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*この旅行記は、ドイツ観光局の提供により投稿しています*<br /><br />ゲーテが生まれた町フランクフルトに対して、ゲーテが生涯で最も長く住み、亡くなった場所がワイマールです。<br />古典主義の都と呼ばれるワイマールは、フランクフルトと並ぶゲーテ街道の核心地。<br />しかもワイマールは古典主義の都として、そして近代デザインの祖バウハウス発祥の地として、二つの世界遺産登録を持つ稀有な町なのです。<br /><br />前回のヴァルトブルク城に続き、ゲーテゆかりの世界遺産。<br />ゲーテが通った後には世界遺産が残るということなのか...という気がしてきました。<br /><br />ワイマールで、ゲーテが生きた軌跡を尋ねました。<br />

ゲーテ街道を旅する⑤ ワイマール 政治家であり文学者であったゲーテ 

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2025/05/18 - 2025/05/19

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tomo_miichi

tomo_miichiさん

*この旅行記は、ドイツ観光局の提供により投稿しています*

ゲーテが生まれた町フランクフルトに対して、ゲーテが生涯で最も長く住み、亡くなった場所がワイマールです。
古典主義の都と呼ばれるワイマールは、フランクフルトと並ぶゲーテ街道の核心地。
しかもワイマールは古典主義の都として、そして近代デザインの祖バウハウス発祥の地として、二つの世界遺産登録を持つ稀有な町なのです。

前回のヴァルトブルク城に続き、ゲーテゆかりの世界遺産。
ゲーテが通った後には世界遺産が残るということなのか...という気がしてきました。

ワイマールで、ゲーテが生きた軌跡を尋ねました。

  • ゲーテがワイマール公国からの招聘を受けて、フランクフルトからワイマールへ移り住んだのは1775年。<br />ゲーテはまだ26歳の青年でしたが、すでに詩人・文学者として名を知られた存在でした。<br /><br />当時ワイマール公国では、若き君主カール・アウグストのために、その母アンナ・アマーリア公妃が数々の文化人を招いていたのです。<br />ゲーテの文学の師匠に当たるヘルダーや、シェークスピアをドイツ語に訳したヴィーラントもその中にいました。<br /><br />写真は、ゲーテが最初に自分の家としてカール・アウグスト公から与えられて住んだガーデンハウスです。

    ゲーテがワイマール公国からの招聘を受けて、フランクフルトからワイマールへ移り住んだのは1775年。
    ゲーテはまだ26歳の青年でしたが、すでに詩人・文学者として名を知られた存在でした。

    当時ワイマール公国では、若き君主カール・アウグストのために、その母アンナ・アマーリア公妃が数々の文化人を招いていたのです。
    ゲーテの文学の師匠に当たるヘルダーや、シェークスピアをドイツ語に訳したヴィーラントもその中にいました。

    写真は、ゲーテが最初に自分の家としてカール・アウグスト公から与えられて住んだガーデンハウスです。

    ゲーテのガーデンハウス 建造物

  • ゲーテがワイマールに到着したのは11月7日の朝の5時だったそうですが、馬車から降りると泥とぬかるみに足を取られ、そこらで鶏の鳴き声がした、との描写が伝えられています。<br />当初、先進的な帝国自由都市フランクフルトから、田舎の小国だったワイマールへ来たカルチャーギャップは大きかったようで、「フランクフルトの肉料理が恋しい」と書いた手紙も残っているそうです。<br /><br />写真はワイマール市庁舎。時間になると奏でられるマイセン磁器の鐘の音が美しいです。<br />何回か焼失して、今の建物は1841年に建てられたネオゴシック様式のもの。ゲーテ以降の時代のものになります。

    ゲーテがワイマールに到着したのは11月7日の朝の5時だったそうですが、馬車から降りると泥とぬかるみに足を取られ、そこらで鶏の鳴き声がした、との描写が伝えられています。
    当初、先進的な帝国自由都市フランクフルトから、田舎の小国だったワイマールへ来たカルチャーギャップは大きかったようで、「フランクフルトの肉料理が恋しい」と書いた手紙も残っているそうです。

    写真はワイマール市庁舎。時間になると奏でられるマイセン磁器の鐘の音が美しいです。
    何回か焼失して、今の建物は1841年に建てられたネオゴシック様式のもの。ゲーテ以降の時代のものになります。

    市庁舎 (ワイマール) 建造物

  • さて、都会から田舎へやってきた人独特の不満もいろいろあったようですが、ワイマールはテューリンガーソーセージのご当地。<br />記録に残っている限りでは、このソーセージは1404年からあるそうです。<br /><br />市庁舎前のマルクト広場では、食欲をそそる巨大ソーセージのオブジェが載った、ソーセージ屋台が出ていました。

