2026/09/08 - 2026/09/08
1186位(同エリア1210件中)
ちちぼーさん
いろいろと出発前にトラブルもありましたが、そのおかげもあってワルシャワに時間をとることができました。
ワルシャワの街に到着したのは16時過ぎ。
一番行きたかった「ワルシャワ蜂起博物館」は火曜日でお休みでしたが、短時間だけどワルシャワの街を歩くことにします。
滞在時間が短いから、本当は前話とまとめて1つにするつもりだったのに
出発前を語りすぎて、力尽きたので2つに分けました。
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出発に時刻が早いので、成田に前泊しました。
インターナショナルガーデンホテル成田 宿・ホテル
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今回はポーランド航空に乗ってワルシャワへ向かいます。
一部にはお金を払って苦痛を買うと言われているらしいポーランド航空。
確かにエコノミーの座席はLCCレベル。
でもラッキーなことにバルクヘッドに座れたので、足元はちょっと広めで何年かぶりの海外旅行で窓側。 -
空港から街まで24時間券を購入して移動しようと思ったのに、切符買うのに失敗したけどワルシャワの街まで行くことができた。
これは切符じゃありません。 -
滞在時間が短いのでワルシャワの宿はドミトリータイプ。
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ここに来たときは大柄な男性たちが、たばこを片手にアルコール?を飲んでいて、
ちょっやばいところに来ちゃった?とビビった。
急いで部屋を出たのだけど、ワルシャワで一番の目的「ワルシャワ蜂起博物館」は火曜日が休みだとこの時気が付いた。
父は、戦争体験者として晩年は反戦のための講演なども頼まれたりしていて
だから行こうって決めていた。
ワルシャワのことが理解できるかと思ったし、ここへ行けば父がこの旅を許してくれるんじゃないかって思ったのだけど。
出鼻をくじかれた感じ。 -
水は2ズロチ前後だから100円前後ってことかな?
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セルフレジだったけど、金額見たら0.5余分にとられていたけど
何の金額?
そして、このバーコードがないと店外へ出られない仕組み。
だけど、私がかざしても全然開かず、貸してごらんって他の人が開けてくれた。
と、思ったけどその人自分が買い物していないから、バーコードがないと出られなかったんじゃ・・・ -
フレデリック・ショパン博物館
工事中で、しばらく休館だそうです。
わかっていたけどちょっとがっかり。 -
でも、横にはショパン音楽大学があって学校から美しい音色が。
さすが音楽大学。
日本の音大でもそばを歩くと聞こえるのかどうか知らないけど、歩いているだけで聞こえる美しい音色に感動しました。 -
コペルニクスの像
コペルニクスは当時主流だった天動説を覆し天文学史上最も重要な発見といわれる地動説を唱えた人です。
経済においてもその能力を発揮したようです。
コペルニクスがポーランド人だったことも知らなかった私。
失礼しました。
夫は理系だから帰ってから一応自慢しておきました。コペルニクスの像 (ワルシャワ) モニュメント・記念碑
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コペルニクス像の後ろにあるスタシッツ宮殿は、元々1620年代に東方正教会の礼拝堂として建設されました。
その後、ポーランド啓蒙主義の思想家スタニスワフ・スタシツが1818年に購入し、科学・文化の中心拠点にするため改修し、現在はポーランド科学アカデミーの本部として利用されています。スタシッツ宮殿 城・宮殿
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広場の足元には太陽を中心として、地球などを模したものがありました。
地動説を表しています。 -
1778年当時の絵がありました。
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木が大きくなっているけど、ほとんど変わらない風景では?
