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呉のイメージは、港町、ノスタルジックな町。そして明治時代から東洋一と言われた軍港であり、日本一の海軍工廠の町として栄え、なによりも戦艦「大和」を建造した町とのイメージ。<br />帰りのフライトは広島空港からだったので、広島市内までも行ってみたかったが、夫の希望もあって呉が今回の旅の最終地となった。<br /><br />フライトを予約してあった広島空港、もっと広島市内寄りと思っていたが、実際は竹原の北のあたりに位置していたので、呉が今回の旅の最後となったのは、結果的には良かったのかもしれない、<br /><br />(表紙写真は、呉港で現在建造中の2隻のコンテナ船)<br />

旅の終わりは戦艦「大和」を建造した呉の町へ。

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2026/03/29 - 2026/03/29

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mistral

mistralさん

呉のイメージは、港町、ノスタルジックな町。そして明治時代から東洋一と言われた軍港であり、日本一の海軍工廠の町として栄え、なによりも戦艦「大和」を建造した町とのイメージ。
帰りのフライトは広島空港からだったので、広島市内までも行ってみたかったが、夫の希望もあって呉が今回の旅の最終地となった。

フライトを予約してあった広島空港、もっと広島市内寄りと思っていたが、実際は竹原の北のあたりに位置していたので、呉が今回の旅の最後となったのは、結果的には良かったのかもしれない、

(表紙写真は、呉港で現在建造中の2隻のコンテナ船)

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
レンタカー ANAグループ JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  • 29日のお昼過ぎに、呉に到着。<br /><br />「てつのくじら館」が見えてきた。<br />車は、裏通りにあるパーキングを見つけて駐車した。<br />

    29日のお昼過ぎに、呉に到着。

    「てつのくじら館」が見えてきた。
    車は、裏通りにあるパーキングを見つけて駐車した。

  • 大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)は4月末まで<br />改修工事の為の休館だった。<br />楽しみにしていた夫は残念がっていたが、仕方がない。

    大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)は4月末まで
    改修工事の為の休館だった。
    楽しみにしていた夫は残念がっていたが、仕方がない。

  • 代わりといってはなんですが、<br />てつのくじら館に入ってみることにした。<br />正式な名称は「海上自衛隊呉資料館」というようだ。<br />入場料は無料だった。<br />

    代わりといってはなんですが、
    てつのくじら館に入ってみることにした。
    正式な名称は「海上自衛隊呉資料館」というようだ。
    入場料は無料だった。

  • 資料館入口。<br />上に見えている赤茶の物体は<br />潜水艦のお腹。

    資料館入口。
    上に見えている赤茶の物体は
    潜水艦のお腹。

  • 潜水艦 あきしお<br />全長 76.2m, 重さ 2,250t<br />1986年から2004年まで海上自衛隊で使用されていた。<br />2004年3月に除籍され、陸に上がってここに展示された。<br /><br />お腹の下を通って入場口へ。

    潜水艦 あきしお
    全長 76.2m, 重さ 2,250t
    1986年から2004年まで海上自衛隊で使用されていた。
    2004年3月に除籍され、陸に上がってここに展示された。

    お腹の下を通って入場口へ。

  • 2Fでは海上自衛隊の掃海部隊の活躍をパネルや実際の機器で<br />紹介していた。<br />掃海という言葉に惹かれて、その様子をパネルや実物の展示などから学んできました。自衛隊としても、掃海という大切な役割があることを広く広報したいという思い入れがあるように思った。<br /><br />戦後、たくさんの機雷が日本の周囲の海には沈められていたそうだ。<br />旧日本海軍による「係維機雷」(海底に沈めたおもりとワイヤで繋がれ、海中を漂うように固定されている機雷の一種)約5万5000個、アメリカ軍がB29で投下した「感応機雷」が約6500個も残されていたそうだ。<br />これらの機雷によって、日本の海上交通はほとんど途絶えてしまい、食料の輸入も止まってしまっていた。<br />昭和20年9月から、GHQの指令により旧海軍の艦艇や人員を活用して、「航路啓開」が開始。(啓開:障害物を取り除き、水路の航行を可能にすること)<br />この危険な作業は、元軍人約1200名が民間人として動員され、命がけでの処理をしたそうだ。<br /><br />初めて知った、戦後処理にあたっての危険な作業。<br /><br />現在では海上自衛隊の掃海部隊がこの任務を引き継いでいる。<br />現在でも、関門海峡周辺などには未処理のアメリカ軍の機雷が残っているそうだ。<br /><br /><br />

