2026/03/22 - 2026/03/22
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kojikojiさん
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翌朝は「ベニキア全州漢城観光ホテル」で朝食を食べるのではなく、バスに乗って10分ほどの「三百家(サム・ペクチィップ)」、韓国語で「300」を意味する店で「コンナムルクッパ」をいただきました。この店は毎日300食を売りきったら閉店するというポリシーがあったそうです。そして全州は水が奇麗なのでモヤシの栽培が盛んなことから「コンナムルクッパ」が伝統的な料理となったそうです。二日酔いの朝に食べる料理だそうですが、こちらは朝からビールも注文してしまいます。食後は再びバスに乗り、「豊南門」を通過して「全州殿洞聖堂」の前で移動します。この辺りは前夜に歩いているので土地勘はあります。少し歩いて「慶基殿」の観光からスタートします。ここは朝鮮王朝を建国した太祖・李成桂(イ・ソンゲ)を描いた肖像画(御真:オジン)を奉安するため、1410年に創建された史跡です。南北に連なる建物を進んでいくと一番奥にレプリカですが御真(オジン)を飾った建物がありました。またここは韓国ドラマのロケ地としても有名で「宮(クン)~Love in Palace~」や「雲が描いた月明かり」、「赤い袖先」に出てくる竹林がありました。ここから「全州韓家村」まで歩き、「伝統酒博物館」も見学しました。小さな博物館を見学した後は40分ほどのフリータイムになりました。我々はガイドさんと一緒に博物館のショップでお酒の試飲をして薬酒を買い求めました。さらに表のお土産物屋さんで売っている全州甘酒の母酒(モジュ)も買ったら荷物が重くなってしまいまいs田。ここでもう歩くのは止めて再集合場所の観光案内所に向かいました。少し中を覗いてみると絵ハガキを書くカウンターがありました。係のおばさんが「切手無用で絵葉書が贈れるわよ。」というので1枚両親あてにハガキを書きました。葉が鯉は2種類あり、国内用と海外用です。さらに葉書は何種類もあるのでずいぶんサービスがいいなと思います。韓国の郵便はアジアでもかなり安く、日本まで430ウォン、50円弱で送ることが出来ます。再集合した後はバスに乗って「三川洞マッコリタウン」へ行きますが、日中からやっている店はありません。何となく雰囲気を味わうだけです。町の起こりは米どころとしてマッコリが有名だったようですが、貧乏な労働者は料理を頼めなかったそうです。そこで1軒の店のおばさんが料理をサービスしたことがきっかけだったようです。現在はマッコリを追加する度に豪華な料理が出てくるようになり、最終的には「ホンオフェポッサム」という発酵エイと茹で豚を一緒に盛った高級料理が出てくるそうです。そんな街の由来を聞いた後はバス乗り場の近くに出ているポン菓子の屋台に寄りました。3,000ウォンで大きな一袋が買えます。特に玉ねぎのポン菓子が絶品でした。全州を離れる前に「古宮(ゴグン)」という「全州ビビンパ」の店でお昼をいただきました。マッコリタウンではマッコリは飲めませんでしたが、ここでは思う存分にいただけました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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午前6時にモーニングコールがあり、「ベニキア全州漢城観光ホテル」を午前7時30分に出発してバスまで荷物を運びました。昨晩遅くに到着した茨城からのツアーの方もこの後4日目までほぼ同じような行程でした
客舎 城・宮殿
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ホテルからは歩いて10分ほどの距離のレストランですが、大型バスだと15分ほどかかりました。
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「三百家(サム・ペクチィップ)」というレストランです。コンナムルクッパ専門店として70年以上の歴史を持つ老舗です。「三百家」の「コンナムルクッパ」は全州で無農薬栽培された豆もやしだけを使用して作られています。
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店の名前の由来は1日に300食を売ったら店仕舞いにしたということだそうです。これはガイドさんからの情報です。現在は目玉焼きですが、昔は卵焼きだったそうです。これも手間がかかるからということで変わったそうです。
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副菜のパンチャンはここでもキムチとカクテキでした。それとセウジョッと呼ばれるオキアミの塩辛は味を調整するのに使います。これは釜山で食べた「デジクッパ」には必須のものです。一番左は肉を醤油ダレで漬けたものですがこれも味調整です。醤油は目玉焼きにかけても美味しいです。
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「コンナムルクッパ」は二日酔いに良いという料理ですが、我が家は迎え酒にCASSをいただきます。土鍋(トゥッペギ)にご飯、豆もやし、卵、そして牛肉でだしをとったスープを入れて火にかけ、スープが沸騰し始めたらネギ、ゴマ、粉唐辛子を入れてさらに煮立たせて作ります。
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韓国ではナムルなどでよく食べられる豆もやし(コンナムルは全州(チョンジュ)の気候と水質が栽培に最適と言われているそうで、豆もやしスープご飯の「コンナムルクッパ」は全州の代表的な郷土料理です。出される前に生卵が落としてあり、これはすぐに混ぜても、半熟にしてから食べても良いようです。
