/08/11
806位(同エリア1090件中)
kohさん
今回は1日目の内容です(主に三輪山と古墳めぐり)。
2023年に奈良の修験者の聖地で有名な山上ケ岳に登頂。
2024年は、その近くの観音峯を登ることにしました。奈良の天川村に行き、そこから南朝ロマン小径と言われるところを通りながら登山となります。
天川村に行くにしても、かなり奥地にあるので、1日目は奈良の古墳を適当に観光しながら、夕方までに天川村に到着するようにして、2日目に登山という計画にする。
その後は、三輪に泊まり、また適当に奈良観光しながら帰るというざっくりした計画。
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2023年に、奈良県の奥地天川村の洞川温泉に行き、修験者の修行のつもりで、女人禁制の山である大峰山(山上ケ岳)に登山しました。
なかなか良い景色だったので、2024年も同じ大峰山脈の支脈である観音峰を登ることにしました。ただ一日目はどうしても奈良の奥地なので移動日になるため、チェックインの夕方までに天川村に着けばいいやという感覚で、奈良観光しながら、南下することにしました。
まずほぼ思いつきで古墳を見ようという感じで、それなら初期古墳で大きめのものを見たいと思い、行燈山古墳(崇神天皇陵)を目指すことにしました。このエリアは、柳本古墳群と呼ばれる古墳がゴロゴロしているエリアです。また卑弥呼の墓説もある箸墓も近い。
京都駅からJR奈良線で奈良駅に出て、そこから桜井線に乗り換え柳本駅で降ります(1時間15分くらい)。そこから徒歩で古墳を目指します。 -
柳本駅に着くと、無人駅だった。
改札を出て、そこそこ広い駅舎内で汗を拭く。この日は酷暑日で奈良盆地の暑さが歩く前から感じられる。地元のおばあちゃんに、汗拭きシートだけでは暑い的なことを言われ、話しかけられる。
行燈山古墳(崇神天皇陵)を徒歩で目指します。すると道の途中に黒塚古墳という堀のある古墳があるらしいことが分かり、展示館もあるということなので行くことにする。駅から黒塚古墳までは7分くらいで行けそうです。黒塚古墳 名所・史跡
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イチオシ
住宅街を歩いてると、お堀とともに前方後円古墳が現われます。
黒塚古墳 名所・史跡
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黒塚古墳は、3世紀後半(古墳時代初期)の前方後円古墳です。この辺りは古墳の中でも古めのが多そうです。
しかも未盗掘だったらしく、色々発見されて、かなり考古学的に価値がある古墳だったらしい。
古墳の隣に併設されている天理市立黒塚古墳展示館に入ってみます。無料です。黒塚古墳 名所・史跡
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こちらが天理市立黒塚古墳展示館。涼むこともできそう。
天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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中は、なんと黒塚古墳の石室を完全再現していて迫力があります。もちろん発掘関連の展示も充実している。
天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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イチオシ
未盗掘でしたが、地震による影響はあったらしい。鏡はちょっと倒れています。石室は、棺まで両サイドにかなりの数の鏡が立てかけられていたようです。ということは、明かりを灯すと反射して中まで明るくなったという感じなんでしょうか。
天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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この黒塚古墳で発掘されたのは、33面もの三角縁神獣鏡です。1つの古墳からの出土数としては国内最多であり大発見だったようです。
天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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これらも発掘された三角縁神獣鏡です。四神四獣が描かれている。これらはX線調査で、大陸から来たものであると裏付けされている。
3世紀後半は三国志の時代。卑弥呼は魏と接点があったので、卑弥呼に続く古墳時代初期ならば魏から来たものかもしれません。
大陸由来の三角縁神獣鏡が一度に33面も発見されるということは、もしかしたら卑弥呼が魏からもらったと言われる銅鏡百枚と関係があるかもしれない。天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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こちらは1面だけ発見された画文帯神獣鏡です。
他の銅鏡と扱いが違い、なぜか被葬者の胸元・頭部付近に1面だけ特別に鎮座するように納められていたようです。天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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画文帯神獣鏡の説明。何故これだけは棺内にあったのだろう。
