2026/05/25 - 2026/05/26
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ココ&ナッツさん
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クロアチア・スロベニア・ボスニア・モンテネグロ 5泊8日間のツアー
8日間で4か国と聞くとハードな行程だと思うが、一筆書きの行程の中で寄る町なので、そこまで遠回りにはならない
この旅行の目的は、プリトビチェ国立公園とドブロブニクなどでゲームオブスローンズのロケ地巡りなんだけど・・
ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロは、クロアチアとの国境越えがあるし個人では行きずらいところなので、訪れる良い機会だとも思った
ただ国境越えでは、出入国の手続きで結構な時間的なロスがあったのが残念なところだった
- 旅行の満足度
- 3.5
-
そのクロアチア・スロベニア・ボスニア・モンテネグロを巡る8日間のツアー
この地域はほんの30数年前に起きたユーゴスラビア紛争の歴史を抜きにしては語れない、ということで簡単に歴史に触れておきたいと思う
「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島
この地域は、東ローマ帝国、オスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下になった歴史があり、そのため多民族、多宗教が混在している
セルビア人(東方正教)
クロアチア人(カトリック教)
ムスリム・ボシュニャク人(イスラム教)
第2次世界大戦後チトー大統領のもと国が統一されユーゴスラビアとなった、彼の死後、ベルリンの壁崩壊後社会主義が後退する中、ユーゴ(ざっくり言って社会主義、セルビア勢)からの独立運動が高まった
これが紛争となり宗教と民族が複雑に絡み合い、お互い激しく対立することになってしまった
夫婦間で、お隣近所同士で、はからずも「敵」になってしまう悲劇も生まれた
なかでも、これから訪れるボスニアヘルツェゴビナは、戦闘が激しかった地域
スロベニアやクロアチアと異なり、絶対的多数派が存在しなかったこともあり、内戦が泥沼化し、民族浄化、ジェノサイドも発生し凄惨な戦いが行われた
ほぼ均一民族、そして平和な島国日本に住んでいる自分には想像できないほどの苦悩の歴史を経てきたんだと思う -
ボスニアヘルツェゴビナのモスタルにやってきた
モスタルは15~16世紀にオスマン帝国の影響のもとに発展した
だからとてもイスラム的な雰囲気漂う街
今までの旅程では、アドリア海沿岸のダルマチア地方、ザダール、シベニク、スプリトなど中世イタリアの影響を受けてきた美しい古都、街並みを観光してきたけど、ここでにガラリとイスラム風に雰囲気が変わった
しかしこの町もユーゴスラビア紛争で、古い街並みのほとんどが破壊されてしまうという悲劇に見舞われてしまった
そして破壊から復興して、平和のシンボル的な街に生まれ変わった -
お、これが有名なスターリモスト橋か・・と思いきや
クリヴァ・チュプリヤ橋と言う橋で、ネトラバ川の支流にかかる橋
そういえばちょっと小さい感じ
スターリモストと同年代16世紀に建てられたクリヴァ チュプリヤ 建造物
-
ランチ
これはトルコで見たことがある・・キョフテ(スパイスのきいたハンバーグ)
さすがにオスマントルコの影響を受けている
他にお皿いっぱいのポークやチキン、ボリュームいっぱい -
イチジクの木が多い
この木は石垣の間から生えてきている -
東方教会の塔
カトリック教会の塔
モスクのミナレットが見渡せられる
憎悪の時を経て、今や民族、文化、宗教が共生している象徴的な画だ -
スターリモスト
「スターリ」は古い、「モスト」は橋
橋の上から余興で川へ飛び込んだ人がいた
まわりからチップをもらってから飛び込むらしい
飛び込みの記録は1664年以降にあり、1968年には公式な飛び込み大会が開催されるそう、とても古いんだねスターリモスト橋 建造物
-
飛び込んだ後、岸に上がった青年
気温30度前後あったので、気持ちよかったことでしょう
さて、スターリモスト橋の上へ行ってみよう -
スターリモスト橋にやってきた けっこう傾斜がある
16世紀、オスマントルコによって石橋に造りかえられた
1993年、ボスニア内戦で、橋はクロアチアによって砲撃を受け破壊された
内戦時、味方同士だったボスニアク人とクロアチア人もこの橋をはさんで戦った
2004年、ユネスコ、募金などの手を借りて橋が再建完成
2005年、「平和の象徴」として、橋と町が世界文化遺産に登録された
モスタルは民族、文化、宗教が共生する平和の象徴、と言うのは簡単だけど、ここまで来るのに想像を絶する困難があったに違いない
