2026/08/01 - 2026/08/12
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j-ryuさん
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★インド最北端でパキスタンや中国と国境を接する
ラダック&ザンスカールに行ってきました。
平均標高が3500m~4000mと私が訪れた国や地域の中でも
群を抜く高度です。
そもそもラダック&ザンスカールって聞き慣れない地名だけど
何があって何が見所なの?
ざっくり言えばヒマラヤに囲まれだ荒涼としたチベット仏教の
祈りの大地と言った感じです。
Part4では。ザンスカールの中心地パドゥムを拠点に
周辺の歴史ある僧院(ゴンパ)を訪ねました。
なんと今日も昨日に続き僧院(ゴンパ)巡りです。
体調がイマイチな上にチベット仏教に大きな興味が無い私に
ゴンパ巡りはある意味修行(苦行)のような観光です。
この旅行は事前から僧院見学が多い事は
知ってはいましたが、それにしてもちょっと多すぎかな(--〆)。
あまりに高尚すぎて馬の耳に念仏、犬に論語、牛に経文状態。
せめてその半分の時間を高山植物見学に
あてて欲しかったのが本音です。
でも観光最終日には天空の湖や高山植物見学があるので
それを楽しみに苦行に耐えたいと思います(^-^;。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
★2026年 8月:インド最北端・祈りの大地・ラダック&ザンスカール
大紀行12日間 スケジュール
8/1(土) 自宅→東北線→新白河(新幹線)→上野→両国
◎ホテルリブマックス両国泊
8/2(日)羽田空港(11:50)AI357(エアインディア)→
17:30(デリー) 飛行時間9時間10分
◎デリー/ディベンチャーサロバールボルティコ泊
8/3(月) デリー空港(07:05)→ラダック/レー空港)(08:15)
(09:00)4WD専用車→アルチ《3165m》
ザンスカール川とインンダス川合流地点、アルチ僧院。アルチ村散策
◎アルチ/ジムズカンホテル泊
8/4(火)(08:00)4WD専用車→ムーンランド→ラマユル僧院
→フォトゥ・ラ峠《4029m》→ナミカラ峠《3720m》
→17:00(カルギル)《2705m》
◎カルギル/ゾジラホテル泊
8/5(水) (07:00)4WD専用車カルギル→バルカチック氷河/ヌン峰
《7135m》クン峰《7087m》→ペンシラ峠《4401m》
→ダラン・ドゥルン氷河→ザンスカール/パドゥム
◎パドゥム/ポタラホテル泊
8/6 (木)ザンスカール・パドゥム近郊観光
カルシャー僧院、ゾンクル僧院、サニ僧院など
◎パドゥム/ポタラホテル泊
8/7(金) ザンスカール・パドゥム近郊観光
パルダン僧院。トンデ僧院、
→ザンラ《3500m》ザンラ僧院。ザンラ旧王級跡
◎パドゥム/ポタラホテル泊
8/8(土) シンギラ峠《5050m》→ワンラ僧院→ラマユル
◎ラマユル/ナムキラホテル
8/9(日)(09:00)→レー
シャンティストゥーパ、ナムギャル・ツエモ、バザール
◎レー/ホテル・アエロラダック
8/10(月) レー→チャンラ・峠《5360m》→パンゴン・ツオ《4250m》
◎レー/ホテル・アエロラダック
8/11(火)(12:10)AI2464→デリー(13:35)
デリー(18:10)AI358→飛行時間8時間5分
8/12(水)
AI358→羽田(05:55)
→羽田→上野→
東北新幹線→新白河→東北線→自宅 -
★羽田→デリー&ラダック ルートマップ(※Google mapに加筆)
https://www.google.co.jp/maps/@22.2212864,100.9085932,4271305m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgxOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
東京からデリーまで往きは9時間10分。
デリーからレーまでは1時間10分。
帰路、デリーから東京までは偏西風に乗り8時間5分。 -
★ラダック&ザンスカール ルートマップ
西遊旅行HPより
https://www.saiyu.co.jp/itinerary/new/GDIN43/
ラダック&ザンスカールは西でパキスタン、北で中国に接する
インド最北の国境地帯です。 -
★ザンスカール・パドゥムの僧院ルートMap
※Google Mapに加筆
https://www.google.co.jp/maps/@33.5419525,76.7468052,21245m/data=!3m1!1e3?hl=ja&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDkzMC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
8/7(金)06:10
おはようございます。
今朝も私の部屋から北東側の眺めをご覧いただきます。
山頂にほんの少し雲がありますが素晴らしい青空です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
この雪山はT20(6157m)。
雪の部分は真夏の今でも解けない氷河でできています。
(実際は解けていますが・・・) -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
この山は上記T20(6157m)の右手に聳える尖峰ですが
名前(山座)は調べ切れませんでした。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
