2026/04/29 - 2026/05/03
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しんちゃんちかさん
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2026/05/02
2026/05/03
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きっかけは2026年お正月明けのANAのセール。
GWの行き先を考えた時に、行きたいけれど行けてないところは、五島列島…
五島列島の空の玄関口、五島福江はANAもJALもORCオリエンタルエアブリッジ航空のコードシェア便があってちょうど良い!
長崎便はセールでもお高く、福岡便は片道1万円ちょっとで出ていました。
博多港からフェリー(夜行)で早朝に五島に着く『太古』もありますが、せっかくですのでここは飛行機で行きたい^ ^
福岡の先はORCのHPからですと航空券の発売が1月下旬と、この時点で予約が入れられず。
ANAからでしたら予約、購入出来て、ANAへのマイル加算、福岡のANAラウンジの使用、荷物の優先受け取りなどANAとして搭乗することが出来ます。
(※ORCのHPとANAのHPから同じ便の予約・購入が可能ですが、料金は異なり、概ねORCの方がお安いです。)
プロペラ機で座席数も少なく、GWの繁忙期でしたので、安全策で早めに押さえたかったので、ANAから購入。
また、ユナイテッド航空のマイルで、羽田から五島福江まで特典航空券としてANA便を予約することも出来ますが、ここではマイル温存です^ ^
それと、羽田~福岡~五島福江と通しで買うよりも、羽田~福岡、福岡~五島福江と分けて買った方がかなりお安くなっていました。
不思議ですね。
笑っちゃうのは、羽田~福岡よりも福岡~五島福江の方が、距離も飛行時間もかなり短いのに料金が高いんです(⌒-⌒; )
離島のフライトは天候によって欠航が少なくなく、航空券も別切りですので、安全策を取って経由地の福岡で往復それぞれ1泊することに。
福岡ならヒルトンに泊まれますし♪
→あとでANAに確認すると「別切りでもANA同士の便ですので、前の便が遅延や欠航で次の便に間に合わない場合は、差額無しで次に乗り継げる便をお探しします」とのことでした。
1回目の五島列島としては(五島は広いので、すでに2回目行く気満々・爆)、GWですし、大満足な旅になりました。
振り返ると、今回は思ったよりもお金が掛かったな~という印象ですが、飛行機でなくフェリーを使う、現地ツアーを早めに予約して希望のコースを確保する、(帰りの)経由地では宿泊不要、にすればもっと抑えられたかなと思いました。
どなたかのご参考になれば幸いです。
2026年
4/29(水) ANA 255
東京(羽田)(13:25) - 福岡(15:15)
スーパーバリューセール 10,560円
ヒルトンシーホーク泊 2人で11,003円(HPCJ割引券使用後、朝食とラウンジ利用は会員特典で無料)
4/30(木) ANA4693(ORC運航)
福岡(11:40) - 五島福江(12:25)
(往復)スーパーバリュー28F 16,170円
GOTO TSUBAKI HOTEL泊 2人で26,598円(割引クーポン・ポイント利用、朝食付き)
5/1(金)
五島市観光協会 『キリシタン物語 縦断クルーズ編』ツアー 1人22,000円
カンパーナホテル泊 2人で44,000円(2食付き、夕食は1人2,200円追加で五島牛のグルメ会席にアップグレード)
5/2(土)
五島自動車定期観光バス島内一周コース 5,400円(提携ホテル宿泊者割引後)
ANA4696(ORC運航)
五島福江(18:00) - 福岡(18:45)
(往復)スーパーバリュー75H 13,590円
東横INN博多口駅前泊 2人で14,910円(朝食無料)
5/3(日) ANA 254
福岡(13:15) - 東京(羽田)(14:55)
スーパーバリューセール 11,560円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5/2(土)
この日は、まだ回れなかった福江島島内観光へ
長崎の外海地方で急坂、細い道で怖い思いをした高所恐怖症の私は、離島では断然ツアーを選びました(^^;)
本当は離島の縦断クルーズより前に、福江島観光を入れたかったのですが、このツアー、なんと木曜日がお休みだそうで…
午前のコースと午後のコースをまとめたCコースで福江島を満喫します♪
五島自動車の系列ホテル(GOTO TSUBAKI HOTEL、カンパーナホテル)宿泊者は1割引の5,400円になります -
9:06
泊まっているカンパーナホテル前にバスが来て、ガイドさんがロビーの中まで参加者に声掛けしてくれます(私たちは玄関前に出て待っていましたが)
スーツケースもバスの荷物室に入れて、午後の観光が終わるまで一緒に移動が出来るので安心です
お支払いは福江港で一旦バスを降りて、フェリーターミナルの中の五島自動車の窓口でチケットと交換します
現金のみで、カードは使えないので注意です
アプリで予約されてる方も、一旦降りて手続きをして下さいと説明されていました
五島は交通機関やお店など、クレジットカードや電子マネーが使えるところが本当に少なくてびっくりしました
これからの普及に期待です^ ^
港に着いたらこの行列…良い写真が撮れなかったのですが、観光バスが何十台も!
