2026/08/11 - 2026/08/11
506位(同エリア512件中)
Pixyさん
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■旅程
8/08 OZ123 19:00-20:55 NGO→ICN
8/09 HY516 08:15-11:25 ICN→TAS
8/10 710 08:37-11:45 タシケント→サマルカンド
8/11 766 10:59-12:36 サマルカンド→ブハラ
8/11 709 16:55-19:13 ブハラ→サマルカンド
8/12 767 17:40-20:07 サマルカンド→タシケント
8/12 HY513 22:40-08:40 TAS→ICN
8/13 OZ214 16:10-18:00 ICN→NGO
■フライト費用
138,320円
■鉄道費用
8/10 710 300,560スム Sharq(ビジネス) タシケント→サマルカンド
8/11 766 225,000スム Afrosiyob(エコノミー) サマルカンド→ブハラ
8/11 709 251,240スム Sharq(ビジネス) ブハラ→サマルカンド
8/12 767 311,000スム Afrosiyob(エコノミー) サマルカンド→タシケント
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
-
これが予約していたAfrosiyob号。予約したのは9日前。
発売開始は2ケ月前で即完売します。
しかしながら、直前にキャンセル分が出てくるので、発売日で予約出来なくても諦める必要なし。
焦って業者から購入する必要もない、が経験談です。 -
駅に取り残されてしまい、諦めて戻るしかないと思ったものの、ブハラ行きの列車をチェックしてみる。
-
1時間後のAfrosiyob号のチケットがまだ販売されていた。
ということで、1時間遅れでブハラへ行くことになった。 -
ブハラ駅着が12:36、戻りが16:55発。
駅から旧市街間のタクシー往復1時間くらいだとして、正味3時間。
元々けっこう厳しいスケジュールかなと思っていたが、更に1時間短縮してのブハラ弾丸観光となる。
それでも行くしかない。 -
車内は2×2のエコノミー席。
Afrosiyob号はこのように真ん中で座席の向きが変わります。 -
窓が長くて外がよく見える席と見えない席がある。
私が座った席24番は見えない席。 -
ブハラ駅到着。
まずはタクシーで駅から一番遠いアルク城を起点にそこから駅方面に戻っていくルートとした。ブハラ駅 (カガン駅) 駅
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アルク城。
【説明】
2000年以上前からこの辺りは古代ブハラ発祥の地と言われていますが、1920年にソ連軍に破壊されるまで、歴代のブハラ・ハーンの居城だったアルク城は、13世紀にチンギス・ハーンによる破壊などを受け、その後再建と破壊を繰り返し、現存している城は18世紀のものです。
約4haの広大な城内の敷地の中には、一つの街が作られていました。アルク城 城・宮殿
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オリジナルではなく再建されたものであるため、とてもきれいです。
というよりきれいすぎて趣に欠ける、が率直な感想です。
中は広大な敷地になっているということで外から見るだけとなりました。 -
その対面にあるボロハウズモスク。
【説明】
ブハラ・ハーン専用のモスクとして、1712年に建てられました。
お祝いの日などは、アルク城からボロハウズ・モスクまで絨毯を敷いて、そこをハーン(王)が歩いていたとも言われています。
クルミの木に彫刻した20本の柱や、赤や緑など色彩鮮やかな柱や天井などの装飾も美しいです。
現在でも実際にモスクとして使われています。ボラハウズ モスク 寺院・教会
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多くの人がお祈りしております。
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この木製の支柱が特徴で見事な造りです。
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天井の装飾も素晴らしい。
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ブルーに特徴があるウズベキスタンのイスラム建築ですが、このモスクは違っており派手さはないもの木製の細長い支柱やハウズ(池)の景観の素晴らしさが印象に残りました。
ブハラではここが一番だと思いました。 -
人が屋外で活動してはいけない気温です。
じっくり見るではなく、足早にサクサクと街巡りを続けます。 -
カラーン モスクの裏側に到達。
カラーン モスク 寺院・教会
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中に入ることはせずさらっと見るだけ。
ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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カラーン・ミナレットはブハラのシンボルであり、ブハラの支配者の権威の象徴にもなっていたとのこと。
カラーン ミナレット 寺院・教会
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これは現代のものですがしっかり溶け込んでいる素晴らしい建築物。
チャシマイ ミロブ カフェ
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とにかく日差しがきつく室内を求めてしまう。
ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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中にはお土産店があります。
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コウノトリのはさみ、ブハラでのお土産定番ですかね。
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アブドゥールアジス ハン メドレセ。
こちらはメドレセなので神学校ですね。アブドゥールアジス ハン メドレセ 史跡・遺跡
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レギスタン広場と同じ名前のメドレセですね。
【説明】
真の教育施設を作りたいことを目標に、ウルグベクによって15世紀初めに建てられました。現存する中央アジア最古の神学校として知られています。ウルグベクゆかりの建築物は、サマルカンドを中心に残っていますが、ブハラで残っているのは、このウルグベク・メドレセのみです。ウルグベク メドレセ (ブハラ) 史跡・遺跡
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40度の酷暑のなか、必死の駆け足での観光が続きます。