    2Fでは海上自衛隊の掃海部隊の活躍をパネルや実際の機器で
    紹介していた。
    掃海という言葉に惹かれて、その様子をパネルや実物の展示などから学んできました。自衛隊としても、掃海という大切な役割があることを広く広報したいという思い入れがあるように思った。

    戦後、たくさんの機雷が日本の周囲の海には沈められていたそうだ。
    旧日本海軍による「係維機雷」(海底に沈めたおもりとワイヤで繋がれ、海中を漂うように固定されている機雷の一種)約5万5000個、アメリカ軍がB29で投下した「感応機雷」が約6500個も残されていたそうだ。
    これらの機雷によって、日本の海上交通はほとんど途絶えてしまい、食料の輸入も止まってしまっていた。
    昭和20年9月から、GHQの指令により旧海軍の艦艇や人員を活用して、「航路啓開」が開始。(啓開:障害物を取り除き、水路の航行を可能にすること)
    この危険な作業は、元軍人約1200名が民間人として動員され、命がけでの処理をしたそうだ。

    初めて知った、戦後処理にあたっての危険な作業。

    現在では海上自衛隊の掃海部隊がこの任務を引き継いでいる。
    現在でも、関門海峡周辺などには未処理のアメリカ軍の機雷が残っているそうだ。


  • <写真とコメントとは一致していません。><br /><br />掃海艇による作業はもっとも基本となるもので、<br />ばらまかれた様々な種類の機雷に対して<br />掃海艇とその乗員とで対処していく。<br /><br />海上からだけでなく、ヘリコプターなどを用いて<br />空からの掃海も行われるそうだ。<br />

    <写真とコメントとは一致していません。>

    掃海艇による作業はもっとも基本となるもので、
    ばらまかれた様々な種類の機雷に対して
    掃海艇とその乗員とで対処していく。

    海上からだけでなく、ヘリコプターなどを用いて
    空からの掃海も行われるそうだ。

  • 様々な機雷処分具<br />隊員にかわって機雷に接近し<br />遠隔操作によって機雷を処分する「海中ロボット」<br /><br />自走能力があり、進化したものはテレビカメラ、<br />探知用のソーナーを持っているもの、などなど。<br />

    様々な機雷処分具
    隊員にかわって機雷に接近し
    遠隔操作によって機雷を処分する「海中ロボット」

    自走能力があり、進化したものはテレビカメラ、
    探知用のソーナーを持っているもの、などなど。

  • 1991年の湾岸戦争の際、イラクはペルシャ湾北部のクウェート沖合に約1200個の機雷を敷設していた。そのため、ペルシャ湾を航行する船舶にとっての脅威となっていた。<br />輸入原油の7割を中東地域に依存している日本にとっても深刻な事態となっていた。<br />経済大国となっていた日本に対して、資金面だけでなく、人的貢献をも求める国際的な意見を受け、掃海部隊の派遣が決定された。自衛隊にとって初めてとなる海外への派遣だった。<br /><br />写真は、ペルシャ湾の掃海に使われたフロート

    1991年の湾岸戦争の際、イラクはペルシャ湾北部のクウェート沖合に約1200個の機雷を敷設していた。そのため、ペルシャ湾を航行する船舶にとっての脅威となっていた。
    輸入原油の7割を中東地域に依存している日本にとっても深刻な事態となっていた。
    経済大国となっていた日本に対して、資金面だけでなく、人的貢献をも求める国際的な意見を受け、掃海部隊の派遣が決定された。自衛隊にとって初めてとなる海外への派遣だった。

    写真は、ペルシャ湾の掃海に使われたフロート

  • 1991年4月、掃海母艦はやせ、ほか6隻、人員510名がペルシャ湾へむかった。<br />当時の掃海艇は、機雷の磁気センサーに反応しないよう、木造戦隊が主流だったそうだ。