タクシーに至っては、島中のタクシー集めてもこんなにないよねっていう台数のタクシーが(°_°)
ナニゴト!?福江港 乗り物
-
私たちの定期観光バスは後ろのバスですが、前のバスは「バイキング・エデン チャータークルーズ」クラブツーリズムの貸切のバス(の1台)でした
全部で16台、福江島の五島バスだけでは足りず、長崎バスも6台応援に来てもらったそうです
タクシーも予約貸切で、空港からも消え、島民や一般のお客さんは捕まえられなかったと
700人もいっぺんに来ちゃうと大変ですね
フェリーターミナル前~駐車場には、五島列島のTシャツやお土産を売るテントが並び、宅急便の臨時カウンターや市の観光協会のテントもあって、ちょっとしたお祭り気分でした♪ -
あらホントだ~奄美大島から来たのね♪
前日は荒天で船外には出られなかったようです…
今日は打って変わって凪、良かったですね
五島市も数ヶ月前からこのためにいろいろ準備して来たようです
大型船のため、直接港に着けられず、テンダーボートで上陸
ゆるキャラのごとりん、バラモン、つばきねこが、観光大使としてお出迎えしたそうです♪
このバイキング・エデン、北欧スタイルの内装ですが、正式な船名は招商伊敦(ZHAO SHANG YI DUN)で、船籍は中国・深圳
1番お安いお部屋(2人部屋)でも1人59万円からでした -
10:05
さて、ほぼ満員で9:20に出発した私たちのバスは、50号線沿いの「立谷教会跡地」の案内碑と教会堂のミニチュア模型横を通りました
写真奥の赤い◯はカトリック墓地
更にしばらく進むと五島で最初の教会の跡地で、「無原罪の聖母像」と祈りの広場が広がっています
立谷(たちや)教会は、1878年に五島最初の教会として建設されました。
しかし、1987年の台風の後、老朽化によって自然倒壊してしまいました。
立谷教会に安置されていた無原罪のマリア像は、 教会倒壊後は井持浦教会で保管され、 信徒たちも井持浦教会に通うこととなりました。
立谷教会跡地は暫く放置されていましたが、 1998年にマリア像が戻され、野外教会として整備され、信徒たちの祈りの場となっています。 -
10:13
最初の下車観光地、井持浦教会に着きました井持浦教会 寺・神社・教会
-
日本で最初にルルドが作られた教会
1987(昭和62)年の台風で大破し、翌年新たに建立されました -
フランスから五島にやって来たペルー神父は、フランス製のマリア像を洞窟内に収め、フランスのルルド村から水を取り寄せて洞窟内の泉に注ぎました
ひと口飲んでみたけれど、果たして(^^; -
司祭館
教会に続く坂道のアーチには「MA」(聖母マリア)の文字が記されています -
水の聖母堂
教会に付随するショップ
無人ということでしたが、お支払いする時だけ呼ぶのかしら? -
10:25
(上) 井持浦ルルド 水の聖母堂 教会に付随するショップ
井持浦教会は、1897(明治30)年に創建された、五島で最初のレンガ建築 による教会堂である。当初は側面に連続アーチからなる、ロマネスク調の 吹き放ちの廊下があったが、信徒の増加により手狭となったため、1924(大正13)年に聖堂内に取り込むように改築された。なお、現在の聖堂は1987(昭和62)年の改装後のものである。また同教会敷地内にあるルルドは、1895(明 治28)年、当時の五島教区のアルベルト・ペルー神父により提唱され、2年後、日本で初めて建設されたものである。
「ルルド (Lourdes)とは、南フランスのピレネー山麓にある町の名前で、1858 「年に、薪拾いに出かけた少女・ベルナデットが、近くの洞窟で聖母マリア に出会い、聖泉を示されたという故事に由来するカトリックの聖地で、その聖泉の水を飲んだり浴びたりした者は、病が癒されるなどの奇跡が現れるとされている。井持浦のルルドは、五島各地から選ばれた岩石により築造され、内部には聖母マリアの像が安置されている。傍らに掘られた井戸 には、聖地ルルドの聖泉の水が混入され祝別されており、以降この地は第2のルルド霊泉地として全国各地から熱心な信徒が訪れている。 -
10:40
大瀬崎灯台が見える断崖
ここまで上がって来るのに、かなりの急坂でした
レンタカーだったら、高所恐怖症の私は絶対に無理…すぐに断念したでしょう(≧∀≦)
大型バスのベテラン優良ドライバーさんでよかった!
