2026/05/05 - 2026/05/05
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オーストリアとトルコの歴史を訪ねる旅は、今日が現地2日目。
今日はハプスブルクの旧王宮を中心に、ウィーンの帝国時代の旧跡や、皇帝たちの足跡を辿ります。
また、ウィーンといえば音楽の都。
さすがにウィーンフィルのチケットは取れなかったけど、歴史ある教会でオルガンコンサートがあるそうで、そこを訪ねることにしました。
今回の旅の行程全体は、以下の通りです。
この旅行記は③の、ウィーン市内観光の部分です。
●行程
①5/3(日)成田午前発→(TK51)→イスタンブール乗継→(TK1889)→ウィーン泊
②5/4(月)スロバキア・ブラチスラバへ日帰り、ウィーン泊
③5/5(火)ウィーン市内観光、ウィーン泊
④5/6(水)午前シェーンブルン宮殿、午後ウィーン国際空港発→(TK1898)→イスタンブール泊
⑤5/7(木)イスタンブール市内観光、イスタンブール泊
⑥5/8(金)イスタンブール市内観光、深夜イスタンブール空港へ
⑦5/9(土)イスタンブール空港早朝発→(TK198)→羽田夜着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日もウィーンはいい青空。
街歩きにはもってこいの日和です。 -
朝9時過ぎに宿を出たら、さっそく旧市街中心部を目指します。
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狭い路地の先に、白亜の建物と青い空。
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歩くこと10分ほどで、シュテファン大聖堂に到着しました。
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大聖堂は内部を後方から見学する分には無料で、聖堂の奥への入場や塔に上るのに見学料がかかります。
今回はせっかくだから、見学料を払うことにしました。 -
ここはウィーンを代表するカトリック教会で、この街の歴史を彩った人物たちも、この教会を訪れてきました。
例えばモーツァルトの結婚式も葬儀も、この教会で行われたそうです。
写真は、教会内にあったモーツァルトの記念碑。(最初墓碑かなと思ったのですが、モーツァルトの墓所はここにはないらしい) -
堂内は全体的に暗めですが、だからこそ、明るい祭壇とステンドグラスがひときわ目立ちます。
-
続いて北塔に上ると、ウィーン市街が眼下に一望できました。
遠くに観覧車も見えますね。 -
大聖堂の屋根には、オーストリアを象徴する鷲の紋章が、瓦のパッチワークで描かれています。
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今いる塔よりさらに高い南塔が、青空を背景にそびえます。
あちらも途中の展望スペースまで上がれるそうですが、こちらの塔と違ってエレベーターはなく、徒歩で数百段の階段を上るとか。
…私はこっちの塔でいいなぁ。 -
大聖堂のあとは、旧王宮を目指してウィーンの街を行きます。
-
路地をしばらく進むと、白亜の建物が現れました。
ヨーゼフ広場に面した王宮の一角です。 -
広場の片隅に、かつて王宮付属の教会だったアウグスティーナ教会があります。
小さな扉をくぐって、中に入ってみましょう。
ちなみにここ、王宮の一部が教会になっている、という感じで、外観からは教会ということが少々分かりにくいです。
入り口も小さく、見落としがちなのでご注意ください。
入り口は国立図書館がある広場の、向かって左の建物にあります。 -
教会の中は、柱も天井も純白。
花嫁のウエディングドレスのような、清楚な印象を受けます。
この印象、実は当たっていて…
この教会はハプスブルク家の歴代皇帝や大公たちが、結婚式を挙げた場所でした。
そう、今私が立っている通路を、ある時は一目惚れした奥さんと一緒になれて得意満面の若きフランツ・ヨーゼフが、天にも昇らん調子で歩いて…またある時は、美貌で男勝りの奥さんにタジタジのカール大公が、俯き気味に歩いて。
それぞれの家族の思い出が、この場所に詰まっています。 -
祭壇の前には、イースターエッグでしょうか?可愛い装飾が飾られていました。
-
アウグスティーナ教会を出たら、次は王宮の中へ向かいます。
こちらが旧王宮・ホーフブルクの正面。
翼を広げたような堂々としたファサードの前を、観光馬車が行き交います。 -
ドーム下のアーチを潜ったところに、王宮の観覧エリアの入り口があります。
現在、この王宮は一部が「シシィ博物館」として解放されています。
「シシィ」とは、先ほどのアウグスティーナ教会でルンルンで結婚式を挙げていた、青年皇帝フランツ・ヨーゼフの奥さん…つまりオーストリア皇妃のこと。
欧州一と言われた美貌に加えて、旧来のしきたりに縛られない生き方でも有名だった、ウィーンで一番人気のプリンセスです。 -
こちらが、皇妃シシィの肖像画。
いったい何頭身……?
