2026/07/15 - 2026/07/21
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nichiさん
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新尾道でレンタカーを借りて、しまなみ海道へ。
因島で高速を降りて、まずは因島水軍城に向かいました。
お城と言っても昭和になって建てられた因島水軍の資料館です。
愛媛県に行った際、しまなみ海道を通って能島に行き能島村上氏の資料館に行って船にも乗ったことを想い出しました。
因島、来島、能島の3つの村上水軍について、そして因島水軍について、そして因島の歴史について色々知ることができました。
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18日。
広島に来て、4日目の朝です。
ホテルの部屋から見えるのは、穏やかな尾道水道。
目の前は向島です。 -
まだ6時台ですが、向島と尾道駅前桟橋を結ぶ渡船は、通勤通学のお客さんを載せて運行しています。
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シニア夫婦はこの日は頑張ってランニングに出発。
西にある吉和・活魚センターまで往復6㎞ぐらいの予定で出発しましたが、暑さにやられて途中で断念。
往復4㎞の短いランニングになりました。
帰りに尾道駅前のリトルマーメイドでパンとコーヒーの朝食を買ってからホテルに戻り、シャワーを浴びてから部屋での朝食になりました。
暑かった~~ -
窓の外ではクルーザーが颯爽と通過して行きました。
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今日は土曜日、広島のお金持ちが休日クルージングに出発したのですね。
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クルーザーが通り過ぎた後、航跡波が向島のドッグに広がります。
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私たちは出発です。
この日は新尾道駅の近くでレンタカーを借りていますので、尾道の駅前から路線バスで新尾道に向かいます。
バス停にバスが停まってます。 -
このバスですね。
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バスで約15分。
旧市街の狭い道路を進んでバスは新尾道駅に到着しました。 -
新尾道駅は、山陽新幹線が開通した際に、尾道の街から少し外れた場所に出来た駅です。
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駅には物産展があって、
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2024年、2年前にしまなみ海道をサイクリングの聖地として市がPRした時の展示が残ってました。
数十人の新幹線を待つ方々がいらっしゃいましたが、全てインバウンドの方々でした。 -
9時の予約でした。
新尾道駅から予約していたニコニコレンタカーに電話したらすぐにスタッフが迎えに来てくれました。 -
今日一日お借りするのは、この車です。
スズキのスペーシア ハイブリッド。
初めて運転する車です。
まだまだ新車。
走行距離がまだ300㎞でピカピカでした。
9時~19時 5170円
夏季廃シーズン料金ですが、他社に比べるとかなり安いです。 -
ETCカードを装着して、さあ出発です。
これより、しまなみ海道を走ります。 -
しまなみ海道はこのままこの車線から斜め左へ。
岡山や福山は直進なのですね。 -
うんうん 合ってる。
初めて走る道は少しドキドキします。
相方は助手席で撮影しながら
「こっちで合ってるよね?」
とキョロキョロしてます。 -
西瀬戸自動車道しまなみ海道に入りました。
そしてこれより新尾道大橋を渡ります。
本州から向島に渡ります。 -
向島を走っていると次の橋が見えてきました。
因島大橋です。 -
向島と因島を結んでいる因島大橋です。
長さは1270mの橋で、「布刈瀬戸」という幅約800mの海峡の上に架かっている橋です。
1日あたり約400隻もの大型船が通過するのだそうです。 -
因島北インターで降りましょう。
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インターを降りてすぐ、右に曲がって因島水軍のお城に向かいます。
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因島水軍城に到着しました。
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因島の全体図。
今回訪れる場所の確認をしましょう。 -
駐車場にこんな表記。
そっか~~
ここは日本遺産に指定されていたのですね。
ここは村上水軍の本拠地だった所です。
江戸時代になって入江が埋め立てられ、田畑になって行ったようです。 -
駐車場から歩いて因島水軍城に進みます。
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おっ!