実は上がり切る前の途中に、通って来た道と断崖絶壁の風景が眼下に見える(というか霞む・笑)物凄い風景が見える箇所があって、そこで一瞬止まってくれたんです
ひえ~、キャーと言ってる間に写真が撮れず…そっちの方が、展望台から見る景色よりも凄いので、どうぞお見逃しなく(笑)大瀬崎断崖 自然・景勝地
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これです!
ツアーでここに来ることが分かって、映画『悪人』のDVDを見ました
結果、夫婦で最後泣いちゃいました(ToT)
妻夫木聡と彼を愛した深津絵里の逃亡劇ですが、善悪について考えさせられる映画です
とても良い作品だと思います
こんな場所でロケが続いたのですねー
ビックリです大瀬崎灯台 名所・史跡
-
10:50
福江島の最西端に位置し、沖縄を除いて日本で最も遅い時間に沈む夕日を眺められる場所
12月31日は鑑賞会が開かれて、年越しそばがふるまわれるので、ガイドさんは毎年いらしているとのこと
大阪から福江島に移住されたガイドさんですが、秀逸で、本当に色々な話をしてくださって、楽しい1日になりました^_^
沖縄の今帰仁へ行った時もそうでしたが、ガイドさんは地元出身者よりも移住者の方が多いんじゃないかと思うくらいです -
11:27
この辺は五島市玉之浦町布浦というところです
江戸時代末期、迫害から逃れた潜伏キリシタンが五島列島の玉之浦地区に移住しました
大村藩がキリシタンの鶴田沢右衛門を流刑にし、五島の藩主が玉之浦の土地を与えたと伝えられています
仏教徒の多い隔絶した寒村でしたが、彼らは塩の生産に従事し、藩の財政を支えました
明治初期のキリシタン迫害時、玉之浦地区だけが逃れました
五島藩の政策に従って島の未開拓地に移住し、仏教集落と互助しながら信仰を続けた集落だからでしょうか
写真の墓地を見ても、仏教徒と一緒に、クルス(十字架)の乗った墓標があって、白いマリア像も一緒に祀られているのが分かります -
11:31
玉之浦湾
長崎県は養殖マグロの水揚げ量が日本一だとは知りませんでした(°_°)
関東に住む私は、ガイドさんの「近大マグロが~」という言葉も、すぐに反応出来ずにいました
近畿大学といえば、世界初となるクロマグロの完全養殖の成功が有名なんですね
写真は近畿大学の協力を受けて、「近大マグロ」として首都圏などに出荷している養殖いけす(黄色い四角で囲んだ部分)が並び、一つの直径が30mだそうです
ここだけでなく、このあと、要所要所でこの丸いマグロのいけすを目にしました -
11:47
高浜海水浴場
西海国立公園に指定されていて、美しい多島景観が広がっていました♪高浜 自然・景勝地
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黄色い◯は魚籃観音展望所
魚籃観音(ぎょらんかんのん)は、三十三観音に数えられる観音菩薩の一つで、中国で生まれた観音の一つ
とんがって見えるのは、手には鯛を抱え、東シナ海の大漁と航海安全を祈願して建立された大観音像 -
「日本の渚百選」や「日本の道百選」に選ばれた、透明度の高いエメラルドグリーンの海と白い砂浜が特徴
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12:11
実は五島には飛行場が3つある、とガイドさんよりお聞きしました
①五島つばき空港 福江空港
②上五島空港 上五島飛行場(現在は定期便はなく、旅客実績はゼロ)
③福江島分屯基地 福江島着陸場 レーダーサイト部隊・第15警戒隊が配置
ここは④ -
12:22
カトリック水ノ浦教会(車窓)
ここは下車観光したかったですねぇ(^_^)
写真を見ましたが、日本最大級の木造教会かつ、鉄川与助によるリブ・ヴォールド天井を持つ教会としては最後の作品となった、まさに集大成の内装も素晴らしい教会のようです
水ノ浦教会の歴史は、江戸時代末期に大村藩領から移住した潜伏キリシタンのうち、5人の男性とその妻子らの移住にはじまります。かれらは仏教徒を装いながらひそかにキリスト教を信仰する日々でした。