    さて、都会から田舎へやってきた人独特の不満もいろいろあったようですが、ワイマールはテューリンガーソーセージのご当地。
    記録に残っている限りでは、このソーセージは1404年からあるそうです。

    市庁舎前のマルクト広場では、食欲をそそる巨大ソーセージのオブジェが載った、ソーセージ屋台が出ていました。

    マルクト広場 (ワイマール) 広場・公園

  • テューリンガーソーセージの焼く前の見た目はフニャッとした感じですが、焼いて皮が破れてパリパリになる感じがとてもおいしいのです。<br /><br />なぜかこのソーセージはドイツのどこに行ってもある全国ブランドになっていますが、やはりテューリンゲンで食べると格別の味わいです。

    テューリンガーソーセージの焼く前の見た目はフニャッとした感じですが、焼いて皮が破れてパリパリになる感じがとてもおいしいのです。

    なぜかこのソーセージはドイツのどこに行ってもある全国ブランドになっていますが、やはりテューリンゲンで食べると格別の味わいです。

  • ゲーテがこの町で残した大きな業績のひとつが、アンナ・アマーリア公妃図書館です。<br /><br />学問や芸術に造詣が深かった公妃アンナ・アマーリアの名を冠したこの図書館で、ゲーテは1797年から館長を務めました。<br /><br />蔵書を増やし、一般市民に本を貸し出す制度を導入。<br />ドイツ初の公共図書館になりました。<br /><br />1797~1801年にかけて、475人が利用者として登録しており、これは当時のワイマールの人口の6.33%に当たるそうです。

    ゲーテがこの町で残した大きな業績のひとつが、アンナ・アマーリア公妃図書館です。

    学問や芸術に造詣が深かった公妃アンナ・アマーリアの名を冠したこの図書館で、ゲーテは1797年から館長を務めました。

    蔵書を増やし、一般市民に本を貸し出す制度を導入。
    ドイツ初の公共図書館になりました。

    1797~1801年にかけて、475人が利用者として登録しており、これは当時のワイマールの人口の6.33%に当たるそうです。

    アンナ アマーリア公爵夫人の図書館 博物館・美術館・ギャラリー

  • 壁にかかっている絵には、書記に書き取りをさせるゲーテの姿が描かれています。<br /><br />蔵書のメインは1750~1850年にかけての欧州の文学、芸術史に関するもので、ルター訳聖書の初版本などのお宝本もあります。<br /><br />ロココ様式の美しい図書館の見学は予約制。<br />オンラインで申し込めますが、人気なので数カ月前から申し込む必要が。<br />さらに実際に本を閲覧したい場合は、別途申し込む必要があります。<br /><br />https://www.klassik-stiftung.de/en/herzogin-anna-amalia-bibliothek/visits/rococo-hall/

    壁にかかっている絵には、書記に書き取りをさせるゲーテの姿が描かれています。

    蔵書のメインは1750~1850年にかけての欧州の文学、芸術史に関するもので、ルター訳聖書の初版本などのお宝本もあります。

    ロココ様式の美しい図書館の見学は予約制。
    オンラインで申し込めますが、人気なので数カ月前から申し込む必要が。
    さらに実際に本を閲覧したい場合は、別途申し込む必要があります。

    https://www.klassik-stiftung.de/en/herzogin-anna-amalia-bibliothek/visits/rococo-hall/

  • 公妃図書館から歩いてすぐのところに、ゲーテ国立博物館があります。<br />1782~1832年に亡くなるまで暮らしたゲーテの家を公開している貴重な史跡です。

    公妃図書館から歩いてすぐのところに、ゲーテ国立博物館があります。
    1782~1832年に亡くなるまで暮らしたゲーテの家を公開している貴重な史跡です。

    ゲーテの住居 建造物

  • 色彩学を研究していたゲーテは、当然部屋の色にもこだわっていたのが分かります。<br />緑色がお気に入りだったようで、ゲーテによると緑は「目に現実的な満足感を与える色」なのだそうです。<br /><br />

    色彩学を研究していたゲーテは、当然部屋の色にもこだわっていたのが分かります。
    緑色がお気に入りだったようで、ゲーテによると緑は「目に現実的な満足感を与える色」なのだそうです。

  • イタリアから持ち帰った彫像が飾られている応接の間はブルーの壁。

    イタリアから持ち帰った彫像が飾られている応接の間はブルーの壁。

  • 庭が見える居心地のよさそうな部屋は、ゲーテの妻クリスティアーネの部屋。<br /><br />ゲーテとクリスティアーネは身分の差を社交界から問題視され、長いこと内縁関係だったのちに1806年にようやく正式に結婚しました。