    1991年4月、掃海母艦はやせ、ほか6隻、人員510名がペルシャ湾へむかった。
    当時の掃海艇は、機雷の磁気センサーに反応しないよう、木造戦隊が主流だったそうだ。

  • 「1991年5月27日にアラブ首長国連邦ドバイのラシッド港に入港。<br />6月2日には日本が担当するクウェート市の東方100kmのMDA(機雷危険海域)7に移動。6月5日から音響・磁気機雷掃海具によって掃海に着手。<br />徐々にMDA7の安全海域を拡大していった。<br />6月19日からは機雷掃討によって、ひこしまが機雷を発見。初めての爆破処分を行った。7月20日までには合計17個の処分をした。」とパネルに記載されている。<br />(右側下の写真はペイントが施されたフロート)

    「1991年5月27日にアラブ首長国連邦ドバイのラシッド港に入港。
    6月2日には日本が担当するクウェート市の東方100kmのMDA(機雷危険海域)7に移動。6月5日から音響・磁気機雷掃海具によって掃海に着手。
    徐々にMDA7の安全海域を拡大していった。
    6月19日からは機雷掃討によって、ひこしまが機雷を発見。初めての爆破処分を行った。7月20日までには合計17個の処分をした。」とパネルに記載されている。
    (右側下の写真はペイントが施されたフロート)

  • 手前にあるフロート<br />あわしまの自衛官さんが顔を描いたようだ。<br />掃海艇が曳航する掃海具を、海中で一定の深さを保つ役割とともに<br />掃海済みの安全な海域と未掃海の区域とを区別する役割があったようだ。

    手前にあるフロート
    あわしまの自衛官さんが顔を描いたようだ。
    掃海艇が曳航する掃海具を、海中で一定の深さを保つ役割とともに
    掃海済みの安全な海域と未掃海の区域とを区別する役割があったようだ。

  • 国内では賛否両論があった中でのペルシャ湾への派遣だった。<br />

    国内では賛否両論があった中でのペルシャ湾への派遣だった。

  • このようなパネル展示をみながら三階まで上がり、<br />本物の潜水艦内部へと入っていった。<br />内部は撮影禁止だった。<br />

    このようなパネル展示をみながら三階まで上がり、
    本物の潜水艦内部へと入っていった。
    内部は撮影禁止だった。

  • ただただびっしりと機器類が詰め込まれたところや<br />コンパクトに設えられている居住スペースを<br />次々と見て回って出口へと出てきた。<br />

    ただただびっしりと機器類が詰め込まれたところや
    コンパクトに設えられている居住スペースを
    次々と見て回って出口へと出てきた。

  • 大和ミュージアムが休館ということから<br />「大和ミュージアムサテライト」へ行ってみることにした。<br />大和ミュージアムから呉駅方面へ歩いていったところにあった。<br />入場料金500円をお支払いする際、展示内容等について<br />サテライトであること(従って展示品はわずかだということ)<br />を念押しされた。

    大和ミュージアムが休館ということから
    「大和ミュージアムサテライト」へ行ってみることにした。
    大和ミュージアムから呉駅方面へ歩いていったところにあった。
    入場料金500円をお支払いする際、展示内容等について
    サテライトであること(従って展示品はわずかだということ)
    を念押しされた。

  • 零式観測機実物大模型<br />この観測機は、艦船が射撃を行う際の弾着の観測を目的としているそう。三菱重工業が開発した水上観測機で、大和などの艦船に搭載されていた。<br />また、観測や偵察、船団護衛などにも使用されたそうだ。<br />ここでは実物大模型を再現し展示している。<br /><br />

    零式観測機実物大模型
    この観測機は、艦船が射撃を行う際の弾着の観測を目的としているそう。三菱重工業が開発した水上観測機で、大和などの艦船に搭載されていた。
    また、観測や偵察、船団護衛などにも使用されたそうだ。
    ここでは実物大模型を再現し展示している。