1866年(慶応2年)のころ、上五島の信者が水ノ浦に来て、長崎の大浦にキリシタンの教会が建っていることを告げました。同年11月8日、水ノ浦の帳方など3人が長崎に行き、プティジャン司教に面接してメダイや十字架をもらい受け、帰島しました。
1868年(明治元年)12月25日、水ノ浦のキリシタンたちが帳方の家に集まって祈っているところを役人に踏み込まれるという事件がありました。4~5日後、30余名の男性が捕らえられ、急ぎ牢にしつらえた同帳方宅につながれました。大半の信徒は1869年(明治2年)に出牢を許されましたが、主だった8名はさらに2年あまりを牢内に留めおかれました。
水ノ浦の信徒たちは、禁教の高札撤去から7年後の1880年(明治13年)に、水ノ浦湾を一望する小高い丘の上に最初の教会を建立しました。
60年近くの歳月を経て、教会は容赦なく吹きつける潮風に老朽化してしまい、建て替えられることになりました。現水ノ浦教会は1938年(昭和13年)、設計、施工が名工鉄川与助で、当時雲仙に建てる予定だった教会が諸般の事情によりとりやめとなり、その資材をそのまま買い受けて進められました。
五島市HPより引用
https://www.city.goto.nagasaki.jp/sekaiisan/li/010/190/20190201191302.html水ノ浦教会 寺・神社・教会
-
12:54
午前中のコースは予定通り12:50には福江港に戻りました
午後のコースも参加する方のために、港近くでお昼が食べられるお店を何店舗か案内がありました
おそらく「うま亭」に行かれた方が多かったかもしれませんが、初日に行ったので、私たちはフェリーターミナル2階のおにぎり屋さん「米じゃろなんじゃろ」へ♪
使用されているお米は玉之浦の幾久山地区で生産している自社米で、4年連続県下1位の五島産のお米100%だそう
夫は五島うどん
美味しかったですよ^ ^ -
午後のコースが始まりました♪
13:50発 福江島~堂崎天主堂~武家屋敷通り(車窓)~鐙瀬溶岸海岸・ビジターセンター~15:45 福江港のコース
ドライバーさんとガイドさんは、午前中と同じ方で、お二人とも本当に感じが良くて、運転も丁寧、安心して乗っていられました^ ^
13:55
写真は、堂崎天主堂へ向かう162号線沿いのキリシタン墓地ですが、道路を挟んで左側は奥浦町、右側は平蔵町といって、この奥浦一帯には江戸時代後期以降、大村藩から移住してきた潜伏キリシタンの集落があり、平蔵もその一つでした。(oratio.jp)
潜伏キリシタンたちは、表向きは近くの寺の檀家となりながら、密かにキリスト教信仰を守りました。
道路の反対側には旧:木の口キリシタン墓群がありますが、現在ではこちらに移ったお墓が多いようです -
14:03
午後のハイライト、堂崎教会に着きました
浜辺にはりんごの形をした丸い巨大な石「りんご石」が2つ並んでいるんですが、写っていないですね…~_~; -
14:07
他にもツアーバスがいたので、入場券購入待ち -
14:10
堂崎教会
1907年、パリ外国宣教会のペルー神父によって赤レンガ造りに建て替えられました
かつては全五島の布教の中枢基地でありました
現在は資料館、巡回教会となっています -
14:11
敷地内には「五島ヨハネ殉教像」
1597年に長崎の西坂で殉教した26聖人の1人、ヨハネ五島、わずか19歳で殉教した彼の姿がありました
聖骨もマカオから里帰りして、天主堂内に安置されています -
ポルトガルから医師であり修士でもあるアルメイダと日本人修士ロレンソが1566年(永禄9)五島に派遣されました
ここから五島でのキリスト教布教が始まり、福江で25名、奥浦で120名が洗礼を受けました
このレリーフは五島の人々とキリスト教の出会いが描かれています -
マルマン神父とペルー神父の記念像
2人の宣教師は、禁教令が解かれた後、孤児の救済や教会の建設に尽力しました
この地は宣教再開と同時期に、宣教師の指導のもとにはじまった子部屋と、その事業母体となった女部屋発祥の地でもあります
子部屋とは?
