2026/03/28 - 2026/03/28
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mistralさん
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朝の静かだった鞆の街歩きをして、その後尾道へやってきた。
千光寺ロープウェーの乗り場の観光客の多さにはびっくり。
乗車するまでにはかなりの待ち時間を覚悟しなくてはならないようだった。
それでも坂の上まで上がらないことには、坂の街、尾道を味わえないし、坂の上からの絶景を楽しむことは出来ないと思い、日差しの強いなか行列に加わった。周囲からは中国語(台湾の方々)が聞こえてきていたが、それほと賑やかな印象はなかった。
(表紙写真は千光寺でひと休みしている間に、すぐ近くを通り過ぎていったロープウェー)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月28日、この日は鞆の浦から
尾道を経由して竹原まで向かう予定だった。
お昼前に尾道の市役所へ車を停めさせていただき
ご案内頂いた通り、人気のラーメン屋さんでお昼を食べ
千光寺ロープウェーまでやってきた。
乗車を待つ人々で大賑わいでびっくり!
想像以上にロープウェー乗車まちの人の列が長く伸びていた。 -
夫に列に並んでもらい、mistralは乗車券を購入のため窓口へ。
夫の周りには台湾からの観光客のビッググループが
おられたようだった。
引率されている方が、そのグループの前にどうぞと勧めて
下さったそうで、おかげで少しだけ前に進むことができた。
乗車券は片道のみ(500円)を購入。
「尾道水道が紡いだ、中世からの箱庭的都市」
とホームページに書かれていた。
乗車時間は3分間だそう。
しかも神社とお寺の上をロープウェーが通過していく
日本でも類を見ない景観。 -
山頂駅で下車するとすぐにこんな石碑に出会う。
山頂駅から中腹にある千光寺までの約1キロの下り坂
(歩徒約10~15分ぐらいとある。)に
尾道ゆかりの作家、志賀直哉や林芙美子らの作品が
25基の石碑に刻まれているそう。
その作家たちと作品の一部が載せられている案内板(石) -
「文学のこみち」と名付けられた道を下っていきます。
-
こんな巨石の間をくぐったりして。
-
志賀直哉の「暗夜行路」の碑
-
林芙美子の「放浪記」の碑
-
-
千光寺が眼下に見えてきた。
-
「千光寺山ご案内」の立て看板:
「千光寺の開基は大同元年(806年)
千光寺公園は、明治36年(1903年)当時のご住職が公園敷地として尾道市へ寄付した約1452平方メートルに始まる。その後昭和32年尾道市からの希望もあり、公園補用地として寺領の一部約33,000平方メートル(約1万坪)の管理・運用を市へ委嘱し現在に至っている。」 -
もともとはお寺の領地だったところを市が使わせていただいていることから
こんな景勝地の上にロープウェーが架けられ
そして遊歩道かと思って下っていくと、お寺の境内に入っていくという仕組みになっていることが分かる。
山口誓子
柳原白蓮 の句が書かれている。 -
「鏡岩」
昔、巨岩の上に乗っていた「光る石」があり、その光を海の上に反射していたという。そんな「鏡岩」の言い伝えがあったそうだ。ずっと伝説として伝えられていたと思われていたが、2000年のある日。客殿の裏の松が枯れたため、それを取り除いたところ、そこに丸い磨かれた岩が現れた。直径2メートルの球形の岩で表面がつるつるして光っている岩が現れた。 -
石柱と、それぞれの干支に対応する守り本尊が刻まれている。
-
尾道水道と市街地を見下ろして。
尾道水道は市街地と向島(むかいしま)との間を流れる海峡で
そこに新尾道大橋と尾道大橋、2本の橋が架かっている。
右寄り中央近くに見えるのが、車を停めてきた尾道市役所。 -
このあたり一帯は桜の名所だそう。
折から桜がほころびかけていた。 -
境内でひと休みしていたら、眼の前をケーブルカーが
スーッと降りて行った。 -
大分下ってきた。
途中には猫の細道などもあったようだ。