残雪(氷河)の様子から標高は6000m級だと思われます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
このT20(6157m)や上記の尖峰はヒマラヤ山脈北部の
峰々の一角をなしています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
上記の写真はズームアップで撮影していますが、
ワイド端で撮るとこのようなパノラマが
広がっています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
私が今回ザンスカールの山を調べるにあたって
山座や標高を参考にさせていただいたのは
京都大学山岳会の『ザンスカール(インド・ヒマラヤ)登山小史』です。
https://www.aack.info/ja/news/2015MAYsakamoto/Zanskar.html -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
-
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
ただ、残念ながらこの尖峰の山座は
『ザンスカール(インド・ヒマラヤ)登山小史』に
写真付きでは紹介されていないので名前も標高も分かりません。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
-
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
上記の尖峰を含めパドゥムの西に連なる山は
『ザンスカール(インド・ヒマラヤ)登山小史』では
ゴンペ谷山域と呼んでいて、
広域的にはヒマラヤ北部に当たるようです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
-
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
パドゥム盆地の北西に連なるゴンペ谷山域
2016年頃はまだ未踏峰の山が多かったようですが
その後に登頂されたのかは分かりません。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
-
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
このT20の山頂を覆う雪の塊は氷河で
こちらからは真正面から見ると氷河と言うより巨大な氷塊にみえますが
横から見ると縦長に見え氷河らしい姿に見えます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
こちらは上記のゴンペ谷山域とやや反対側(北)に連なる
ザンスカール山脈の一座で、
手前はパドゥムの市街地の一部です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
上記のザンスカール山脈をズームアップしてみました。
パドウムの街じたいが標高3565mもあるので
これらの峰々は4000mは優に超えているでしょう。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルポダラからの眺め
シンボリックな岩の尖峰ですが山座は調べ切れませんでした。
地元の人なら知っているかもしれませんが
えてして『あの山は何といいますか?』と質問すると
『山』と答える場合がけっこうあります。
これだけ山が多いといちいち名前を付けないのかも。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルの朝食
8/6(木)07:30
朝食は日替わりバイキング形式ですが
食欲が無かったせいかどんな料理が並んでいたか
ほとんど覚えていません(=_=)。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテルの朝食
今朝も体調がイマイチで食欲はありませんでしたが
無理して少しでも食べるよう努めました。
黒っぽのは添乗員さんが作ってくれたインスタト味噌汁です。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
朝食後、9時にパドゥム市街地南東のツァラプ川沿い断崖に建つ
バンダル僧院を訪ねました。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
僧院の下を流れている川はツァラプ川(トサラップ川)で
パドゥム盆地の中央でストッド川と合流し
ザンスカール川になります。
ザンスカール川はラダックのニエモ近くで
インダス川に合流し、やがてパキスタンでアラビア海に注ぎます。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
チベット仏教の僧院はなぜ断崖や山腹に建設されるのかというと
崖や山腹の僧院は、修行に適した隔絶性、聖地としての象徴性、
守りやすさ、そして高原の地形条件が重なって生まれたものです。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
川と僧院の高低差がこれだけあれば
かなり大きな土石流が発生しても大丈夫でしょう。
ただこの岩峰じたいの崩落の方が心配かも。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
今でこそ、僧院のそばを舗装道路が走っていますが
交通が未発達の時代に建材をこんな辺鄙な場所まで運んだ上に
地形が地形だけに難工事だった事は想像に難くありません。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