  • タラップの上から、コックピット内の計器類などを間近で見られる。

    タラップの上から、コックピット内の計器類などを間近で見られる。

  • 戦艦に搭載されていた水上機。<br />戦艦が遠距離で射撃を行う場合、艦上から弾着を確認することは出来なかった。<br />そこで水上機を飛ばして、上空から弾着の状況を確認。その報告をもとに修正をして射撃の精度を高めようとしていた。<br />上の写真:カタパルト上の九〇式二号水上偵察機(戦艦日向)

    戦艦に搭載されていた水上機。
    戦艦が遠距離で射撃を行う場合、艦上から弾着を確認することは出来なかった。
    そこで水上機を飛ばして、上空から弾着の状況を確認。その報告をもとに修正をして射撃の精度を高めようとしていた。
    上の写真:カタパルト上の九〇式二号水上偵察機(戦艦日向)

  • 零式観測機のフロート

    零式観測機のフロート

  • 水上機には水面に浮かぶためのフロート(浮き舟)が備わっている。<br />中央に主フロート、左右に補助フロートがあった。補助フロートは格納時には折りたためたそうだ。

    水上機には水面に浮かぶためのフロート(浮き舟)が備わっている。
    中央に主フロート、左右に補助フロートがあった。補助フロートは格納時には折りたためたそうだ。

  • 1/100戦艦「大和」の模型<br />昭和54年(1979年)

    1/100戦艦「大和」の模型
    昭和54年(1979年)

  • 実際の戦艦をみた坂上隆氏が、戦後収集した資料をもとに、昭和42年から12年の歳月をかけて完成させた模型。

    実際の戦艦をみた坂上隆氏が、戦後収集した資料をもとに、昭和42年から12年の歳月をかけて完成させた模型。

  • 模型とはいえ迫力があった。

    模型とはいえ迫力があった。

  • 当日の17時<br />レンタカーを返却して、レンタカー会社の方に、ホテルまで送っていただいた。<br /><br />ホテルにキャリーを預けたまま、すぐに出かけていたので<br />改めてチェックインの手続き。<br />呉に到着時、すでに電話でお話はしていたが<br />想像通りの家庭的な雰囲気のホテルだった。<br />以前からあった建物を建て替えたようだった。<br /><br />ホテルの名前は 「無垢 入船の宿」という。

    当日の17時
    レンタカーを返却して、レンタカー会社の方に、ホテルまで送っていただいた。

    ホテルにキャリーを預けたまま、すぐに出かけていたので
    改めてチェックインの手続き。
    呉に到着時、すでに電話でお話はしていたが
    想像通りの家庭的な雰囲気のホテルだった。
    以前からあった建物を建て替えたようだった。

    ホテルの名前は 「無垢 入船の宿」という。

  • お部屋の設え

    お部屋の設え

  • この日の夕方の呉湾艦船巡り<br />「夕呉クルーズ」を予約していた。<br />ホテルからはタクシーで中央桟橋まで向かった。<br /><br />一日の最終便は特別便として日の入り時刻に合わせて運航。<br />自衛隊の艦船から自衛隊旗が降下される儀式も見られるそうだ。<br /><br />当日の記録によれば、18時05分から18時40分までとあった。<br />料金は1人あたり1700円。<br />

    この日の夕方の呉湾艦船巡り
    「夕呉クルーズ」を予約していた。
    ホテルからはタクシーで中央桟橋まで向かった。

    一日の最終便は特別便として日の入り時刻に合わせて運航。
    自衛隊の艦船から自衛隊旗が降下される儀式も見られるそうだ。

    当日の記録によれば、18時05分から18時40分までとあった。
    料金は1人あたり1700円。

  • 予約書を受付に出して、窓口でのお支払い。<br /><br />間もなく日が沈むという時刻に出航。

    予約書を受付に出して、窓口でのお支払い。

    間もなく日が沈むという時刻に出航。

  • ガイドさんが詳しく説明をして下さる。<br /><br />最初に見えてくるのが戦艦「大和」が建造された<br />海軍直轄の軍事工場、呉海軍工廠(こうしょう)大屋根ドッグ。<br />大和は1941年(昭和16年)12月に竣工。<br /><br />現在、かつての建造ドック跡は、ジャパン・マリン<br />ユナイテッド呉工場となっているそうだ。