また周辺には古寺が点在している。
猫の餌を入れたお皿なども見かけたが、ずっと
降り続けてしまった。 -
尾道水道の対岸、向島にある造船所が見えている。
-
寄り道もせず、市役所に停めた車に向かった。
街歩きをしなかったことは残念だったけれど。
13時頃、市役所を出発。 -
というのも
しまなみ海道を途中まで走ってみようと思っていたからだった。 -
しまなみ海道:
尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長60~70kmの自動車
専用道路。
瀬戸内海の島々を7つの橋で繋ぐドライブ&サイクリングコース。
日本初の海峡を渡れる自転車道として「サイクリストの聖地」
とされている。 -
村上海賊ゆかりの島「因島」に到着。
南北朝時代から室町・戦国時代にかけてこの一帯で
活躍した村上水軍(村上海賊)の資料が展示された
城型資料館「因島水軍城」を見学していくことにした。 -
村上水軍城の城門
-
水軍城:
現在は歴史資料館となっている。 -
本丸資料館では、村上市ゆかりの武具、刀剣などが展示
されていた。
このまましまなみ海道を進んでいくと四国に上陸してしまうので、
ここで尾道まで引き返し、竹原へ向かうことにした。 -
竹原到着。
レセプション棟は「森川邸」という所に。
本日の宿はNIPPONIA HOTEL 竹原
製塩町 -
竹原の街並みの玄関口に位置している。
竹原市指定重要文化財。
大正時代に竹原塩田の1番浜跡地に建てられた豪邸。
大正末期から14年間にわたって竹原町長を務めた森川八郎氏
の邸宅だったそうです。
敷地は広大で、美しく整備された庭園と、母屋、茶室など
当時の面影のまま残されている。 -
続きの部屋が幾つあったんだろう?
この時期、こたつが架けられていた。
こたつに入ってチェックインの手続き。
部屋ごとに見える景色が異なっていて、どの部屋から見ても
必ず灯篭が中心にくるように設計されているそうだ。
見比べることもなく出てしまったことが残念だった。 -
製塩業で財を成した「浜旦那」は
ここ森川邸のような書院造や数寄屋造などを取り入れた
大きな屋敷を所有していたそう。
また浜旦那は学問にも造詣が深く、学問のために上方を訪れる
など活発な活動をしていたようだ。
そのような土壌の竹原からは、優れた学者や文化人が輩出され
ていったようだ。
暖かい日だったので、障子も開け放されていて
お庭が見渡せた。 -
一旦公営のパーキングに車を停めていたが
後に、指定された専用パーキング(3台分あったようだ)
に車を移動。
そこからはアサインされた宿泊棟まで歩いてやってきた。
KIKKO棟
明治期は造り酒屋として、大正から昭和にかけてはビリヤード場
などの娯楽施設として使われていた「旧水出邸」。 -
KIKKO204
この蔵が本日のお宿。
お庭の中にある蔵がお宿として改装されている。
手前には普通の部屋の宿泊施設もあったようだ。 -
内部
-
-
急な階段を上がったお2階に、ベッドが設置されている。
-
蔵を出て、表の通りへ向かうときは
こんな感じ。 -
食事前に、表の通りを散歩した。
通りは「たけはら町並み保存地区」で
夕方近くなっていたので、歩いている人は少なかった。
重要伝統的建造物群保存地区でもある。 -
平安時代には、京都・下鴨神社の荘園として栄えた歴史から
「安芸の小京都」とも呼ばれている。
江戸時代には製塩地として大きな発展をし、
豊かな経済力を背景として頼春水・春風・杏坪の兄弟、
頼山陽らなど、多くの優秀な学者を生み出した地のようだ。 -
塩田と町人文化の隆盛から生まれた重厚な家々。
現在でも当時の姿をそのままに伝えている。
杉玉の下がっている商家は竹鶴酒造。
「日本のウィスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝の生家。
NHKの朝ドラでお馴染みだったマッサン。 -
食事処までは少々の距離を歩いていく。
写真は横手を写しているが、水色の漆喰壁に目が行ったから。 -
HOTEI棟
もとは江戸期に創業、昭和50年頃まで料亭として
営業していた「旧水儀本店」
