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同じ九州内、しかもお隣の大分県にもかかわらず、臼杵は福岡から最も遠い大分県東部にあり、なかなか行けない場所です。JRで行くにも博多→小倉→大分までは特急ソニックがありますが、大分で乗り換えると臼杵までは各駅停車です。乗り継ぎがよくないので約3時間かかり,しかも片道7680円かかります。そこでドライブがてら行くことにしました。片道約190㎞、高速道路(片道料金4310円)を使って2時間半ですがトライしました。少し早い目に出発すれば、日帰り可能です。訪問したいところは、臼杵城址、野上弥栄子文学記念館、フンドーキンのもとになった小手川商店、二王座歴史の道などです。街はそれほど大きくないので、ぶらりと散策を楽しめます。

「うすき雛まつり」を楽しみながら臼杵城下町を街歩きしました。

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2026/02/23 - 2026/02/23

6943位(同エリア10391件中)

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29

きみちゃんです。さん

この旅行記のスケジュール

2026/02/23

  • 福岡市(7時30分発)→臼杵観光交流プラザ(10時15分着)

  • 臼杵観光交流プラザ(10時25分発)→臼杵城跡古橋口(10時28分着)

  • 臼杵城跡古橋口(11時50分発) →臼杵八坂神社(11時55分着)

  • 臼杵八坂神社(12時05分発)→野上弥生子文学記念館(12時15分着)

  • 野上弥生子文学記念館(12時50分発)→小手川商店(12時50分着)

  • 小手川商店(13時30分発)→久家の大蔵(13時32分着)

  • 久家の大蔵(13時55分発)→石敢當(14時00分着)

  • 石敢當(14時05分発)→龍原寺三重塔(14時10分着)

  • 龍原寺三重塔(14時20分発)→二王座歴史の道(14時25分着)

  • 二王座歴史の道(14時25分発)→直良信夫生家跡(14時30分着)

  • 直良信夫生家跡(14時40分発)→二王座歴史の道(14時45分着)

  • 二王座歴史の道(14時55分発)→八町大路(15時00分着)

  • 八町大路(15時00分発)→臼杵観光交流プラザ(15時20分着)

  • 臼杵観光交流プラザ(15時30分発)→福岡市(18時45分着)

この旅行記スケジュールを元に

同じ九州内、しかもお隣の大分県にもかかわらず、臼杵は福岡から最も遠い大分県東部にあり、なかなか行けない場所です。JRで行くにも博多→小倉→大分までは特急ソニックがありますが、大分で乗り換えると臼杵までは各駅停車です。乗り継ぎがよくないので約3時間かかり,しかも片道7680円かかります。そこでドライブがてら行くことにしました。片道約190㎞、高速道路(片道料金4310円)を使って2時間半ですがトライしました。少し早い目に出発すれば、日帰り可能です。訪問したいところは、臼杵城址、野上弥栄子文学記念館、フンドーキンのもとになった小手川商店、二王座歴史の道などです。街はそれほど大きくないので、ぶらりと散策を楽しめます。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
3.0
交通
3.5
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 臼杵市観光交流プラザは臼杵城跡とは目と鼻の先にあって、観光情報を手に入れるにはもってこいの所です。駐車場もあるので車利用者も気軽に利用でき便利です。

    臼杵市観光交流プラザは臼杵城跡とは目と鼻の先にあって、観光情報を手に入れるにはもってこいの所です。駐車場もあるので車利用者も気軽に利用でき便利です。

    臼杵市観光交流プラザ 名所・史跡

  • 臼杵市観光交流プラザの玄関を入るとホールまでの通路には、この地を治めた大友宗麟を紹介する資料が展示されていました。

    臼杵市観光交流プラザの玄関を入るとホールまでの通路には、この地を治めた大友宗麟を紹介する資料が展示されていました。

  • 臼杵市観光交流プラザ内部の様子です。非常に広いホールの奥には観光案内所のカウンターがあります。訪問したい先を伝えるとスタッフの方は資料をもとに丁寧に案内をしていただきました。

    臼杵市観光交流プラザ内部の様子です。非常に広いホールの奥には観光案内所のカウンターがあります。訪問したい先を伝えるとスタッフの方は資料をもとに丁寧に案内をしていただきました。

  • 臼杵市観光交流プラザのホールにはたくさんの「うすき雛」が飾ってありました。この時期は「うすき雛まつり」が開催されています。江戸時代、天保の改革で質素倹約が言われ、和紙のお雛様しか飾れなかったそうです。現代になって立ち雛をもとに質素な和紙製の臼杵のお雛様ができたようそうです。

    臼杵市観光交流プラザのホールにはたくさんの「うすき雛」が飾ってありました。この時期は「うすき雛まつり」が開催されています。江戸時代、天保の改革で質素倹約が言われ、和紙のお雛様しか飾れなかったそうです。現代になって立ち雛をもとに質素な和紙製の臼杵のお雛様ができたようそうです。