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裏道で発見したこの入り口。
なんだろうかと入ってみた。 -
Hammom Bathhouse Shahriston。
ハマムでした。
やるのか?みたいに聞かれたので、写真をとっていいか?と言うと「いいよ」との返事。 -
非常に興味深かったが、時間が限られているのでまたの機会としよう。
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Hotel Shahristonの中の施設であることが分かりました。
なんて素晴らしい外観のホテルなんだろうか。 -
Amiran Boutique Hotel、こちらのホテルも完全に周りの風景に溶け込んでいる。
きっと高級ホテルだろう。 -
この中で熱中症で倒れてしまった観光客の女性がいました。
警備員がすぐに飛んできて対応しており、素晴らしい体制だと感心しました。
【説明】
16世紀に建てられた丸屋根の中のバザールで、中には外からの光が入り、当時は様々な民族の人々が宝石などの高価な専門店が並んでいました。現在は商店や工芸などの職人の仕事場などが並んでいます。
このようなバザール(タキ)は、タキ・ザルガロンの他、周辺にタキ・テルパクフルシャン、タキ・サラフォンがありますが、タキ・ザルガロンが3つのタキの中で一番規模が大きく、おみやげなどのショッピングが楽しめますタキ (タキ ザルガラン、タキ サラファン、タキ テルパクフルシャン) 市場
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買い物する時間も気力ものない。
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Nadir Divan Begi Khanaka。
博物館となってました。 -
ラビハウズに到着。
この暑さなので観光客はまばらでした。
想像していたより池は小さい。
ここまでたどり着けて出来て一安心。
ここYoutuber「無職旅」さんが絶賛して場所ですが、この暑さと濁った小さな池なのでふ~んというのが率直な感想。ラビハウズ 滝・河川・湖
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ブハラ到着後、炎天下のなか頑張りました。
やっと休息です。
ラビハウズそばのRestaurant Xo'ja Nasriddinへ。 -
遅い時間帯のせいか空いてました。
私以外にはソロの中国人男性。
そのあと日本人夫婦、ブラジル人女性ソロ来店。
店員が必ずあなたは何人かと質問するので聞こえてきた。 -
ウズベキスタンビール、SARBAST 40,000×2本。
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初のプロフ(ウズベキスタンピラフ)。
これは60,000スムで計140,000+10,000チップでした。
暑さで相当消耗していたので、生き返りました。 -
ラビハウズに隣接。
ナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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偶像崇拝に反するイスラム教の教義に反しているイスラム建築の一つで、2羽の鳳凰と鹿、人面が描かれている非常に珍しいメドレセ(神学校)とのこと。
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中庭が開放されてました。
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発掘中の何か。
Old Bath Ruinとなってます。古代浴場の遺跡らしい。 -
ラビホウズからタクシーで移動、時間があれば訪問するつもりだったチョルミナル。
4本の塔が美しいとのことでしたが、ド迫力ではなくこじんまりとしてます。チョル ミナル 史跡・遺跡
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チョルミナルより興味深かったのは目の前にある骨董品店。
チョル ミナル 史跡・遺跡
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ソ連時代ものが数多くあり、じっくり見て購入したかったのだが、駅に戻る時間になってしまった。
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タクシーで駅へ。
滞在中、Yandex Goは計19回利用と大変お世話になった。
ウズベキスタンではシボレー(米GM)ブランドが100%近いという状況。
中国車も少々見かけるものYandexではコルベット100%でした。
日本車は悲しいことに1台しか見かけなかった。
何故、旧ソ連の国で米国車ここまで圧倒的なシェアを獲得出来ているのか?
調べてみました。
ウズベキスタンの自動車産業は韓国の大宇が種をまき、GMが発展させ、現在は国家産業として独立したという構図です。
1992年、ウズベキスタン国営の UzAvtosanoat、韓国の大宇自動車が合弁会社 Uz-DaewooAuto を設立しました。
1996年から生産を開始しました。
しかし1997年のアジア通貨危機後、大宇グループは経営破綻しました。
その後、GM(General Motors)は2002年に大宇自動車の主要事業を買収し、GM Daewoo Auto & Technologyを設立しました。
これによりウズベキスタン工場の技術供与元も実質的にGMグループへ移行します。
2008年、UzAvtosanoat 75%、GM 25%の出資でGM Uzbekistanが設立されました。
ここが実質的な「GMのウズベキスタン進出」です。
以降は大宇ブランドからシボレーブランドへ移行し、
2018年末から2019年にかけて、ウズベキスタン政府がGM持分を買い取り、UzAuto Motorsへ社名変更しました。ただしGMとの技術提携は継続。
つまり自動車産業は国営企業が独占、新規参入が困難だったが、政治力なのかBYD等が近年進出開始したようだ。 -
ここは無職旅さんが出発前に立ち寄った場所。
何を注文したら無いと言われ、別のものを注文したら全然出てこなくて焦ってたレストラン。
私もここで休憩しようかなと思ったものエアコン無しだったの止めました。ブハラ駅 (カガン駅) 駅
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こちらでドリンク調達。
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この「て」のマーク、分かる人はサッカー通です。
26年ワールドカップでウズベキスタン代表にユニフォームを提供したメーカーロゴです。
「て」にそっくりなので少し話題になりました。 -
来てよかった。
さらりであったもの一通り観光することが出来た。
サマルカンドに戻ります。
最終章へ。
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