特に外壁工事は難儀で機材が発達した現在でも
修復や修繕は命がけではないでしょうか。 -
★ザンスカール・パドゥム~ツァラプ川
写真の上の方が下流でパドウム盆地方面です。
ヒマラヤ山脈からの雪解け水こそ流れていますが
雨は極端に少ないので緑は殆どありません。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
それでは門をくぐりバンダル僧院を見学します。
門に上にはチベット仏教の象徴とも言える
黄金の鹿と法輪が掲げられています。
金鹿と法輪はチベット仏教の八吉祥の一つに属し、
チベット仏教の象徴的なシンボルです。
法(ダルマ)が尽きることがなく、
あらゆるものに仏性があることを象徴しています。
また、ブッダが初めて説法を行った鹿野苑で、
一対の従順な鹿がひざまずいて説法を聞いたことを
記念するものです。
この吉祥の飾り物は、通常は寺院の本堂の中央に置かれています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
バルダン僧院は、17世紀に建立され河畔の大岩の上に建つ
僧院で、ザンスカール地方のドゥク・カギュ派を統括する僧院です。
砦のような様式は軍事目的も兼ねていたと言われています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
現在は約40人の僧侶が所属しているとの事です。
元々は向かいの岩山の山上に1000年前に開かれた
僧院(現在は廃墟)がありました。
そこから一羽のカラスが1つのバター灯を
運び去り落とした場所を吉兆と考え、
現在の場所に僧院を建てたという言い伝えが残っています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ザンスカール地方のチベット僧院にしては珍しく
美しい花壇がありました。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
花はキンセンカやヤグルギクなど日本で栽培が盛んな花ですが
半砂漠地帯なので栽培管理は日本以上に手間がかかると思います。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院近くの集落
バンダル僧院とツァラプ川(トサラップ川)を挟んだ
対岸に小さな集落が見えます。
この辺りは雨が極端に少ないので
谷上部から雪解け水を用水路で漑灌しているのだと思います。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
本堂の正面屋根にもチベット仏教の象徴とも言える
黄金の鹿と法輪が掲げられています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
左の赤いスカートはいた赤毛のカツラのようないで立ちの人は
バンダル僧院の修行僧で我々を案内してくれる人です。
失礼な言い回しですが
一見カツラぽいのは赤い冬用ウシャ(僧帽)で、
スカートのようなものは法衣です。
後ろ向きの人は添乗員の堀越さん、
グレーの服は現地ガイドのアルーさん -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ドゥカン(勤行堂)では。壁画や色彩美しい
様々な曼荼羅を見ることができました。
他の僧院で見てきたものとは雰囲気が異なり、
一種の怪しさと神聖さを感じさせる曼荼羅でした。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
興味深いものとして阿弥陀如来が中央に配置された曼荼羅です。
ラダック・ザンスカール地方には胎蔵界マンダラの流れはありません。
かわりに金剛界マンダラが実に儀軌正しく残されているだけではなく、
その中尊の大日如来が、後には無上瑜伽タントラ(
8 世紀後半以降に作られたインド後期密教経典群の
チベット仏教における総称)の代表尊である
勝楽(チャクラ・サンワラ)、
文殊菩薩の化身と言われる怖畏金剛、
カーラ・チャクラ(時輪金剛)など、後期密教の仏たちに変わって、
様々な変容を見せています。そのため、
僧院内で見られる曼荼羅も多種多様。非常に見応えがあります。
とのことです(添乗員・堀越さんの解説) -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
バンダル僧院ドゥカン(勤行堂)には
たくさんのタンカ(仏教画)が掲げられています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
壮観な壁一面のタンカ(仏教画)群。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ドゥクパ・カギュ派('brug pa bka' brgyud)
リンレーパ(ドルジェギェルポの弟子)の弟子の
ツァンパ・ギャレー、イェシェー・ドルジェに始まる。
南ドゥク派(ロ・ドゥク派)はブータンの国教。
1616年、ドゥク派は第16代教主の座をめぐって内紛を起こし、
南ドゥク派と北ドゥク派の2派に分裂した。
これは、それまで座主職を相伝してきたギャ氏から
ガワン・ナムゲルが立ったのに対して、
反対派が「15世の化身ラマ」を推戴したことによる。
この政争に敗れたガワン・ナムゲルは南方のモン地方に移り、
そこにおいて政権を樹立した。
これがブータン国家(「ドゥク・ユル」)の起源になりました。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
チベット仏教でも当然線香は焚きますが
燈明の方が長時間灯っているので印象的です。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ドゥカン(勤行堂)にはたくさんのミニストゥーパも
