2026/03/27 - 2026/03/28
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mistralさん
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かねがね鞆の浦の静かな入り江の写真に惹かれていて、一泊の予約をしたのだった。
しかし、宿の予約をする為に、どんなところが良いのか調べているうちに、
スタジオジブリの宮崎監督がしばらく滞在されていたらしい、との情報。
NPOが街づくりの為に活動をしていて、宮崎監督が古民家改修の為のデザインをそのNPOへ提供されたらしい。
更には、幕末のあの有名な坂本龍馬が紀州藩と交渉して莫大な賠償金を受け取った地が、そこだ!など
こじんまりとした鞆の浦の町なのに、どんどんにぎやかな情報が集まっている所だと分かってきたのです。
その上、旅行記を書き始めると、万葉の時代から先人たちが行き来していた地であると言われている理由が分かってきました。
あの政治家で歌人でもあった大伴旅人さん、大宰府から晴れて帰京することとなった折、鞆の浦へ立ち寄り、亡くなった奥さんを偲んで詠んだ歌碑もあることがわかりました。
さっと通りすぎてしまった鞆の浦。
できることならもう一度行って、今回訪問しそこなってしまった地を訪ねてみたいと思っています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
-
鞆の宿、そわか荘は
27日、一晩の滞在
チェックアウト時間は10時だった。
キャリーを持って鍵は玄関においたままで
ロックをして出た。
あとから担当の方が鍵の回収やらお掃除などに来て下さる仕組み。
キャリーなどは車のトランクへ入れて
もう一度、鞆の港の散策をした。
前日に歩いた反対側へ行き、常夜灯などを見る。
良き眺め。 -
雁木が鞆港の周囲にはぐるりと設置されていて
まるで円形劇場のようだ。
全長は150m、最大のところでは24段もある花崗岩の石段。
石造りでは国内最大級のものらしい。
江戸時代初期に船着き場を造ったという記録が残っているようだ。
ところが昭和30年代には一部が埋め立てられてしまう。
現在でも残っている雁木は、1811年に造られた
「浜の大雁木」だそう。 -
お気に入りとなった景観。
-
浮き桟橋のようになっているところを
夫が渡ろうとしている。
途中でバランスを崩して海へ落ちるんではないか?
とハラハラして見ていた。 -
係留されている船まで
無事に辿り着いた。
自由に行っても良かったのだろうか? -
けっこうな距離を渡っていった。
絶景。 -
鞆の浦の特徴的な景色。
いろは丸展示館や常夜灯などが見えている。
まだ歩いている観光客は少なくて
一日の始まりの前の静けさが一帯を包んでいた。 -
-
観光船?フェリー?がやって来ていた。
-
ここからは前日の夕方に見学をしたものです。
「太田家住宅」
保命酒の醸造で栄えた建造物群。
江戸中期から後期にかけて酒造業で栄えた商家の構えがほぼ完全な姿で残されていることや、鞆の歴史的町並みの中核をなしていることなどから、1991年に重要文化財に指定されている。
主屋、保命酒蔵など9棟からなっていて
鞆の街並みの中心地に位置している。
当時は「保命酒屋中村家」として栄えていて特産品の保命酒を中心として様々な酒類の醸造が行われていたそうだ。明治期に太田家が受けつぎ今に至っている。 -
18世紀中期に建てられた主屋を中心に
後期には炊事場、西屋、保命酒蔵が増築されていった。 -
鞆町内の町屋、商家、寺院などでは
お雛様が飾られる恒例のイベントが毎年あるようだ。
3月の終わりだったが、ここ太田家では
まだ飾りつけが残されていた。 -
案内下さった女性の方のお話によると
お雛様のコレクションはお1人の女性の方が
集められたもののようだ。
今ではすべてのお雛様を、こちらの太田家で保存されているそう。
それでもまだまだ買い集められていて、購入されると
こちらへ直送されるとのことだった。 -
「胡蝶の舞」の雛人形が中に飾られている。
蝶の羽を背中につけているお人形。
現代ではこのような雛人形を新しく作る工房は
無くなってしまっているそうだ。 -
これらの雛人形は、飾る目的が桃の節句の雛人形とは
全く違っていたようだ。
