2026/03/29 - 2026/03/29
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mistralさん
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竹原
古くは、平安時代、京都下賀茂神社の荘園だったようだ。
そんな古くからの歴史が有る町。
江戸時代中期には干拓事業により入り江を埋め立てた。
そのあたりは新田にする予定だったらしい。
ところが埋立地の為、塩分が多く、耕作には向かないことが判明。
そこで塩田に転用することになったことから、竹原の町は
思いがけない発展を遂げることとなった。
製塩にあたって、塩の国として有名な赤穂から技術者を招聘
(1650年頃)したようだ。
製塩業と同じ頃、船着き場が整備されたことで、塩の積み出しが
便利なものとなり、北前船の寄港地となったころから
竹原の塩が全国へ運ばれていくこととなった。(1700年代終わり頃)
こうして塩田の経営者は莫大な富を築いていった。
塩を運んで行った北前船は、帰路には米を積んで帰り、
竹原で酒造業が発展していくこととなった。(ただし盛んになって
くるのは藩の規制がなくなっていった明治期になってから。)
こうして重伝建の街並みは、製塩・酒造・廻船によって莫大な富
を築いていった商人たちの豪邸によって形成されている。
(表紙写真はNIPPONIA HOTEL KIKKO棟)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月29日、
NIPPONIA HOTELのHOTEI棟で
美味しい朝食をいただき外へ。 -
突き当りを左折すると敷地内部に蔵のある
KIKKO棟がある。 -
左手にあるのは財満邸。
江戸末期に建てられた歴史的な建造物だそう。 -
曲がり角にある
妙見邸は、和風建築が軒並みに続くなかで、ひと際目立つ
洋風建築。角にあるのは亀の紋章だそう。
(妙見邸の角を右折するとHOTEI棟へ。) -
突き当りにあるのが
竹鶴酒造の竹鶴邸
1733年創業 -
竹鶴邸
店舗は当日は休業日だった。 -
竹鶴邸
-
NIPPONIA HOTELとなっている
旧渡辺邸 -
ホテル前にある
松阪邸
後ほど内部を見学します。 -
重伝建保存地区の案内図をもとにして
何邸にあたるのかを記載しています。 -
竹製品が下げられていたのは何邸?
-
-
何邸?
-
初代竹原郵便局跡(上吉井邸)
明治4年建造、60年間郵便局として使われていたようだ。 -
竹原市歴史民俗資料館
-
竹鶴政孝・リタの銅像
資料館手前の広場に二人の銅像が設置されていた。 -
NHKの朝ドラでお馴染みだったマッサン。
こんなお2人だったと改めて思った。 -
歴史民俗資料館は元図書館だったそう。
昭和4年(1929年)建造。
古くから竹原の文化・学問の中心地となってきた場所
で、江戸時代には図書館の名前の由来にもなった
学問所「竹原書院」が建っていたそうだ。
外壁のペンキが剥がれかかっていて、ちょっと残念だった。 -
民族資料館の裏手にある
「憧憬の広場」の枝垂れ桜は満開だった。 -
立て看板の説明によれば
この石塔(左側)は「竹原、小早川氏の菩提寺であった
法浄寺の跡地(新庄町)から出土したもので、
法篋印塔(ほうきょういんとう)は14世紀中ごろ
小早川氏のものと考えられている、と書かれている。 -
右側の塔も
基礎は法篋印塔のものだが、上にのっている
水輪・火輪・風空輪は五輪塔のものらしく
どこかで間違って載せられたもののようだ。 -
-
小さなお地蔵さまが安置されている祠
-
脇にある細い坂道を上がりながら撮影。
-
風情のある一角。
-
ムラサキハナナが咲き乱れていた。
-
-
このあたり一角は、なにやら不思議な雰囲気を
醸し出していた。 -
お抱え地蔵
1650年に創建されたお地蔵さま。
願い事をしながら地蔵を抱き抱え、軽く感じると
願いが叶うと言われているそう。
ちょっと抱えてみようとしたが、簡単には動きそうもなかった。 -
お抱え地蔵の手前にあった
お堂の中にも、小さなお地蔵さまと
お祀りされている石(石像だった?)が。
こちらの地蔵様は「大名地蔵」と呼ばれているそう。
この地蔵尊は一切衆生を救いつくさんが為に
出生された仏様で、慈悲は広大無辺だとありました。 -
もとの本町通りに戻って歩き始めると