安置されています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
特にこのストゥーパは高僧のものだと思います。
遺影も添えられていますが、門外漢には誰だかさっぱり
分かりません。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ドゥカンでは過去・現在・未来の「三世仏」が本尊として祀られ、
釈迦牟尼像を中央にして、燃灯仏が左に、弥勒菩薩が右に
配置されていました。
仏教では「有為の事物は一刹那の間も止まらず、
生じ終わると直ちに滅す。
よって来生を未来世となし、生じたるを現在世となし、
滅し終えたるを過去世となす。」という教えがあり、
時間を実体的に捉えず、つまり実在する
ものとは見ない、変化してゆく現象や存在の上で、
仮に3つの時間的な区分を立てるに過ぎないとしています。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
-
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
★過去・燃灯仏…釈迦が未来において、悟りを開き釈迦仏となるで
あろうと予言(授記という)した仏。
★現在・釈迦牟尼…釈迦は現世における唯一の仏。
無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆の仏である。
★未来・弥勒菩薩…現在仏である釈迦牟尼仏の次に仏となることが約束された菩薩。釈迦の入滅後56億7千万年後の
未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
バンダル僧院は特にタンカ(仏教画)の多さが
とても印象的です。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
-
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
素人には官能的に見える歓喜仏(ヤブユム)
ヤブユム(チベット語: Yab-yum、逐語的には「父上-母上」)は、
インド、ブータン、ネパール、チベットの仏教美術において
よく見られる、男性尊格が配偶者と性的に結合した状を描いた
シンボルである。
男女両尊、父母仏、男女合体尊。
歓喜仏とも呼ばれているが、名称や像容の似る歓喜天(聖天)と
しばしば混同される。
男性尊格が蓮華座にて座し、伴侶がその腿に腰かける座位の構図が一般的である。この交合の表現をもって空性の智慧(女性原理、自利)と慈悲の方便(男性原理、利他)との一致を体現した仏陀の境地=大楽を表している。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
仮面舞踏に使う仮面が幾つも飾られていました。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
チベット仏教は大きく分けて、以下の4つの宗派に分かれます。
①ニンマ派
8世紀頃に成立したとされるチベット仏教最古の宗派。
開祖はインドの行者グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)。
ニンマとは「古い」という意味。
②サキャ派
11世紀に興り、13世紀にはサキャ・バンディタがモンゴルへ布教を
行ったことから、 モンゴル帝国との結びつきが強い。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
小ぶりながらとても美しい十一面千手千眼観音。
③カギュ派
11世紀に成立。インドの密教行者ティローパ、
その弟子マルパの教えを受け継ぐ。
カルマ・カギュ、ドゥクパ・カギュ、ディグン・カギュなど
多くの分派に分かれ、密教色が強い。
ブータンやラダックで盛ん。
④ゲルク派
15世紀に成立した最も新しい宗派であり、最大宗派。
ダライ・ラマも所属。
開祖ツォンカパ大師は戒律に厳しく、顕教をマスターしたものにだけ
密教の修行を許すシステムを定めた。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
釈迦牟尼…釈迦は現世における唯一の仏。
無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆の仏です。
しかし老婆とは思えぬ若々しく美しい 釈迦牟尼ですね。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院
ドゥカン(勤行堂)の中庭では
参拝者にふるまわれる無料のチャイが用意されていました。 -
★ザンスカール・パドゥム~バンダル僧院近くの集落
バンダル僧院から望んだこの集落だけが
緑があふれています。
雪解け水の灌漑があってこその営みですが
地球温暖化の影響があるのではと危惧します。 -
★ザンスカール・パドゥム~ツァラプ川支流
ツァラプ川に流れ込む支流です。
この支流も氷河や残雪の雪解けが水源だと思われます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏
バルダン僧院の見学後は、パドゥム市街地に戻り、
ツァラプ川(トサラップ川)沿いにある
ギャワ・リンガ磨崖仏を見学しました。
この黄金のブッタ像はギャワ・リンガ磨崖仏への
入り口にありまだ新しい寺院のようです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
ギャワ・リンガ磨崖仏に向かう道沿いの草原に
何種かの山野草が咲いていました。
これはザンスカールゲラニュームの仲間かな?