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食事の後はバスに乗って昨晩も行った「豊南門」の脇を通過して、「全州殿洞聖堂」の近くで降りたところから観光が始まります。
殿洞聖堂 寺院・教会
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殿洞(チョンドン)聖堂は朝鮮時代にカトリック教徒が殉教した跡地に殉教者の精神を称えるために建てられた聖堂で1914年に完工しました。その殉教のシーンを再現した像が表からも見えました。
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灰色と赤色のレンガを使って建てられた建物の外観はソウルの「明洞聖堂」と似ており、初期のカトリック聖堂の中でも特に美しい建物として知られます。またビザンティン様式とロマネスク様式が併用され、韓国内における美しい建築物の1つに挙げられています。
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続いて太祖路を東に進んで「慶基殿」に向かいますが、塀の外には樹齢250年のイチョウの木が何本か残っていました。アジアの儒教文化圏では孔子が学問を研究していた場所にイチョウがあったと知られ、後代に儒学を教えるところにはイチョウを植え、学問の場所であることを象徴的に示しています。
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ガイドさんによると韓国では儒教を学ぶ人をイチョウと呼んだそうで、その理由は勉強ばかりしていて虫が付かないということと、イチョウの木には虫が付かないということを掛けたようです。
慶基殿 寺院・教会
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正門の前の下馬碑には「至此皆下馬雑人毋得入」と彫られています。ここではいかなる者も此処で馬から下りなければいけないということです。下馬碑を支えているのは阿吽の口の形をした雌雄の「獬豸(ヘチ)」という獅子のような姿の空想上の動物です。
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ソウル市のシンボルキャラクターにもなっていて、景福宮前にあるヘチ像は王宮と都を守る存在として置かれています。善悪を見分ける能力を持つ、不義や悪を角で退ける存在、正義と法律、公正さの象徴、王や都を守る守護獣という意味があります。
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「慶基殿/キョンギジョン」は朝鮮王朝を建てた李成桂(太祖)の御真影を安置するため大宗10年の1410年に完山(全州)、鶏林(慶州)、平壌の3ヶ所に建てられた祠堂です。世宗24年の1442年に各所在地ごとに名前が付けられ、全州は「慶基殿」、慶州は「集慶殿」、平壌は「栄宗殿」となりました。
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「慶基殿」は慶長の役の際に焼失してしまいましたが、御真影は「妙香山普賢寺」に移していたために難を逃れました。現在の建物は光海君6年の1614年に再建されたものだそうです。
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「論語」に「天子は南面する」つまり皇帝や天皇は南を向いて君臨するとあり、不動の存在の北極星を中心に見立てて、そこから世界を見渡すので北を背にして南を向くので南が正面という考え方があります。それに習って「慶基殿」のレイアウトも決まっています。
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朱に塗られた鳥居のような門は「紅箭門/フンサルムン」というもので、聖なる場所の入り口に門として設ける建築です。垂直に立てられた2本の円柱と、その間に渡された2本の横木から構成されます。
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屋根も扉もなく、門の中央上部にはトリシューラ(三叉槍)の象徴と太極の文様が置かれます。通例では朝鮮の儒教に関わる場所を表示するために建立されます。インドの旅でシヴァのシンボルを見てきたばかりなので、まさか韓国で見るとは思いませんでした。
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東側には小さな竹林があり、ガイドさんによるとここでは数々のドラマや映画のロケが行われたことで有名だそうです。そのタイトルを聞いて妻はうなずいていましたが…。ここ数年は夜中にどれだけの中国や韓国のドラマを観ることになっているか…。
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北に続く門には特に名前も無いようで扁額もありません。
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丹青(たんせい)は朝鮮半島の伝統的な木造建築や工芸品に描かれる彩画のことを指します。丹青の色彩は自由に選べるものではなく、五色が定められています。緑は東、白は西、赤は南、黒は北、黄は中央を象徴し、これは中国起源の五行思想に基づいています。