この「胡蝶」は雅楽の中にある古典音楽の舞楽の一つで
「胡蝶楽」と呼ばれるそう。
伊勢神宮の「神楽祭」や熱田神宮の「舞楽神事」などで
奉納されるのは有名なようだ。
4人の童女が山吹の花を持って舞うそうだ。 -
この雛人形飾りは
お道具類がびっしりと飾られている。 -
-
お人形たちが
貝合わせで遊んでいる様子が、一部屋に -
裃雛(かみしもびな)の雛飾り
江戸末期~明治 -
埼玉県岩槻の橋本重兵衛という方が考案。
かみしも人形とも呼ばれている。
岩槻周辺から埼玉全域、群馬にかけて流行し
戦前まで取り扱われていたそう。 -
髪はオカッパや稚児の髪型、
裃を着て、両手を膝の前にお行儀よく揃えて正座している。
すべて男の子だそう。
手なども簡素な作りで、値段も内裏雛に比べる5分の1程度の為
広く人気が出て、女の子が生まれるとお祝いに親戚などから
贈られたようだ。 -
内裏雛を一番上に飾り、2段目以降には
贈られた裃雛を飾ったようだ。
女の子のいない農家でも、農耕や蚕の神さまにお供えする
ということから、わざわざ買ってきて飾ったようだ。 -
百歳雛
江戸末期 -
-
長寿を祝うお祝いなどに作られた雛人形。
白い髭がほどこされ、髪は真っ白な白髪で結われている。
「夫婦共に白髪になるまで仲良く元気にすごせますように」との
願いが込められていた。
東北地方では「相生さま」とも呼ばれていたようだ。 -
こちらは日本最大級の雛人形だそう。
脇にある立て札にはこう書かれていた。
「享保雛」(復元版)
平安 美忠 作
享保雛:
江戸時代中期(享保年間:1716~1736年)に京都で誕生し、裕福な商人の間で流行した豪華な雛人形。豪華絢爛になった為、幕府に8寸以上禁止、と制限されたという歴史をもつ。通常の雛人形より大きく、座り雛としては初期のものは70センチに及ぶものもあるそう。 -
雛人形の大きさを比較する為、ご参考までに前に座っている人との写真(夫)を載せます。雛人形の大きさがわかるかと思います。
写真を良く見てみたら、奥のお座敷には五月人形も
すでに飾られていたようです。 -
お内裏様のお雛様がお1人づつ別々になってしまいました。
三番親王:
大木平蔵、大正11年の作。滋賀県の豪商の家に伝わったお雛様だそうです。
現在一般的に飾られるお雛様は十番~八番の大きさのもののようです。
雛人形の業界では、実際の赤ちゃんの顔の約5分の1を5番、3分の1を3番という言い方をしているそうです。この3番の大きな雛人形は大変珍しいとのこと。
制作には大変な手間がかかるため、現在では3番親王を手掛ける人形作家さんはほとんどおられないようです。 -
特別注文品というこの雛人形。女雛の宝冠には家紋(桐紋)が入っているそうです。
-
古式ゆかしい雛人形と五人囃子
-
家庭画報(?)にここの雛人形が掲載されたようだ。
-
酒蔵の中にも飾られているとのことから
一旦外へでてみた。
裏側にも何棟もの建物がある。 -
「保命酒」の醸造販売をしていた太田家住宅
ここでの醸造工程とその施設の概要を明らかにするため、1996年から2年間にわたって、酒蔵、釜屋、炊事場の発掘調査が教育委員会によって実施されたそうです。
蔵の隣に立つ釜屋(写真はない)は、保命酒の原料のもち米を蒸す施設で、19世紀ごろの建物。
その時の発掘調査の様子が説明されている。 -
釜屋の隣には蔵がある。
端正な姿の蔵。
図面からは南保命酒蔵(18世紀後期のもの)と書かれている。 -
蔵入口周辺の平瓦(?)は
さいころの4の目のようなデザイン。
一つ上の蔵の全体写真、奥に方に設置されている瓦は
さいころの5の目のデザインになっている。
おもしろいというか、細部へのこだわりが粋。 -
蔵の内部。
-
羽子板が飾られている。
-
-
土人形のお雛様
粘土を型で成形し、素焼きした後に胡粉と顔料で彩色。
伝統的な郷土玩具 -
鞆の馬:
古くから伝わる風習の一つ。
八朔の節句(旧暦八月一日)に男の子が生まれた家では、木製の白い馬(玩具)を門口に飾って、出生を祝いました。そしてその飾り馬を馬の台(木製の車)に乗せて、太鼓をたたいて引きまわしたのです。
こうして、男の子の前途を男性的な馬に託して祝福したのでしょう。
とあります。 -
その馬の玩具。
-
この住宅の規模を示す看板。
幕末には、三条実美ら尊王攘夷を主張する七人の公卿が、都を追われ長州に向かう途中に宿舎としたことから、「鞆七卿落遺跡」として指定されているそうだ。 -