当時の五島は非常に貧しく、江戸時代から行われていたいわゆる子供の「間引き」が続いており、貧困家庭の子女、不義の子、障害のある子、双子などが闇から闇へと葬られていました
それを見かねたマルマン神父はそのような子どもたちの救済に乗り出しました
1880年神父は大泊の一民家とカトリックの家族の娘たちの力を借り 「子部屋」と呼ばれる養護施設(日本での最早期の児童福祉施設で、のちの奥浦慈恵院)を作りました
女部屋とは?
五島や外海など長崎の各地には、十九世紀後半から二十世紀前半にかけて「女部屋」と呼ばれる共同体が作られました
カトリックの女性信者たちが司祭の指導のもとで共同生活を送り、祈りと労働を通して地域の孤児養護や看病などに当たった集まりです
奥浦は、こうした女部屋の代表的な場所の一つです
1880年ごろ、奥浦で養護施設とともに「女部屋」が始まり、これが現在の修道会・修道院の起点の一つとされています。(n-junshinseibokai.or.jp)
五島列島では奥浦のほか、鯛ノ浦、仲知、水ノ浦、黒島、平戸、外海、伊王島などにも女部屋が生まれました(catherine.ac.jp)
保母として働く修道女を育成する女部屋(現在のお告げのマリア修道会奥浦修道院)がその一つでした
奥浦では、児童養護施設「奥浦慈恵院」の前身となる「子部屋」とともに、女部屋が地域の福祉や医療に深く関わっていきます
社会奉仕施設や修道院の草分けでもあり、キリシタン史上からも重要な位置を占めている由緒ある天主堂だったんですね -
14:21
近くには民俗資料館がありました
ちょっと興味がありましたが、時間もそんなにないので諦めます -
カフェ「BABY QOO」
看板メニューは長崎名物の「チリンチリンアイス」
食べたかったな~
映画『孤独のグルメ』の撮影地としても知られているようです -
14:23
「菓子工房 noko-noki」
カフェもありますが、五島産の椿油や島塩を使った堂崎マドレーヌで有名です
前日のクルーズのあと、フェリーターミナルで買ってあります^ ^菓子工房 noko-noki グルメ・レストラン
-
14:38
奧浦中学校
ガイドさんから、廃校になった、と聞かなければ、今も使われている校舎だと思える外観です
創立当時は学校職員や生徒、地域住民が裏山を削ったり、入り江を埋め立てたりして校舎を建てた歴史から「開拓」の精神を守り、勉強やクラブ活動に励み、ロボットコンテスト全国大会では3回優勝、その偉業が今も展示してあります
子供の日が近かったので、鯉のぼりが上がっていました
今でも地域の方々に愛されているのですね -
14:39
車窓からだったのでこんな写真しかありませんが、「カトリック浦頭教会」(黄色い線で囲んでいます)
旧約聖書のノアの箱舟をイメージした白亜の教会
この辺は大村藩から五島へ移住した信徒たちがいち早く住み着いた平蔵(ひらぞう)地区と呼ばれているところ
移住後、密かに信仰を守っていた信徒たちですが、1868年(明治元)には久賀島に引きつづきキリシタン迫害が本格化した場所です
この地区で叩き責めにあう信徒の悲痛な叫び声が、約2キロ離れたところまで聞こえたと伝えられています
最初の浦頭教会は、1888年(明治21年)に建立されました
1921年、2代目の教会は鉄川与助の設計・施工により完成、そのころは平蔵(ひらぞう)教会と呼ばれていました
日曜日のミサに集まる近郊からの信徒たちは教会に入りきれず、外庭まではみ出す状況でした
1968年(昭和43年)に集落の高台に場所を移し建設されました
ここも下車観光したかったです
五島藩としては農民数を増やして、農産物を増産し税収をあげるために労働力を確保したい
そのため移住者1000人の申し込みに対して、最終的に3000人もが大村領外海地区から船で渡ったともいわれています
大村藩では厳しい人口抑制策がとられており、同時に潜伏キリシタンの追放も課題でした
当初「五島へ五島へと皆行きたがる 五島はやさしや土地までも」と謡われましたが、移住した先はほとんどが山間僻地のやせ地や、漁業にも不便な海辺でした
その移住先での過酷な生活により、 「五島へ五島へと皆行きたがる 五島極楽来てみて地獄」と変わっていったそうですカトリック浦頭教会 寺・神社・教会
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15:11
堂島教会から17km南下して、鐙瀬溶岩海岸に着きました
福江空港近くに広がる標高315mの鬼岳という山が、噴火した際に流出した溶岩によって形成された海岸で、約7キロの長さに渡って広がっています
