2026/01/27 - 2026/01/27
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kojikojiさん
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「グムスポックッ」でフグのコースをいただき、いい具合に酔っぱらっていますが午後の観光も盛りだくさんです。バスに揺られながら次に行く「甘川文化村」についてガイドさんから説明がありました。カラフルな建物の美しさから有名な観光地になっていますが、甘川洞は1950年代に太極道という信仰の信者たちや朝鮮戦争の難民たちが山岸に集まって形成したバラック村だったという歴史を教えてもらいます。現在は廃校になった小学校の校庭がバスの駐車場になっていて、そこから観光をスタートします。まずは小さな博物館で1950年代の歴史を学びますが、置かれてある展示品は自分が子供の頃にも使っていたようなものもあるので懐かしさも感じます。ここでのおやつはトッポギで、食べた後はフリータイムになり、メインストリートを散策します。いろいろな所にアート作品があったり、なかなか楽しいところでした。再集合した後は「松島スカイウォーク」に向かいます。松島海岸は日本の統治時代に名付けられた歴史があるということもガイドさんが教えてくれました。天気も良く温かいので海の上に設けられた遊歩道を歩くのは気持ち良かったです。頭上を行くロープウェイを見ると乗りたくなってきます。夕方になってきたので「歴史のジオラマ展望台」にも行きました。プサンの名前は現在の東区佐川洞にある甑山(チュンサン)の別名である「釜山」に由来するとされています。昔はこの甑山が釜の形に似ていたことからその名がついたとされる平地の少ない山が迫った港町だということを改めて感じます。ちょうどCOSTAセレーナが出港して「釜山港大橋」を通過していくのが見えました。1年前のベリッシマの夏祭りクルーズでは同じようにこの橋の下を通過したので懐かしく思えます。日が暮れる前に免税移転にも立ち寄りました。ここは前回も行った「龍頭山公園」の中の「釜山タワー」のビルの中にある免税店でした。ここでは妻のための高級美容品の買い物が優先です。この公園では20年前にパンスターフェリーで来た際に偶然「朝鮮通信使パレード」を見る機会がありました。今回改めて韓国の歴史を学ぶことも出来て良かったと思います。この日の夕食は「海金剛」というこんなビルの中にレストランなんてあるのというような店に入りました。ところが中は地元の人で賑わっているので美味しい店なのだろうということが感じられます。ここではサムギョッサルと骨付きカルビをいただきました。ここではまだ飲んでいない生マッコリを甕でのみなしたが微発泡していてとても美味しいです。あまりに美味しいので甕2杯飲んでしまいました。最後のお会計で20,000ウォン支払っているのを横のテーブルの方が見て「高いのね。」とおっしゃいましたが恥ずかしいので2杯飲んだと言えませんでした。ホテルに戻ると妻は疲れてしまったようなので、1人で近くのスーパーマーケットへ行ってお土産を物色してきました。ツアー3日目は夕食まではフリータイムなのでゆっくりしようと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- チェジュ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「グムスポックッ」でフグのコースをいただき、いい具合に酔っぱらっていますが午後の観光も盛りだくさんです。バスに揺られながら次に行く「甘川文化村」についてガイドさんから説明がありました。
甘川洞文化村 散歩・街歩き
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カラフルな建物の美しさから有名な観光地になっていますが、甘川洞は1950年代に太極道という信仰の信者たちや朝鮮戦争の難民たちが山岸に集まって形成したバラック村だったという歴史を教えてもらいます。
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現在は廃校になった小学校の校庭がバスの駐車場になっていて、そこから観光をスタートします。まずは小さな博物館で1950年代の歴史を学びますが、置かれてある展示品は自分が子供の頃にも使っていたようなものもあるので懐かしさも感じます。
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太極道は甑山姜一淳の思想を受け継ぐ甑山系の宗教で、その起源は1916年に趙哲濟が創設した「無極道」にさかのぼります。
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朝鮮戦争の際に北朝鮮から避難してきた人々が家を密集して建てた山肌の集落タルトンネ(貧しい人々が集まって住みはじめたという町)が始まりです。その当時のバラックを再現したコーナーがあります。
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並んでいる生活用品を見ていると昭和30年代後半に父の実家の裏にある蔵の中にあったようなものが並んでいます。
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天秤ばかりは月に1回くらい近所を周ってくる新聞回収のおじさんが持っていたものに似ています。新聞の重さを量って見合った分のチリ紙を置いて行くのを良く眺めていました。トイレットペーパーに変わったのは小学校になった昭和40年代中頃だったと思います。
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通りに降りてバスや車のお客にアサリのスープを売る女性は1980年代までいたそうで、ガイドさんのお父さんも二日酔いの朝はこのスープを飲んでいたと教えてくれました。