「いろは丸展示館」
江戸期に建てられた蔵をそのまま利用していて
鞆の町では「大蔵」とも呼ばれているそう。
内部には、船体調査の際に引き上げられた品々、
沈没状況のパノラマ、調査写真の展示、関連ビデオの上映
など盛りだくさんの展示。 -
2階には、当時から命を狙われていた龍馬が
鞆に滞在したおりに隠れていた「龍馬の隠れ部屋」が再現されている。
(写真は展示館ホームページよりお借りしました。)
瀬戸内海で紀州藩の軍艦に衝突されてしまった「いろは丸」
この事故で、いろは丸は積み荷とともに沈没。事故現場から近く、鞆の浦が大きな港だったため、事故の当事者たちは鞆の浦に上陸。事故の損害賠償交渉を行った。
龍馬が鞆にいたのはわずか4日間だったが、今でもいろは丸は鞆の沖に沈んでいて、それを2006年に発掘調査したのが鞆の「鞆を愛する会」だったことから、この町に展示館がつくられているそうだ。
龍馬側の言い分として、沈んでしまった鉄砲400丁、他銃火器、金塊など合わせて8万3526両を支払うよう要求。最終的に紀州藩では賠償金7万両を支払ったそう。
2006年に行われたいろは丸の沈没場所の調査では、龍馬が主張した鉄砲などの銃火器は一切発見されなかったそうだ。 -
車のパーキングあたりから
宿泊したそわか荘を見上げて
鞆の浦をあとにする。 -
書くことを忘れていましたが
鞆町も
「重要伝統的建造物群保存地区」いわゆる重伝建に選定されている。
いざそんな町並みをしめす写真をと思って捜してみたが
適当なものが見つからなかった。
町の観光用パンフの中の写真をお借りして載せておきます。
「江戸期の港湾施設が
揃って現存する奇跡の港町」
とサブタイトルが書かれていた。 -
名残惜しかったが、鞆の浦から尾道を目指した。
約1時間ほどで尾道市役所へ到着。
市役所は、船を連想させられるような建物で
休日も解放されていると聞いていたので
やってきた。 -
船の甲板のようだ。
照明器具もまさに船のもの。 -
-
トイレも使わせていただいた。
ロビーにはひと休みされているような方も。
丁度、もろもろの質問にも応えてくださるような
ボランティアの方(もしかしたら市役所の職員の方だった?)
がデスクに座っておられたので、
千光寺ロープウェー乗り場近くにはパーキングがあるかどうか
伺ったら、無いですね、とのお応え。
ここの駐車場にしばらく停めさせていただいても良いか
どうか聞いてみたら、有料ですが、それで良ければ、
と言ってくださった。 -
ついでにと、
市役所からも見えるところにあるラーメン屋さんが
今の時間、オープンしたばかりで、
これから長い列ができるでしょうから早めにと
教えてくださったので、急ぎ向かい
暫く列に並んでみた。 -
尾道ラーメン
一番シンプルなしょうゆ味を注文した。
次の旅行記では
千光寺ロープウェーに乗って尾道の町を眼下に見ながら
坂を下ってきます。
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竹原
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この旅行記へのコメント (8)
-
- pedaruさん 2026/05/18 06:41:03
- 鞆の浦
- mistralさん おはようございます。
広島県には古くて情緒ある町が目白押しですね。
その中でも鞆の浦は街並みに風情があって、いちどは行って
みたいと思っていました。
一昨年だったか、レンタカーを利用して付近の町などを散策しました。
私の知らない鞆の浦を教えていただきました。今度行く機会があれば
misutralさんの跡を訪ねてみたいですね。
印象的だったのは、鞆の浦の港です。普通小さな港では、漁船がくっつきあわんばかりに係留されて、騒がしい雰囲気ですが、ここ鞆の浦は静かで見た限りでは漁船も少なく、いつまでもそこに佇んでいたくなる港です。どこかここだけ空気感が違っていました。
坂本龍馬に対する印象が変わってしまいました。紀州藩を相手に弁舌爽やかに詐欺まがいの要求、これが美談なのか?。歴史の裏側にはいろんなことが隠れているのですね。
pedaru
- mistralさん からの返信 2026/05/18 15:10:49
- RE: 鞆の浦
- pedaruさん
こんにちは。