ここの鏡が、卑弥呼が魏からもらった銅鏡百枚のうちの33+1枚ということであれば、なぞの邪馬台国は大和にあった畿内説の可能性が高くなりますし、ここに埋葬されている人は邪馬台国でも相当地位が高い人と考えられます。
近くには、さらに大きい行燈山古墳(崇神天皇陵)や景行天皇陵、箸墓古墳がありますので、この一帯にあった邪馬台国は、大和朝廷の前身もしくはイコールの可能性も十分あります。
柳本駅にも、邪馬台国のまちっていうフレーズの看板もありました。
2階の展示は他にも色々ありました。天理市立黒塚古墳展示館 美術館・博物館
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受付には嘱託職員のおじさんが一人。客は誰もいない。なかなか内容が濃いし、夏休みなのに誰も来ていないのは勿体無いと感じる。目の前に小学校もあり、公園にも子供はいる感じだが、暑いからそんなに出歩いていないのかも。
かなり渋い古墳のクリアファイルが何種類か売っていたので一枚買うことにする。これから向かう行燈山古墳(崇神天皇陵)の航空写真のファイル。 -
裏面は柳本古墳群の地図になっています。激渋だ。
それにしても、これを見ても黒塚古墳はこの辺りだと小さい部類になりそうです。 -
展示館を出た後は、黒塚古墳そのものを登ってみます。公園のように古墳に入れる感じになっています。
黒塚古墳 名所・史跡
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こちらは黒塚古墳の真上です。ただの広場です。
先ほど展示館で見た石室は、この下にちゃんと埋め戻されているそうです。この写真のタイル張りになっている真下が石室だったらしい。黒塚古墳 名所・史跡
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引き続き、古墳を求める旅は続きます。住宅街を歩いてると、石碑が見えてきます。もう少し先に崇神天皇陵と景行天皇陵の古墳があるとのこと。
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車通りが激しい国道169号線の横断歩道を渡ると、到着です。柳本駅から寄り道しなければ、18分くらいで着きます。
崇神天皇陵 名所・史跡
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敷地に入ると、端っこを歩いていたアナグマが大急ぎで草むらに逃げて行った笑
崇神天皇陵 名所・史跡
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こちらは天皇陵ということなので、宮内庁管轄です。なので、積極的な発掘もされていない。
崇神天皇陵 名所・史跡
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イチオシ
行燈山古墳(崇神天皇陵)です。
大きいため、全容がつかめない。森になっていて、ただ小高い丘を見ている感じになる。古墳あるあるですね。崇神天皇陵 名所・史跡
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拝所となっています。
古墳の拝所でも、神社と同じ参り方となります。崇神天皇陵 名所・史跡
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柵や堀があるのでより遠くに感じるし、さっき紹介したクリアファイルの航空写真のような、前方後円墳の形を感じることは難しい。このまま降りて、濠端を巡ることもできそうですが、基本ずっと柵で囲まれている感じで、この炎天下なのでやめておくことにします。
さらに少し南に歩くと渋谷向山古墳(景行天皇陵)もあります。崇神天皇陵 名所・史跡
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拝所を降りて国道169号に戻ります。
国道を挟んで、和菓子屋さんがあります。
天皇陵の近くにあるので、その名も御陵餅本舗。御陵餅本舗 グルメ・レストラン
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御陵餅本舗 グルメ・レストラン
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御陵餅は、軽く焼きめの餅の中には、北海道産の小豆を使用したつぶ餡のお餅です。
白とよもぎの2種類あり、一賞味期限は翌日ので添加物なしだと思われます。10個入り1620円ですが、バラでも買えます。バラで何個か買いました。程よい甘さで美味しいです。
あと田舎おはぎというものもあります。御陵餅本舗 グルメ・レストラン
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奈良盆地の東の方の三重との境に近い南北に伸びる道は、山の辺の道といいハイキングコースとなっている。なんとくあることは知っていたが、日本で一番古い道ということは初めて知った。2日目は三輪の方に泊まる予定なので、挑戦したいと思います。
天川村で登山の後の2日目に泊まる予定の三輪ですが、現時点で距離的に近いので、一応先に三輪山の大神大社(三輪明神)にお参りしたいと思います。
御陵餅本舗の近くのバス停柳本から国道169号で南下し、三輪明神参道口バス停まで乗ります。途中、卑弥呼の墓説もある箸墓古墳(初期の最大級の古墳)も通りましたが、森みたいになっている。 -
イチオシ
三輪明神参道口バス停まで8分ほどで着きますが、その参道口から、三輪街道なるものを歩いて、三輪駅近くの線路を超えて、15分くらい歩き続けて、三輪明神(大神大社)に到着する。
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日本最大の大鳥居。