◎ゼラニウム・サクサタイル カール&キル
Zanskar Geranium(フウロソウ科フウロソウ属)
フウロソウ属(風露草属)、学名 Geranium)は、
フウロソウ科に分類される多年生草本植物の属の名称で
420種以上が確認されている。
フウロソウ属の学名は Geranium だが、
日本で園芸用に栽培される品種などで「
ゼラニウム」と呼ばれる品種はテンジクアオイ属であることが多く、
本属の種は多くが○○風露(フウロ)と呼ばれている。
英名では本属とテンジクアオイ属をあわせて
"Geranium" と呼ぶ場合が多い。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
これらの植物は地元では雑草かもしれませんが
パドゥムは標高3565mもあるので
日本なら立派な高山植物です。
この花はマメ科のヒトツバエニシダ(Genista tinctoria)に
似ていますが正確には分かりません。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
チコリの花に似ていますが正式名は分かりません。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
ノバラの実。
花色はおそらくピンクだと思います。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
これは日本のゲンノショウコに近いフウロソウの仲間だと思います。
ザンスカールゲラニュームに似ていますが
花が小型で葉っぱの切れ込みが細かい。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏
ギャワ・リンガ(金剛界五仏)磨崖仏は一枚岩に彫られた
服装の片袖が長いチベット服である点から、
おそらく吐蕃占領時代(8~9世紀)に彫られたものと言われています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏
岩の西面に左から「宝生如来」「阿閦如来」「大日如来」
「阿弥陀如来」「不空成就如来」が並び、
さらにその右にはチャンバ(弥勒菩薩)が彫られています。
ストゥーパなどの彫刻も見ることができます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏
Gyalwa Ringna(ギャワ・リンガ)は、
インド北部ラダック地方・ザンスカールの中心地パドゥム南東、
川岸近くにある仏教遺跡です。
大きな岩に、5体の坐仏が横一列に彫られており、
「五仏」または「五智如来」の磨崖仏として紹介されています。
ガンダーラ様式の影響を思わせる造形が特徴です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏
白鳥のような鳥が彫られています。
白鵠(びゃっこう)は、白鳥または天鵞(てんが)
(天の鵞鳥(がちょう))ともいわれる水鳥。
コウノトリともいわれるが、白い美しい鳥で声と共に
姿の美しさからもお浄土と仏さまの清らかなることを象徴しています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
◎ゼラニウム・サクサタイル カール&キル
Zanskar Geranium(フウロソウ科フウロソウ属) -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
◎シチェルビタ・マクロリザ
Cicerbita macrorhiza
Cicerbita macrorhizaは多年生の草本で、高さは10~50cmで、
茎は房があり、半直立で分岐しています。
葉は無柄です。花の花はモーブと青、鐘の形をしています。
種名macrorhizaは、細長い大きな台木を意味します。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
英名はViolet Dandelion(スミレタンポポ)
チベット周辺に広く分布します。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏周辺の山野草
おそらくヨモギ属の花だと思いますが
花盛りなのか花の終盤なのか判別しくくい花です。 -
★ザンスカール・パドゥム~パドウム・ゴンパ
ギャワ・リンガ磨崖仏の南の方の丘に寺院が見えました。
Google mapで調べたらPadum Gompaと言うようです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏近くのブッタ像
-
★ザンスカール・パドゥム~ギャワ・リンガ磨崖仏近くのブッタ像
上記のブッタ像の左正面からの構図です。
Google mapでは確認できなかったので
かなり新しいのかも知れません。 -
★ザンスカール・パドゥム~モスク
ザンスカールの商業&行政の中心地であるパドゥムは
大雑把にはチベット仏教徒が多い街ですが
イスラム教徒もかなりいるらしくモスクも何軒か見られました。
玉ねぎ型の尖塔(ドーム)は確かにモスクですが、
建物じたいはチベット風でもあります。 -
★ザンスカール・パドゥム~果物店
2軒が隣り同士の果物屋。
日本でも秋葉原や合羽橋など同業種が集中する
商店街は幾つもありますが、
こんな子規模の果物屋が隣り合う意味があるのだろうか? -
★ザンスカール・パドゥム~ホテル・ポタラ
