2024/04/11 - 2024/04/11
-位(同エリア720件中)
キャンサー50さん
- キャンサー50さんTOP
- 旅行記99冊
- クチコミ7624件
- Q&A回答4件
- 389,717アクセス
- フォロワー2人
2024年4月月初、隅田川沿いの桜を見に行きました。
桜といえば桜餅。
関西では「道明寺」といい、道明寺粉を使ったおはぎのような食感の生地で、こしあん、またはつぶあんのいずれかを包んだものです。
関東では「長命寺」といい、小麦粉でつくったクレープ状の生地でこしあんを巻いたものです。
その長命寺は墨田区向島、隅田川側沿いにあります。
今回は桜餅を片手の観桜です。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
-
東武伊勢崎線曳舟駅を基点に、隅田川東岸を北から南へ進みました、
最初に目についたのは、和菓子店「向島 言問団子」。
江戸時代末期、植木師の外山佐吉が創業しました。
団子は、この辺りでは山本やの桜餅と共に名物で、幸田露伴、野口雨情、竹久夢二などもファンだったそうです。言問団子 グルメ・レストラン
-
「向島 言問団子」から車道を挟んで対岸の公園内にあるのが「野口雨情の文学碑」。
野口雨情(1882~1945)は日本の童謡作家です。
『七つの子』『赤い靴』などで有名。
「都鳥さへ夜長のころは水に歌書く夢も見る」と刻まれています。
この詩は、「向島 言問団子」店舗内で詠まれたものだそうです。野口晴雨の文学碑 名所・史跡
-
「野口雨情の文学碑」と同じ公園内にある「墨堤植桜之碑」。
墨堤の桜は享保2年(1717)、八代将軍吉宗による植樹がその始まりです。
明治20年(1887)建立のこの碑には桜の由来が書かれています。
篆額は榎本武揚の書です。墨堤植桜の碑 名所・史跡
-
公園の南に隣接するのが長命寺です。
元和元年(1615)頃の創建と伝えられています。
寛永年間(1624~1644)に3代将軍家光がこの辺りに鷹狩りに来た時、急に腹痛をおこしましたが、住職が加持した庭の井の水で薬を服用したところ痛みが治まったので、長命寺の寺号を与えたといいます。長命寺 寺・神社・教会
-
境内にある長命水。
前述の逸話のあるいぞは関東大震災前後に枯渇してしまったのですが、地元の方々の尽力で復活したそうです。長命寺 寺・神社・教会
-
長命寺本堂。
本尊の阿弥陀如来、関東大震災で焼失した寺にあって、からくも難を免れたものです。長命寺 寺・神社・教会
-
長命寺境内には様々な石碑が立っています。
こちらは「出羽三山の碑」。
建立目的は不明ですが、江戸時代後期に、隅田川を挟む向島・本所北部と浅草に及ぶ広い地域の人々が出羽三山信仰を紐帯として結び合っていたことを示しています。長命寺 寺・神社・教会
-
「雪見の句碑」と呼ばれる松尾芭蕉の句碑です。
「いささらは 雪見にころふ 所まて」長命寺 寺・神社・教会
-
「勝川春英翁略傳」の碑。
浮世絵師勝川春英(1762~1819)の七回忌の際に門人たちにより建碑されました。
題額と撰文は江戸時代後期の国学者石川雅望によるもので、春英の生涯と人物像が記されています。長命寺 寺・神社・教会
-
本人の半身像が刻まれた「成島柳北の碑」。
成島柳北(1837~1884)は幕末の文学者、明治時代のジャーナリストです。
日本の生命保険制度の草分けである「共済五百名社」(明治安田生命の前身)の創立に協力するなどの、実業家としての功績を記念して建立された碑です。長命寺 寺・神社・教会
-
やけに新しいもので、「木の実ナナ植樹記念碑」などというものもありました。