RPGの世界の方としか思えない……。 -
入場してしばらくは、シシィに関する展示が続きます。
こちらはシシィの衣装、さながらハプスブルク版十二単と言ったところでしょうか。
服の豪華さも凄いけど、ウエストめちゃくちゃ細いな… -
こちらの衣装は…確か外出用って書いてあったかな。
配色がとっても爽やかでスタイリッシュです。 -
若かった息子さんを心中で喪って以降、シシィは黒一色の喪服で生涯通したそうです。
つまり、こちらの黒服は悲しみの色なのですが…色白のシシィが着たら、これも相当綺麗だったろうなぁ。 -
良くも悪くも伝統を重んじるハプスブルクの宮廷に馴染めなかったシシィは、帝都ウィーンを離れがちで、各地を旅して過ごしました。
こちらは、シシィが使っていた専用列車の復元です。
シシィが生きたのは19世紀中頃。日本で言うと、明治維新の前後です。
当時は既にヨーロッパ各地に鉄道が建設され、このような列車の旅が可能でした。
シシィに関する展示はここまで。
この先は、皇帝夫妻の生活スペースが続きます。 -
豪華な赤い壁紙を前に飾られるのは、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の肖像画。
中央奥が壮年期、右手前が年老いてからの肖像です。
18歳で皇帝に即位して約70年間、民族運動に揺れる19世紀の帝国をまとめ続け、“国父”と慕われた名君でした。 -
こちらは、フランツ・ヨーゼフ1世の執務机。
机の上には、奥さん、シシィの大きな肖像画が。
旅に出がちだったシシィのことを、皇帝はこの場所からずっと思い続けていたのでしょうか。 -
フランツ・ヨーゼフ1世のベッドもありました。
…皇帝のベッドにしては、思ったより小さいな??
うちのホテルのベッドとサイズが変わらない。
これは政務後の仮眠用とかだったんでしょうか?
そしてベッドの上にも、騎乗姿のシシィの絵が。
本当に奥さんのこと、大事に思ってたんだなぁ。 -
こちらは食事会場。
これだけ絢爛豪華な中で食事するだけでも気が滅入りそうですが、実際はさらに細かいマナーまであれこれ要求されたんでしょうから…
シシィが旅に出たくなる気持ちも、少し分かる気がします。 -
続いて、シシィの運動スペース。
右側の雲梯やはしご的な器具で、毎日美容のための運動を欠かさなかったそうです。 -
1時間ほどだったでしょうか、じっくり王宮を見学させてもらいました。
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王宮の空気を堪能した後は、緑いっぱいのウィーンの街へ繰り出します。
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王宮の西の広場の中央に立つのは、騎馬姿の将軍を従えたマリア・テレジア像。
とっても堂々とした像で威厳もあるのに、威圧感を感じないのがちょっと不思議です。 -
かつての城壁跡に作られたリング通りを、トラムが軽快に行き交います。
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お次はブルクガルテン(王宮庭園)へ。
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5月の陽光の下、白亜のモーツァルト記念像が空を見上げていました。
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モーツァルト像だけじゃなく、街行く馬も建物も真っ白。
ブルクガルテンを抜けたところにあった、その名も「カフェ・モーツァルト」で、ランチをいただくことにしました。 -
まずはウィーン風ビーフシチューの「グラーシュ」をいただきます。
ビーフのコクがあってとっても美味しい…
そのスープが野菜によく絡んでもっと美味しくなって、スプーンが止まりません。 -
店内はシャンデリアが並ぶお洒落な雰囲気。
通りに面したテラス席もありました。
それでも、日本人男子1人でも入れるくらいの、畏まりすぎない感じがちょうどいい。 -
食後のデザートは、ウィーンといえばこれ、のザッハトルテ。
本体もクリームも甘すぎなくて、食べやすい。
ほんのり甘くて口になじむ、優しい味でした。 -
ランチのあとは、旧市街のメインストリートを北へ。
-
マックの看板ですら、この街ではお洒落に見えるのが不思議。
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続いての目的地はこちら、カプツィーナー霊廟です。
-
ここには、ハプスブルク家歴代の皇帝や皇妃、大公たちの棺が安置されています。
さすがに神聖ローマ皇帝とその家族となると、棺の装飾も技巧を凝らしていますが、その中でもひと際存在感を放っているのが… -
部屋の中央に鎮座する、女帝マリア・テレジア夫妻の棺。
棺の上面まで、大人の背丈くらいの高さがあるのですが、その上にさらに夫妻の銅像が乗って…
もうこのボリューム感だけで、マリア・テレジアが如何に偉大な人だったか、分かるというものです。。 -
女帝の棺の側面には、街の絵が彫り込まれていました。
そのうち1つをじっくり見てみると…
大きな川に渡した船橋に、四隅に塔のある、裏返したテーブルみたいなお城。
これ…
昨日行ったブラチスラバ城とドナウ川だ!!