午前中の苦行(観光)が終わり、ホテル・ポダラに
戻ってきました。
ホテルのそばにはチベット仏教の街らしく
大きなマニグルマ舎があります。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテル・ポダラでのランチ
ホテル・ポダラのレストランで昼食です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ホテル・ポダラでのランチ
高山病予防薬のダイヤモックスは服用しているのですが
食欲不振とけだるさは良くなりません。
ダイヤモックスは予防薬であって治療薬では無いので
ただちに快復するものではないようです(--〆)。 -
★ザンスカール・パドゥム~カルシャ僧院
午後はトンデ僧院やザンラ僧院など再び苦行(観光)です。
トンデ僧院に向かう途中、パドゥム盆地の反対側(西側)の
山腹には前日に訪れたカルシャ僧院や
チュージグザル僧院 (尼僧院)が望めました。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
向こうの山の中腹にこれから向かうトンデ僧院が見えています。
けっこう高所にありますね。
カタカナ表記ではトンデ僧院ですが
英語ではStongdey Monastery(Gonpa)と言います。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
トンデ僧院の駐車場までやって来ました。
当然、ひと昔前までは徒歩だったと思いますが
今は車で門前まで辿り着けるのですから
便利な時代ですね。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
パドゥム盆地の向こう(東)にはホテル・ポダラの部屋からも
見えていたゴンペ谷山域の峰々が望めます。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
中央少し右手の山がT20(6157m)
T20の左手がT16(6431m)
一番左端がT15(6431m) -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
トンデ僧院からワイドで望んだパドゥム盆地です。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
盆地の中央の川は左手がツァラプ川(トサラップ川)で
右手がストット川です。
盆地中央で両川が合流しザンスカール川になります。
ザンスカール川は山脈の間の深い谷間を流れ
ラダックでインダス川に合流します。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
ビューポイントから右手にパンするとトンデ僧院本堂が見えます。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院かの眺望
トンデ僧院の麓はグリーンベルトになっていて
主に裸麦やジャガイモなど作っています。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院かの眺望
この棚田のような穀倉地帯の水はザンカール川からの灌漑ではなく
トンデ僧院北側に連なる山々(ザンスカール山脈)の
雪解け水の灌漑に頼っています。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院かの眺望
ザンスカールの畑が丸みを帯びている主な理由は、
山地の起伏、灌漑水路、限られた耕地を無駄なく
使う必要があるためです。
きれいな幾何学模様というより、自然条件に合わせた形です。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
トンデ僧院本堂の外観は僧院と言うより昭和時代の
リゾート風旅館っぽい感じ(^-^;。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
トンデ僧院の中庭にも小さな花壇がありキンセンカなどが
花盛りでした。
緑が少ない地域なので花を見るとほっとします。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
日本の幟(のぼり)のような縦型タルチョ。
タルチョは、ルンタとも言われます。
●タルチョの中央に描かれている馬を指してルンタと言う説。
●タルチョ自体の別名としてルンタと言う説。
●タルチョの掲げ方の違いによる説。
▲旗を横長に掲げるとルンタ(橋の欄干などに掲げられている様式)
▲三角錐形に掲げるとタルチョ(寺院の塔頂から四方八方に
掲げられている様式) -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
チベットの僧院の多くは外壁が白い漆喰塗りですが
ここトンデ僧院は板張りが多いので他所とは違う印象がします。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
トンデ僧院はゲルク派の僧院で、カルーシャ僧院に次ぐ規模です。
開祖はカギュ派の祖師マルパ(11 世紀)と伝えられていますが、
当時の遺物は何一つ残っていません。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院
15 世紀、ギャムツァンパ・ルドゥブ・パルザンパによって
ゲルク派に改宗され、その後次々と規模を拡張し、