    ガイドさんが詳しく説明をして下さる。

    最初に見えてくるのが戦艦「大和」が建造された
    海軍直轄の軍事工場、呉海軍工廠(こうしょう)大屋根ドッグ。
    大和は1941年(昭和16年)12月に竣工。

    現在、かつての建造ドック跡は、ジャパン・マリン
    ユナイテッド呉工場となっているそうだ。

  • 「良い写真が撮れますよ。」とガイドさんが。<br /><br />現在ジャパン・マリンユナイテッド(JMU)<br />呉事業所で建造中のコンテナ船、2隻。<br />「MAERSK TOKYO」と「MAERSK TORINO」<br />デンマークの海運会社MAERSKが発注した次世代<br />燃料グリーンメタノール対応の大型コンテナ船2隻が<br />並んでいる。

    「良い写真が撮れますよ。」とガイドさんが。

    現在ジャパン・マリンユナイテッド(JMU)
    呉事業所で建造中のコンテナ船、2隻。
    「MAERSK TOKYO」と「MAERSK TORINO」
    デンマークの海運会社MAERSKが発注した次世代
    燃料グリーンメタノール対応の大型コンテナ船2隻が
    並んでいる。

  • サイドからも撮影。

    サイドからも撮影。

  • 海上自衛隊の停泊中の艦船をぬうようにクルーズ船は進んでいった。<br /><br />おおすみ<br /><br />として検索すると、驚くほど詳細な情報が出てきます。<br />海上自衛隊 輸送艦<br />発注 1993年<br />進水 1996年11月18日<br />建造費 503億2,000万円<br />艦歴は1998年3月11日に就役、自衛艦隊に直轄艦として編入され呉に配備。<br />以降、年度毎にいつ、どこへ、どんな役目で出向いたかなどなどが詳細に書かれています。<br />

    海上自衛隊の停泊中の艦船をぬうようにクルーズ船は進んでいった。

    おおすみ

    として検索すると、驚くほど詳細な情報が出てきます。
    海上自衛隊 輸送艦
    発注 1993年
    進水 1996年11月18日
    建造費 503億2,000万円
    艦歴は1998年3月11日に就役、自衛艦隊に直轄艦として編入され呉に配備。
    以降、年度毎にいつ、どこへ、どんな役目で出向いたかなどなどが詳細に書かれています。

  • おおすみ<br />海上輸送、水陸両用作戦が主な任務でさらに<br />災害輸送(物資輸送・給水・入浴支援など)などで活躍

    おおすみ
    海上輸送、水陸両用作戦が主な任務でさらに
    災害輸送(物資輸送・給水・入浴支援など)などで活躍

  • 106(艦番号)<br />さみだれ <br />護衛艦<br />艦番号がわかると(艦の横にだいたいは番号または艦名が書かれている。)ネットで調べることができた。

    106(艦番号)
    さみだれ 
    護衛艦
    艦番号がわかると(艦の横にだいたいは番号または艦名が書かれている。)ネットで調べることができた。

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  • 4002<br />しもきた (輸送艦)<br />就役 2002年3月12日<br />2003年にはタイ王国陸軍工兵部隊と建設用重機をアフガニスタン近くのインド洋沿岸へ輸送、とあった。

    4002
    しもきた (輸送艦)
    就役 2002年3月12日
    2003年にはタイ王国陸軍工兵部隊と建設用重機をアフガニスタン近くのインド洋沿岸へ輸送、とあった。

  • しもきた

    しもきた

  • のうみ<br />掃海艦<br />就役 2025年3月12日<br /><br />ソナー: 可変深度式機雷探知機<br />     機雷捜索用水中無人機<br />自走式機雷処分用弾薬

    のうみ
    掃海艦
    就役 2025年3月12日

    ソナー: 可変深度式機雷探知機
         機雷捜索用水中無人機
    自走式機雷処分用弾薬

  • ようこう<br />輸送艦<br />就役 2025年5月30日<br />乗組員の大半を陸上自衛官が担っている。<br />進水式も陸上自衛隊が執り行った。