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山間部の斜面に住宅が合った利点は釜山港に船が入港してくると真っ先に山を下りて港湾労働の仕事にありつけたそうです。日雇いの仕事が貴重な現金収入だったようです。
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ガイドさんの説明では漁船から魚を降ろしたり、加工の仕事もあったようで、捨てられる頭やアラや骨をもらって帰り、それを料理して食べていた時代もあるそうです。
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昭和11年に造られた陶器製の日本酒の瓶は使いまわしたのでしょうか。子供の頃は近所の酒屋さんに一升瓶を持って行って醤油やお酒を入れてもらいに行った記憶があります。
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我が家にあった黒電話と同じようなものがありました。携帯電話やポケベルからも30年くらい前のものが展示してあるようです。
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始めて韓国に来た時はまだ仁川国際空港は無く、金浦空港だけでした。飛行機を降りるとキムチと皮革の匂いがしたことを覚えています。その頃の紙幣がどんなだったかは全く記憶はありません。
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唯一懐かしいと思えるのはハクキンカイロとバリカンです。ハクキンカイロはフタに開けられた孔雀の型の通気孔のカタチから「Peacock Pocket Warmer」と呼ばれました。ベンジンをプラチナ(白金)触媒で「触媒燃焼」させる事で発熱保温させる原理ですが、子供の頃はベンジンの匂いが嫌いだったのでこれを持たされるのが嫌でした。
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アルファベットのAの形をした背負子(しょいこ)です。これで木材や作物や肥料、野菜などを運んだようです。Aに対してY字の木材が交差して字ルツするようです。ハシゴ上の日本の背負子とは形状が違って面白いです。
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博物館から先にはアート作品があちこちに現れてきます。人面鳥のオブジェを見ていると仏説阿弥陀経にある「共命鳥(ぐみょうちょう)」やギリシャ神話に出てくるハルピュイアを思い出させます。
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高台にあるのは廃校になった小学校で、校庭が大型バスの駐車場になっていました。トータルで40分以内にあそこまで戻らなければなりません。
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長い間、甘川は観光とまったく無縁の「暮らしの場」でした。便利な場所とも言えず人口減少や高齢化が進み、街の将来が課題となる中で2009年前後から行政と外部関係者、地域住民が関わる取り組みが始まります。そこに暮らす人々と外部の関係者が関わることで、街は少しずつ新しい役割を担うようになったようです。
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アートやデザインの力を取り入れ、街そのものの魅力を見直すプロジェクトが動き出したことで、「甘川文化村」は少しずつ注目を集めるようになりました。
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路地を横切る魚は人気のフォトスポットで、レンタルされた現代風のチマチョゴリを着た女性が写真を撮っています。
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ここでガイドさんからストップがかかり、午後のおやつのトッポギです。紙コップに5本ほど入ったものが配られます。
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これはかなり辛かったですが美味しかったのですぐに食べきってしまいました。これくらいのおやつがちょうどよい量です。ここで一度解散になり25分後にバスに戻るように言われます。
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BTSのジョングクとジミンのイラストの前で写真を撮っていつも一緒に旅行する高校の同級生にLineで送っていました。彼女は妻よりも韓流ファンなのでマウントが取りたかったのでしょうね。
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ここにもBTSがいましたが、あんまり似ていないような気がします。
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「甘川文化村」では「星の王子さま」が有名なポイントになっています。「星の王子さま」のフランス語の一節「Tu seras pour moi unique au monde.」は、直訳すると「あなたは私にとって、世界でたった1人の存在になる。」という意味です。この言葉はキツネが王子さまに「飼いならす(apprivoiser)」ことの意味を教える場面で語られ、キツネは王子さまに絆を結ぶこと、つまり「飼いならすこと」によって、お互いが特別な存在になるのだと説明しています。
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モロッコの夜明け前のメルズーガ大砂丘でサン=テグジュペリについて考えたことを思い出しました。この年齢になってきて「星の王子さま」に出てくる言葉の重さを余計に感じるようになりました。