歴史を鑑みると、本来人間は異質なものは排除したい、という本能があるのだと思う
ナチのユダヤ人迫害、ガザ地区のイスラエルによるパレスチナ人排斥・・
日本だって3000人ほどのクルド人で軋轢が起こっている
隣国が日本の土地や水源を買い占めることにしても危機感を感じるし
民族、宗教を越えて仲良く共存する、というのはとてもハードルが高いことだと思うスターリモスト橋 建造物
-
橋のたもとに石碑がある
Don’t Forget 93(93年を忘れるな)
象徴である橋を破壊された悲劇を決して忘れない、という決意が感じられる
リメンバー パールハーバーみたいに
現在、橋の東側はボスニアク人、西側はクロアチア人と住み分けされているそうだ -
橋の一番高いところから下を見た
ネレトヴァ川までの高さは24m
ここから飛び込むのか・・これは怖い -
石碑と反対側の橋のたもとには、楕円形の石がきれいに敷き詰められた箇所がある、排水がしやすいそうだ
私:足つぼに聞きそう
相方:ウオノメに当たったら痛いぞ
この形状でモスタルの道を復興したかったのだけど、資金不足で、このエリアの一部分の路上だけという説明があった -
実際、おおかたはこのような道になっていた
だいぶ違うね
丸っこい石の上に不用意に乗るとツルりと滑る、ガイドさんがさっそく滑っていた -
モスタルの象徴、スターリモストの遠景
橋脚がなく、アーチだけで結ばれた美しい橋はオスマン朝建築の傑作
スレイマン1世統治下で名匠シナンの弟子によるもの
シナンの弟子の設計といえば、イスタンブールの有名なブルーモスクもそうだ
ちょうど「オスマン帝国外伝」という最盛期スレイマン1世からの皇室物語のようなドラマ(2周め)を見ていて、16~17世紀の様子がよくわかる、ブルーモスクは皇帝アフメトからの請負発注、なので正式名称は、スルタンアフメト・モスク
このブルーモスクが世界で最も美しいモスクと言われるなら、スターリモストも世界で美しい橋のひとつともいわれている
確かに直線と曲線が合わさり、高さのある石橋は、周囲の山や川、古都と相まって美しいと思う
ちなみに私の一押しの美しい橋だと思うのは、青森の鶴の舞橋 -
この街は復興して、すっかり観光仕様になっていた
狭い道の両側にお土産屋さんがずらりモスタル旧市街の古橋地区 旧市街・古い町並み
-
人出もたいへんなもの、人気の街
竹下通りも負けそうだ、まっすぐ歩けない
観光客はヨーロッパの人(たぶん)、イスラム系が多いという印象 -
イスラムの雰囲気が漂っている
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エジプト、トルコのバザールやスークで見たことあるような品揃えも多い
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モスタルの特産としては銅細工
お店の中で猫がまったりしている -
こちらも銅細工のお店
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ところでボスニアヘルツェゴビナ出身者に、サッカーのオシム前監督がいる
彼はボスニアの首都サラエボで生まれ育った
TVのアナザーストーリーで、ボスニアのサッカー界に多大な貢献したことを知った
2026年FIFAワールドカップの出場国にボスニアの名を見たときには思わず応援した、30年前までいがみ合っていた多民族軍が力を合わせて戦っていると知った今では応援したくなる、
ボスニアの現在の人口は約331万人、静岡県の363万人より少ない、その規模でよくぞベスト32に進出したものだ、アメリカに惜敗してしまって残念
規模的には静岡v.sアメリカ だものね -
ボスニアヘルツェゴビナのモスタルはこれでお終い
画像の橋はモスタルからクロアチアに戻るときに通った橋
橋の名は忘れたけど、このおかげで時間が短縮できたそうだ
この旅行では国境越えが4回あった
スロベニア→クロアチア お互いシェンゲン圏で、フリーパス
クロアチア⇔ボスニアヘルツェゴビナ
クロアチア→モンテネグロ
ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロへの出入国は、ツアー全員のパスポートをバスドライバーに預けて10分ほどで済む
クロアチアの出入国は、降りて個々写真撮影があるので時間がかかった
40分、長かった時は90分バスの中で待った、ドラマ1話分余裕で見れてしまう
このロスタイムを考えると、個人的には無理にボスニアやモンテネグロに行かなくても、その分クロアチアにもっとゆっくり滞在しても良かった、あまりにも駆け足だったので・・ツアーだから盛りだくさんにしたいのは理解できる -