    ようこう
    輸送艦
    就役 2025年5月30日
    乗組員の大半を陸上自衛官が担っている。
    進水式も陸上自衛隊が執り行った。

  • ぶんご<br />掃海母艦<br />就役 1998年3月<br />機雷の除去や、掃海艦艇への燃料・真水・食料の補給、<br />傷病者の治療などの各種支援を行う。

    ぶんご
    掃海母艦
    就役 1998年3月
    機雷の除去や、掃海艦艇への燃料・真水・食料の補給、
    傷病者の治療などの各種支援を行う。

  • あまつそら<br />輸送艦<br />就役 2025年10月23日

    あまつそら
    輸送艦
    就役 2025年10月23日

  • 潜水艦が3隻並んでいた。<br />ちょうど自衛隊旗を降下するセレモニーが始まるようだった。<br />恐らくクルーズの最後あたりでこの降下式に出会えるように<br />スケジュールが調整されているのかも知れない。<br />

    潜水艦が3隻並んでいた。
    ちょうど自衛隊旗を降下するセレモニーが始まるようだった。
    恐らくクルーズの最後あたりでこの降下式に出会えるように
    スケジュールが調整されているのかも知れない。

  • トランペットが鳴り響き<br />自衛隊旗は最後にさげられた。<br />

    トランペットが鳴り響き
    自衛隊旗は最後にさげられた。

  • ぶんご<br />464

    ぶんご
    464

  • くろべ<br />訓練支援艦<br />就役 1989年3月23日

    くろべ
    訓練支援艦
    就役 1989年3月23日

  • 左 しもきた<br /><br />ここもガイドさんお薦めのポイントだった。

    左 しもきた

    ここもガイドさんお薦めのポイントだった。

  • こんな様子で、皆さん、熱心に撮影されていました。<br />

    こんな様子で、皆さん、熱心に撮影されていました。

  • 三登山 観音院 萬願寺のライティングされている<br />五重塔。<br />塔からはきっと呉の港が良く見えることだろう。

    三登山 観音院 萬願寺のライティングされている
    五重塔。
    塔からはきっと呉の港が良く見えることだろう。

  • 港に戻ってくるころには丁度日没となった。<br /><br />この時間になるとさすがに食事が出来そうなところが<br />見つからず、結局呉駅まで歩いてしまった。

    港に戻ってくるころには丁度日没となった。

    この時間になるとさすがに食事が出来そうなところが
    見つからず、結局呉駅まで歩いてしまった。

  • 駅のそばにあるホテルで海軍カレー(ではなかったが)<br />を食べてホテルへ帰った。

    駅のそばにあるホテルで海軍カレー(ではなかったが)
    を食べてホテルへ帰った。

  • ホテルへ到着。

    ホテルへ到着。

  • バイオエタノール暖炉だった?<br />入口前のスペースで炎がチロチロと揺らいでいた。<br /><br />翌日は今回の旅の最後の旅行記<br />たまたまホテルのすぐ近くにあった、旧呉海軍下士官兵集会所(青山クラブ)と、入船山記念館を載せる予定です。<br />どうぞ宜しくお願い致します。<br />

    バイオエタノール暖炉だった?
    入口前のスペースで炎がチロチロと揺らいでいた。

    翌日は今回の旅の最後の旅行記
    たまたまホテルのすぐ近くにあった、旧呉海軍下士官兵集会所(青山クラブ)と、入船山記念館を載せる予定です。
    どうぞ宜しくお願い致します。

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この旅行記へのコメント (7)

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  • わんぱく大将さん 2026/06/02 10:20:00
    船の名前の覚え方?
    mistralさん

    お早うございます。 関西は台風の影響で雨で、朝から旅行記を見ておりました。
    竹原に続いての呉ですね。  私も呉にいったことはありますが、駅としてよっただけで、でも”大和”のイメージだけはありました。(いや、入ったかな?)