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聖十字架教会に向かいます。
聖十字架教会 (ワルシャワ) 寺院・教会
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十字架を背負ったイエスキリスト
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教会ではミサ中。
よそ者が入っていいのか写真を撮っていいのかわからなかったけど、ミサ中だから静かにしてね、っていう看板があって皆静かに写真を撮っていたから私も・・・ -
こちらの教会が有名なのは、この柱にショパンの心臓が埋め来られているから。
ショパンがなくなったのはパリで遺体はパリにあるのだけど、本人の希望により心臓はポーランドに。
姉がひそかにお酒につけて心臓を持ち帰ったのだそう。
水晶の壺に入れられた心臓は一時はナチスドイツに持ち去られたこともあったようですが、戦後ポーランドに戻ってきました。何年か前に特別に見たところちゃんとこの柱に心臓があったのだそう。 -
私が入った時、パイプオルガンが演奏されていて神父様のお説教はオルガンに合わせて歌うように美しく響きます。
意味は全く分からなかったけど、感動して涙が出そうになりました。 -
なんとなく見覚えがあると思ったらヨハネ・パウロ2世でした。
史上初のポーランド人教皇で、聖十字架教会にも何度か訪れているとのこと。 -
ヨーロッパらしい建物(表現力の乏しさよ)が並んでいると、1人でここまでこれたんだなあとなんだかうれしくなってきた。
クラクフ郊外通り 散歩・街歩き
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ワルシャワ大学に入ります。
ワルシャワ大学 建造物
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ワルシャワ大学の旧図書館
屋上には天秤を持つ正義の女神テミスがいます。
ドラマ 「テミスの不確かな法廷」のテミスだと知ると何となくうれしい。 -
構内を歩きますが、18時台なのに学生が全くいません。
ポーランドの大学の新学期は10月だそうで、まだ夏休み? -
花が咲いていて美しい建物とマッチしていますね。
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カジミェシュ宮殿
17世紀前半にポーランド王室の夏の邸宅として建てられた歴史ある宮殿で、現在はワルシャワ大学の本部として使用されています。 -
総長後棟でアジア・アフリカ文化学部の本館です。
ワルシャワ大学の日本語学科はヨーロッパの中でもレベルがとても高いそう。
その理由の1つがポーランドが親日国だということ。
全く知らなかったことでお恥ずかしいのですが
第一次世界大戦が終わり、1918年にポーランドが独立を果たした後もシベリアに取り残された子供たちは帰国できませんでした。世界の各国に助けを求めましたが手を差し伸べたのは日本だけでした。
福井県の敦賀港経由で東京へ行き、しばらく東京で過ごして健康を取り戻した子供たちは無事祖国ポーランドに戻ることができました。
この話は、「日本は命の恩人」として教科書にも載っているそうです。
ポーランドの人はこの時の恩を忘れず、東日本大震災の時には日本の子供たちをポーランドに招いてくださったりしたようです。 -
少年時代のショパンはこの建物の2階に家族と10年暮らしていたそうです。
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ワルシャワ大学だけでなくクラクフ郊外通り沿いにはこのような石のベンチがあります。
ショパンのベンチ モニュメント・記念碑
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この白いボタンを押すと、ショパンの作曲した曲が流れてきます。
ベンチによって流れる曲も違います。 -
大学を出ました。
左にある建物は、ウルスキ宮殿。
大学の建物として宮殿を使うなんてワルシャワすごいなあ。ウルスキ宮殿 城・宮殿
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大学の向かいにあるのがチャプスキ宮殿
ショパンはウィーンに向かう前、ポーランドの最後の地がこちらでした。
屋根裏部屋で過ごしたそうです。
第二次世界大戦では破壊されましたが、復元後現在はワルシャワ美術アカデミーとして建物が使われています。
2階にはショパン家のサロンが再現されています。チャプスキ宮殿 (美術アカデミー) 城・宮殿
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無名戦士の墓に行くことにします。
ポーランドに命を捧げた無名戦士のための専用墓地は、ポーランドで最も重要なモニュメントとされています。
中央には永遠の炎が灯され、その横に警備隊がいて見守っています。
微動だにしない警備隊に緊張して近くで写真を撮ることはできませんでした。無名戦士の墓 モニュメント・記念碑
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サスキ公園はサスキ宮殿の跡地。
宮殿は戦争で破壊されてしまい、唯一残ったところが無名戦士の墓のモニュメントとして残されています。サスキ公園 広場・公園
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無名戦士の墓の前にはたくさんの写真が貼られていました。
これは戦争で破壊された様子だと思います。 -
無名戦士の墓の前の広場
旅の初日、ワルシャワの空が赤く染まる。 -
ヴィジトキ教会