その治世に何度も戦乱を経験したマリア・テレジアは、当時ブラチスラバを本拠としていたハンガリー貴族の助力を受けて、困難な戦争を乗り越えました。
棺にこの街を刻んだのは、共に戦ってくれたハンガリー人への女帝の感謝の表れだったのかもしれません。 -
女帝の部屋からしばらく行くと、見慣れない旗を捧げられた棺が目に留まりました。
こちらは、ハプスブルク家が輩出したメキシコ皇帝・マクシミリアンの棺です。
マクシミリアンはフランツ・ヨーゼフ1世の弟で、ナポレオン3世の後援を受けてメキシコ皇帝に就いたものの、現地住民の支持を得られず、数年で失脚、銃殺という、悲しい経緯を辿りました。
ハプスブルク家歴代の中でも、異国の地で生涯を閉じたことを含め、一番数奇な運命を歩んだ方かもしれません。 -
そして、最後の方の部屋に3つだけ並んだ、こちらの棺は。
事実上最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と、皇妃シシィ、皇太子ルドルフの3人です。
マリア・テレジアやその前後の皇帝と比べると、フランツ・ヨーゼフ1世の棺が質素なのが目を引きます。
皇帝が亡くなったのが第一次大戦の真っ只中、という事情もあったでしょうが、おそらく皇帝自身の希望もあったのでしょう。
真面目に国のために尽くした皇帝の、実務家としての顔が窺えるようです。
それにしても。
こうして歴代皇帝やその家族に「会いに来れる」というのは、ちょっと不思議な感じですね。
遠い世界、別の時空の存在と思っていた人が目の前にいて、極東の遠い島国から来た私が、手を合わせることができる。
歴史を文字通り“肌”で感じられる、貴重な時間でした。 -
フランツ・ヨーゼフ一家へのご挨拶を終えたら、市内を北へ向います。
そろそろ、聖ペーター教会のオルガンコンサートの時間です。 -
シュテファン大聖堂から伸びる大通りを右に曲がれば、ありました。
こちらが聖ペーター教会。
18世紀に改装された、バロック様式のカトリック教会です。 -
この教会では1日3回ほど、パイプオルガンのコンサートが開催されます。
詳しい日時は、Googleマップのリンクから飛べる教会の公式サイトで確認できますが、午後1時半か3時の回が来やすいかな。
私が来たのは3時の回です。
日時によっては、日本人のオルガニストやソプラノ歌手の方が演奏することもあるみたい。奏者も公式サイトでチェックできます。
ちなみに、料金は教会ゆえか寄付制です。
入り口で寄付を募っているので、現金で5~10ユーロほどお渡しすると良さそうです。 -
さて、お待ちかねのコンサートが始まりました。
大きなオルガンが奏でるドヴォルザークの音色に合わせて、高らかなソプラノの歌声が響きます。
以前、須賀しのぶ先生の小説「革命前夜」を読んで以来、ヒロインの奏でるオルガンを聞いてみたくて…本物のヨーロッパの教会で、パイプオルガンの演奏をいつか聞くのが夢でした。
作中に登場する、ドレスデンの旧宮廷教会ではなかったけれど、ついに念願を叶えられました。
ドヴォルザークが終わると、今度はオルガンの独奏。
聞く人を明るく包むような「ハレルヤ~」の調べが、教会全体を満たします。
生命力が音とともに降り注いでくるような、そんな時間でした。
演奏が終わると、堂内はスタンディングオベーションです。
2階のオルガン席から観衆を見下ろすように一礼したのは、冷たい青い瞳のクリスタ…ではなく、情熱的な黒髪に黒い瞳の女性でした。 -
コンサートの後もしばらくそのまま、教会の天井や祭壇を見上げていました。
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オルガンの余韻の中、ウィーンの目抜き通り、コールマルクトを行きます。
-
ヨーロッパを代表する高級ブランドの路面店が、道の左右に並びます。