長命寺 寺・神社・教会
-
長命寺裏、隅田川沿いにある和菓子店、山本や。
桜もち一筋、創業1717年の老舗です。
創業者で町名寺の門番であった山本新六が、境内に落ちていた桜葉から発想を得た桜もちは、「長命寺の桜もち」として、江戸市中に旋風を巻き起こしたそうです。
葛飾北斎や勝海舟など、有名人のファンも多かったそうです。長命寺桜もち 専門店
-
山本やの脇にあった「正岡子規仮寓の地」の説明板。
俳人正岡子規(1867~1902)は、向島周辺の景色を好み、それを詠んだ歌を数多く遺しています。
隅田川と墨堤の自然がよほど気に入った のか、大学予備門の学生だった子規は、長命寺桜もち「山本や」の2階を3ヵ月ほど借り、自ら月香楼と名付けて滞在しています。
そこで詠んだのが次の句。
「花の香を 若葉にこめて かぐはしき 桜の餅 家つとにせよ」正岡子規仮寓の地 名所・史跡
-
「正岡子規仮寓の地」説明板の隣が「三浦乾也旧居・窯跡の説明板。
三浦乾也(1821~1889)は、幕末から明治時代に活躍した陶工です。
明治8年(1875)、54歳で向島長命寺に移り、境内の一隅に築窯し、根付、印籠、帯止めなどの創作に励み、特に簪の珠は「乾也玉」の名で流行しました。三浦乾也旧居跡窯跡 名所・史跡
-
長命寺の南に隣接する弘福寺。
延宝6年(1673)の創建です。
勝海舟も青年時代にこの寺で修行したと伝えられています。弘福寺 寺・神社・教会
-
弘福寺本堂。
屋根などに唐風の建築様式をみることができます。
松雲元慶作といわれる釈迦如来像が本尊です。弘福寺 寺・神社・教会
-
弘福寺境内にある「咳の爺婆尊」。
風邪除けのご利益があると信じられ、口内に病むものは爺に、咳を病むものは婆に祈願し、全快の祈り、煎り豆に番茶を添え供養する習わしが伝わっています。弘福寺 寺・神社・教会
-
弘福寺墓地にある池田冠山墓碑。
池田冠山(池田定常)(1767~1833)は江戸時代中期から後期にかけての大名です。
弘福寺は鳥取藩池田家の旧菩提寺で、池田冠山は五代目藩主です。弘福寺 寺・神社・教会
-
弘福寺近くから隅田川沿いの堤(隅田公園)に上りました。
そこにあった石造墨堤永代常夜燈。
かつて牛嶋神社の境内にあったもので、神社は移転しましたが、常夜燈だけ残りました。
この付近にはかつて「竹屋の渡し」が設けられ、常夜燈の明かりは目印として非常に重要な役割を果たしていたためです。
常夜燈は、高さ5mを超え、琴柱状の脚が特徴的です。墨堤常夜灯 名所・史跡
-
弘福寺のやや南で隅田川に架かる橋。桜橋です。
1985年に完成した、隅田川唯一の歩行者専用橋です。
英語のXのような形をした平たい橋で、春には橋からは隅田川両岸の桜を眺めることができます。
テレビなどのロケにもよく使われます。桜橋 名所・史跡
-
桜橋の途中には、平成7年の架橋10周年を記念した「瑞鶴の図」というモニュメントが2体創られています。
これは墨田区側にある「双鶴飛立の図」。桜橋 名所・史跡
-
こちらは台東区側にある「双鶴飛天の図」。
桜橋 名所・史跡
-
桜橋の欄干にはカモメ?の行列が。
通行人が皆撮影、かわいかったです。
長命寺付近は思ったほど桜が多くなかったですが、桜は満開でした。
見どころは多い場所でしたので、散策を楽しむことは出来ました。
長命寺の桜餅はお花見に必携です。桜橋 名所・史跡
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
目黒(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
23