こちらの教会でショパンがかつてオルガンを演奏しました。
中に入りたかったのですが、扉の前で跪いている人たちがいて(小さく写っていますが)、ミサ中は勝手に中に入ることができないのか遠巻きに見て諦めました。
前あるのはステファン・ヴィシンスキの像。
てっきり古い歴史上の人物かと思いましたが、第二次世界大戦後の共産主義支配とソ連の影響力に一貫して反対した枢機卿でポーランド人から国民的英雄と見なされています。ヴィジトキ教会 寺院・教会
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ポーランド大統領官邸
元々は貴族のラジヴィウ家の宮殿でラジヴィウ宮殿ともよばれています。
ワルシャワの建物の多くがナチスドイツにより破壊されてしまった中、こちらの建物はドイツ軍が使用していたため破壊を免れました。
ショパンが初めて公式演奏会を開催した場所で、ワルシャワ条約もここで締結されました。大統領官邸 (ラジヴィウ宮殿) 城・宮殿
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カルメリテ教会
カルメリテ教会 寺院・教会
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花に囲まれるようにあるこちらの像はアダム・ミツキエヴィッチ像
詩人で政治活動家。アダム ミツキエヴィッチ像 モニュメント・記念碑
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ときどき街頭で演奏している人がいて、それがクラッシックだったりするのが
音楽の街だなあと感じさせてくれます。
近くで写したかったけど、コイン持っていなかったし写すことができなかったけど・・・ -
程よい人の数とこの風景。
とにかく自分がこの雰囲気の中を実際に歩いているというのがうれしくて。 -
娘と同じ飛行機がとれなかったときはがっかりだったし不安だったけど、これはこれで良かったかもと思う。
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聖アンナ教会
中に入らなかったけどワルシャワの中で一番豪華な内装だと言われているようです。聖アンナ教会 寺院・教会
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ジグムント3世の円柱
ポーランドの首都をクラクフからワルシャワに移したジグムント3世ヴァーサ王を称えるために建てられました。
ここで見る夕焼けが本当に美しくて、これ見るためだけにワルシャワ経由でよかったと思ったほど。
お伝え出来ない自分の腕が悔やまれる。 -
バルバカンに向かう塀と夕焼け
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ワルシャワ王宮
この時刻は閉まっていますが、現在は国立博物館として一般の人も入ることができます。旧王宮 (旧王宮博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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王宮広場
王宮広場 広場・公園
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王宮すぐそばのホテル。
ワルシャワには大手のホテルももちろんあるけど、私はこじんまりしたホテルにあこがれる。
チャンスがあれば泊まってみたいなあと思わせるホテルだった。キャッスル イン ホテル
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アーチをくぐる。
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カノニア広場の鐘
諸説ありますが、教会から受注されこの鐘を作ったダニエルには娘と弟子がいて彼らは恋に落ちていましたが、嫉妬した男が鐘を鋳造する際に錫を入れたため鐘をたたいたところ割れてしまい教会につけることはかなわず、男は弟子の飲み物には毒を入れたため弟子はなくなってしまいました。
一度も教会で鳴ることのなかったこの鐘は、今は願いをかなえる鐘と言われていて、日本人のツアーだと必ず訪れるそうです。
この時刻は人がいませんでした。
パステルカラーの建物が素敵ですが、こちらは個人で住んでいらっしゃるようでした。 -
ワルシャワ旧市街マーケット広場
私の感覚だと、外だとお祭りの屋台のイメージで安いんじゃないかって思っちゃうけど、店舗をすぐそばに持っているお店が出しているからお値段変わらず。
むしろ駅側より高くなっているみたい。
ということで、ここでの食事はなしだね。旧市街広場 旧市街・古い町並み
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ワルシャワの旧市街地は世界遺産になっています。
それは街並みが美しいという理由ではなく、第二次世界大戦で壊滅的被害を受けた後、市民と専門家の努力により忠実に復元されたことによります。 -
戦後、市民は瓦礫の中から建物のレンガを拾い集め、18世紀の絵画や戦前の建築スケッチを参考に、壁のひび一本に至るまで忠実に復元しました。
そして、今私の目の前にある建物は、戦前の姿を取り戻しているのです。 -
ワルシャワの人魚は力強い。
強欲な商人にとらえられ捕えられた人魚は漁民たちが助けてもらったので、ワルシャワの市民を守るため剣と盾をもっているそう。 -
お店の中も素敵。
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バルバカン
中世ヨーロッパの城壁を守るために造られた防御施設で火薬庫や牢獄として使われていたこともあるそうです。