とっても手が届く世界じゃないけど、華やかでちょっと背筋が伸びるような街は、歩いていくだけでも楽しいです。 -
ホテルへ帰る途中、ギリシャ正教の教会を見つけて立ち寄ることにしました。
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暗く静まった聖堂内は、少し呑まれそうになるような…独特の重みがあります。
カトリック教会の華麗さとは、ひと味違う良さですね。 -
聖壇には新旧のイコンが並びます。
最初はふらっと立ち寄っただけでしたが、見たことのなかった世界に触れられて凄く新鮮でした。 -
ホテルで休憩しても夜まで時間があったので、トラムでもう一度街に繰り出します。
-
ウィーン中央駅近くに広い庭園を構える、ベルヴェデーレ宮殿にやってきました。
宮殿内はクリムトなどの絵画を展示する美術館になっていますが、庭園を散策するだけなら無料です。 -
この宮殿は、17世紀末から18世紀に対トルコ戦争で活躍した英雄・オイゲン公が、離宮として建設しました。
ホーフブルク王宮にも負けない華やかな佇まいは、オイゲン公が帝室から得ていた信頼と名声を体現しています。 -
ベルヴェデーレは上宮と下宮に分かれていて、間に広大な庭園が広がります。
下宮越しにウィーンの街を見渡せるバロック庭園は、ウィーンっ子たちの憩いの場です。 -
涼しい風がそよぐ木陰のベンチに腰掛けて、しばしの読書タイム。
とっても贅沢な時間です。
かつてのウィーンの有力者たちも、王宮の暮らしに息が詰まったら、ここで羽を伸ばしたんでしょうか。
オイゲン公、いいもの遺してくれたなぁ。 -
庭園の風を満喫したら、旧市街へ戻ってディナーにします。
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晩ご飯はこちら、シュテファン大聖堂近くの「カフェ・アルト・ウィーン」さんでいただきます。
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店内にはお洒落なポスターが飾られ、地元の方で賑わっています。
店員さんもはきはきして、とっても活気のあるお店でした。
まずは洋梨のジュースを注文して、メインディッシュを待ちます。 -
今夜のメインはこちら、ウィーナーシュニッツェルにフレンチフライを添えて。
サイドはサラダも選べたけど、せっかくなら本場の揚げ物を心ゆくまで楽しみたく。
シュニッツェルは巨大な割に薄いので、サクサクいただけけました。
塩味の効いた肉+レモンの組み合わせは最強ですね。
でも、サイドはサラダでよかったかも。。。
すっかりお腹いっぱいになりました。
お会計をお願いすると、笑顔の店員さんに「チップいくらにする?」と聞かれて。
お昼のカフェモーツァルトが、パーセンテージでチップ額を選ぶ方式だったので、ここもそうだと思い「5%」と答えたところ…5ユーロ取られていました。
お店によって、実金額で提示するかパーセントで提示するか変わるのね。 -
満腹になったお腹を軽くすべく、夜が迫るウィーンの街を歩きます。
-
さきほどオルガンコンサートで伺った、聖ペーター教会まで来ました。
日によって夜にクラシックアンサンブルのコンサートがあるそうで、そっちも楽しそうでした。
もし次に来ることがあったら…その時はベルヴェデーレの美術館でクリムトを見て、ここでクラシックを聴きたいな。 -
酒場やレストランの賑わいを聞きながら、ウィーンの夜が更けていきます。
明日は午前中にシェーンブルンを訪ねて、午後の便でイスタンブールへ発つ予定です。
駆け足の旅ですが、よろしければ次回もお付き合いください。
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