「まちなみ竹工房」から出てきたおじさんに話しかけられた。
中に竹製品があるから、ちょっと見学して行ってほしいと。
ここ竹原では65歳(60歳だった?)を過ぎると、
竹製品をつくる講習会に参加して、加工する技を学ぶそう。 -
どんな作品があるのかと、ちょっと見学させていただいた。
プロの方が作るすばらしい竹製品から
風車などの小作品などがびっしりと展示されていたので
驚いた。
シニア世代の方が作られたという?竹製のざるを一点、購入。 -
胡堂(えびすどう)
道路の突き当りに建つ胡堂
竹原にある小祠の中でも、最古・最大の規模のものだそう。
塩田業が盛んだったころ、胡堂は商業の守り神として祀られて
いて、毎年10月には商業の繁栄を願い、祭礼が行われる。
大林宣彦監督の映画「時をかける少女」(1983年)のロケ地
としても有名なようだ。 -
照蓮寺の境内にある
「酒造用井戸」
かつて竹原の酒造家たちが、ここの水質が酒造りに
適していることを発見した重要な場所とされている。 -
照蓮寺
山号は「龍頭山照蓮寺」
もともとは曹洞宗の禅寺で、定林寺といった。
竹原小早川氏からの帰依により、学問所として栄えた。
高麗鐘は国の重要文化財であり、
小早川氏が唐物貿易によって寄進したと伝わる。
日本で3番目に古い高麗鐘であり、峻豊4年(963)の銘が残る。
銅像は親鸞上人。 -
屋根の上から、邪悪が近寄らないように
睨んでいるという鬼瓦、
現地では気がつかなかったが、てっぺんにある巨大な鬼瓦
(上部、右側、畳4枚ぐらいあるそう)の目には青い玉が
はめ込まれているそう。 -
-
鐘楼門
-
本堂周辺の満開の桜を見て撮影。
桜の見ごろの丁度良い時期だった。 -
-
胡堂を経由して、もと来た道を戻ります。
-
食事処だった?
-
旧松阪邸
内部は公開されているので入ったみた。
塩田の釜屋(塩水を煮詰める施設)の燃料、
薪・石炭問屋を営んでいた商家の邸宅だそう。
母屋の建築時期は文政期で、明治12年に改築された。
当時の当主、松阪昭二は、書画・儒学などに親しんでいた
文化人で、その趣向は随所に見られるようだ。 -
松阪邸について
この建物は、江戸時代から昭和にかけての竹原塩田の所有者
の家です。
表側の意匠は独特で「てり、むくり」を持つ大屋根、
2階の塗り込めの窓額縁つきの菱格子の出窓、ゆるやかに
カーブした庇、彫りを組み込んだ出格子など、華やかな
ものとなっており、内部も数寄屋造りとなっています。
文政頃(1818~)の建築で明治12年に全面的な改造
が行われ、昭和58年市が寄贈を受けて修理し、展示、
公開している。 -
大屋根が少し見えているが
屋根の中央から軒先にかけて、凹型に反り返っている「てり」
屋根の中央部分が、ゆるやかにふくらんでいる凸型の「むくり」
が少し見えている。 -
お座敷の濡れ縁に座っての眺め
木々越しに西方寺譜明閣(竹原市重要文化財、未訪問)
を眺められるそうだ。どのように譜明閣が見えるかを
計算して庭を設計しているそうだ。
(竹原市教育委員会発行・竹原案内 より転載) -
-
虫籠窓(むしこまど)
木枠で囲まれた楕円形の窓。風通しや明かり取りの
役割があり、その形が虫籠(むしかご)に似ているため
そう呼ばれている。
「竹原格子」とも呼ばれる1階の格子は、中からは外が
見えやすく、外からは中が見えにくいというプライバシー
保護の役割がある。
一軒一軒意匠の異なるデザインになっているので注目です。 -
「幸せのハート」
「猪目」(いのめ)と言われる日本に古くから伝わる文様が。
火伏の魔除けとされるそうだ。 -
北にある胡堂からずっと歩いてきて
本町通りの南端までやってきた。
チェックアウトが12時だったので、ホテルに
荷物を置いたまま散策をしていたが
途中でキャリーをとって、鍵をロックし
パーキングへ向かている。 -
-
重伝建の街並みを振り返ってみたら
遠くにワンちゃんの姿が写っていた。 -
車を停めてある駐車場へ向かっているところだったが
ずっとこのワンちゃんがmistralのあとをついてきていた。
振り返ってみていると、お家に入ろうと引っ張られても
入らず、ずっとこちらを見ていたのだった。
バイバイ、竹原。
この近くにある道の駅に立ち寄って、お土産などを購入。
このあと、 -
一路、呉を目指して走っている。
ずっと海沿いの道だった。 -
-
牡蠣の筏だったのかもしれない?