お城の櫓が見えてきました。
坂を登って行きます。 -
山門が見えてきました。
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この山門をくぐって城内に入ります。
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この長い階段を上がって行くと、
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階段は全部で150段あります。
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やっと櫓が見えてきました。
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お邪魔しましょう。
330円×2枚 -
階段の右に見えているのは隅櫓。
水軍城をイメージして本丸・二の丸・隅櫓が造られていますが、昭和58年(1983年)に建てられた村上水軍の資料館です。 -
本丸は水軍資料館
二の丸は展示室
隅櫓は展望台
として建てられました。 -
以前、愛媛県の大島に行った際、村上水軍の能島城に行ったことがあります。
今回は広島側の因島水軍です。
瀬戸内海の村上水軍は、能島村上家、因島村上家、来島村上家の三家があるのですね。 -
今は因島人物伝という企画展を開催中。
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チケット購入。
お邪魔します。 -
入ると正面に、村上海賊の船の模型。
一番大きな船が、大阿武船(おおあたけふね)。
因島水軍の船隊の主力艦です。
鉄板や鋼板で覆われています。 -
これが関船の模型です。
関船とは関所の役割を持った船の事で、通過する船から通行税を徴収していました。
村上水軍が、室町時代から江戸時代にかけて使用していました。
船首が長く突き出しており、小回りが利いて、スピードが出て機動力に優れた船でした。 -
村上水軍というのは、因島村上家、来島村上家、能島村上家、の三家があり、上から三つの家紋です。
元々は一つの家でしたが、時代と共に3つに分裂しました。
3つの家は連携と離反を繰り返しながらも、同族意識は持っていたようです。 -
村上義弘です。
愛媛県の新居大島を本拠地とした村上水軍の将です。
北朝南朝の時代、後醍醐天皇率いる南朝方として活躍し、元弘3年(1333年)に北条時直の大船団を布刈瀬戸で迎え撃ったそうです。
布刈瀬戸は、さっき渡って来た因島大橋の下の海ですね。 -
これは水軍太鼓です。
船団が出陣の時は、ほら貝を吹き、太鼓の音に合わせて船を進め、また太鼓の合図で戦法を伝え陣形を作った因島村上水軍です。 -
村上海賊三家は江戸時代になると、、
来島村上氏だけは姓を久留島と変えて大名に取り立てられましたが、能島村上氏と因島村上氏は、毛利の家臣団に組み込まれました。 -
能島村上氏です。
能島を拠点とした村上海賊です。
戦国時代、周りには大友氏、三好氏、毛利氏、河野氏と有力は戦国大名がいました。
能島村上氏は、時に友好的に、時に敵対・緊張関係となりながら独自の姿勢を貫いていました。
戦時には関船や小早舟を巧みに操り、火矢や火薬を用いた戦闘を得意としていました。
第一次木津川の戦いでは、毛利軍の水軍として、織田信長の水軍を撃破しています。
平時は、瀬戸内海の水先案内、海上警護、海上運輸など、海の安全や交易・流通を担う重要な役割を果たしました。 -
来島村上氏です。
来島を拠点としていた村上海賊です。
戦国時代、村上通康が伊予の国の河野氏の重鎮として活躍しますが、息子の通総は秀吉の勧誘を受けて河野氏に離反。
秀吉による北条小田原攻めでは、海上で活躍します。
道総の息子である康親は、関ケ原の戦いで西軍の味方をしたため、豊後国森(現在の大分県玖珠郡)に転封されますが、来島から久留島と姓を改め、幕末まで豊後国森を治めました。 -
因島村上家伝来の鎧兜。
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「上」は、村上氏の一族を示す識別の印です。
この「上」は、因島村上氏のの「上」です。 -
これは因島水軍の水軍鎧です。
船上で着用していた鎧です。
通常の甲冑に比べ、関節が動きやすくなっています。
相手が刀で斬ってきた場合には効力がある鎧ですが、槍や弓など、突いてくる攻撃には隙間がある鎧の為に弱かったようです。 -
これは「熊手(やがらもがら)」。
敵方を引っかけて、船から海中に引き落としたり、海中から引き上がて首を取ったりしていたそうです。 -
因島鉄砲隊が使用した鉄砲です。
因島水軍は、早くに鉄砲を取り入れ、生口島で鉄砲を製造し、5年後には中国に輸出するまでになっていました。 -
因島水軍の兜です。
多くの種類の脇立ですね。 -
これは、「さざ波の脇立」。
海の武将ですね。 -
これは、カニが前立になってますね。
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因島のほぼ中央にある青影山。
そこには村上義弘の青影城がありました。
そこから出土した土器が展示されていました。 -
村上義弘の肖像です。
瀬戸内海における村上海賊の基礎を作ったとされています。
その後、能島、因島、来島の各村上家に分かれました。
この因島には、村上義弘ゆかりの地が点在しています。 -
この肖像は、村上新蔵人義充。
戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した因島村上氏の当主です。
村上海賊の全盛期を率いていました。