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門の中にも魔除けのトリシューラ(三叉槍)の象徴と太極の文様が置かれます。
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その奥にもまだ門が続き、最後には「正殿」があります。
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「丹青」は主に寺院や宮殿などの重要な建物に用いられ、軒下には菩薩・唐獅子・龍・麒麟・牡丹・蓮花・菊どの吉祥模様が描かれます。ここにはありませんでしたが、丹頂の姿がよく描かれるようです。装飾の役割だけでなく、温度変化から建物を守り、木材の欠陥を覆い隠す効果もあり、虫害を防ぎ建物を長持ちさせる役目もあります。
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「正門」と「紅箭門」と全部で4つの門を潜らなければ「正殿」を参拝することは出来ません。どれだけの魔除けの装置を張り巡らしているのでしょう。「正殿」へ向かう前に右手の見学を先にするようです。
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「御井/オジョン」は一般的に王の食事を作ったり、王が飲む水を管理している井戸のことで、太祖の御真影を安置した慶州の「集慶殿」、平壌の「永崇殿」、全州の「慶基殿」の井戸も御井と呼ばれます。
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イ・ビョンホン主演の映画「王になった男」で有名になった竹林の道です。最近では韓国ドラマ「雲が描いた月明り」で内官として宮殿で働くことになったホン・ラオン(キム・ユジョン)と王世子イ・ヨン(パク・ボゴム)が再会したシーンで使われた事でも有名だそうです。
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イ・ビョンホンは昔から好きな俳優なのでこの映画はよく覚えていました。20年ほど前に妻と大阪南港からパンスターフェリーで釜山へ行った際に宿泊したホテルのロビーにはイ・ビョンホンのサイン入りの「甘い生活」のポスターが貼ってあり、釜山国際映画祭で来た時のものでした。
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この旅行記を作りながら妻と観ていた「朝鮮弁護士」でこの竹林が出てきたときはびっくりしました。
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竹林の前には柵で囲われた中に梅の木がありました。これは臥龍梅というそうでかなりの古木のようです。名前の通り「龍が地に伏せているような姿の梅」を想像できます。
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今年の観梅は韓国だけで終わりました。
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参道へ戻り、最期の門を潜ってようやく「正殿」に進みます。
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映画「王になった男」はイ・ビョンホンとハン・ヒョジュが共演した韓国の時代劇映画で暴君の王とその影武者となる道化師ハソンの2役を演じ、王妃をハン・ヒョジュが演じています。
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権力争いで命を狙われる暴君の王である光海君は、自分と瓜2つの顔を持つ道化師ハソンを影武者に立てます。最初はただの替え玉だったハソンが民を思う気持ちに目覚め、真の「王」として成長していく物語でした。ドラマ版のヨ・ジングとイ・セヨンは妻(中殿媽媽)にずっと見せられていました。
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「正殿」は朝鮮王朝を建てた太祖の李成桂の御真影を安置するために創建されました。太祖の御真影が安置された建物は開城、永興、平壌、全州、慶州の5ヶ所ありましたが、全州を除いた全てが1592年の文禄の役(壬辰倭乱)の時に焼失してしまいます。
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「慶基殿」もまた宣祖30年の1597年の慶長の役(丁酉祭乱)の時に焼失してしまい、光海君6年の1614年に再建されました。建物の正面には回廊を備えて、最高の祠堂であることを表しています。
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「御真」のオリジナルは博物館に収蔵されているので、ここに掛けられているのはレプリカです。オリジナルは写真撮影は出来ないのでレプリカで十分です。
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「御真」は王や高位の人物などの「公式な肖像画」を指す言葉で、朝鮮王朝では王の権威や正統性を象徴する非常に重要な存在でした。
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李 成桂(イ・ソンゲ)は李氏朝鮮の始祖(初代国王で、在位期間は1392年から1398年でした。元は高麗の有力武官でしたが昌王の親元反明政策に反発し、明への遠征中に起こしたクーデターで高麗王を廃位せしめ、1392年には自ら王位につきました。