コメントをいただきまして有難うございました。
> 広島県には古くて情緒ある町が目白押しですね。
> その中でも鞆の浦は街並みに風情があって、いちどは行って
> みたいと思っていました。
> 一昨年だったか、レンタカーを利用して付近の町などを散策しました。
そもそも私が鞆の浦という地のことを知りましたのは、pedaruさん、白い華さんの
旅行記からでした。確か鞆の港を「清潔な港」と書かれていた記憶があります。
今回、実際に訪問しまして、そのお言葉のとおりだったことを実感しました。
せっかくの旅行記ですから、出発する前に予習させていただいてから出かけたら
良かったのに。時間が充分に取れないまま出発してしまいました。
今回、pedaruさんの旅行記、鞆の浦編をさっと拝読してきました。
さすが町歩きの達人です。丹念に歩かれ、コメントも飽きさせなく素敵でした。
実は、私の旅行記をご覧になった方から(その方は坂本龍馬のファンの方の
ようですが)鞆の町へ行ってみたい、とのコメントをいただきました。
いろは丸の記念館、私も見学をしましたが、写真もおざなりなもので、旅行記にも
載せませんでしたが、pedaruさんの旅行記をご紹介しようと思いました。
> 私の知らない鞆の浦を教えていただきました。今度行く機会があれば
> misutralさんの跡を訪ねてみたいですね。
そのお言葉は、そのままpedaruさんにお返ししたく思います。
> 印象的だったのは、鞆の浦の港です。普通小さな港では、漁船がくっつきあわんばかりに係留されて、騒がしい雰囲気ですが、ここ鞆の浦は静かで見た限りでは漁船も少なく、いつまでもそこに佇んでいたくなる港です。どこかここだけ空気感が違っていました。
> 坂本龍馬に対する印象が変わってしまいました。紀州藩を相手に弁舌爽やかに詐欺まがいの要求、これが美談なのか?。歴史の裏側にはいろんなことが隠れているのですね。
本当にお言葉のとおりと思いました。
鞆の町の方々が大切にされてきて、大きな開発の手をかいくぐり、昔ながらの町並みの
保存をなによりも優先なさってきた努力の結晶が、今の鞆の町と思いました。
お昼をいただいたお店の男性が、今ぐらいの観光客の数が丁度いいと思っていると
おっしゃいました。多くを望まず、今を大切になさっていることが伝わってきました。
できることなら、今の町の姿がこれからも維持されていくようにと願っています。
素敵な町を訪問するきっかけを作っていただいたことに、感謝しています。
mistral
>
-
- マリアンヌさん 2026/05/12 12:48:54
- いにしえの鞆の浦
- mistralさん こんにちは。
鞆の浦にも行かれたのですね。
私は日本では行ったことがない県が沢山あって、広島県はそのひとつです。
鞆の浦と聞くと
我妹子が見し鞆の浦のむろの木は 常世にあれど 見し人そなき 旅人
高校時代の万葉集の記憶でしょうか。
やはり歴史ある港らしく、風情がありますね。
おまけに幕末史も絡んでいて、いろは丸の沈没地点も近いのですね。
大河ドラマの豊臣兄弟にも出てくる足利義昭(南座で拝見した尾上右近さんなので注目しちゃう)も織田信長によって京を追われ毛利氏の庇護のもと「鞆幕府」を置いたが滅んだのが、鞆の浦。
いつしか訪れてみたいなぁと興味深く、旅行記拝見させていただきました。
マリアンヌ
- mistralさん からの返信 2026/05/12 22:40:14
- RE: いにしえの鞆の浦
- マリアンヌさん
こんばんは。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
私は、コメントをすっかりご無沙汰してしまっています。
マリアンヌさんもたまのアジア旅、なさっていますね。
アジアは私も慣れないのですが、それでも飛行時間がヨーロッパまで行く半分ぐらい
で到着するのは魅力です。
>
> 鞆の浦にも行かれたのですね。
鞆の浦は、今回の旅の中では一番の目的地でした。鞆の港を写真を見たときから、
行ってみたいと思っていました。
> 私は日本では行ったことがない県が沢山あって、広島県はそのひとつです。
> 鞆の浦と聞くと
> 我妹子が見し鞆の浦のむろの木は 常世にあれど 見し人そなき 旅人
> 高校時代の万葉集の記憶でしょうか。
> やはり歴史ある港らしく、風情がありますね。
さすがマリアンヌさん!