-
呉市にある
「海上自衛隊呉資料館」(愛称:てつのくじら館」へ着いた。
てつのくじらは実際に海上自衛隊で運用されていた
潜水艦「あきしお」だそう。
続きの旅行記は呉の観光編です。
今回の旅の最後の旅行記となります。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- わんぱく大将さん 2026/05/19 10:02:07
- 懐かしい竹原
- mistralさん
お久し振りです。 懐かしい、竹原。夕方、走り回って竹原を感じた日が懐かしいです。 まっさんとリサさんの像、 あったかな??
大将
- mistralさん からの返信 2026/05/19 15:50:43
- RE: 懐かしい竹原
- 大将さん
本当にお久しぶりです。
お帰りになってから随分の時が経ちましたね。
お変わりなくお過ごしでしたか?
竹原にお住まいだったんですね。
その当時の竹原
今でも素敵な街並みですが、更に、もっと情緒たっぷり
だったことでしょうね。
mistral
> お久し振りです。 懐かしい、竹原。夕方、走り回って竹原を感じた日が懐かしいです。 まっさんとリサさんの像、 あったかな??
>
> 大将
- わんぱく大将さん からの返信 2026/05/19 17:38:27
- RE: RE: 懐かしい竹原
- > 大将さん
>
> 本当にお久しぶりです。
> お帰りになってから随分の時が経ちましたね。
> お変わりなくお過ごしでしたか?
> 竹原にお住まいだったんですね。
> その当時の竹原
> 今でも素敵な街並みですが、更に、もっと情緒たっぷり
> だったことでしょうね。
>
> mistral
>
>
>
> > お久し振りです。 懐かしい、竹原。夕方、走り回って竹原を感じた日が懐かしいです。 まっさんとリサさんの像、 あったかな??
> >
> > 大将
mistralさん
はい、情緒たっぷりな町でした。どこかの帰りの夕方、走り回って見た所でした。
今は、又、変わってるんですね。 住んだことはないですが。
大将
-
- pedaruさん 2026/05/19 06:44:25
- 竹原
- mistralさん おはようございます。
竹原は娘の運転でレンタカーで行きました。
NHK朝ドラで印象に残る町ですので、一番の目的でした。
もしかしたら私の旅行記をご覧になったかもしれませんが、mistralさんのに
比べると恥ずかしい思いです。
私の知らない、訪れることのない所もごらんになって、すてきな旅行記に
なっておりました。
法篋印塔のある一画は桜の花が咲き乱れ、おっしゃるように独特の世界をみせていましたね。良い時期に行かれました。
「てり、むくり」など初めて聞く名称、その意味なども教えてもらいました。
たいへん勉強になりました。
次は「呉」ですが、未踏です。どんな街なのか楽しみです。
pedaru
- mistralさん からの返信 2026/05/19 14:13:46
- RE: 竹原
- pedaruさん
続きましてのコメントを有難うございます。
> 竹原は娘の運転でレンタカーで行きました。
> NHK朝ドラで印象に残る町ですので、一番の目的でした。
私たちも、あの朝ドラのマッサンのご実家のある町と楽しみにしていました。
瀬戸内海沿いは、つぎつぎと見どころのある町が続きますので、それぞれが一泊
づつの滞在でしたから、あとで考えてみたら、全部が中途半端の見学でおわって
しまったことを後悔しています。
> もしかしたら私の旅行記をご覧になったかもしれませんが、mistralさんのに
> 比べると恥ずかしい思いです。
> 私の知らない、訪れることのない所もごらんになって、すてきな旅行記に
> なっておりました。
もう一度、pedaruさんの竹原の旅行記も拝見しました。
やはり、私たちがゆっくり見学できなかったところを丹念に旅行記に載せておられ
ました。
旅人それぞれに、多分ちがった切り口があることだなぁと想いました。
pedaruさんの旅行記、とっても素敵に思われました。
それでも、どんなに真似しようと思っても、pedaruさんでないと、そんな素敵な
旅行記は書けないことと思いました。
> 法篋印塔のある一画は桜の花が咲き乱れ、おっしゃるように独特の世界をみせていましたね。良い時期に行かれました。
あのあたりは、細い上り坂に導かれるかのように上っていきました。
丁度満開だった枝垂れ桜とともに、風情のある一角で、結構な時間をそのあたり
でブラブラして過ごしました。
その為に、おそらく街歩きの終盤は時間がおせおせだったのかもしれません。
> 「てり、むくり」など初めて聞く名称、その意味なども教えてもらいました。
> たいへん勉強になりました。
もともと建築には興味があるものですから、そんな説明があるとつい
飛びついてしまいます。さすがの豪商の方のお住まい、すみずみまでこだわりの
あるお家でした。ただ内部はあまり充分な手入れが(維持が)なされていません
でした。
> 次は「呉」ですが、未踏です。どんな街なのか楽しみです。
なかなか呉までたどりつけませんでした。
やっと終盤をむかえることができます。
どうぞよろしくお願い致します。
mistal
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