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役目を終えた広告の入ったパラソルの生地から作ったバックがカッコ良かったのですが、1個1万円以上するので買えませんでした。これは欲しかったなと思えたので残念でした。
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映画「HERO」で木村拓哉と松たか子が裁判の証拠となる車を探すために甘川文化村を訪れ、釜山地方検察庁の主任検事がイ・ビョンホンだったのをこの警察の看板を見て思い出しました。
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「星の王子さま」になってみました。もう何年かしたら「星になったおじいさん」かもしれません。
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そろそろ引き返さなければならない時間になりました。あと1時間くらいは遊んでいられるなと思いました。
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階段を降りて彷徨ってみたくなりますが、迷子になっている時間は残っていません。
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有名なオブジェの後ろには長い列が出来ていました。残念ながら王子様とキツネと一緒の写真を撮ることは出来ませんでした。
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迷子にならない程度に別の道を戻ってみますが、どこもカラフルに手を加えられています。
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この上に「ハヌルマル展望台」があるということはバスに戻ってからガイドさんからもらった地図で知りました。もっとも上に登っている時間はありませんでしたが。
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小学校の校庭だった駐車場に戻ってバスに乗り込みます。ギリギリ集合時間には間に合いました。
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降っていくバスの車窓からもしばらく急斜面に張り付くような集落が見えていました。
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「甘川文化村」から坂を下って海岸線に出るとそこが「松島海水浴場」でした。冬の海にイルカがジャンプするオブジェは似合いません。
松島 / 松島ビーチ ビーチ
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海岸線をバスは走り抜けます。季節的にもプロムナードを歩く人の数は少ないです。「松島海水浴場」は1913年にオープンした韓国第1号の海水浴場で、開場100周年を越えるほど長い歴史を誇るとガイドさんが説明してくれます。。
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釜山は日本との交易が盛んで日本人居住者が増加しました。特に釜山中区、東区、西区を中心とした地域では1905年に日本人によって都市計画が策定され、道路、鉄道、公共施設などのインフラが整備されました。このような背景の中で「松島海水浴場」も開発されました。
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バスは「松島クルム散策路(スカイウォーク)」の入り口で停車して次の観光が始まります。
松島海水浴場 スカイウォーク 観光名所
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地図を見ると現在地である右下から先端まで行って小さな亀島から戻るようです。
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スカイウォークというほど高い所に遊歩道があるわけでもないのですが、海の上を歩いている感じはあります。
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「松島海水浴場」がきれいに見渡せますが、干潮の時間帯のようで波も立たない鏡面のような海面です。夏場には多くの海水浴客でにぎわうようですが、1月では閑散としています。
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亀の形をした飛び込み台も夏なら楽しいでしょうね。
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それよりも海中に鉄塔をもうけたロープウェイの方が気になってきます。
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沖合いには貨物船が停泊しています。
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「松島海上ケーブルカー」、釜山を代表する観光スポットの1つで、「松島海水浴場」の松林公園から岩南公園までの約1.6キロを結んでいます。釜山の海と街並みを空中から一望できるのが魅力のようです。
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背後にある高層マンションに住んでいたら素晴らしい景色が毎日見られるのでしょうね。いったいいくらくらいするのかガイドさんに聞いておけばよかったです。
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ロープウェイは「岩南公園(松島スカイパーク)」を結んでいるそうです。ここまで来てこれにも乗って見たくなりました。季節が良くなったらもう1回くらい釜山に来てもいいのかもしれません。