万葉集を愛読された文学少女ですものね。
旅人さんの句碑があることは、旅行記を書くためにいろいろ調べている時に
その存在を知りました。現地でそのことを知っていたのなら、きっと尋ねたように思い
残念です。
小さな町ですのに、万葉の時代から現代にまで、様々なことがらが絡み合っていて
なかなか魅力的な所だと思いました。
> おまけに幕末史も絡んでいて、いろは丸の沈没地点も近いのですね。
> 大河ドラマの豊臣兄弟にも出てくる足利義昭(南座で拝見した尾上右近さんなので注目しちゃう)も織田信長によって京を追われ毛利氏の庇護のもと「鞆幕府」を置いたが滅んだのが、鞆の浦。
そうなんですよね。足利義明さんもこの地と関わりがあったんですよね。
演じたのが尾上右近さん、南座でご覧になったんですね。ふとしたことがきっかけで
身近な感じを抱きますよね。
> いつしか訪れてみたいなぁと興味深く、旅行記拝見させていただきました。
20代の頃の旅は、一応回ってきました、といった感じで、何を見てきたのかわからない
ままでした。それが年取っての旅は、今回のように様々な歴史の舞台となっていたりする
と、とても感慨深く感じます。
瀬戸内海沿いの街は、どこもしっとりと落ち着いた町の良さがあって、おすすめです。
いつの日か、ご訪問を。
mistral
-
- 川岸 町子さん 2026/05/07 20:48:52
- 魅力がぎっしり
- mistralさん、おばんでした。
鞆の浦は、想像以上に魅力溢れる町ですね。
次から次へと、様々な光景と、それにつながる出来事などが登場して、びっくりです!
コロナが終わる頃に広島へ行く計画を立てました。
宮島、広島、尾道、鞆の浦、瀬戸内の島(レモンの島またはウサギの島)など。
でも結局は行けませんでした(*_*)
鞆の浦がこれほど内容が濃いとは知らず、短時間で回れるかなと考えていた私は、浅はかでしたね。
龍馬の歴史との関わり
宮崎駿監督が、ここを長期滞在先に選らんだこと
素敵なお宿(祖父母の家を思い出しました)や食事(スムージーに引かれます)
海や港の風景
蔵や雁木
沢山の魅力が詰まってますね!
ご主人さまが海の方へ行かれたとき、mistral さんがハラハラなさったこと、微笑ましいシーンです(^-^)
町子
- mistralさん からの返信 2026/05/08 19:32:16
- RE: 魅力がぎっしり
- 町子さん
おばんです。
コメントを有難うございました。
>
> 鞆の浦は、想像以上に魅力溢れる町ですね。
> 次から次へと、様々な光景と、それにつながる出来事などが登場して、びっくりです!
小さな町なのに、万葉の時代から、さまざまな事柄が交差しあって影響しあい
それが今に繋がっているようですね。
> コロナが終わる頃に広島へ行く計画を立てました。
> 宮島、広島、尾道、鞆の浦、瀬戸内の島(レモンの島またはウサギの島)など。
> でも結局は行けませんでした(*_*)
> 鞆の浦がこれほど内容が濃いとは知らず、短時間で回れるかなと考えていた私は、浅はかでしたね。
私も最初は同じように考えていました。
ところが宿の予約をするころから、ちょっとした情報(宮崎監督のことなど)に触れる機会があり、出来るだけ早い時間に鞆の街に到着したほうが良いかも、と思うようになりました。
> 龍馬の歴史との関わり
> 宮崎駿監督が、ここを長期滞在先に選らんだこと
> 素敵なお宿(祖父母の家を思い出しました)や食事(スムージーに引かれます)
> 海や港の風景
> 蔵や雁木
> 沢山の魅力が詰まってますね!