話が飛ぶが、ここからは旅程最終日に訪れた、モンテネグロのコトルの様子
ドブロブニクを朝方出発しコトルへ
コトルは湾が入り込んだ奥にあり、そこまでたどり着くのに、結構な渋滞にはまった -
渋滞にはまりながら、アパートなど撮ってみたりした
山が町の背後までせまってきている
モンテネグロでのユーゴスラビア紛争について
モンテネグロは、ユーゴセルビア勢力とは良好な関係だったため、それほど戦争のダメージは受けなかった
民族宗教間で泥沼の紛争があった隣のボスニアヘルツェゴビナとは正反対だ
今回の旅行では訪れないが、この国の東隣のコソボは、国連の大方の国々からは独立を認められているものの、肝心のセルビアから独立を認めてられない(2026年現在)、とても複雑な事情がある -
コトルの旧市街の近くに近づいてきた
ここにも毎度おなじみの大型客船が停泊していた -
コトルの旧市街のレストランで
ステーキ ハム、チーズがはさまれていて、ホワイトソースがかかっている、イタリアンぽいコトルの自然と文化歴史地区 自然・景勝地
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1時間ほどコトル旧市街を散策した
中心的な聖トリプン大聖堂
1160年建設、ロマネスク様式ローマ・カトリックの教会
内部は1667年と1979年の地震の後に改修された聖トリプン大聖堂 寺院・教会
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ローマカトリック教会だけど、どこか東方正教会や異国情緒を漂う内陣
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祭壇には、黄金に輝くイコノスタシス、聖人のレリーフ
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コトルの守護聖人トリプン(古代の殉教者で地方港湾都市の聖人)を祭っている
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聖遺物も数多く・・
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天井付近のアーチ部分に残るフレスコ画が中世の雰囲気
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2階に宝物を展示するミュージアムがあり、その階段を上る途中、床にフルール・ド・リス・・フランス王家の紋章があった
なぜここにフランス?と思ったら、フランスに侵攻された歴史があり、ナポレオン憎しということで、踏みつけるため階段の床の真ん中に置いたと説明があった -
宝物ミュージアム
なかなか見ごたえがあった -
ここから城壁に上ってみよう(無料)
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城壁に上ってみると、目の前に白い大型客船
まるで移動する巨大ビル
いきなり何千人の観光客上陸だから、小さな街はたちまち混雑するわね -
今回巡った街には、もれなく大型客船が停泊していた
アドリア海沿岸の風光明媚な古都を巡るクルーズ、大人気 -
オスマントルコの侵攻に備えて造られたお濠や城壁
モンテネグロという国名の意味は「黒い山」
街の背後に迫る山々の色は、どちらかというと白っぽく見える
黒い山と呼ぶ意味がわからん
むしろモンテビアンコ(白い山)と呼んだ方が納得する
ちなみに白い山のフランス語名は、モンブランで違う山になってしまう
モンテネグロはもともとは、山々に樹々が茂り黒く見えることから呼ばれているそう -
2023年に開通したコトルのロープウエイに乗って、展望台へ
山を間近に見ても、白っぽいグレーの石灰岩の岩がゴロゴロしている -
標高1300mの展望台から
湖のように見えるけど、海
コトルのローカル空港が見える
意外にここからはコトルの町は山に隠れて見えない -
コトルの街はロープウエイの途中から見えた
コトル湾 海岸・海
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街で見た白い大型客船の姿もここから認められた
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「世界一美しい湾」コトル湾
上から見ると、その複雑で入り組んだ地形がよくわかった
ロープウエイを下り最後の旅程、モンテネグロ首都ポリゴレッツァの空港へ、イスタンブール経由で日本へ帰国
次回はいよいよドブロブニクで、ドラマ・ゲームオブスローンズのロケ地巡りです
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