2026/08/05 - 2026/08/05
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jambarayaさん
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7,8月のウズベキスタンは本当に暑い。
5月から7月は旅の繁忙期だったようで、すごく宿をとるのが大変だったらしい8月になると、閑散期。
今回の宿も私と日本人がもう一人いただけだった。
暑いからね、午前中出て、昼間寝て、夜また出る。
これが良いこの時期の旅スタイルかもしれない。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨晩は0時過ぎに就寝。疲れていたのか、8時過ぎまで爆睡。
朝食は用意されていた。そこそこ豪華でありがたい。 -
さて、外に出てびっくり。ここの道、真っすぐ行ったら、カラーンミナレットまで2分という好立地。ここの小道があった。確かにタクシーは通れないけどさ。
ここ、お宿さ、紹介してよ、この小道。 -
まぁ、丘の上にあるから、景色はいいんですけどね。紹介が下手。
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さて、まだ午前中だから、ちょっと涼しいので、歩きましょう。逆光だなぁ。
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午前中でも暑い。日陰でも暑い。
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アブドゥルアジズ・ハン・マドラサ
1652~1654年に、ブハラ・ハン国の君主 アブドゥルアジズ・ハンによって建てられたイスラム神学校。現在のブハラ旧市街、ウルグ・ベク・マドラサの向かいにある。 -
カラーン・ミナレットは、ウズベキスタンの古都ブハラを代表する建築物
現在のミナレットは、1127年に建てられた。
建設を命じたのは、カラハン朝の君主アルスラン・ハン。
高さは約45.6m。 -
美しい建造物は、ウズベキスタンの世界遺産都市ブハラにある有名な神学校、ミル・アラブ・メドレセ(Mir-i-Arab Madrasa)
6世紀前半(1530~1536年頃)に、ブハラ・ハン国の君主ウバイドゥッラー・ハンによって、彼の精神的師父であったイエメン出身の聖職者ミル・アラブ(サイイド・アブドゥッラー・アルヤマーニー)のために建設された。 -
ソ連時代にも閉鎖されることなくイスラム教育の継続を許された数少ない歴史的な教育機関であり、現在でも学生が学ぶ現役の神学校として機能している。そのため、観光客が内部の奥深くへ立ち入ることは通常制限されているが、正面玄関周辺からその見事なタイルのファサードを楽しむことができる。
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やはり美しい。青空に映える。
焼いたレンガそのものを組み合わせて、帯状の幾何学模様を作っています。
青いタイルを大量に使ったサマルカンドの建築とは違い、
「レンガだけで、光と影によって模様を見せる」
のがカラーン・ミナレットの魅力 -
カラーン・モスク(Kalyan Mosque)の正面入り口(ピシュタク)。
16世紀前半(1514年頃)に完成した、ブハラで最も大きな金曜モスク(金曜日の大礼拝を行うモスク)の一つ -
さて、バザールを目指して歩こう。道が広いなぁ。
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暑いから誰もいない。
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ドーム型バザール「トキ」
ブハラの旧市街に残るバザールは、16世紀のシャイバーニー朝時代に建設されたものが多く、風通しの良い石造りのドーム型建築が特徴。暑さを和らげる工夫が施されており、現在でもその設計が活かされたまま使われている。 -
特に有名なトキには次のようなものがある。
・トキ・ザルガロン(Toqi Zargaron):「宝石商のドーム」の意。金銀細工やアクセサリー、貴金属が豊富に並ぶエリア。
・トキ・テルパクフルシャン(Toqi Telpakfurushon):「帽子職人のドーム」。ウズベク伝統の帽子「ドッピ」などが並び、刺繍や手織り生地が目を引く。 -
・トキ・サラフォン(Toqi Sarrafon):「両替商のドーム」。かつて金融の取引が行われていた歴史的空間で、現在は様々な工芸品店が入っている。
ブハラは高いよ、お土産代。
暑いから、ここはよい日陰スポット。
あと、あまり午前中は営業していない。 -
16世紀のシャイバーニー朝時代に建てられたバザールで、かつてはブハラ特産の毛皮の帽子やターバンが売買されていたらしい。
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壁には、植物や太陽のモチーフが手刺繍された鮮やかなウズベキスタン伝統の「スザニ」がずらりと展示されており、お土産用のクッションカバーや壁掛けなどを、涼しいドームの中でじっくり選ぶことができる。
まだ旅の途中だから、お土産を買うのは難しいなぁ。高いし。 -
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ブハラ旧市街にある有名な神学校アブドゥルアジス・ハン・メドレセ(Abdulaziz Khan Madrasah)
対面する2つのメドレセ: この場所は、ブハラ最古のウルグベク・メドレセと、このアブドゥルアジス・ハン・メドレセが道路を挟んで真っ向から向かい合う(コシュ・メドレセ様式)、非常に美しいフォトスポット -
未完の傑作: 1651~1652年にかけてアブドゥルアジス・ハンによって建設されましたが、装飾の途中で彼が失脚したため、建物の右半分などの一部があえて未完成のまま残されている。
華麗な装飾: 正面の大きなアーチ(ピシュタク)の内側には、複雑なツララ状の彫刻(ムカルナス)が施されており、黄色や中国風の絵柄など、当時のモザイクタイルの最高技術が詰め込まれている。 -
アブドゥルアジス・ハン・メドレセの真向かいに立つ、ブハラ最古の神学校ウルグベク・メドレセ(Ulugh Beg Madrasah)
天文学者だったウルグベクにちなみ、タイルの装飾には星や宇宙を連想させる幾何学模様が取り入れられているのが特徴 -
どこの建物でもそうだが、貴重な建物の下がすべて、お土産屋なの。高い。