そうですね。
龍馬の船の事件は、このあたりで起こったとは思いもしませんでした。
ジブリの社員旅行先が鞆の街になったことから、風向きが変わったようですね。
宮崎監督はご自身で炊事洗濯をされながら、日中は街をぶらぶら歩かれていたようです。
鞆の街の人たちとの触れ合いなども、きっと心地よかったことでしょうね。
> ご主人さまが海の方へ行かれたとき、mistral さんがハラハラなさったこと、微笑ましいシーンです(^-^)
それには、前科があるんです。
以前、旅先の(海ではありませんが)池に置かれた飛び石を渡っているときに、
池にじゃぼんと落ちたんです。
しかも、その時、カメラを持っていました。
今回、そんなことになるのではないか、とカメラを!心配してしまいました。
mistral
-
- マーさん 2026/05/03 18:54:48
- 風情ある街なのですね !
- 先日、教えて頂いたNPOのHP 読ませて頂きました(^^♪
ホントに「鞆の浦」愛に溢れてる感じがして、愉しく読ませて頂きました。
グーグル先生で調べながら、滞在先とか観光スポット等検討してみたのですが
こりゃ最低でも2泊はしないと、周り切れない気がしました。
路地歩きだけでも楽しそうですよね。
ただお宿を調べると、結構高めな宿泊施設が多いのにはビックリしました(汗)
mistralさんご夫妻の泊まられた、施設が宮崎監督の滞在された場所とは
知りませんでした。 この一帯は「棟貸し」も多い感じもしました。
我が家が行く動機は、やはり龍馬関連がおおきなウエイトを占める気がします
今、この鞆の浦と呉市にある大和ミュージアムを関連付けて
計画立ててみようかと考えてます。
次回の尾道編もたのしみにしてます(^^♪
- mistralさん からの返信 2026/05/04 14:59:17
- RE: 風情ある街なのですね !
- マーさん
コメントを有難うございました。
すでに、鞆の浦へまっしぐら、とのお気持ちが伝わってきました。
坂本龍馬の熱心なファンでいらっしゃるんですね。
> 先日、教えて頂いたNPOのHP 読ませて頂きました(^^♪
> ホントに「鞆の浦」愛に溢れてる感じがして、愉しく読ませて頂きました。
> グーグル先生で調べながら、滞在先とか観光スポット等検討してみたのですが
> こりゃ最低でも2泊はしないと、周り切れない気がしました。
> 路地歩きだけでも楽しそうですよね。
そもそもは、あまり鞆の浦の中身を知ることもなく訪問したのです。
行ってみて(行く前の少し前ごろから)なにやら沢山のことがありそうな気がしてきたのですが、行ってみたら、そして帰ってから旅行記を書き始めてから、一泊の滞在では不十分だったことが分かってきた次第でした。
> ただお宿を調べると、結構高めな宿泊施設が多いのにはビックリしました(汗)
> mistralさんご夫妻の泊まられた、施設が宮崎監督の滞在された場所とは
> 知りませんでした。 この一帯は「棟貸し」も多い感じもしました。
そわか荘に宮崎監督が滞在されていたんでしたか?
宮崎監督は丘の上の洋館に滞在されていた、と書かれていましたから、別の施設かと思いこんでいましたが。NPOと宮崎監督とのつながりを考えると、NPOが改修工事をしたそわか荘を
宿として案内したということも、なんとなくうなづける気もしますが。
一棟貸の宿、4,5人での宿泊ですとコスパも良さそうですが、二人での滞在は割高になってしまいますよね。
> 我が家が行く動機は、やはり龍馬関連がおおきなウエイトを占める気がします
> 今、この鞆の浦と呉市にある大和ミュージアムを関連付けて
> 計画立ててみようかと考えてます。
>
鞆の浦の後、竹原、呉と宿泊をしました。
呉宿泊は夫の希望でした。やはり大和ミュージアムの見学でした。
ところが現地で分かったのですが(事前調査不足です!)大和ミュージアムは改修工事の為閉館していました。4月末からは開館しているようです。
新しい旅先のことを想像されると、お楽しみにされていることでしょうね。
mistral
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