  • 臼杵市観光交流プラザから外に出ると、目の前には臼杵城跡があります。元の臼杵城は臼杵湾の奥にある島に築かれたそうですが、大友宗麟の時代に陸に三の丸を築き、城のあった島と橋で結ばれたそうです。

    臼杵市観光交流プラザから外に出ると、目の前には臼杵城跡があります。元の臼杵城は臼杵湾の奥にある島に築かれたそうですが、大友宗麟の時代に陸に三の丸を築き、城のあった島と橋で結ばれたそうです。

    臼杵城跡(臼杵公園) 名所・史跡

  • 臼杵城の玄関は古橋口と呼ばれています。大友宗麟が築いたときは臼杵湾の最も奥にある丹生島に城はありました。その後、陸地に三の丸が築かれ、島と陸を結ぶ橋として古橋と今橋でがありました。この橋を渡ると、畳櫓までは切通しになっていて、鐙坂(あぶみさか)と呼ばれる幅の狭い急坂が続きます。

    臼杵城の玄関は古橋口と呼ばれています。大友宗麟が築いたときは臼杵湾の最も奥にある丹生島に城はありました。その後、陸地に三の丸が築かれ、島と陸を結ぶ橋として古橋と今橋でがありました。この橋を渡ると、畳櫓までは切通しになっていて、鐙坂(あぶみさか)と呼ばれる幅の狭い急坂が続きます。

  • 鐙坂を上った所にある畳櫓は、当時の姿を今に伝える臼杵城跡の2つある建物の一つです。内部に畳が敷かれていたことで畳櫓と呼ばれたそうですが、明確な説ではないようです。ここは火薬庫としても使われたようです。

    鐙坂を上った所にある畳櫓は、当時の姿を今に伝える臼杵城跡の2つある建物の一つです。内部に畳が敷かれていたことで畳櫓と呼ばれたそうですが、明確な説ではないようです。ここは火薬庫としても使われたようです。

  • 畳櫓を過ぎると、すぐに大門櫓があります。この櫓は江戸時代初期に稲葉氏の臼杵城入城直後に建てられました。1763年の大火で焼失後に再建されたのですが、明治に廃城となった時に取り壊されました。平成13年に資料をもとに復元されました。

    畳櫓を過ぎると、すぐに大門櫓があります。この櫓は江戸時代初期に稲葉氏の臼杵城入城直後に建てられました。1763年の大火で焼失後に再建されたのですが、明治に廃城となった時に取り壊されました。平成13年に資料をもとに復元されました。

  • 再建された大門櫓を通り過ぎると二の丸になります。護国神社の鳥居あたりは見事な梅園が続きます。満開には早かったのですが、梅の花は楽しむことができました。

    再建された大門櫓を通り過ぎると二の丸になります。護国神社の鳥居あたりは見事な梅園が続きます。満開には早かったのですが、梅の花は楽しむことができました。

  • 梅園の奥には臼杵護国神社があります。明治時代、西南の役で臼杵を守るために戦死した43柱の英霊を招魂社に奉祀したことが始まりです。

    梅園の奥には臼杵護国神社があります。明治時代、西南の役で臼杵を守るために戦死した43柱の英霊を招魂社に奉祀したことが始まりです。

  • 臼杵城跡には大友宗麟のレリーフもあります。明治時代に臼杵で生まれた日本の代表的彫刻家、日名子実三の作品ですが、その複製品(もとの作品は戦時物資として供出)です。

    臼杵城跡には大友宗麟のレリーフもあります。明治時代に臼杵で生まれた日本の代表的彫刻家、日名子実三の作品ですが、その複製品(もとの作品は戦時物資として供出)です。

  • 臼杵城跡の二の丸公園にある大友砲(別称「国崩し」)の複製です。臼杵城主大友宗麟がポルトガル人宣教師たちから購入したものです。日本初の大砲だそうです。

    臼杵城跡の二の丸公園にある大友砲(別称「国崩し」)の複製です。臼杵城主大友宗麟がポルトガル人宣教師たちから購入したものです。日本初の大砲だそうです。

  • 野上弥生子は明治18年に地元の造り酒屋の子として生まれ、結婚後夫の紹介で夏目漱石の門下になりました。「迷路」など多数の作品を発表し、昭和60年に他界した女流文学者です。臼杵城跡二の丸公園には「迷路」の一説を刻んだ彼女の文学碑が残されていました。

    野上弥生子は明治18年に地元の造り酒屋の子として生まれ、結婚後夫の紹介で夏目漱石の門下になりました。「迷路」など多数の作品を発表し、昭和60年に他界した女流文学者です。臼杵城跡二の丸公園には「迷路」の一説を刻んだ彼女の文学碑が残されていました。