    後半にいろいろな船の名前がでてくるのですが、どういう理由で、そういう名前が、(どこから)つくのかな?ってふと、思ってしまいました。で、あとで、この船の名前は? とクイズでだされたら、全くわからないように思います。

     大将

    mistral

    mistralさん からの返信 2026/06/02 20:10:15
    Re: 船の名前の覚え方?
    大将さん

    こんばんは。
    コメントをありがとうございました。
    そちらではすでに台風の影響があるんですね。
    関東はこれから明日にかけて、一日中風雨が強いようです。

    海上自衛隊の艦名、本当に様々ですね。
    大将さんの疑問に、はて?と思ってGoogle先生に聞いてみました。
    旧海軍からの伝統を引き継いでいるそうです。
    船の役割毎に、命名する際の基準があるようです。

    護衛艦: いずも型、ひゅうが型は日本の古い国名
    護衛艦:こんごう型、あたご型などは山脈、山岳名
    護衛艦:もがみ型などは川の名前
    輸送艦:おおすみ、しもきたなど半島の名前

    などなどで、面白いですね。
    艦船マニアなどの方は、恐らく船の名前から、どんなタイプの艦船かが想像できるのかも、など思いました。

    mistral

    わんぱく大将

    わんぱく大将さん からの返信 2026/06/02 20:45:25
    Re: 船の名前の覚え方?
    mistralさん

     ありがとうございます。
    船もそうですが、列車もマニアだったら、すぐわかるんでしょうね。
      大将
  • pedaruさん 2026/06/01 06:28:24
    呉 海上自衛隊
     mistralさん おはようございます。

     義兄が自衛官でしたので、呉には研修に行っていたようです。自衛隊のコックでした。
     入場無料の自衛隊資料館、mistralさんの詳しい説明で、普段あまりなじみのない自衛艦の役割などがよく解り、思わず解説にのめりこんでしまいました。
     純粋に国防のために活躍する自衛官、その働きがよく解りました。
     近ごろ暴力団のような国が幅を利かせているなか、平和のために努力をしている日本の自衛隊の働きは尊いと思います。ありがとうございました。

     pedaru

    mistral

    mistralさん からの返信 2026/06/01 17:16:11
    RE: 呉 海上自衛隊
    pedaruさん

    旅行記を詳細にお読みいただきましてありがとうございました。

    自衛隊と言いますと、災害の際の復興支援活動などではお馴染みですが
    あまり馴染みのない海上自衛隊の掃海という役割をメインにした展示に
    思わず足を止めてしまいました。
    機雷除去などの言葉はニュースなどでは聞いていたのかも知れませんが
    機雷がたくさん撒かれた海域では、危険で船の航行も出来なくなってしまう
    ということを知りますと、
    今回のひとたび封鎖された海域があると世界中がパニックになってしまうこと
    とも関連があるようで、
    見過ごすことが出来なくなりました。

    義兄さまが自衛官でいらっしゃったとのこと、
    コックさんをなさっておられたそうで、恐らく隊員の方々の為に大量のお食事を
    用意なさっていたことでしょう。
    おっしゃる通り、暴力団まがいの国が横行して力を誇示するさまには
    目をおおいたくなります。
    日本の自衛隊の役割は、あくまで平和のための活動であり続けて欲しいと
    願っています。

    mistral


    >
    >  義兄が自衛官でしたので、呉には研修に行っていたようです。自衛隊のコックでした。
    >  入場無料の自衛隊資料館、mistralさんの詳しい説明で、普段あまりなじみのない自衛艦の役割などがよく解り、思わず解説にのめりこんでしまいました。
    >  純粋に国防のために活躍する自衛官、その働きがよく解りました。
    >  近ごろ暴力団のような国が幅を利かせているなか、平和のために努力をしている日本の自衛隊の働きは尊いと思います。ありがとうございました。
    >
    >  pedaru
  • マーさん 2026/05/29 13:32:37
    呉編 ! お待ちしておりました(^^♪
    呉と云うとやはり「戦艦大和」のふるさとって浮かびますが、我が家はもう一つ
    1973年公開の深作欣二監督 菅原文太主演「仁義なき戦い」の舞台に
    なった場所って云うのが浮かんできます(笑)実在した広島ヤクザをモデルにした
    群集劇なのですが、メチャ嵌った思い出があります。