鐙瀬という名称の由来は1507年に当時の領主が逃亡中、この地で鐙が切れてその後自刃したからだとされます鐙瀬溶岩海岸 自然・景勝地
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鐙瀬ビジターセンター
五島列島の誕生・自然・歴史文化を楽しく学べるジオパークと西海国立公園の拠点施設として2023年にリニューアルオープンしました
ここでは他のツアーグループに結構会いましたが、例のクルーズで寄港している方々もいらっしゃったのかも鐙瀬ビジターセンター 名所・史跡
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五島各地の念仏踊り
チャンココは長崎県五島列島・五島市周辺に伝わる念仏踊りで、基本的にはこの地域の固有の呼び名とされています
五島市の旧福江市内を中心に、上大津・下大津・上崎山・下崎山・大浜・大窄・吉田など、市内の複数の地区で「チャンココ」として継承されています。(city.goto.nagasaki.jp)
五島市内には、チャンココ以外にもオーモンデー、オネオンデ、カケなど、別名の念仏踊りがありますが、いずれも五島市域に限られた伝承です
海岸漂着ゴミ
中国語が書いてありますね -
海岸一帯は亜熱帯森林になっています
鬼岳鬼岳 自然・景勝地
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16:05
定期観光バスは定刻16:10福江港着の予定ですが、空港行きのバスも16:10でして…(⌒-⌒; )
途中、ガイドさんに、間に合いそうですか~?と聞いて見たところ、「時間見て集合や出発時間を案内させて頂いています。大丈夫だと思いますよ。」と頼もしいお答え♪
五島自動車さんのHPには、空港バスのスケジュールは定期観光バスや航空便に合わせています…とあったのですが、同時刻ではきつすぎません?(苦笑)
念のため、事前に観光協会で、港付近でタクシーが捕まえられるところを聞いておきました
秀逸なガイドさんと優秀で優しいドライバーさんに感謝!
港に着いたらダッシュで降りて、荷物室からキャリーを出してもらって停留所へ
バスが帰る時に手を振ったら、ドライバーさんも振り返してくれました(^^)
無事、16:10のバスに乗れて空港へ
16:29
福江空港に着きました -
一昨日降り立った空港に戻りました
NH4696 五島ー福岡 V(往復) Super Value 75H福江空港 空港
-
ステンドグラスの通路、素敵ですね♪
往路はORCの機材でしたが、復路はANA
これは、Q400で運行される便は、ORCのパイロット・客室乗務員が担当されますが、機材はANAウィングスとの共通事業機であるため、ANAの塗装となるそう -
DHC8-Q400(ボンバルディア機・愛称ボンちゃん?^ ^)の機窓からは、五島列島の美しい多島美を楽しむことができました
-
18:17
左奥が奈留島、中央の赤い橋が若松島と中通り島を結ぶ「若松大橋」、橋の左側が若松島、右側が中通り島 -
この日のお宿は東横INN博多口駅前なのですが、向かいのこちらと間違えて入ったら、どうやら違う…(⌒-⌒; )
-
19:39
こちらでした^_^ -
お部屋は東横INNですので、同じです^ ^
-
クルーズの日に薄着をして、風邪をひいてしまい、喉が痛くて鼻水も止まらず体調不良…
おうどんにしました
お味はいまいち…
博多うどん酒場 和八わっぱち 博多駅くうてん店
福岡県福岡市博多区博多駅中央街1-1 アミュプラザ博多くうてん 10Fアミュプラザ博多(JR博多シティ) ショッピングモール
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5/3(日) 8:43
カレー食べてますが、熱も出て来て薬は持ってますが、いよいよ本格的に風邪(>_<) -
雨の中、整備して下さりご苦労様です!
そして、手も振ってくれました♪
機内では写真も撮る気も起こらないほど、体調が悪く、羽田まで、辛いフライトになりました(TT)福岡空港 空港
-
副鼻腔炎というお土産も付きましたが、ずっと行きたかった五島に行けて満足です(´∀`)
五島は広く、今回行ったのは下五島
次回は上五島に行かなければ!(笑)
堂島マドレーヌは、思ってたよりも硬めのしっかりした食感でした
博多通りもん、美味しいですね、大好き♪
これでGWの福岡・五島旅はおしまいです
最後まで見てくださり、ありがとうございました
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