    庭が見える居心地のよさそうな部屋は、ゲーテの妻クリスティアーネの部屋。

    ゲーテとクリスティアーネは身分の差を社交界から問題視され、長いこと内縁関係だったのちに1806年にようやく正式に結婚しました。

  • 黄色の部屋。<br />光に近い色の黄色は、快活で明るい気分をもたらすとしています。<br /><br />版画や彫像のほか、マヨリカ陶器のコレクションも多数ありましたが、ゲーテの収集目的は「所有することではなく、見て認識するため」だったのだとか。

    黄色の部屋。
    光に近い色の黄色は、快活で明るい気分をもたらすとしています。

    版画や彫像のほか、マヨリカ陶器のコレクションも多数ありましたが、ゲーテの収集目的は「所有することではなく、見て認識するため」だったのだとか。

  • 仕事部屋もやっぱり緑色の壁です。<br />ゲーテは夏は4時に、冬は6時に起きて午前中に仕事をする、超朝型人間だったそうです。

    仕事部屋もやっぱり緑色の壁です。
    ゲーテは夏は4時に、冬は6時に起きて午前中に仕事をする、超朝型人間だったそうです。

  • 仕事部屋と直結した寝室。<br />ここの壁の色も緑色。<br /><br />ゲーテはこの部屋の椅子の上で亡くなったとされています。

    仕事部屋と直結した寝室。
    ここの壁の色も緑色。

    ゲーテはこの部屋の椅子の上で亡くなったとされています。

  • ゲーテの家の庭。<br />芝地の部分にはかつて家庭菜園があり、ゲーテが妻のクリスティアーネと一緒に野菜を育てていたのだとか。

    ゲーテの家の庭。
    芝地の部分にはかつて家庭菜園があり、ゲーテが妻のクリスティアーネと一緒に野菜を育てていたのだとか。

  • 1782年にワイマール公国の宰相となったゲーテは貴族に叙せられ、苗字に「フォン」の称号を得るようになります。<br /><br />社会的成功を得た政治家であり法律家であり、さらに自然科学者でもあったゲーテの文学者としての生活に重要な役割を果たしたのが盟友のシラーです。<br /><br />1799年にシラーはワイマールに移り住み、1805年に45歳の若さで亡くなるまで、ゲーテの近くにあってよき友であり続けました。<br /><br />ゲーテは『ファウスト』の一部を21歳で書き始め、57歳の時に完成させますが、この大作を完成に至らせることができたのは、シラーの励ましがあったからこそだと言われています。<br /><br />ワイマール国民劇場の前にあるゲーテとシラーの記念碑はあまりにも有名です。

    1782年にワイマール公国の宰相となったゲーテは貴族に叙せられ、苗字に「フォン」の称号を得るようになります。

    社会的成功を得た政治家であり法律家であり、さらに自然科学者でもあったゲーテの文学者としての生活に重要な役割を果たしたのが盟友のシラーです。

    1799年にシラーはワイマールに移り住み、1805年に45歳の若さで亡くなるまで、ゲーテの近くにあってよき友であり続けました。

    ゲーテは『ファウスト』の一部を21歳で書き始め、57歳の時に完成させますが、この大作を完成に至らせることができたのは、シラーの励ましがあったからこそだと言われています。

    ワイマール国民劇場の前にあるゲーテとシラーの記念碑はあまりにも有名です。

    国民劇場 劇場・ホール・ショー

  • ワイマールは、ゲーテについて深く知りたいと思ったら1日では足りない町です。<br /><br />数々の文化遺産を持つこの町では芸術イベントも盛んで、ゲーテやシラーの作品の持つ現代にも通じるテーマが、多くの人々にインスピレーションを与え続けています。<br /><br />次は、ゲーテの生きた時代の欧州を大きく変えたナポレオンと、ゲーテが対面した町、エアフルトを訪れます。<br />https://4travel.jp/travelogue/11982088<br /><br />(協賛:ドイツ観光局)<br /><br />前回のアイゼナハの旅はこちら<br />https://4travel.jp/travelogue/11982042<br />

    ワイマールは、ゲーテについて深く知りたいと思ったら1日では足りない町です。

    数々の文化遺産を持つこの町では芸術イベントも盛んで、ゲーテやシラーの作品の持つ現代にも通じるテーマが、多くの人々にインスピレーションを与え続けています。

    次は、ゲーテの生きた時代の欧州を大きく変えたナポレオンと、ゲーテが対面した町、エアフルトを訪れます。
    https://4travel.jp/travelogue/11982088

    (協賛:ドイツ観光局)

    前回のアイゼナハの旅はこちら
    https://4travel.jp/travelogue/11982042

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