で、上に上がろうとすると、お金を取ろうとしてくる。
お土産屋の存在が、すべて安っぽくさせている。 -
日陰が少なくなってきた。
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日陰を目指して歩く。今はラビハウスを目指して歩く。
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ここはハマムかな?
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ウルグベク・メドレセとアブドゥルアジス・ハン・メドレセのすぐ目の前(南側)に広がるタキ・ザルガロン(Taqi Zargaron / 貴金属商の市場)の北側広場
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ナディール・ディヴァンベギ・ハナカ(Nadir Divan-Begi Khanaka / 修道院)
が遠くに見える。
2メドレセと同じく大臣ナディール・ディヴァンベギによって建設された。ラビハウズ建築群の中で最初に建てられた主要な建造物 -
ロバに乗ったコミカルなホジャの銅像
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ブハラ旧市街の中心にある憩いの広場「ラビハウズ」の東側に立つナディール・ディヴァンベギ・メドレセ(Nadir Divan-Begi Madrasah)
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鳥と太陽の珍しいタイル: イスラム教では本来偶像崇拝が禁じられているが、正面の大きなアーチには2羽の伝説の怪鳥「シームルグ」と、人の顔が描かれた太陽のモザイクタイルが堂々と施されているのが最大の特徴
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この中はお土産屋街になっている。カフェもあるかな。
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もちろん、人を見て値段をつける場所。
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鳥のタイルで有名なナディール・ディヴァンベギ・メドレセ(Nadir Divan-Begi Madrasah)の中庭には、カフェもある。
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ラビハウズ広場のすぐ北側にそびえるクカルダシュ・メドレセ(Kukeldash Madrasah)
ブハラ最大: 1568~1569年にかけてアブドゥッラー・ハン2世の統治時代に建設された、ブハラで最も大きな神学校(メドレセ) -
建築の特徴: 正面のアーチ(ピシュタク)を囲むように、学生たちが暮らした2階建ての小部屋(フジュラ)がずらりと並ぶ、典型的な中央アジアの神学校スタイルを外側の通りからもはっきりと確認できる。
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ちょっと疲れた。コーヒーが足りない。ウズベキスタンはティーばかり。朝食でもコーヒー出ないし。
カーペットやの中にあるコーヒー屋。30000スム。 -
ここよかった。おすすめ。
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親切なの。
薬を飲もうとしたら、すっと水を出してきてね。すごくびっくり。
ぜひ行ってください。 -
さて、エネルギーチャージ終わり。街歩き再開。
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味のある路地。
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ブハラの数ある歴史的建造物の中でも特にユニークで愛らしい外観を持つチョル・ミノル(Chor Minor)
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ペルシャ語で「4本のミナレット(塔)」を意味する。その名の通り、ターコイズブルーの美しいドームを冠した4本の塔が四方にそびえ立っている。
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こういう表示はヨーロッパ的
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現在、1階の内部は小さなお土産屋さんになっている。少額の入場料を支払うと、狭い階段を上って屋上(塔のすぐ足元)に出ることができ、間近で青いドームを眺めることができる。
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中に入ろうとすると、すぐにお金を請求される施設だったから、誰も客は入っていなかった。商売が下手だなぁ。お土産すら誰も のぞかないじゃないか。
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次いこ、次。
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住宅街の一角にあるモスクでちょっと休憩。
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水も無料で飲むことができて、15分ほど休憩。エアコンはないけど涼しい。
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さ、中心部に戻りましょうか。
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ラビハウズ(Lyabi-Khauz)広場の北東の角(レストランや土産物屋が並ぶ通り)の道も広い。
ドッヂボールもできそう。 -
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ブハラ旧市街の東の中心地であるラビハウズ(Lyabi-Khauz)の大きな池(ハウズ)