結婚式なども行われていたそうだが、今では
ホテルのダイニングとして蘇っている。 -
-
お二階へ。
-
組子細工が施された書院障子と、その上にある
欄間彫刻が美しい。 -
はめ込まれているガラスに思わず目がいく障子。
-
そばで見てみると、こんなに美しい模様が。
-
廊下のガラス戸も。
-
レストランは LE UN(ルアン)という名。
フレンチをベースにしながら、食材が持つ本来の
美味しさを引き出せる料理を追求している、と書かれている。
③キャベツのポタージュ、シャルキュトリー風味
(シャルキュトリー:食肉の加工品の総称)
②サーモンの生ハム風とセルヴェルドカニュ エクレア仕立て
(セルヴェルドカニュ:フロマージュ・ブランをベースにした
ディップ・スプレッド)
①ホタテのエフィロシュ かき醤油のジュレと共に
(エフィロシュ:身をほぐしたもの)
(お料理のフランス語がわかりにくいため訳を調べてみました。コースの順番は①ー②ー③でサーブされました。) -
夫はきき酒セット(5種)を頼んだ。
あいだには竹鶴の「秘傳」というお酒も。 -
鮮魚と海藻のヴィエノワーズ
竹鶴酒造大吟醸のソース
(ヴィエノワーズ:ウィーン風の) -
峠下牛のロースト
季節の野菜と酒粕ジャガイモピューレ -
穴子の出汁茶漬け
-
お出しをかけていただく。
-
酒粕香るクレームダンジュ
キウイといちごのクーリ
(クレームダンジュ:水切りしたチーズをつかったレアチーズケーキ
クーリ:裏ごしして作るとろみのあるソース)
下半分のトレイは番外のデザート
お酒、ワインと共に全部美味しくいただきました。
お腹もいっぱい! -
階下へ。
-
すっかり暗くなった道
-
HOTEI棟近くにある
MOSO棟を見ながら -
戻ってきた。
蔵の灯り。 -
翌朝の3月29日
お客さんがいらっしゃらなかったので
レストランの別のお部屋を撮影。 -
美味しい朝ごはんをいただき
食後、しばらく街歩きをします。
その後に、最後の宿泊地、呉まで移動します。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- しにあの旅人さん 2026/05/20 20:08:23
- 栄枯盛衰
- 尾道というと、一昔前は大林宜彦の映画尾道三部作で有名でしたが、もうその時代ではないのですね。
若い男女が尾道巡礼と称して、映画の舞台を回ったそうです。
まったく記念碑らしきものはなく、栄枯盛衰とはこのこととおもいました。
私は尾道には行ったことはありませんが、パリで大林監督と話す機会がありました。
尾道は大林の生まれ故郷ですから、階段や坂の多い街の話を聞いて、いつか行ってみようとおもっていました。それももう遅すぎたかもしれません。
それにしてもなぜ外国人が尾道に人気なのでしょう。
尾道三部作が台湾で歓迎されたという話は聞いたことがないのですが。
街の高いところからは瀬戸内海がきれいに見えるらしい。
法隆寺は外国人観光客はそれほどではありませんでした。法隆寺と言っても私たちが行くところは、日本人だってめったに行かないところですから、見かけないのは当たり前です。
飛鳥は大丈夫ですかね。ちょっと心配。
- mistralさん からの返信 2026/05/21 11:00:11
- RE: 栄枯盛衰
- しにあさん
おはようございます。
旅からお帰りですね。
沢山の収穫がおありだったことでしょう。
> 尾道というと、一昔前は大林宜彦の映画尾道三部作で有名でしたが、もうその時代ではないのですね。
> 若い男女が尾道巡礼と称して、映画の舞台を回ったそうです。
> まったく記念碑らしきものはなく、栄枯盛衰とはこのこととおもいました。
「尾道三部作」という映画があることも知らず、mistralは過ごしてしまいました。
恐らく今でも、当時を懐かしんで、その撮影現場を訪れて写真に収める方々はいらっしゃることと思います。尾道も、竹原も、その舞台となったスポットがあるようでした。
ただ、その舞台に立ったとしても、私は実際の映画を知りませんので、あまり感慨を抱くことがありませんでした。一体、当時は何をしていたんでしょう?