現在では大僧院となっています。
約60名の僧侶が所属しているそうです。 -
★ザンスカール・パドゥム~トンデ僧院からの眺望
本堂の窓越しに見下ろすパドゥム盆地。 -
★ザンスカール・パドゥム~褶曲山地
トンデ僧院を後にしさらに北上しザンラ僧院に向かっています。
盆地とザンスカール川を挟んだ向こうには
くねくねと美しくうねった褶曲山地が見えます。 -
★ザンスカール・パドゥム~褶曲山地
褶曲地層の中でも赤い地層が印象的です。
地層が赤く見えるのは、中にふくまれる鉄が酸化して
赤さびのような色になったためです。
特に、乾燥しやすく酸素の多い環境で堆積したり、
あとから風化したりすると赤くなりやすいです。 -
★ザンスカール・パドゥム~褶曲山地
赤い地層は、暑く乾いた気候や酸化的な堆積環境でできやすいです。
川や湖のまわりでも、鉄分が運ばれて酸化したまま
保たれると赤色になりやすいそうです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院ブッタ像
ザンラ僧院にやってきました。
本堂から望んだ黄金のブッタ像。
これはブッタで間違いないと思いますが
同じように座禅を組んだ高僧の像もあるので
螺髪(髪型)かどうかかが見分けポイントです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
可愛らしい尼僧がこちらを見ています。
そう、ここザンラ僧院は尼僧院で
子供も一端の修行僧扱いです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院のマニ車
ザンラ僧院 は
正式にはザンラ・チョモ僧院といい、
「チョモ」とは「尼僧」のことで、ここはゲルク派に属する尼僧院です。
尼僧は20人程駐在しています。境 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
とても美しい千手千眼十一面観音ですが
残念ながらガラスケースの中なのでハレーション気味です。
観音様は女性のように見られることが多いですが、
仏教では基本的に女性と決まっているわけではありません。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
こちらも上記とは違う千手千眼十一面観音です。
日本では、観音様はやさしさや慈悲のイメージから、
女性的なお姿で表されることが多いです。
母のような表現は、女性そのものというより
慈悲のまなざしを表しているとされています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
美しい仏画(壁画)の数々。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
堂内の壁画はトンデ僧院と同様に黒地に白線で描かれた仏画が
ありました。
その仏画の多くが歓喜仏(ヤブユム)です。
俗人の私には艶めかしく見えますが
本当は神聖な姿なんです(^-^;。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
本堂の見学後は
小さな尼さんたちが学ぶ教室にお邪魔しました。
日本で言えば幼稚園&小学校のような施設です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院
訪れた時間は放課後で、独立記念日(8月15日)が近いため、
その準備が進められていました。
一番小さな尼さんは4歳だそうです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院から望むザンラ旧王宮
ザンラ僧院見学後は同じ山域でザンラ僧院から東の山腹に見える
旧ザンラ王宮に向かいます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ僧院から望むザンラ旧王宮
遠目では王宮と言うよ砦のように見えます。
ザンスカールやラダックの旧王宮は
多くがこのような険しい岩山の上にあります。
防御的には優れていますが、兵糧攻めにあったら
直ぐに陥落してしまうようが気がしまた。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
ザンラ旧王宮の山麓には朽ちかけたストゥーパ群がありました。
チベット仏教と統治が密接に関わっていたのでしょう。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
旧王宮の背後の山には夏でも残雪があるので
水は雪解け水で賄っていたのだと思います。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
朽ちかけたストゥーパ群。
ザンスカール人はチベット仏教徒が多く信心深いですが
豊かな地域では無いので人里離れたストゥーパの修復に
ゆとりが無いのでしょう。
諸行無常を感じます。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
ザンラ旧王宮から写真右手に先ほど訪れた
ザンラ僧院が見えています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
ザンラ旧王宮麓の駐車場から石段を登り旧王宮建物に向かいます。
この辺りは既に標高が3800mを超えているので