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ロープウェイは人気のようで、ほとんどのキャビンには人が乗っていました。これから夕方にかけてがいい時間帯なのかもしれません。
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「松島龍宮吊橋」が見えたので望遠レンズで800ミリまで拡大してみます。
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足元を見るとカモメがたくさん日向ぼっこをして羽を休めています。
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穏やかな風景をしばらく眺めています。
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亀島にある想像には物語があり、ガイドさんが説明してくれました。昔、松島には親孝行な漁師が住んでいて、漁に出ると海が荒れたために洞窟に避難しました。すると傷だらけで倒れている女性を見つけたので薬草を撮ってきて手当てをしてやります。意識が戻った女性は「自分は龍王の娘で、海を守る龍人で漁師たちに悪さをする怪物と戦ってケガをした。」と話します。そして命を助けられた漁師と愛し合うようになり幸せに暮らし、人間の体になるように千日間洞窟に籠って祈祷をします。
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千日目に2人の愛をねたんだ怪物が祈祷を邪魔します。両氏は村人と共に怪物と戦い対峙しますが深い傷を負って死んでしまいます。娘も完全な人間の姿にはなれず半人半魚の人龍になってしまいます。哀れに思った龍王は漁師を亀岩に変え、娘と一緒にいられるようにしたと言います。
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バスは「チャガルチ市場」の近くの「ロッテ百貨店 光復店」の前を通過しました。ここは11月に友人夫婦と一緒に来たところなので懐かしく思います。そして2人がいない寂しさもちょっと感じます。彼らに会えるのは9月の地中海のクルーズまで待たなければなりません。
ロッテ百貨店 アクアモール ショッピングセンター
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バスは様道を上がって「龍頭山公園」に来ました。ここに来るのは3回目ですがいchども「釜山タワー」に昇ったことはありません。
龍頭山公園 広場・公園
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一昨年の夏にダイヤモンド・プリンセスで釜山に寄港した際は船のエクスカーションの慶州観光に行った帰りにここへ立ち寄りました。勝手知ったる免税店では妻のために首のしわを取るクリームや目じりのしわを取るスティックとかパックを買い求めます。
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早々に買い物を終えて表に出て「李舜臣提督の像」の写真を撮りました。李舜臣(イ・スンシン)は16世紀末の文禄・慶長の役において朝鮮水軍を率い、日本軍と戦いました。彼は「救国の英雄」として称えられ、多くの銅像が建てられているようです。
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ここへ最初に来たのは20年前の大阪南港からのパンスターフェリーの旅でした。偶然「朝鮮通信使祭り」がここで開催されていて、伝統的な朝鮮官服を着た人たちがたくさんいてすごい迫力でした。
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バスは「コモドール ホテル /Commodore Hotel」の前を通過して九十九折りの山腹道路を上っていきます。
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予定表には「ジオラマ展望台」とありますが、元々「歴史のジオラマ(Diorama)」」という施設があるようですが、ツアーで行くのは「瀛洲展望台」でした。
空目展望台(瀛州ハヌルヌン展望台) 観光名所
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ちょうど日が沈むタイミングで真白な「釜山港大橋」が赤く染まっていてきれいです。
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影島方面も空が赤く染まってとてもきれいです。
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釜山北港の「再開発灯台」もきれいに見えました。この灯台はダイヤモンド・プリンセスの船上からも眺めたので懐かしいです。
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スノヘッタ(Snøhetta)が設計した建設中の「釜山オペラハウス/Busan Opera House」もだいぶ姿を現しています。スノヘッタはオスロとニューヨークに拠点を置く国際的な建築・ランドスケープ・アーキテクチャーおよびインテリアデザインの設計事務所です。2027年には完成するようなのでその頃に再訪してもいいかもしれません。
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夕焼けの中をCOSTAセレーナが出港していきます。ガイドさんがいろいろ説明してくれていますが、クルーズ好きなのでこちらの方が気になってしまいます。
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コスタクルーズの12隻目として2017年に就航したセレーナは「神々の家」をコンセプトとしています。どこかの海で出会っているかもしれませんが思い出せません。最初にピレウス港でCOSTAの船を見たときは85,000トンのCOSTAアトランティカでも巨大に見えたものです。