  • 臼杵城跡の東隅にあり当時の姿を今に伝える2つある建物の一つです。それが卯虎口門脇櫓です。卯寅口門は城の搦め手(裏手)にあたり監視櫓の役割も果たしていました。その他の役割としては火薬庫であったり、敵に攻め込まれたときには海上脱出することも想定していたようです。

    臼杵城跡の東隅にあり当時の姿を今に伝える2つある建物の一つです。それが卯虎口門脇櫓です。卯寅口門は城の搦め手(裏手)にあたり監視櫓の役割も果たしていました。その他の役割としては火薬庫であったり、敵に攻め込まれたときには海上脱出することも想定していたようです。

  • 臼杵八坂神社です。臼杵城跡の古橋口から真っすぐ、石畳の道を5分も歩くと到着します。ご祭神は健速須佐之男命尊、奇稲田姫命、大国主命です。元は現在の福島県いわき市にあった神社ですが、戦乱を逃れてこの地に移ったそうです。また大友宗麟の焼き討ちにあったりしますが、最終的にこの地でお祀りしています。

    臼杵八坂神社です。臼杵城跡の古橋口から真っすぐ、石畳の道を5分も歩くと到着します。ご祭神は健速須佐之男命尊、奇稲田姫命、大国主命です。元は現在の福島県いわき市にあった神社ですが、戦乱を逃れてこの地に移ったそうです。また大友宗麟の焼き討ちにあったりしますが、最終的にこの地でお祀りしています。

    臼杵八坂神社 寺・神社・教会

  • 野上弥生子文学記念館です。現小手川酒造の建物の一角にあります。小手川酒造二代目の長女に生まれ、同じ臼杵出身の野上豊一郎と結婚し、夏目漱石を師として小説家になりました。その後、99歳まで作家として執筆し、代表作には海神丸、真知子、迷路などがあります。

    野上弥生子文学記念館です。現小手川酒造の建物の一角にあります。小手川酒造二代目の長女に生まれ、同じ臼杵出身の野上豊一郎と結婚し、夏目漱石を師として小説家になりました。その後、99歳まで作家として執筆し、代表作には海神丸、真知子、迷路などがあります。

    野上弥生子文学記念館 美術館・博物館

  • 野上弥栄子文学記念館の前には昼食の予約をお願いしていた小手川商店があります。幕末に初代小手川金次郎が味噌や醤油作りを始め、フンドーキン醤油もとになったと言われています。自家製の味噌を生かした美味しい臼杵の郷土料理がいただけます。

    野上弥栄子文学記念館の前には昼食の予約をお願いしていた小手川商店があります。幕末に初代小手川金次郎が味噌や醤油作りを始め、フンドーキン醤油もとになったと言われています。自家製の味噌を生かした美味しい臼杵の郷土料理がいただけます。

    小手川商店 グルメ・レストラン

  • 小手川商店商店内の座敷への上り口には和紙製の「うすき雛」ではなく、本格的なひな人形が飾ってありました。

    小手川商店商店内の座敷への上り口には和紙製の「うすき雛」ではなく、本格的なひな人形が飾ってありました。

  • 麦みそ汁とクチナシで色付けした黄飯だけのセットもありますが、これにゴマ豆腐、<br />鶏唐揚げ、 卵黄の味噌漬け、豆腐味噌漬けなどを加えた臼杵郷土料理です。特に味噌汁はお替りしたいほどの味、味噌の香りが素晴らしいです。

    麦みそ汁とクチナシで色付けした黄飯だけのセットもありますが、これにゴマ豆腐、
    鶏唐揚げ、 卵黄の味噌漬け、豆腐味噌漬けなどを加えた臼杵郷土料理です。特に味噌汁はお替りしたいほどの味、味噌の香りが素晴らしいです。

  • 小手川商店のすぐ隣には、久家の大蔵があります。江戸時代末期の建築物で酒蔵に利用されていました。真っ白な外壁や内部の壁にはポルトガル人作家ロジェリオ・リベイロ氏による装飾絵タイル・アズレージョが貼られています。「うすき雛まつり」開催中でいたので、和紙製の立ち雛もたくさん飾られていました。

    小手川商店のすぐ隣には、久家の大蔵があります。江戸時代末期の建築物で酒蔵に利用されていました。真っ白な外壁や内部の壁にはポルトガル人作家ロジェリオ・リベイロ氏による装飾絵タイル・アズレージョが貼られています。「うすき雛まつり」開催中でいたので、和紙製の立ち雛もたくさん飾られていました。