この程度の階段でも息がゼイゼイします (--〆)。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
向こうにザンラ僧院、手前にストゥーパ群。
旧王族もこの景色を眺めていたのでしょう。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮に咲く花
岩場でアンビレアの仲間のような花が咲いていました。
アンビレア属は、キク科オグルマ連に属する植物の分類群です。
主に中東や北アフリカなどの乾燥地・砂漠地帯に自生しており、
世界で数種のみが確認されている非常に小さな属です。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮に咲く花
年間降水量が100mm~200mmと言う極端な少雨のこの地の
それも岩場で生きているのですから
相当乾燥に強いようです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮に咲く花
花そのものは日本のオグルマに似ていますが
乾燥地帯に咲くせいか全体にカサカサした印象がします。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
階段の途中から見上げたザンラ旧王宮。
近くから見ても王宮と言うよりは砦みたい。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
このストゥーパはザンラ旧王宮デハ比較的新しいようです。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
ザンラ旧王宮の真下まで登ってきました。
重厚と言うよりは無骨って感じ。
人が住むより見張り用って感じがします。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
王宮の役目もあったのかも知れませんが
ライン川沿いの小さなお城のように
川を通る船を見張って通行税を取ることと、
周辺を守ることが大きな役目のような気がします。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
旧王宮跡は、「ジョン・カル」とも呼ばれます。
標高 3760m、眼下に渓谷が広がり、
今は廃墟となった旧王宮の遺跡感が醸し出す雰囲気は、
特別なものがありました。
王宮は三階建ての建造物で、上部(上階)がやや狭まった
台形をしており、典型的なチベット風建築です。
比較的保存状態は良いのですが、現在は廃墟となっています。
ハンガリー人の若者たちが毎年修復作業で訪れています。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
当時はどんな装飾がされていたかは分かりませんが、
外観も内部もとても王宮とは呼び難い無骨さです。
やはり王宮と言うよりは、実態は砦で、
良く言えば城塞かなって感じ。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
旧王宮跡では、アレキサンダー・チョーマ・ド・ケレスの
住んでいた部屋を見学しました。
アレキサンダー・チョーマ・ド・ケレスは
チベット学の先駆者として名高く、19 世紀前半にザンスカールや
キナウルに長期滞在し、チベットの歴史・仏教・言語について
初めて詳細な研究を行ったハンガリー人です。
ハンガリーで文学・語学・歴史を先行していたアレキサンダーは、
1823年ラダックへ向かい、当時ラダックに停滞していた
イギリス人の探検家の紹介でザンスカールのザンラに滞在
(1823年6月~24年10月)、
ヨーロッパ人として初めてザンスカールへ訪れた人物となりました。
チョーマはザンラ王家の歓迎を受け、
王城の一室に住むことを許されました。
世界初の蔵英辞典チベット史、チベット語文法などの著書を残しています。
部屋の入り口には彼の著書である蔵英辞典が置かれていました。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮
眺めは素晴らしいですが、高標高&極寒の地で
粗末な囲炉裏以外暖房もなくアレキサンダー・チョーマ・ド・ケレスは
よく住めたものだと感心します。
生涯独身で禁欲的だったという話があるくらいなので
こんな辺境の地でも学問に励めたのでしょう。 -
★ザンスカール・パドゥム~ザンラ旧王宮マニ石
自然石に篆刻したマニ石がたくさん奉納されていました。
マニ石は、石の表面に六字真言や経文、仏さまの図像などを刻んだ石です。
チベット仏教の信仰で広く見られ、祈りや供養の意味を持ちます。
この日の苦行(観光)はザンラ旧王宮でお仕舞でしたが
なぜかこの後の写真が夕食をはじめ一切ありません。
恐らく体調が優れず食欲も無かったので夕食はパスして
早めに寝たのかも。
それさえ覚えていないのですから、最悪の体調だったのでしょう。
でも観光はこの後も続くし、標高もほぼ3500m以上の場所ばかりで
最終観光日には標高5000m越えも待っています。
果たして無事旅行を続けられのでしょうか?
体調が良くないのは私ばかりではなく、約半数(6,7人)が
体調が悪いようです。
これで★インド最北端・祈りの大地・ラダック&ザンスカール
大紀行Part,5はお仕舞です。
いつも最後までご覧下さりありがとうございます。
ではまた。 j-ryu
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