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当初は国号を「高麗」のまま明を宗主国として関係の改善に努めたことで翌1393年に明により権知高麗国事(高麗知事代理)に冊封され、同年に「朝鮮」の名を新国号として与えられて李氏朝鮮の創始者となります。
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「慶基殿」は御真殿らしく建物全体の形は比較的おだやかで簡素ですが、屋根の軒裏や斗栱部分に集中的に丹青を施すことで、「落ち着いた外観」と「細部の華やぎ」のコントラストが生まれています。
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正殿の正面の茶色の部分には亀が2匹います。過去にこの慶基殿が火事で燃えているのでその魔除けの意味のようです。
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朝鮮や中国の宮殿や祠堂では正殿前に大きな鼎や釜、水盤などを置き、火災除けや悪霊除けの意味を込める例が多く見られます。「慶基殿」も同じ理由で正殿を守る「結界」として6つの釜が置かれてありました。
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昨晩の散歩で見たハクモクレンはまだ蕾が多かったですが、ここでは満開の花がとてもきれいです。ガイドさんは再集合時間までに近くの店でチョコパイを1人1個買ってきてくれました。
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「PNB豊年製菓(プンニョンジェクァ)」という全州(チョンジュ)観光の人気のチョコパイを販売する有名店の本店が近くにあり、1951年に開業して70年以上の歴史を持つお店ということでした。この店のチョコパイは人気があり、兵役で軍隊に入った若者が退役後に最初に食べたいと思うのがこのチョコパイだそうです。
全州韓屋村 旧市街・古い町並み
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次に見学した「全州伝統酒博物館」は昔から受け継がれてきた多様な伝統酒の製造過程や文化や歴史などを展示しています。酒を造るとき使っていた道具や遺物が展示され、伝統家醸酒を造る過程を見ることができる他に伝統酒の試飲も出来るということでした。
全州伝統酒博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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昔の全州では家々ごとに自家用の酒を醸造していたそうで、これは家醸酒(カヤンジュ) と呼ばれました。
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その後の日本による併合時には税金を徴収するために各家での醸造は禁止になりました。そんな時代の展示もたくさんありました。
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1909年2月8日に家屋税と酒税とたばこ税が課せられるようになります。
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朝鮮時代に使われた染付の酒器が何とも言えない良い出来栄えです。菊の花や牡丹の花が実に風流です。
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朝鮮時代に飲まれた酒は「濁酒・濁醪」という米を発酵させた、濾過しきらない白く濁った酒で、現在のマッコリの元になった酒で、農民から庶民まで広く飲まれました。「農酒」は農作業の合間や祭礼で飲まれた素朴な自家醸造酒で、多くは濁った米酒でした。「約酒・清酒」は濁り酒を上澄みだけすくい取った透明に近い酒で、宮廷の宴や儀礼でも用いられました。
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「焼酒」は濁り酒などを蒸留して造る強い酒です。度数が高く薬用や一部の宴席で飲まれました。朝鮮後期にかけて徐々に広まります。
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伝統的な陶器製の蒸留器も展示されていました。これは下の甕でアルコールを蒸発させて、上の甕の上に冷たい水を置き、冷えて液体になった蒸留酒は下向きの口から外にある器に貯められました。
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凶作の年や自然災害によってコメの収穫が少なかったりした年はコメ価格を安定する必要もあり、作江の醸造を禁止することがありました。
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予約すると家醸酒や梨花酒などの伝統酒造りの体験ができるようです。
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朝鮮には「流杯/ユバイ」と呼ばれる風習があり、小川や浅い川に杯を浮かべて流れてきた杯が自分の前に来た人が酒を飲む、あるいは詩や言葉を詠むという遊びがありました。中国では三国時代から六朝期ごろにかけて、3月3日の上巳の節句に、水辺で身を清めて邪気を祓う行事があり、その中で「曲水流觴」と呼ばれる流れに杯を浮かべて詩酒を楽しむ宴が行われました。書聖とされる王羲之が催した「蘭亭の集い」で、曲水のそばで名士たちが詩を作り、杯を酌み交わしたことがよく知られています。