>
> 私は尾道には行ったことはありませんが、パリで大林監督と話す機会がありました。
> 尾道は大林の生まれ故郷ですから、階段や坂の多い街の話を聞いて、いつか行ってみようとおもっていました。それももう遅すぎたかもしれません。
遅すぎることはないと思います。
多くの観光客の中には、映画を懐かしんでいる方もきっとおられる、と思います。
> それにしてもなぜ外国人が尾道に人気なのでしょう。
> 尾道三部作が台湾で歓迎されたという話は聞いたことがないのですが。
> 街の高いところからは瀬戸内海がきれいに見えるらしい。
台湾からの観光客は、尾道では特に多いようです。
台湾ではサイクリングが盛んなことがその理由の一つのようです。尾道が起点となっているしまなみ海道には自転車道があるということです。海峡を横断できる自転車道としての人気があるようですね。
ロープウェー乗り場で、周辺におられた台湾グループの方々、多くは中高年の方が多かったように思いますので、その方たちがサイクリングをなさるようには見受けられませんでしたが。そういえば直島でも台湾からの女性グループとお話しました。瀬戸内界隈、台湾に近いせいか?人気の観光地なんでしょうか?
> 法隆寺は外国人観光客はそれほどではありませんでした。法隆寺と言っても私たちが行くところは、日本人だってめったに行かないところですから、見かけないのは当たり前です。
> 飛鳥は大丈夫ですかね。ちょっと心配。
海外の方の情報網、日本人より進んでいるように思うときがあります。
日本の思いがけないような秘境の地まで知っておられたりして。
現代の若者は、あまり旅をしなくなっているようです。日本人(中高年の)が行かなくなってしまった地が、やがては海外からの旅行者でにぎわるのも、良いことかな?とも思います。
mistral
-
- salsaladyさん 2026/05/10 20:47:57
- NIPPONIA ~竹原街道~
☆此方はお寺をロープウェイから見下ろすんだね。昔は無かったよね。20代の劇団時代にこの辺を散策して階段だらけだなあと苦労した記憶が~
☆竹原街並み保存地区~かつてボクシング指導者の竹原さんに惚れちゃったけど子供には優しい人でしたね。広島弁で怒るとヤンキー風だった事を思い出します。
☆外国人もこの頃は本当の日本の良さを理解してやってくるからこの町が好まれそう。
- mistralさん からの返信 2026/05/12 22:21:47
- RE: NIPPONIA ~竹原街道~
- salsaladyさん
こんばんは。
お返事をお送りするのが遅くなってしまいました。
> ☆此方はお寺をロープウェイから見下ろすんだね。昔は無かったよね。20代の劇団時代にこの辺を散策して階段だらけだなあと苦労した記憶が~
昔(っていつ頃でしょう?)は、ロープウェーはなかったんですね。
市からのお話があって(公園用地の一部としてお寺の敷地の一部を使わせて欲しいとの)お寺でそれを承諾なさったという経緯が看板に書かれていました。その後、きっとロープウェーが架けられたんでしょうね。
> ☆竹原街並み保存地区~かつてボクシング指導者の竹原さんに惚れちゃったけど子供には優しい人でしたね。広島弁で怒るとヤンキー風だった事を思い出します。
salsaさん、広島県ご出身でしたか?結婚されてから千葉県にお住まいになったんでしたっけ。
> ☆外国人もこの頃は本当の日本の良さを理解してやってくるからこの町が好まれそう。
このあたりは(直島から鞆の浦、尾道などなど)本当に外国の方々が多くて、日本人よりも情報通の方もきっといらっしゃるんだろうなあ、と思いました。静かで落ち着いた素敵な街並みが、今後もずっと保存されていくと良いなぁと想いました。
mistral
-
- しにあの旅人さん 2026/05/10 15:15:54
- 大林の尾道
- 明日から法隆寺前のホテルに4連泊です。
しばらく折角の旅行記にコメントできません。勘弁してください。
尾道は、私は行ったことないですが、大林宣彦監督とお付き合いがあったので、書くことがいっぱいあるのです。
帰ってきてからゆっくり書きましょう、
- mistralさん からの返信 2026/05/12 22:05:58
- RE: 大林の尾道
- しにあの旅人さん
こんばんは。
お帰りをお待ちしております。
mistral
> 明日から法隆寺前のホテルに4連泊です。
> しばらく折角の旅行記にコメントできません。勘弁してください。
> 尾道は、私は行ったことないですが、大林宣彦監督とお付き合いがあったので、書くことがいっぱいあるのです。
> 帰ってきてからゆっくり書きましょう、
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