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「ラビハウズ」とはタジク語で「池のほとり」を意味する。かつて砂漠のオアシス都市だったブハラにはこのような給水池が数百あったが、衛生上の理由でソ連時代にほとんどが埋め立てられ、ここを含めた数カ所だけが奇跡的に残された。
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池の周りには樹齢数百年の古い桑の木が並び、涼しい木陰を提供している。噴水のある池のほとりにはチャイハナ(カフェ)のテーブルが広がり、夜になるとライトアップされてさらに幻想的な雰囲気になる。
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ここでプロフも食べられるらしい。カフェもいっぱいあるしね。ここで知り合った日本人は食べたといっていたかな。うまいとは言っていなかったけど。
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ナディール・ディヴァンベギ・ハナカ(修道院) やっぱりきれいだなぁ。
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ナディール・ディヴァンベギ・ハナカ(修道院)
正面の高い壁(ピシュタク)の背後に、レンガ造りの大きくて丸いドームが載っているのがはっきりと見えます。このドームの下に、かつて修道士たちが集まった大ホールがある。
ちかづくと、徴収ばばぁが出てきて、びっくりした。 -
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ポイ・カロン広場の北側に隣接する「アミール・アリム・ハン・メドレセ(Amir Alim Khan Madrasah)」の前に残る、かつてのハマーム(公衆浴場)またはメドレセの地下遺構
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現在のブハラの街並みのさらに下には、何世紀にもわたって積み重なった過去の都市の遺構が眠っている。この場所は、かつてこのエリアにあった古い建物や、シルクロードの旅人・住民たちが利用した地下式・ドーム型の古いハマーム(浴場)などの基礎部分が発掘され、そのまま見学できるように保存されているエリアだ。
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写真の右奥に並んでいるアーチ状の建物は、1914年にブハラ・ハン国の最後の君主アミール・アリム・ハンによって建てられたメドレセ(神学校)の遺構の一部。現在はチルドレンズ・ライブラリー(児童図書館)などとして使われている。
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中央アジアに現存する最古のイスラム建築の一つであるマゴキ・アッタリ・モスク(Magok-i-Attari Mosque)
「マゴキ」は「穴の中」や「地下」、「アッタリ」は「香辛料(あるいは薬剤)商人」を意味する。その名の通り、現在の街の地面よりも数メートル低い場所に建てられている。 -
手前の木の後ろに見える南側のファサード(ピシュタク)は12世紀当時のもので、アラバスターの彫刻や、形を変えた焼きレンガを精緻に組み合わせた初期イスラム建築の傑作として高く評価されている。
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ブハラ旧市街にある3つの有名なタキ(ドーム型市場)の一つであるタキ・サッラフォン(Toqi Sarrofon / 両替商のドーム)まで戻ってきた。
いやぁ、広い町だ。 -
2時間後の様子。少し店は開いてきたが、暑いから客はまばら。いや、買うものがないからか。
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さて、いったん、宿まで帰って休憩しましょうか。
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シャワー浴びたい。
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ポイカラン遺跡群まで戻ってきた。ほんと、人いないでしょ。
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ただいまー。シャワーを浴びて、洗濯して、3時間くらい休憩しよう。
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おやっさんが、イチジクをくれた。うまい。
こっちでは安く手に入るらしい。
日本では、イチジク高いよね。 -
さて16時過ぎ。
すこーし、気温も下がったから、街歩き再開。 -
木造柱が並ぶ建物は、旧市街の西側エリアにあるバラハウズ・モスク(Bolo Hauz Mosque)
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正面のテラス(アイヴァン)を支えるのは、精緻な彫刻が施された20本の細長いクルミの木の柱。モスクの前にある池(ハウズ)の水面にこの20本の柱が逆さに映り込み、合わせて40本の柱に見えることから「40本の柱のモスク」とも呼ばれる非常に美しい建築だ。
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池もあるけど、これはあまりきれいじゃない。
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1712年に建設され、アルク城に暮らしていたブハラ・ハン国の王(アミール)が毎週金曜日の大礼拝に訪れるための公式なモスクとして使われていた。王が城からモスクへ歩く際には、地面に豪華な絨毯が敷き詰められたと言われている。
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ここで、同じ宿の日本人と会う。ハノイで学習塾で働いている人だった。その方が属していた集団に、アルク城はよかった、と言われたので向かうことにした。
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アルク城(Ark Fortress)は、ブハラ最古の建造物のひとつ
歴史はなんと5世紀にまでさかのぼり、以後約1500年にわたって歴代のブハラ・ハーン(君主)たちが統治の中心地としてこの城を使用してきた。 -