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ほんの一時の美しい釜山の夕焼けでした。冬の夕焼けはギラギラしないので一番好きかもしれません。
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展望台の下には「永州(ヨンジュ)オルムキル」という斜行エレベーターがありました。垂直タイプのエレベーター2基とこの斜行エレベータが連結しているようで、坂道の多い釜山ならではの設備だと思います。
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「コモドール ホテル /Commodore Hotel」がきれいに見えました。一見すると高級ホテルのようですが、意外に安いのと「釜山駅」から15分ほどの距離のようなので泊まってみたくなります。
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セレーナは次はどこの港へ向かうのでしょう。欧米人の観光客はバスに乗っているのをたくさん見掛けましたが、日本人の姿は見えませんでした。
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バルト海のフェリー旅を終えてきたばかりですが、またクルーズに行きたくなってきました。去年は6回のクルーズ旅に行き舞いsたが、今年は9月に1本予定しているだけです。
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夕食は釜山駅前の「東横イン釜山駅」のある1ブロックの中にあるONPAXビルの「??? カルビの本家 海金剛」というレストランでした。
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この日の夕食は最初からご一緒のご夫婦と一緒のテーブルに座ることが出来ました。この店ではサムギョプサルと骨付きカルビの焼き肉をいただきます。
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これまで飲んでいなかったマッコリをいただくことにします。微発泡の生マッコリが甕で出てきました。これがまた寝ちゃky茶美味しいのでどんどん進んでしまいます。そう言えば韓国にはドンドン酒というものもあり舞いs田。マッコリとの違いは漉さないので米粒が残って浮いています。
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サムギョプサルはすでに切ってあるので焼けた鉄板の上に置いていきます。これは我が家の大好物です。
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良い具合に焼けたところをサンチュやエゴマの葉にネギサラダやキムチ、ナムルなどを一緒に巻いて味噌をつけていただきます。30年くらい前に妻と友人といったソウルで探していた店が無いので木浦の警察署に入って訪ねたことがありました。電話番号だけ記載されていた屋台に電話してくれたのですが閉店していました。代わりに勧めてくれたのがサムギョプサルの店で、その時の味はいまだに忘れられません。
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骨付きカルビはお店のお姉さんが手際よく鉄板に乗せてくれました。その後も裏返したりしてくれるので手は出せません。
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このお肉も美味しかったです。格安のツアーでここまで食事を堪能できるとは思いませんでした。調子に乗ってマッコリをおかわりしてしまい、お勘定の時に20,000ウォン支払っていたら隣のテーブルから「あら、高いのね。」なんて声が掛かりますが、恥ずかしくておかわりしましたと言えませんでした。
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ホテルに帰った後はフロントの女性に教えてもらったスーパーマーケット迄やってきました。ここでロッテチョコレート10枚、翌日食べられなかった時のためにアワビ粥のパック、ビールなどを買い求めました。ロッテのガーナチョコはハングルの文字のものが良いのですがここでも見つかりませんでした。
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夏場だったら瓶ビールを全種類買うところですが、まだ飲んでいないものを数本に留めました。いつの頃からかワインのラベル以外にビールのラベルも集めるようになり、スクラップブックが数冊になりました。中国とベルギーとドイツはめちゃくちゃ種類が多いので旅していても楽しいです。
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妻は疲れたようで部屋で休んでいるのでしばらく1人で西面の繁華街をぶらつきました。
西面 散歩・街歩き
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ハングルのイルミネーションは何度見ても文字には見えてきません。在職中は何度もLOFTの店を作りましたし、妻はLOFTのCIの監理もしていたのでハングルはみんなLOFTのロゴに見えてしまいます。
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部屋に戻って風呂上りに冷やしておいたビールをいただきます。ツアー3日目は夕食の時間までフリータイムなので少しゆっくり出来そうです。
ソラリア西鉄ホテル釜山 ホテル
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