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「曲水の宴」は日本では顕宗天皇元年の485年3月に宮廷の儀式として行われたのが初見で、文武天皇以降の史上に散見するようになり、奈良時代にはこれらの行事は3月3日が常例となり、奈良時代後半には盛んになわれました。
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慶州の仏国寺の鐘楼にも同じような魚の形をした木魚がありました。日本ではこのタイプは珍しく、宇治の「黄檗山万福寺」にある魚板くらいが思い出されます。口にくわえた玉は煩悩を表し、魚の背を叩くことで煩悩を吐き出させるという意味合いがあります。我が家の煩悩とうまく組み合わさりました。
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博物館には試飲ができるショップがありました。皆さんフリータイムに出掛けてしまって、残ったのはガイドさんと数名だけでした。原料に梨とショウガ(薑)を多く使用している薬酒はちょうど喉を痛めていたので買い求めることにしました。全州では梨薑酒(イガンジュ)という酒が有名なようですが、これはまた違った酒のようです。1本12,000ウォンでしたので2本。
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この辺りは昨晩歩いているので妻の行きたいところを少し歩きました。
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昨晩はきれいにライトアップされて美しい丹青を見せていた「梧木台」も日中に見ると地味なので登ろうという気にはなりませんでした。
梧木台 史跡・遺跡
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通りにはお土産物屋が並んでいますが、昨夜は全部閉まった跡だったので何軒か覗いてみました。妻は3枚5,000ウォンのハンカチを欲しがるので6枚買い求めました。これくらい買っておけば後で足りないということも無さそうです。そして気になったのがこの全州甘酒の母酒(モジュ)です。
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「母酒」はマッコリを沸騰させてアルコールを飛ばし、生姜や黒砂糖、ナツメ、シナモンなどで甘く味付けしたもので、材料によって色合いや風味が変わっていきます。これは1本5,000ウォンで2本セットでした。家に持ち帰って飲みましたが、素朴な甘さでとても美味しかったです。
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昨晩も歩いた路地は風情があっていい雰囲気です。
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最後に「全州大私習庁/チュンジュ・テサスプチョン」に入ってみました。後で教えてもらいましたが、入り口に吊られた赤と紫の提灯は伝統的な「五方色」の一部の組合せのようです。韓国では赤や青などの色にそれぞれ意味があり、祭りやお祝いの飾りに多く使われます。
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全州大私習ではノリという遊びを体験することが出来るようですが誰もいませんでした。パンソリ、農楽、器楽、舞踏、民謡、伽耶琴(カヤグム)、時調、弓道、鼓法などの体験や公演があるようです。
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国唱・呉貞淑(オ・ジョンスク)記念館という建物もありました。パンソリは朝鮮の伝統的民俗芸能で、19世紀に朝鮮で人気のあった口承文芸の1つだそうです。1人の歌い手(ソリックン)とプク(太鼓)の奏者とコス(鼓手)によって奏でられる物語性のある歌と打楽器の演奏です。パンソリのパンは多くの人々が集まる場所を意味し、ソリは音を意味します。2003年にパンソリはユネスコの無形文化遺産に登録されました。
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再集合場所はトイレのある観光案内所でした。少し時間があったので中に入ってみるとカウンターに絵葉書が並んでありました。係のおばさんが「絵葉書どうぞ。」というので手に取ってみると切手はいらないようでした。「海外にも送れるの?」と尋ねるとちゃんと国内用と海外用に葉書は分かれていました。
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外にあるポストも国内用は赤で海外用は青だということです。ここでも先ほどの提灯と同じ入りがキ―カラーになっています。
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いつものように両親宛に葉書を1枚書きました。絵葉書は何種類もあるのでいろいろ選べました。帰国して10日ほど経ちますがまだ届いてはいませんが、これはおすすめです。
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迎えに来たバスに乗って20分ほどで「三川洞(サムチョンドン)マッコリタウン」に着きました。全州マッコリタウンは三川洞(サムチョンドン)、平和洞(ピョンファドン)、西新洞(ソシンドン)、慶園洞(キョンウォンドン)、孝子洞(ヒョジャドン)、麟後洞(イヌドン)、牛牙洞(ウアドン)の計7カ所あるそうです。
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この辺りは夜しか営業していないので、ガイドさんも案内しながも申し訳なさそうです。