世界でもバルバカンは3つしか残っていないということだけど、これも破壊されてしまったので復元されたもの。バルバカン 史跡・遺跡
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ちょっと外れると人がいないけど、この辺りは治安は悪くないみたいなので1人でてくてくと。
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途中に見えた教会。
Church of the Holy Spiritとなっているから聖霊教会と訳すのかしら? -
教会のステンドグラスが美しかった。
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キュリー夫人博物館
当然この時刻は閉まっていますが、旧市街地近くにあったので寄ってみました。キュリー夫人博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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外からのぞくと見える売店。
キュリー夫人は、女性初のノーベル賞受賞者で2度も受賞していることで知られています。
お嬢さんが2人いたようで、長女は母と同じ道を歩みノーベル賞も受賞しているそう。次女は芸術の道を歩んだそうです。
第1人者として研究しながら子育てをするってとても大変なことだと思うけど、すごいなあ。 -
博物館は閉まっていたのでキュリー夫人像を見に行きました。
キュリー夫人像 モニュメント・記念碑
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ちょうど噴水がライトアップされているのが見える場所にあるんです。
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だからねー、カップルばっかりで場違いな私。
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外側から見たバルバカン
破壊されたものを以前のままに復元して世界遺産となったけど、日本の国宝は大戦で破壊されたものは国宝から取り消されちゃいましたよね。
復元の仕方が、忠実じゃないってこともあるのでしょうがだったら一度は国の宝とされたのだから、国で忠実に修復すればいいのになあって思うのですが。 -
幼い蜂起兵の像
ワルシャワ蜂起で無くなった少年兵を悼んで建てられた像です。ワルシャワ蜂起では、こんなに小さい子供も戦いに向かったのですね。
今も世界の各地で悲しい戦いが行われていることを思うと胸が痛みます。 -
ワルシャワ蜂起でナチスドイツ軍に抵抗したワルシャワ市民の勇気を称える記念碑。
ワルシャワ蜂起はドイツ占領下の首都ワルシャワの解放を目指して行われた武装蜂起です。ソ連軍の呼び掛けで起こったにもかかわらずソ連軍は救援せず、ワルシャワが63日間燃え上がるのを傍観しました。
こちらは、崩れゆく壁から突進し、ライフルを掲げて突撃の最中で凍りついた蜂起軍を表しているそうです。ワルシャワ蜂起記念碑 モニュメント・記念碑
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歩いてここまで来たのだし普段だったら歩いて戻ろうと思っちゃうけど、なにしろ24時間券を購入(2枚も)したので、ここはバスに乗って帰ることにします。
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宿近くまでバスに乗って、このまま戻ろうと思ったのだけど、あと数時間でワルシャワとはお別れだと思うとポーランドの食べ物が食べたくなりました。
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ガイドブックを見ると駅近くより戻ったほうがポーランドの料理が食べられるらしい。
結局バスで移動した半分以上を歩いて戻ることになった。 -
zapiecek
ワルシャワに数件あるポーランド料理のお店。 -
はじめは、先にあるお店を考えていたのですが、お店のピエロギの絵に惹かれてこちらに入ることにしました。
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こちらが、ポーランド料理の代表ともいえるピエロギ。
一見、水餃子。
実際小麦の皮の中に具材がはいっているので、近いものですかね?
トラディショナルなんちゃらという名前の8種類9個のピエロギを注文しました。
8種の味があるのですが、それでもちょっと飽きてきた。
あー、水餃子が食べたいって思っちゃったアジアンな舌。
カップはこれもポーランド料理で、牛肉のスープみたいなもの。
一見ししつこそうだったけど、こちらはおいしかった! -
通りは明るいし人も多いけど、ホステルに入る道は暗くてちょっと怖い。
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22時半に部屋に戻ったら、もう暗くなっていて皆さん静かにスマホを見ていた。
できるだけ音を立てないようにシャワールームへ。
シャワーを浴びた後靴を履きたくないからシャワーが共同の時は、ビーサン持って行っていたのに今回は忘れちゃった。
部屋に戻っても音を立てないように気を遣うし、カーテンに代わるものはもっていないのでベッドのライトもつけられずスマホのライトを体で隠しながらベッドに入る。
荷物をロッカーに入れることもできずぐちゃぐちゃのまま横に置いて寝ることにします。
起床は午前4時の予定。
あと4時間半、お休みなさい。
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