アルク城は単なる宮殿ではなく、軍事要塞、行政機関、王族の住居としての機能を兼ね備えた“都市内都市”のような存在だった。最盛期には、約3,000人もの人々がこの城の中で生活していた。
60000スム 入場料 -
アルク城には、華やかな王宮の一方で、かつての拷問部屋や公開処刑場の跡も残されているが、そのうちの一つの地下の拷問部屋は非常に暗く狭い空間で、かつての苛酷な統治の現実が垣間見える場所でもあった。
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まだまだ暑い時間だから、客は少ない。
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丁寧に保存されているから、すごくきれい。
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中には博物館もあり、写真は撮り放題。もうちょっと解説が欲しいなぁ。
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このお城は高台にあるから、ブハラの城下町が一望できる。
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きっと夜景もきれいだろうなぁ。
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土産物屋もあるけど、しょぼい。店も少ない。
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装飾の施された王座の間や、繊細なタイル装飾が残る礼拝堂などは見どころ。かつてのブハラ王朝の華やかさを感じられる空間。
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厚さ数メートルの土壁に囲まれた城壁と、敵の侵入を防ぐ高台の立地が、その防御性の高さを物語っている。
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場外施設もあるけど、崩壊しすぎていて、想像力の限界。
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もちろん解説ボードもあるが、よくわからない。
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見える、塔。
展望台としての方が価値があるかな。
カラーンは、遠くから見てもよい。
ここが建築として面白いところ。
カラーン・ミナレットは、下に行くほど太く、上に行くほど細くなる円錐形。
さらに、地面から少し下まで基礎を深く作り、レンガを非常に巧みに積み上げている。
ブハラは地震の多い地域ですが、900年近く前の塔が現在まで残っているというのは驚異的。 -
記念撮影
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あなたを撮ってあげるから、うちらも撮って、とファミリーに声をかけられ、写真撮影ごっこ。
一人旅では、よくある光景 -
夜景もきれいだろうなぁ。
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さ、やはり暑いから帰ろう。
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城の巨大な城壁は、主に日干しレンガと泥(粘土)で作られている。そのため、雨や風による風化が激しく、頻繁に泥を塗り直すメンテナンスが必要。この丸太は、職人たちがいつでも足場を組んで修復作業を行えるようにあらかじめ埋め込まれている。
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腹減った。昼もイチジクだけだったし。
帰りに水だけ買う。1リットル 6000スム。 -
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ただいまー
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おやっさんに、お勧めのレストランは何か?と聞いたら、50000スムで伝統料理を作ってあげるといわれた。
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疲れ切っていたから、甘える。ここ、ブッキングドットコム、グーグルの書き込みでは無料で施してくれたなどあるけど、その日次第みたい。今はもうかっていないのかな?私は有料だった。まぁ夕飯は、600円くらいだったからいいけど。
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バクラジョン サラダ サスィスカという料理。
パンとメロンとティーもつけてくれた。 -
ジンジャーティーだった。
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食後、シャワーを浴びて、夜のお散歩。
夜のポイカロン建築群
人は昼間より多いよー -
ミナレットは単なる「塔」ではない。
本来はモスクから礼拝を呼びかける「アザーン」をするための塔。
カラーン・ミナレットには内部に螺旋階段があり、上まで登ることができる。
昔は、ムアッジン(礼拝を呼びかける人)が上まで登って、ブハラの街にアザーンを響かせていた。 -
カラーン・ミナレットには、かなり恐ろしい伝説がある。
昔、罪人をミナレットの上から投げ落とす処刑が行われたため、
「死の塔」
とも呼ばれていた、と言われる。
ただし、これについては後世の伝承として語られている部分もあり、歴史的事実としてすべてが確認されているわけではない。 -
毎晩見に行っていたけど、やはり私は昼間の色合いのほうがいいなぁ。
ライトアップは、安っぽいテーマパークに見えるんだ。 -
どれも一緒というかね。
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人が多いからにぎやかに見えるけどな。
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ヒヴァと一緒で、夜はどこからか人がわいてきているんだな。
ちなみに夜は、長袖が必要なくらい涼しくなる。
この日はよく歩いた。
おやすみなさい。
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