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マッコリタウンに登録してある店にはこのような看板が付けられています。これも先ほど見てきた提灯と同じデザインです。
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元々労働者相手に営業していた店が金が無くて料理が注文できないお客の体のことを考えてマッコリ1杯に1品のおかずを付けたそうです。そこから人気になってマッコリタウンが形成されていったそうです。
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その中でもこの「ヨンジンチブ」は80年の伝統を持つ地元でも元祖店として知られているそうです。「水曜美食会」という食通の芸能人や専門家がスタジオに集まり、特定の料理やレストランをテーマに、味や歴史、文化的背景などを語り合う番組でも紹介されたそうです。
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扉から中を覗いてみますが、壁から柱から来店した人のサインで埋められていました。昨晩のうちに知っていたら来たかったなと思います。
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マッコリを注文すると料理が出てきて、おかわりするとさらに良いおつまみが出てくるそうです。最終的には「ホンオフェポッサム」という発酵エイと茹で豚を一緒に盛った高級料理が出てくるそうです。
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マッコリタウンの看板で記念写真を撮っていただいて終わりました。これはちょっと残念な観光でした。
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バスが停車しているところにはポン菓子のトラックが停まっていて、ガイドさんのおすすめもありました。いくつか試食させてもらい、一番おいしかった玉ねぎ味のものを2袋買いました。1袋3,000ウォンとお手頃な値段です。妻は旅行中からポリポリ食べ始めて10日間で全部食べてしまいました。
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全州ではもう1つやらなければならないことがありました。この日のお昼は「古宮(ゴグン)」という50年以上の伝統を誇る全州ビビンバの専門店でお昼になりました。
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ビビンバを盛り付ける器は真鍮か石釜のどちらかを選ぶことができるようです。全州ビビンバには欠かせない具材である緑豆こんにゃくを和え物にして提供しています。副菜のパンチャンは美味しいのでセルフでおかわりをいただきました。
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全州ビビンバは全州市発祥の郷土料理で、数あるビビンバの中でも「元祖」的な存在とされるご飯料理です。全州市はビビンバやコンナムルクッパの発祥地とされ、「食文化の聖地」として知られています。
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ここのビビンバは牛骨スープで炊いたご飯を使い、ぜんまいやもやしなどのナムル類、肉、豆もやし、卵黄など具材がとても豊富で、コチュジャンとごま油で風味をつけ、しっかり味なのにあっさりとしています。
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ガイドさんのおすすめでマッコリの上澄みを1回飲んでみてくださいと言うことです。最近の韓国の若者はカロリーを気にして上澄みしか飲まない人もいるそうです。ここではやっぱり地元の「全州マッコリ」です。葉自演だけ上澄みを飲んで、後は良く振っていただきました。
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食後は冷たい「五味子茶」と「清涼梅茶」も飲んでみました。「五味子茶」は韓国で「オミジャ茶」と呼ばれる伝統茶で、五味子というツル性植物の赤い実を乾燥させて作ります。その実には酸味・甘味・苦味・辛味・塩味の5つの味があると言われ、その名前の由来になっています。
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2階の一部はミニ博物館になっていました。調理場の情景に「宮廷女官チャングムの誓い」を思い出します。このドラマの音楽が好きで、初めて釜山に行った際にはずいぶん探して何とか手に入れました。もちろん今回の移動のバスの車内でも聴いています。
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全州は、朝鮮王朝ゆかりの地として知られ、宮廷料理や両班(ヤンバン)と呼ばれる上流階級の食文化が発達した地域です。こうした豊かな食文化の中で、さまざまな具材を1つの器に盛り付けた全州ビビンバが洗練されていったとされています。
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お昼を食べた後は「パルボク芸術工場」へ行って全州とはお別れで、次の世宗へ向かいます。4日間で5都市もまわるというハードなスケジュールでもあります。
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