    久家の大蔵 名所・史跡

  • 久家の大蔵の内部にあるアズレージョです。白地のタイルに青色の濃淡だけで仕上げてあります。

    久家の大蔵の内部にあるアズレージョです。白地のタイルに青色の濃淡だけで仕上げてあります。

  • 「うすき雛まつり」開催中でしたので、久家の大蔵の内部にもたくさんの和紙製の立ち雛が飾られていました。

    「うすき雛まつり」開催中でしたので、久家の大蔵の内部にもたくさんの和紙製の立ち雛が飾られていました。

  • 元来は中国の風習ですが、畳屋町にあるものは日本最古の石敢當です。何度か建て替えはしているそうですが、これは最後のもので1877年に建てられたものです。凝灰岩<br />?で身長ぐらいの高さの魔よけです。

    元来は中国の風習ですが、畳屋町にあるものは日本最古の石敢當です。何度か建て替えはしているそうですが、これは最後のもので1877年に建てられたものです。凝灰岩
    ?で身長ぐらいの高さの魔よけです。

  • 京都の知恩院の末寺である龍原寺にある三重塔は、太子塔ともよばれ聖徳太子をお祀りする塔です。江戸時代に臼杵の領主であった稲葉貞通が、現在の地に創建したのがはじまりです。九州にある三重塔は少ないのですが、記憶では福岡県みやま市にある清水寺にあったと思います。

    京都の知恩院の末寺である龍原寺にある三重塔は、太子塔ともよばれ聖徳太子をお祀りする塔です。江戸時代に臼杵の領主であった稲葉貞通が、現在の地に創建したのがはじまりです。九州にある三重塔は少ないのですが、記憶では福岡県みやま市にある清水寺にあったと思います。

    龍原寺三重塔 名所・史跡

  • お釈迦様が明けの明星を見て悟りを開いたと言われていることに由来する名の見星寺の南側には二王座歴史の道があります。その入口に当たる所がこの写真です。狭い石畳の切通しの坂道が続きますが、武家屋敷跡、白壁の土蔵、お寺が続きます。臼杵らしい景色を楽しめるところです。

    お釈迦様が明けの明星を見て悟りを開いたと言われていることに由来する名の見星寺の南側には二王座歴史の道があります。その入口に当たる所がこの写真です。狭い石畳の切通しの坂道が続きますが、武家屋敷跡、白壁の土蔵、お寺が続きます。臼杵らしい景色を楽しめるところです。

    二王座界隈 (二王座歴史の道) 名所・史跡

  • 二王座歴史の道の入口にある金毘羅水です。金毘羅社の岩盤をに穴をあけて水を得ていた井戸です。臼杵の三名水の一つでしたが、現在は使われていません。この先、少し上ると甚吉坂があります。

    二王座歴史の道の入口にある金毘羅水です。金毘羅社の岩盤をに穴をあけて水を得ていた井戸です。臼杵の三名水の一つでしたが、現在は使われていません。この先、少し上ると甚吉坂があります。

  • 甚吉坂をほぼ上り終えたあたりにあるのが直良信夫先生の生家跡です。明石原人を発見した先生の生家跡を資料館として利用しています。

    甚吉坂をほぼ上り終えたあたりにあるのが直良信夫先生の生家跡です。明石原人を発見した先生の生家跡を資料館として利用しています。

    直良信夫生家跡 名所・史跡

  • 二王座歴史の道は切通しと呼ばれる狭い路地です。至る所に城下町の面影が残っています。高い石垣の上にある武家屋敷、白壁の建物、寺院が坂道の両側に続きます。この辺りで撮影された写真は臼杵を紹介する雑誌やパンフレットによく使われていますので、まだ臼杵を訪問したことのない人でも一度は目にした光景になります。

    二王座歴史の道は切通しと呼ばれる狭い路地です。至る所に城下町の面影が残っています。高い石垣の上にある武家屋敷、白壁の建物、寺院が坂道の両側に続きます。この辺りで撮影された写真は臼杵を紹介する雑誌やパンフレットによく使われていますので、まだ臼杵を訪問したことのない人でも一度は目にした光景になります。

    二王座界隈 (二王座歴史の道) 名所・史跡

  • 二王座歴史の道を真光寺の横で左に回り込むと折すると、間もなく八町大路に出ます。この道は現在は臼杵市中央通りという石畳の商店街になっています。臼杵城跡までまっすぐ伸びる道は歴史ある富士甚醤油の富士屋甚兵衛商店、カニ醤油の鑰屋(かぎや)などが並ぶレトロ感のある街です。この道を通り、臼杵観光交流プラザまで戻りました。

    二王座歴史の道を真光寺の横で左に回り込むと折すると、間もなく八町大路に出ます。この道は現在は臼杵市中央通りという石畳の商店街になっています。臼杵城跡までまっすぐ伸びる道は歴史ある富士甚醤油の富士屋甚兵衛商店、カニ醤油の鑰屋(かぎや)などが並ぶレトロ感のある街です。この道を通り、臼杵観光交流プラザまで戻りました。

    八町大路 市場・商店街

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