    今回の呉編 ! 大和ミュージアムは残念でしたが、てつのくじら館のご紹介内容
    とても興味深く拝見しました。 潜水艦の内部が撮影禁止だったのは
    残念でしたが、ワタシもドイツに行った際ドイツ海軍のUボート内部を見学する
    機会が有り、その狭さに驚いた経験が有りここも是非訪れてみたいと思いました。

    そして「夕呉クルーズ」絶対されてるかもと思っていたらやはり !
    我が家も計画の中にこのクルーズは入れようと考えてました。
    夫婦揃って、ミリオタなもので護衛艦とくにイージス艦そして潜水艦など
    観れたら狂喜乱舞ものではないかと思ってます。
    サテライト館で観られた「零式艦上観測機」のコクピットを拝見して
    当地鹿屋市にある鹿屋航空基地史料館に展示してある零式52型戦闘機(実物)
    を思い出しました。 とにかくコクピットが狭いんですよね
    やはり零式ですから共通しているのでしょうね!

    とても興味深い旅行記を読ませて頂き感謝でした。
    我が家の旅行計画の参考(鞆の浦編も含めて)にさせて頂きます(^^♪
     

    mistral

    mistralさん からの返信 2026/05/29 19:21:34
    RE: 呉編 ! お待ちしておりました(^^♪
    マーさん

    呉編、お待たせしました。
    苦手な分野ですので、時間がかかってしまいました。

    > 呉と云うとやはり「戦艦大和」のふるさとって浮かびますが、我が家はもう一つ
    > 1973年公開の深作欣二監督 菅原文太主演「仁義なき戦い」の舞台に
    > なった場所って云うのが浮かんできます(笑)実在した広島ヤクザをモデルにした
    > 群集劇なのですが、メチャ嵌った思い出があります。

    そうだったんですか。
    若き日の菅原文太さん主演なんですね。マーさんもお若かったことと思います。
    血沸き肉躍る、という感じなんでしょうか。

    > 今回の呉編 ! 大和ミュージアムは残念でしたが、てつのくじら館のご紹介内容
    > とても興味深く拝見しました。 潜水艦の内部が撮影禁止だったのは
    > 残念でしたが、ワタシもドイツに行った際ドイツ海軍のUボート内部を見学する
    > 機会が有り、その狭さに驚いた経験が有りここも是非訪れてみたいと思いました。

    てつのくじら館、無料で入場ができることもあり、なかなか楽しめました。
    海上自衛隊の大切な役割の広報、という意味もあるのかもしれませんが、充分、その役割を果たしている施設だと思いました。

    > そして「夕呉クルーズ」絶対されてるかもと思っていたらやはり !
    > 我が家も計画の中にこのクルーズは入れようと考えてました。

    クルーズに申し込むのなら、やはり夕暮れ時が良い!と思いますよね。
    かなり盛況なようでした。

    > 夫婦揃って、ミリオタなもので護衛艦とくにイージス艦そして潜水艦など
    > 観れたら狂喜乱舞ものではないかと思ってます。

    ご夫妻でミリオタですか!
    鞆の浦の後、呉にいらっしゃるとのことでしたから、艦船などにはかなりお詳しい!と想像していましたら、やはり!
    今回、旅行記につけたコメントは、わからないのを調べたりしていて、その分時間がかかってしまいました。
    私たち夫婦は、全く門外漢でして。それでも夫は大和や青山クラブなどなど、行ってみたいと希望していました。

    > サテライト館で観られた「零式艦上観測機」のコクピットを拝見して
    > 当地鹿屋市にある鹿屋航空基地史料館に展示してある零式52型戦闘機(実物)
    > を思い出しました。 とにかくコクピットが狭いんですよね
    > やはり零式ですから共通しているのでしょうね!

    すでに戦闘機の実物まで見ていらっしゃるんですね。

    > とても興味深い旅行記を読ませて頂き感謝でした。
    > 我が家の旅行計画の参考(鞆の浦編も含めて)にさせて頂きます(^^♪

    いつ頃のご予定なんでしょうか?
    今から、マーさんの旅行記が楽しみです。
    現地に行かれたら、すでに地理、地形、景観までばっちりあたまの中に入っておられるんですね。

    mistral
    >  

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