毛利元就や小早川隆景など、毛利方に仕えており、毛利による四国九州攻めや、毛利と織田信長や豊臣秀吉との戦いで、海上戦略の中核を担いました。
木津川口戦いでは、能島村上や来島村上と結束して圧倒的な操船術で織田方の水軍を破り、石山本願寺への兵糧補給を成功させています。
また、瀬戸内海だけでなく、海外との交易も行っていたようです。 -
村上新蔵人義充が息子の元服祝いに、小早川隆景から拝領した鎧です。
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江戸時代になると因島は海上交通の要となり、東北・北海道まで天領の年貢米を運ぶ複数の戦国舟を所有した新谷七三郎の活躍は、全国的にみても上位に位置する繁盛ぶりでした。
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御城米通船旗
御城米と言って、幕府直轄の天領で収穫された年貢米を運ぶ船は、この旗を掲げていました。
この旗を掲げた船は、全国の港で入港税免除や、優先的な入港権が与えられました。
因島の真谷七三郎はこの旗を船に掲げていたのですね。 -
本陣の関札です。
江戸時代、因島にも本陣があったのですね。 -
広島藩の藩札です。
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橘富太郎は1896年(明治29年)に土生船渠(後の因島船渠)を創設。
因島の基幹産業である造船業の礎を築いたのですね。
これは、当時の株券です。 -
当時の船の設計図です。
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麻生イト
明治から昭和にかけて、因島を中心に活躍した実業家で、造船の島を支えた女傑です。
明治末期に因島で麻生組を立ち上げ、廃船の解体業や造船の下請け、労働者派遣業で財を成し、麻生旅館や迎賓館である城山倶楽部の経営を担いました。
断髪に男装という風貌で、荒くれ者の職人たちを束ねる姿は、圧倒的な存在感があったようです。
一方で、学校の設立や奨学金制度を設立したり、排水施設の整備など地域の教育やインフラ整備に多大に貢献していたのですね。 -
本丸から外に出てきました。
南側の山の案内があります。 -
3つの山が並んでます。
左から風呂山、青影山、龍王山。
真ん中の青影山に青影城という因島村上氏のお城がありました。
この山は、因島の中央部にあって、島全体が見渡せたそうです。 -
青陰城があった青影山をアップで。。。
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こんな感じでお城があったのですね。
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北側の景色です。
白滝山が見えます。 -
白滝山は、後ほど訪れる山です。
室町時代に村上氏が観音堂を建立した山です。
因島村上氏の信仰の場であり、戦略的な見張り場でもありました。 -
因島の地図を見て、位置関係を確認します。
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こちらは二の丸。
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中ではこんな展示。
武士が会議中? -
水軍先法会議
水軍は常に追い風を利用して戦っていました。
強い団結力と大将の命令は絶対で、厳しい統制のもと、水軍戦法を自在に屈指していました。 -
こちらは隅櫓。
展望台です。 -
最上階まで上がってきました。
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北側の景色です。
二の丸の奥に白滝山が見えます。 -
南側の景色です。
3つの山、青影山が見えますね。
お城を降りましょう。
お腹空いた~~
お昼にしましょう~~
つづく
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この旅行記へのコメント (2)
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- ひでじいさんさん 2026/09/13 08:36:48
- ご無沙汰してます。
- 「因島水軍城」 3年前に行きました。一番近い駐車場に留めましたが見上げると、また山の上で暑いのにまた階段で参りました。
水軍城というので海が見えるのかと思いきや全く見えずでした。舟はどうした??
写真見て3年前を思い出し、見覚えがありました、懐かしいです。
見下ろした所にお墓があって奇麗に花が飾ってあるのを記憶してます。
新尾道大橋の中間に駐車場があればいいのにと思いました。
お邪魔しました。
- nichiさん からの返信 2026/09/17 09:40:49
- Re: ご無沙汰してます。
- ひでじいさん
こんにちは。
>水軍城というので海が見えるのかと思いきや全く見えずでした。舟はどうした??
→ココは昭和58年に出来た博物館。
実際にココにお城があったわけではありません。
南側の青影山に青影城という因島村上氏のお城がありました。
この山は、因島の中央部にあって、島全体が見渡せたそうです。
>舟はどうした??
→(笑)(笑) 山の麓にある重井村は有事の際は軍港になったようですね。今は面影はありませんが。。
>新尾道大橋の中間に駐車場があればいいのにと思いました。
→運転しながら絶景を楽しむにも限界がありますよね~
次は生口島です。
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