大神大社は、三輪山を御神体としています。 -
三輪山自体が御神体であり、本殿が存在しない特別な神社となっています。お参りする人は拝殿で、山に向かって参拝することとなります。そしてこの地図のとおり、いろいろな神社もたくさん存在しており、三輪山の神様は紀記にも登場して、いろんなエピソードがあるため、日本成立する以前から何かしら影響力がある地域だったと思われます。
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大鳥居をすぎて、大神神社に行く途中に、大神教本院という建物があります。
三輪へ参らば上下かけよ どちら欠いても片参りと書かれた看板もある。
下というのが、こちらになります。 -
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特殊な鳥居があります。
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天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神こと「造化三神」を表しているのが、この「三柱鳥居」だそうです。古事記などで出てくるイザナギ、イザナミよりさらに前の天地開闢のときに現れた神々のことです。
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大神大社の下の宮である大神教については、
ざっくり言うと明治にできたもので、
明治政府の国家神道の一環で、社教分離令が出され、神社の中では布教活動ができなくなり、お守りやお札とか販売できなくなった。そこで大きい神社では信仰が失われないように、布教活動や商売活動を行う小教院というもの作った。大神大社の小教院がこの大神教だったそうです。
その後、国の国家神道政策は失敗に終わり、、小教院も不要となるが、大神教として独立して、今に至るようです。教えを広める部門だけが独立して一宗教法人になっているという感じ。 -
お参りした後、上の大神神社にお参りします。
大神神社 寺・神社・教会
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二の鳥居
大神神社 寺・神社・教会
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参道
大神神社 寺・神社・教会
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いわれ。
大神大社の祭神は、大物主神であり、大国主神の和魂のことだということです。大国主神が国造りに尽力しているときに現れた和魂を三輪山に鎮められたということだそうです。日本最古の神社とも書かれています。
またこの辺には、崇神天皇から飛鳥時代までの皇居遺跡がたくさんあると書いてありました。まさに昔の日本の中枢だったようです。大神神社 寺・神社・教会
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手水のあと、拝殿前の大しめ縄を通ります。
大神神社 寺・神社・教会
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大神神社 寺・神社・教会
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こちらが拝殿、拝殿の向こう側は山の木々が見えます。神聖なエリアで、パワーが得られるな感じがしますね。
大神神社 寺・神社・教会
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御神体の三輪山には、事前に申し込めば登山することができます。御神体の山に登るにはルールがあるようです。
大神神社 寺・神社・教会
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三輪の神様の荒魂を祀る狭井神社に向かいます。
狭井神社 寺・神社・教会
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意外と歩きます。10分くらいかかった。
狭井神社は、11代垂仁天皇の時代にできたそう。
病気平癒の神様として知られ、医薬関係者が来る鎮花祭(薬まつり)というのもあるらしい。狭井神社 寺・神社・教会
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万病に効くとされる「薬井戸(御神水)」が汲めます。
狭井神社 寺・神社・教会
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狭井神社 寺・神社・教会
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まだまだありますが、この日は天川村に泊まりますので、三輪をあとにします。電車で南下します。
明後日は、三輪山にゆっくりお参りしに戻ります、三輪でも泊まる予定です。三輪駅 駅
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三輪駅から万葉まほろば線で高田駅に出て、そこから和歌山線に乗り、吉野口駅まで乗り、そこかで吉野線に乗り、下市口駅で降ります。さらにここから1時間弱洞川温泉行きのバスに乗り、天川村のある天川川合のバス停で降ります。
合計で三輪から2時間25分かかりました。着いたのは5時15分くらい、チェックインにちょうど良い時間。
2日目へ(近日公開予定)
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